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見上げる空に願いを込めるのは何故だろうか(仮)  作者: 晴海 真叶(はれうみ まかな)
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兄妹

 作戦会議の折、友喜のクリスタルの中へ入れた話から兄、有津世の機嫌の雲行きが怪しくなり、話し合いは難航した。

有津世は機嫌が撃沈していたし、友喜は何処か心ここに在らずといった状態だったから、雨見は一人ため息をついて、のんびり紅茶を飲んでお菓子を摘まむ。

お菓子を口の中で転がしながら、有津世と友喜、両方を交互にたまに眺めるのだった。







挿絵(By みてみん) 






 テーブルの上に載ったいちごシェイクを手元に寄せ、ストローで吸う。その動作で、ミサンガが手首から少し下がった。


辺りはもう暗くなってきていて、目の前の通りも行き交う人の量が増える時間だ。


カフェのテラス席へと続く階段をなつの兄、功が上がって来た。


「よ。なんだ、なつ、今日はお前一人か?」

「そう、今日はあたし一人。」

「そっか。」

功は頷きながら空いている椅子へと座る。


「もうちょっとやるのか?」

「うん、あともう少しだけ。良い?」

「ああ。」

肩肘をついた手で頭を支え功はその場でぼうっとする。


なつはシャープペンを握りながら功の様子をちらりと見るが、読めない表情に諦めて再び教科書へと視線を落とした。





 なつが勉強にひと区切りを付けて二人はカフェを後にし、家へと帰り始めた。

商店街をのんびり歩きながら、尚も読めない兄の表情をまじまじと見る。


「おう、何だ?」

なつの視線に気が付いて、功がなつに問い掛けた。


「うん…。」

「何だ?進路の相談か?」

功が声のトーンを少し柔らかくして、なつに聞き直した。


「うん、そうだね…。あたしの進路と、お兄ちゃんの進路。」

なつが功を見上げて言った。





 家へと帰り着き、夕飯を食べ終わった二人はそれぞれの時を過ごす。なつは入浴中で、功は自宅のベランダに出て夜空を眺めていた。


「らしくねえなあ…。」

功は空を仰ぎ、一人呟く。


でもま、これが本当の自分なのかも…な。

感傷的な気分に浸る今の自分を肯定する。


俺が今まで妹を支えてきたんだと思っていたが、それは逆で、俺が今までなつに支えられてきたんだな…。

これが、親の気持ちってもんなのかな…。ま、親じゃねえんだけどな…。

功は息をついて口の端を緩めた。








 祝福を…。

星空の様な暗闇の中でキャルユはお祈りをしていた。

この場所からどうやれば出れるのかが分からなかったし、ただ、色んな自分を垣間見る事は出来た。

ツァームとアミュラの下に戻ったかの様に見えた自分、ぽわぽわの欠片となった自分、別の星での自分に入り込んだ自分、そして、ここに居る自分…。


何故こんなに多く自分が居るのだろう。

私は一人では無かったのか。

そうして尚も祈るしか無い、何をどうすれば良いのか分からなかったから。

端が無さそうだがこの閉ざされた空間に、自分は宙に浮かんだままで動けない。

そうして色んな自分を垣間見る。

私はただ祈っていた。








