飛翔
「じゃあ昨夜見たぽわぽわには、友喜も同化していたんだね。」
「そういう事になるね…。」
意識は別々だったかもだけど、と有津世は付け足した。
友喜は静かに嘆息した。
「飛んで行った後のぽわぽわの感覚には…?」
「飛んで行った後は…繋がっていない。」
友喜が首を振り否定した。
雨見は、以前石碑の草原で会った小学生の姿の友喜と幼いキャルユの事が頭によぎった。
リビングに沈黙の時間が流れる。
「雨見は?昨日の夢の内容はどうだった?」
有津世の問い掛けに対して、内容に進展の無かった事を雨見は答えた。
「そうか…。」
「まだ喧嘩しているの?」
「喧嘩じゃ無いけれど…もっと悪い感じ。」
友喜の質問に、雨見が答える。
「ふうん…。」
友喜があっ、と思いつく。
「ぽわぽわの意識に乗れたら、それかクリスタルの中に入れてまた飛べたら、それも目で見れるのか…!」
友喜が興味を持って言う。
「ああ、そうだね。確かに。」
ただ、今の状況は有津世や雨見にとって、あまり見て欲しいものでは無いらしい。
二人の気の進まなそうな返事に友喜は首を傾げた。
石碑の主から受け継いだ術をツァームは自身の役目として遂行する。
そこら中を光で満たして術を完了すると、ツァームは目を開け、辺りを見回した。
そして最近多く味わっている静けさを今回も感じて一人嘆息した。
自分が一度意識を失いこちらに戻って来てからは、何故だろう、アミュラが機嫌を損ねる様になり、言葉数が極端に減っている。
この地でたった一人の話相手のアミュラが相手してくれないのだから当然だが、それにしてもツァームにとって今の状況はいささか納得いかなかった。
何故アミュラはああも機嫌を悪くしているのか。
キャルユがこの地から居なくなって安定していないだけなのか。
今までの様に穏やかに交流を持ちたいツァームにとっては、なんとかアミュラの機嫌を直したいと努力してみたが、それは空回りどころか、アミュラの更なる不機嫌を引き出すだけの結果になった。
岩のテーブルで笛の調整をしていてもアミュラが来てくれる事は無くなっていたし、会えば不機嫌な顔を見せられるだけだ。
ツァームはほとほと困っていた。
しかも最近はアミュラを見つけ出そうにもどうにも見つからない。
樹々のエールが足りなくなった時にだけ、ひょっこりツァームの前に姿を現し、それを告げに来る。
「エール、足りていない所を見つけたの。」
ツァームの目の前に、いつの間にかアミュラが立っていてそれを言う。
「アミュラ…。」
「こっちだよ。」
振り返らずに、ついてきてとでも言う風に前を歩きながらアミュラが言う。
ツァームが何か口にしようとするも、アミュラの背中から見せる雰囲気がそれを許さない。
そして二人は言葉を交わす事無く森のその場所まで歩き、アミュラが立ち止まる。
「ほら、ここ。」
「…ああ、本当だ。」
そして二人は巨大な樹の幹に手を当てて、自らの胸の奥から光を産出し、それは胸の奥から次第に腕へと、手のひらへと移っていき、樹の幹の中まで取り込まれる。
樹が十分なエールを蓄えたのが感じられると、幹からそっと手を離す。
「じゃあね。」
アミュラがすぐさまその場から退散しようとした所をツァームが呼び止める。
「アミュラ、待って!」
アミュラがツァームの声に振り返る。
「あ…、これから、何処へ行くの?最近アミュラをなかなか見つけられなくて…。」
「…森。森に行くの。」
「ここも森だよ。」
アミュラは見つかるのがまずいとでも言いたげな顔で、その後の言葉を出し渋る。
「あ、もしかして…」
ツァームが勘繰るのを良しとせずに、
「じゃあね。」
アミュラはもう一度同じ文言を言い、踵を返してその場を去って行った。
「…」
ツァームはまた今日もアミュラを引き留められなかった、と肩を落とす。
その様子を、周辺を飛ぶ色とりどりの淡い光達が見守っていた。
林の奥の2棟の家。手前の、夜は重厚なイメージを醸し出す家の有津世の部屋では、机の上で飴色の石を眺めながら目にきらりと光る雫を溜めた有津世の姿があった。
「なっちん、私ね、」