 朝。吉葉家で功となつが朝ご飯を済ませた後、二人は出社と登校の準備でそれぞれに動いていた。

「あ、そう言えば、昨日言ったあれ、今度親父が帰って来た時に伝えろよ。俺も一緒に話してやるからな。」

「…うん、ありがとう。」

なつは功に微笑んだ。

功も微笑んで返し、じゃあ行ってくる、と言い、ひと足先に家を出て行った。


玄関ドアが閉まり、なつは洗面所で自分の髪を整える。

鏡を見て、自分の姿を2度、3度とチェックをすると、自分も通学鞄を持ち、靴を履いて玄関ドアの外へと出る。

家の鍵をかけて、ドアが開かない事を確認してから、住宅街沿いの道路を歩き始めた。






 時の移り変わりは早いもので、後半年もしたら、なつ達は高校三年生だ。

なつは前々から考えていた自分の進路について、方向性をまとめ始めていた。

昨日の帰り、功に話した時、功は目を見開いていたが、なつの決心は兄のその表情を見ても変わらぬままだった。

しっかりした瞳の奥の光に、功は妹が成長した事を実感したし、なつは、早く兄を自分から解放させたい思いが強かった。

お互い自分には勿体無いと思うくらいにお互いの存在を尊重し合っていた二人は、そういう部分で良く似た兄妹だった。








 「あれ?一日だけで良かったの?」

当然の様にカフェに一緒に来た友喜になつが聞いた。


注文口の列に並んで待っている時になつが気付いて出した問い掛けを、え、何で?と、不思議そうに友喜は聞き返した。


注文した飲み物を受け取り、綺麗な空が垣間見れるテラス席に着くと、尚もなつが友喜に聞いた。


「え、何で、じゃなくてさあ、友喜のお兄ちゃん、友喜を心配してたんでしょ?」

「いいの。ちょっと、喧嘩。」

「え、喧嘩したの?それまたどうして?」


「なんか多分お兄ちゃん私の事誤解してるんだよ。…私がまだ小さいって。」

友喜は友喜なりに憤慨しているみたいだ。

先日友喜から聞いた話だと、友喜の兄は友喜の事をそういう意味では捉えて無かった様な気がするけれどと、なつは思った。


「友喜の事がそれだけ大事なんじゃない?」




 つい昨日の事だ。

作戦会議がお開きになって雨見が帰るのを玄関で見送った後、リビングに戻ろうとしたら、廊下を先に歩いていた有津世が友喜に振り返った。


「友喜、お前、自分を大切にしなきゃだめだぞ!」

普段出しもしない圧を出して、有津世が言い放った。


「え?お兄ちゃん何言ってるの?」

身に覚えの無いというか訳の分からない説教を突然されて、友喜は一気に戸惑ったし、何しろ要点を得ない。

それに見た事の無い恐い顔の有津世は、友喜に衝撃を与えた。


有津世は、ぐっと言葉を詰まらせた後で畳みかけようとする。


「………とにかく、自分を大切にしろ!良いな!」

そこでムキっと怒気の湧いた友喜が猛然と言い返した。


「何?大切にしてるよ?何でそんな事お兄ちゃんに言われなきゃいけないの?ふざけないで!」

「ふざけてたらこんな事…言わないよ!全くさ、お前は…大切な妹なんだぞ!」

「大切な妹だと思っているならその妹に対してそんな大声で突然怒鳴らないでよ!」

この言い合いの中、母が家に帰って来たが、母のなだめるのも今回は効かずに双方力んで肩が上がり睨み合ったままだった。





 「ねえ、功お兄ちゃんも、なっちんに対してそういう時って、ある?」