友喜が話し出す。
「今度はぽわぽわと話したの。」
抹茶ラテのマグカップを口にしながら言った。
いつものカフェのテラス席で、綺麗な青い空が垣間見れる気持ちの良い空気を感じながら二人は過ごしていた。
いちごシェイクのストローをかき回していた手を止めて、
「友喜、何だか忙しいんだね。」
なつが言う。
ただ、状況は難しければ難しい程、なつの兄、功に相談を持ち掛けるだろうな、と、なつは思ったから、友喜の言うその状況にはそこまで深入りはせずに、二人に任せようとも思った。
友喜もその方が嬉しいだろうし。
「自分が自分と会ったり喋ったりする状況か。うん、ややこしいね。」
なつが言うと、友喜は静かにため息をついた。
「私こんなんで本当に大人になれるかな…。」
なつが、え?という顔をする。
「だってさ、まともに自分同士のとりまとめも自分で出来ていなくて、記憶だって、たまに…抜けるし、このまま行ったら私、やばいんじゃあ…。」
「…まあ、そのためにうちの兄が居る。」
友喜がなつに振り返る。
「うちのお兄ちゃん、頼りにしてよ。喜んで友喜の力になると思うからさ。そんな不安も預けちゃえ。」
なつがさらりと言った。
友喜はテーブルに視線を落とす。
「だと良いな…。」
頬を微かに赤らめて、友喜が独り言の様に呟いた。
「おう、梅、最近どうなんだよ。」
仕事場奥の休憩スペースの席に腰掛け、梅と功が話している。
「うん?順調だよ?」
「仕事がだろ?プライベートはよ?」
梅は則陽との件は一通り功に話していたから、功は梅が立ち直ったのか近況を聞いてきた。
「お前実際モテるだろ?この前もほら、うちに来てる営業さんに言い寄られてたじゃねえか。」
「ああ、あの人…。」
梅は頷く。
「それともまだ…」
「ううん、それは無い。無いと分かってからは、切り替え早いの、私。」
梅が爽やかに言う。
「だったら…」
「吉葉くんこそどうよ?人の事ばっかり気にしちゃって、自分の事後回しにしてない?」
梅に鋭く突かれる。
「まあ…俺は…俺の事は良いんだよ、お前どうなんだよ。」
梅が肩をすくめる。
「…決め手が無いんだ。奈巣野くん好きになってた時の、なんか分からないけれど好き、って思ってしまう決め手が。だから今はまだ…居ない。」
功がそれを聞いて、そうか、と頷く。
「あいつそんな魔力が…ああ、違った。これは俺の誤解だったわ。」
一人ぶつぶつと言う。
「まあお前も…しっかりしてるからな。変な奴に取っ捕まる事は無いだろうけど…。」
「何?そんな心配してる訳?」
功の言葉に梅が笑う。
「何だよ。」
「吉葉くん、人が良いよね。なんか…お兄ちゃんみたい。保護者!」
まあ、実際に兄やってるけどよ、と功が答える。
「ま、最近の梅が元気そうで良かったよ。お前が元気な方が、社内の空気良いしな。」
席を立ち上がりながら功が言う。
「お気遣い、ありがと。」
梅がにっこり笑って言った。
「おう、こちらこそな。」
梅の温かいオーラを見て、功は礼を言って自分の席へと戻って行った。
一滴、落ちてくる。
私はそれを手のひらに受け止めて、その気持ちを聞いた。
温かさを伴ったその一滴は、私に様々に話をする。
その気持ちを運ぶお手伝いを出来たらと、私は張り切る。
許可さえ貰えれば、私はそれを運んで行くのだから。
私はそれを運ぶ先を知っているのだから。
小川を眺め、ポケットの中に入っている石をポケットの中に手を宛てがい何と無く手にしていたノリコは、それを止めてポケットから手を出し立ち上がってその場を後にした。
今日も空気が気持ち良いし、気分転換をするにはうってつけだ。
写本も順調だし、祖父から聞く話の内容もこれまでの流れの順調さを物語っている。自分の役目もこのまま全うして、いつの日か祖父の役目に成り代わり、私はここで一生を遂げるだろう。
ノリコはそんな事、始めから分かっている。
それなのに微かに感じる哀愁は、この涼しい風が運んでくるものなのだろうか。
それともあの不思議な星に座る二人の記憶が呼び起こしたものだろうか。
どちらにせよ、借り物だと思ったその感情にひと区切りを付け、ノリコは今日も元気に山の斜面を上がり、神社へと戻って行く。
「ソウイチ様。」
一礼をした後、天井の高い、一見窓に見える奥の壁の大きな照明を背にするソウイチを見ながら男が部屋へ入って来る。
「装置の取り付け完了の報告をさせていただきます。」
「ありがとう。こちらでも確認したよ。」
ソウイチが自分のデスク上のコンピュータを顔で指し示しながら穏やかな表情で答える。
「今の所乱れは無いみたいですね。」
「はい、確かに。」
男は小ぶりな機械を手にして、その画面を確認しながら答えた。
「ソウイチ様。また何かありましたら…。」
「その時はお願いするので…。」
「はい、では。」
男が一礼して部屋から退散する。
ソウイチは去って行く男を眺め、その視線を自分のデスクへ移した。
キラキラと輝く小石を手に取り、その奥を眺める。
すると一瞬風が吹き、ソウイチはその風と圧倒的な熱量のその存在を感じた。
夕暮れが来て、街で人の行き来する量が増える。
なつは勉強しながらも、友喜の様子をチラ見した。
友喜はカフェのテラス席から見える通りを眺めていて、誰かを待ち侘びて居る様に見えた。
「あたしさあ、今日は先帰るから。」
なつが突然言い出した。
「お兄ちゃんが来たらさ、用事が済んだ後で、それを教えて上げてよ。」
なつの言葉に友喜は慌てふためいた。
「だめだよ、何の為に功お兄ちゃんここに来ると思ってるの?」
「ん~、もしあたしが居ないんならね、友喜に会う為じゃない?」
なつはそそくさと片付けを終わらせ、じゃね!と言いながらカフェを後にした。
友喜は呆気に取られ、なつの行ってしまった方角を眺めた。
「用事って…何。」
なつの言葉を思い返し、一人呟く。
一人呆けて抹茶ラテを口にしていると、功がテラス席への階段を上がって来るのに気付いた。
友喜はただただ赤面して、彼の様子を見張る。
「あれ?なつ居ないのか?」
友喜の席の前に来た功はなつの鞄が何処にも無いのを見て友喜に尋ねた。
「あ、帰っちゃった…。」
友喜がぽろりと言う。
「あいつ…」
功は直ぐになつの目論見を理解して、気を取り直して、友喜の隣の席へと座る。
「え…帰らないの?」
友喜が功の行動に驚いて思わず聞く。
「このまま帰ったらあいつ怒るだろうし、何より俺が…少しだけ…こうして居たいかな。」
友喜を見ながら、真剣な顔で功が言う。
「あ…」
気後れする友喜の反応を観察しながら、功が微笑んだ。
「それに答え合わせ時々するんなら、こうして接する時間、増やした方が良いだろ?」
その方が分かりやすいしな、と功は続ける。
「分かりやすい?」
「俺にとってな。」
友喜は分かる様な分からない様な反応をして功を見つめる。
「じゃあ今日は一つだけクイズな。」
友喜が頷く。
「ここでさ、…前に、俺が妖精の話、した事あるだろ?それ、覚えてるか?」
「それは覚えてる。」
嬉しそうに、友喜が言う。
「…良かった。それは俺も、覚えていて欲しかったんだ。」
功が友喜に微笑んで、友喜の表情も柔らかくなった。
「じゃあ、今日は終わり。友喜ちゃん、帰り気を付けてな。」
友喜が席を立つのを待って、一緒にテラス席から道路へと降りると、友喜に手を振る。
「功お兄ちゃんも、気を付けて。」
友喜がはにかみながら言う。
少しの間、二人は微笑み交わし、どちらからともなく進行方向へと向き直り、その場を後にした。
「ただいま。」
なつが家の奥から吞気に、おかえりなさい、と呼び掛けた。
リビングの座卓で勉強道具を広げているなつを功が眺める。
「何?お兄ちゃん。」
「何?じゃねえよ。ったく。」
「友喜には会えたんでしょ?」
なつは余裕の表情で言う。
「ああ、会えたけどよ…」
「じゃあ良かったじゃない。」
「…お前さ、気を回し過ぎなんだよ。もう止めとけよ。」
功がなつに言い聞かせる。それがどれくらい効き目のある言い聞かせかは分からないが。
「ほら、飯にするぞ。」
「はあーい。」
なつはにこにこ顔で、それに応じた。
土曜日、なつに見送られながら公園に来た功と友喜は、今回も中央奥のベンチへと腰掛けた。