友喜がなつに聞く。


「まあ、今の所、無いよ。」

もっとも、今の所浮いた話なんて無いからね…、なつは心の中で付け加える。


「友喜のお兄ちゃんはさあ、きっと、勘が鋭いからそうなってるんだよ。今日も帰った方が良かったんじゃないの?」

「やだ!あんなでっかい声で怒鳴ってくるお兄ちゃん、やだ!」


これは…相当だな。


今まで友喜が友喜の兄の悪口を言う場面なんて目にした事が無かったなつは思った。


「成長したんだね…。」

なつが、ぼそっと呟く。


「成長?」

「そう。友喜も友喜のお兄ちゃんもさ、お互い成長してるんだよ。必要なステージなんじゃないの?」

いちごシェイクをストローですすってから、なつが友喜に説明した。


「成長するのが喧嘩する事なんだとしたら…やだ。」


友喜が言いながらしゅんとなった。

まあ、そうかもね、と、なつは友喜の意見に同意する。


「でもま、恋をするのは誰にも止められないもんね~。」

次いで横目で友喜を見ながらなつは言った。


えっ、何の話?と聞き返してきそうなものを、友喜は聞こえていないとばかりに、なつから目を逸らし、テラス席から望む事の出来る道路に視線を泳がせた。

なつはそっぽを眺める友喜を見て微笑み静かに嘆息する。


「ほら、今日も勉強始めようか。」

「ええええ、今日はやる気無い~。」

駄々を捏ねてテーブルに突っ伏す友喜を眺めてから、なつは勉強道具を取り出し、勉強を始めた。







 薄暗くなったカフェ沿いの通りを歩き、遠目から見えたテラス席には、なつの姿は見えたが友喜の姿は見えない。


今日もなつ一人か。

功は眺めながら思った。


まあ、今の自分には丁度良い。会えば会う程、想いが募ると分かっていたから。

功は胸に痛みを覚えながらも、自分を納得させる様に思いを巡らせながらカフェのテラス席への階段を上って行った。

と、なつの姿が見えない。


また化粧室か。


すると、遠目には見えなかった、席に突っ伏して寝ている友喜の姿が目に入ってきた。


「………。」

功は拍子抜けして、隣の椅子を引っ張り出して座る。


「…おいおい、こんな場所で寝てるんじゃねえぞ。おい、…友喜ちゃん!」

「…へ。」


本気寝をしていたのがありありと伺える、その顔に付いた何本かの服の筋の跡と、口元に涎が付いた状態で目をしぱしぱさせて友喜が顔を上げた。 

次の瞬間、目の前の功を認識して、


「あ!」

自分の顔の状態を手でまさぐって確認して、ああああ!と、飛び上がりそうな勢いで声を上げた。


「だめだぞ。こんな所で寝ちゃあ。無防備過ぎるだろ。」

気が抜けた様に笑った功が言った。


「…………!!!」

友喜は泣きたくなった。何故自分はこんな所で寝てしまったのか。しかも爆睡だ。


「なっちんは、こんな事しませんもんね…。」

友喜は真っ赤にしたその顔を両手で覆い、整え直すのと隠すのを同時にしているらしい。


「まあ、なつはな。でもまあ、友喜ちゃんは、なつじゃないだろ?」

可笑しそうに口を指の端で押さえながら返してくる。


「友喜ちゃんは随分…吞気なんだな。」

友喜に向けた功の表情は優しかった。


「でも、そうだな…。危ないから、こういう所で寝るのは、今後は止めておけよ。」

「…はい。」

友喜は赤面したまま、功に返事をした。

功は微笑むと、友喜の顔を覗き込む様に優しく見つめた。


なつが戻って来ると、友喜はあわあわしながら、なつに文句を言う。


「なっちん、私寝てた!!どうして起こしてくれなかったの?!」

「え?面白そうだったから。」

なつは友喜と功を交互に見ながら言う。


「お、お、お、面白そう…って!」

友喜は消えない失態を思い、尚も赤い顔を両手で覆う。


「ほら、それ!やっぱり面白くなった!」

確信犯の様になつが言った。

その表情は、まるでいたずらっ子だ。


なつを見た功は真顔になった。


なつは…、なつは…、…こんな部分でも成長している。

今までのなつの言動や行動の思惑に功は初めて気が付いた。




 最後までバツが悪そうで頬の上気した友喜を功となつは見送ると、二人は家の方向へと商店街沿いの道を歩き始めた。


カフェが遠くなったのを見計らって、功はなつに話し掛けた。


「なつ、今までお前…。」



なつが功を見る。


「お前今まで…俺の気持ち知ってて…。」

「当然でしょ。あたしはそういう勘、鋭いんだから。」



前に向き直って言うなつを見て、功は言葉を選びながら伝える。


「あ…、今までの事は、…礼を言うよ。嬉しかったぞ。…けどな、もう、良いから。友喜ちゃんにも負担になるし、これ以上は…。」


なつが功の言葉を受けて立ち止まり、功を見る。


「お兄ちゃん、本気で言ってるの?」


「え、うん、…本気で、……?」

功が首を傾げる。


「友喜の負担になるって、本気で、思ってるの?」

「…う…ん。」

「お兄ちゃんの馬鹿っ!」


なつは功に猛然と返して、先にずんずんと行ってしまう。


「え、馬鹿?」

妹に言われた事の無い暴言に唖然として、功はなつを追いかけた。


「なつ、何怒ってるんだよ。」

功が困惑して、なつに何とか追いつき理由を尋ねた。


「お兄ちゃんの目は節穴かっ!」

なつは言い捨てて、家までの道を功より先に歩いて行った。



 住宅街の一角。

家に帰り着いて夕飯を食べる時もまだ怒っているなつの態度に、功は呆気に取られていた。


なつはなつなりに、真剣に取り組んできたのだろう、そうした向きに気付かぬままに、自分は文句を言ってきた。功は冷めやらぬなつの怒りにはそれ以上は触れずに、一人黙々となつの今までを想う。


なるほど、勘が鋭いとは妹の目指す職業にはうってつけの能力だ。

なつはきちんと自身を分析して、持ち前の能力を活かせる職業に就こうと考えている。


怒り心頭のなつを前にして思いを巡らせた功は自然と優しく微笑んでいた。


なつは顔を上げ、功の表情を不意に見て、流石に先程のは言い過ぎたか、と反省した。


「…とにかく、お兄ちゃんは黙ってて。あたしはこれまでの様に動くから。」

少し柔らかくなったなつの表情を見て、功はゆっくりと頷き、穏やかな表情で返事をした。


「…分かったよ。」






 夕飯が終わり、先に風呂へと行くなつを見ながら、自分は2階のベランダへと出て夜空を仰ぐ。

ベランダの柵に片足を引っ掛け両手を付くと、腕を伸ばして伸びをした。


仰ぎ直した夜空には、一抹の希望の光が見えている気がして。

またもや閉ざし掛けた自分の気持ちを、もう一度大切にしてみようかと思う。

そうすれば、胸の奥は痛まないのでは無いか…?