今日は始めから人も居なくて公園は貸し切り状態だ。
友喜は公園に行く道すがら、時々功の事を見つめては俯き、を繰り返しながら歩いていた。
功も時々友喜の方を振り返り、その視線に微かな微笑みで応じると、二人の周りだけ温度が少し高まった。
そんな風にして公園に辿り着いたから、ベンチに腰掛けただけなのに、気分が二人共始めから高揚している。
「あー、えっと…」
何から話し始めようか、功が迷う。迷って友喜の方をもう一度眺めると、友喜と目が合う。
きょとんとしたその表情を確認出来ると、功は一人納得した様に頷いてから、
「答え合わせの件で念の為聞くけど、一日丸々記憶が抜け落ちてたりは…?」
「多分…無いと思う。」
よくよく考えてみたら、友喜は自分と一緒の時間にそれが一番頻繁に起こると言っていたし、そしたら友喜と丸一日一緒に過ごしたりもして居ないので当然の答えなのかも、と気付き、功は自分の質問の考え無さを思い、人差し指で軽く頬を掻いた。
友喜は功と会う以外で今まで記憶が抜け落ちていたかも知れない場面を、雨見や有津世から聞かされた話を交えて功に説明した。
ただ友喜は、キャルユの想い人については功に伝えようとはしなかったし、それに引きずられていた時の事には一切触れなかった。
「私が奈巣野さんの恋人の梨乃さんとお茶した時も、少しだけ記憶が無い部分があって、その時の事は後日梨乃さんから聞かされて判明したんです。」
功が友喜の話に耳を傾ける。
「梨乃さんは直接別の私から教えてもらったみたいなんです。その時の私は別の私だった、って。」
「…」
「梨乃さんからの話が無かったらその部分が抜け落ちていた事自体に気付かなかったとは思うんですけど…。」
則陽の恋人も特殊な能力を持ち合わせているのだろうか、友喜の話を聞いて功は思った。
「教えてくれてありがとう。これから答え合わせする時にも、かなりのヒントになるよ。」
公園には人が来なくて、今も二人で貸し切り状態が続いている。
中央奥のベンチには、間を空けて座る二人の姿があり、そこに木陰を提供する傍の木の葉っぱは日の光で艶やかに輝いていた。
公園の地面には変わらず魔法陣の暗号の塊があり、友喜を見れば眉間からの細い光の筋と黄緑色の光の靄がキラキラと輝いていて、功の目から見えるのはこの上なく美しい情景だった。
重なった靄の彼女も、度々功を見つめてくる。
友喜の動きとリンクしていない事に、功は改めて疑問を持った。
功がそれを見つめ返していると、友喜が功を見て、
「どうかしたんですか?」
不思議そうに功の顔を覗いてきた。
「ん…ちょっと…考え事をな。」
功が顎に手を当てて、その可能性について考えてみる。
…薄々気付き始めていて、そのタイミングを狙って話題を選んでいたから、自分への再確認としてその考えをまとめた。
そうしてもう一度友喜を見る。
友喜は功に、微笑んでいた。心の底から温かみが溢れてくるかの様な、愛情を全面に出す微笑みを。
そしてその時、功の目には、黄緑色の光の霞の彼女は、何処にも見当たらなかった。
お星様ってね、遠いものかと思っていたの。
お星様ってね、ただ眺めるものかと思っていたの。
でも実際にはお星様は命の源で。自分達自身で。
命の輝きで。
それは甘美なもので。
それは喜びで。
私達はそれを享受する準備が出来ている。
喜んで良いの。
愛して良いの。
そうして受け取る覚悟が出来て、初めて自分の物語が紡がれるの。
自分を愛していた、って思い出す、物語が。
…。
気付くと自分は吉葉家に戻り、なつや功と一緒にハンバーガーを食べていて、しかも半分以上食べていて、今回も何の種類を選んだのか先週に続けてさっぱり分からない。
なつの顔を見るとなつは嬉しそうに食べていて、功の顔を見ると功と目が合った。
そして功は優しくこちらに微笑んでくる。
友喜は頬を赤くして、視線をずらすと続けてハンバーガーを口にした。
ソウイチと男が装置の設置について話す場面で「億の壁の〜」との誤字を「奥の壁の〜」に訂正しました。(2026年1月10日)