功は友喜を…、友喜を想って。








 林の奥の二棟の家。


手前の黒い外壁と深緑色の屋根の家では、リビングのソファで有津世と雨見が今日も作戦会議をしていた。


クリスタルの中に入れるかどうかを試し、今回は何処にも飛べなかった事を確認した直後から、不意に思い出した様にわなわなと拳を震わせて有津世が語り出した。


「友喜はさ、もっと自分を大切にしないといけないんだよ。」

「え、友喜ちゃん?」

突然怒り口調で始める有津世に雨見はびっくりした。


「どうしたの?友喜ちゃんから何か聞いたの?」

「いや、だって昨日の態度からしても…」

「?」

「だってさ、雨見、あんなに美人な恋人が居るのに、友喜にまで言い寄ろうとするなんて…男の風上にも置けないでしょ!」


「え…?…何の話?」


流石にきょとんとして有津世に応じられない雨見の反応に、今まで拳を震わせて怒りを込めて話していた有津世が止まった。


「………友喜からそういう話を聞いていたんじゃあ無いの?」


リビングに居る二人の間に、しばらくの間、沈黙が流れた。




「それは友喜ちゃん怒るよ。」

雨見が首を横に振って嘆息した。


「どうして確認もせずにそういう事を言っちゃったの?」

「だってさ、…そうだと思ったんだもん…悪かったよ…。」

「それは私にじゃなくて、友喜ちゃんに言って。有津世に言えなかったのは悪かったけれど…。それに、当たらずとも遠からず、とも言えるけれど…。」


有津世が顔を上げて、雨見を見た。


「少なくとも友喜ちゃんの相手は、奈巣野さんじゃないよ。そこは安心して。」

雨見が有津世をなだめる様に言うと、雨見にジト目を使い、情報を引き出せないか無言の有津世が粘った。


「そんな顔をしたってだーめ!…友喜ちゃんから、許可貰ってないんだから。」

話せなかった事で誤解が生じたのは重々承知しているが、やはり友喜との約束は破れない。

それに雨見は友喜からそういった相談をされている事が、自分にとってちょっぴり誇らしかったからこそ余計にそう思った。


それにしても、と雨見は有津世を見て思う。


「友喜ちゃんは、有津世にこんなに大切に想われているんだね。兄妹かあ、憧れるなあ。」

雨見が明るい声で言った。

気を取り直した有津世が雨見の顔を見て返す。


「雨見はひとりっ子だもんね。」

「うん。だから、私将来は、有津世と友喜ちゃんの様な子供、欲しいの。だから少なくとも二人。そしたら、その子達は自分の兄妹が居るでしょ?」


「うん、分かった、覚えとく。」

「…。」

有津世があまりにもきっぱりと雨見に答えるものだから、雨見は顔が真っ赤になった。

そんな流れで、有津世達のリビングには平和が戻っていった。








 「ただいま~。」

夜になり、友喜の第一声がする。

声を聞いて玄関へと駆け付けた有津世は、


「おかえりっ、友喜!」

出来る限りの愛想笑いで友喜を迎えた。

友喜は有津世の顔を見るなり、


「ふんっ!」

睨みつけて、階段の上へと上がって行く。

有津世は友喜の反応に肩を落とし、とぼとぼと一人リビングに戻って行った。








 住宅街の一角。

土曜日になって、今朝も朝から友喜が遊びに来た。

玄関先で、なつと功が迎えると、友喜はいつも通りにリビングのクッション脇へと鞄を置く。

その姿を見守りながら、功は二人に話し掛けた。


「今日さ、昼飯調達する前に小一時間程、友喜ちゃんの時間貰いたいんだけど良いかな。」

功は友喜を真っ直ぐ見て提案した。


なつは兄の積極的な姿にぽかんとして、次いで友喜を見る。


「…え、…あ。」

功の突然の申し出に、なつの視線まで同時に飛んできて一瞬どう答えれば良いのか友喜は迷ったけれど、先週出した自分の希望を思い出して表情が明るくなった。


「あ、授業…ですよね!」

友喜が嬉しそうに聞き返した上で、同意する。


「…はい。」

「よし…決まり。なつも、良い?」

「良いんじゃない?」

何も小一時間なんて少ない時間設定じゃなくても良い気がするけど…、と、なつは心の中で思ったけれど、口に出すのは控えた。

その代わりに、功を見て微笑む。

お兄ちゃん、恰好良いじゃん。


「それは良いんだけどさ、授業、って一体何なの?」

なつが二人に聞く。


「妖精とかね、見れるようになりたいの。その特訓?訓練?みたいな授業。」

「ふうん?」

「私が…頼んだの。」


友喜の発言に、ほらね?と言う風になつが得意気に功へと視線を送る。

功はなつの視線の意図に考えを巡らせ、その視線は友喜へと移る。

いつの間にか功となつ二人の視線が友喜に集中して、友喜はうろたえた。


「えっ、何…?」

「何でも無い。」

なつがにっこり笑って答え、ダイニングにお茶を用意しに行く。

なつの行動を目で追い、ふと見ると功はまだ友喜を見つめていた。


「ああ、悪い。」

友喜に見惚れていた事に功はようやく気付き、視線を落として友喜に謝ると、友喜は微笑みながら首を振った。

功はそんな友喜にまた見惚れる。

お茶を持って来たなつが、やれやれと息をついた。


「今からでも良いと思うけど?」

なつが二人に尋ねた。


「いや、大丈夫だ。昼前からで。」

功はダイニングへと下がりながら、なつにリビングの空間を譲る。

なつは兄を見て軽く微笑みながら、友喜に話し掛けた。








 石碑近くの草原。

小学生の姿の友喜は、ふふ、と声を漏らした。


「おねえちゃん、また何か良い事があったの?」

隣に座る幼いキャルユが尋ねる。


友喜は微笑みながら頷いて答える。

その表情は本当に嬉しそうで、愛に満ち満ちていた。








 「友喜、友喜のお兄ちゃんとは仲直りしたの?」

友喜はなつに首を振る。


「いきなり怒鳴る人なんか知らないんだから!」

兄の有津世の話題を持ち掛けられた友喜は少々口調が激しくなった。

その様子をダイニングテーブルの席から功がぽかんと見守っていた。


友喜の文句はぶつぶつと続く。

なつがそれを聞きながら功に肩をすくめて見せた。


「って事だからお兄ちゃん気を付けてね。」

功に言葉を添えた。

友喜が、え?という顔をする。


「だって、そういう事でしょ?」

功は、ああ、分かった、と言う風に頷き、友喜はそれにも、え?という顔をする。


「…。」

攻撃や警戒に対してのネジが一本外れているとか揶揄される事もあるゴールデンレトリバーか!と心の中でなつは友喜に突っ込みを入れた。

そんな友喜だからこそ、友喜のお兄ちゃんは余計に友喜の事を気に掛けるんだろうな…。


「あ、ねえもう時間じゃない?行ってくれば?」

「そうだな、そろそろ…。友喜ちゃん、行けるか?」

功がなつに答え、友喜に聞いた。


「はい、大丈夫です。」

嬉しそうに答えた友喜を見て、功が口角を上げる。


「なつ、悪いな。帰りに昼飯、買って来るから。」

「何も。むしろ大歓迎。行ってらっしゃい!」

なつは今までよりも更に輪をかけてあからさまに表現をする。

功から笑いが漏れて、友喜がまた不思議そうに功となつの二人の顔を覗いた。


「行こう。」

「はい…。」

功に促され、玄関で靴を履いた二人はなつに見送られる。

なつは二人ににっこり微笑み手を振った後、閉まった玄関ドアを嬉しそうに眺めた。





 



 前回も行った、小学校脇の公園に着いた。

今日はぱらぱらと人影があったが、ベンチは空いていたので、二人は公園の奥中央のベンチを選び、そこに腰掛けた。


見切り発車でここに来てみたものの、功は何を話そうかなんて実は何も思いついていなくて、ベンチから拝む事の出来る、相も変わらず存在する魔法陣の暗号の塊とその周辺を何と無く眺めた。


ベンチに座る二人の間に、今日もさわさわと風が通る。


隣の友喜を見ると、友喜は功を見ていて、直ぐに目が合った。

友喜は功を見ながら、ゆっくり目を閉じて見せる。

そしてまたゆっくり目を開くと、


「こうして目を閉じると、心の目で見える、って書いている人もいました。」

友喜が朗らかに笑って言う。

情報を探してみたの、と友喜は付け加えた。


一瞬胸の奥がざわめき功は驚いたけれど、友喜がその仕草をした理由を聞くと、微笑みながら静かに息を吐いた。


「薄暗がりだと見えやすい、そういう人もいる。」

「薄暗がり…。」

友喜の反応に、功が頷く。


「まあでも、友喜ちゃんは自分の眉間のそれが見えている訳だから、何にも見えない状態からは、一線を画するんじゃねえかな。後は何かの…きっかけがあれば…。」

「何かの…きっかけ?」

友喜が功を見つめる。


「そう、何かの…きっかけ…。」

功が友喜を見つめ直す。


周りにはまばらだけれど、人が居て、その声も時々聞こえる。

だけれど、二人の空間だけはそれとは別の場所になった感じがして、目が離せなくて…。


すると公園で遊んでいた小さな子供が大きな泣き声を上げた。


途端に二人は周りに気付き、功は友喜から目を逸らす。


その後は少しの間沈黙が続き、時々二人の間に吹く風を、二人はただ感じていた。



テラス席での昼寝をしてしまった後の友喜の記述での「頬の蒸気した~」を「頬の上気した~」と漢字を訂正しました。(2026年1月10日)

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