魔法陣
「そういう話、聞くの楽しいから、もっと聞きたいんです。」
「…なつが出来るだろ?そういう話…。」
「なっちんは功お兄ちゃんがそういう話にかけては自分の先生みたいだったって言っていました。」
友喜が尚も言う。
功は少し考えてから、
「そういう話をするだけでも良いのか?」
友喜に聞くと、友喜は強く頷いた。じゃあ…、と功は再び考えると、注文したバーガーセットが出来上がり、呼び出しの声がする。注文口で受け取りを済ませ、
「じゃあちょっとだけ…寄って行くか。」
友喜に言った。
バーガーセットの入った袋を手に持ちながら、二人は自分達が以前通っていた小学校の脇にある公園へと辿り着く。これが冷めるといけないから長居は出来ないけれど、と手にしている袋を見せながら功は言い、友喜にここに来た訳を説明し出した。
「ここにさ、ちょっと前から魔法陣みたいなのが出来ている様なんだ。…魔法陣かも、って思ったのは、則陽のプログラム解析からの助言があって気付いたんだけど…。」
功はそう喋りながら、則陽の名前をうっかり出してしまった事に気付き、気に掛けた。友喜を見ると、特にそこには引っかかってはいない様子で、功は密かに胸を撫で下ろす。
「魔法陣…」
「そう。それをこの前の、友喜ちゃんが来た日にも散歩で出て、確認しに来たんだよ。ちょっと、気になってな。」
功は自分には見えるその不思議な暗号の塊を前にして、友喜に教える。
「でさ、その時にも、妖精が飛んで行ったよ。それは、早朝だったけどな。」
「妖精…。」
友喜がそれを聞いて感心する。
妖精の姿について、友喜が尋ねると、
「ああ、綺麗だったよ…。」
功はそう言って、友喜の顔を見る。
その言葉が、友喜に対して言っているかの様に映る。
友喜は真っ直ぐ功の事を見ていて、功はその視線に耐え切れなくなって、
「あ、そろそろ行くか。」
公園の入り口前方に向き直り、友喜に告げる。
友喜は頷いて、
「ありがとうございます。」
功の横顔を見ながら笑顔で言った。
「…また、来たいです。」
功は友喜のその言葉に、再び友喜に振り返る。
「ん。じゃあ…今度はバーガー店行く前にな。」
功は友喜にそう告げた。
林の奥の二棟の家。
奥のログハウスの雨見の部屋では、雨見と友喜が、和気あいあいと談笑していた。
友喜は今日も黒猫のぬいぐるみを雨見から貸してもらい、胸にぎゅっと抱きしめながら、雨見の言葉にうんうん頷いている。
そして嬉しそうにお互い微笑むと、二人は静かにひと息ついた。
「友喜ちゃん、本当に綺麗。」
雨見が実感を込めながら友喜に言う。
友喜は雨見の発言に、照れて俯いた。
雨見はそんな友喜を眺めながら、今しがた友喜の教えてくれたその情景を心に思い浮かべていた。
「ああ、それと…。」
雨見が何かを思い出した様に、友喜に追加で言葉を添える。
友喜は、真剣に聞き入っていた。
林の奥の二棟の家、その手前側の、夜は漆黒の様相を見せる家。二つの丸い天窓から、今夜も淡い光が漏れている。
「友喜?ちょっと良い?」
有津世が友喜の部屋のドアをコンコン叩く。
「うん、良いよ、なあに?お兄ちゃん。」
ドアを開けて、兄、有津世を自分の部屋へと引き入れると、友喜は有津世の顔を見た。
「うん、最近また作戦会議に出ないから、どうしたのかな、って思っていて…。」
有津世はそう言いながら、友喜の様子を見る。
「特には…。だって、雨見ちゃん、夢、なかなか進展していないみたいだし、もう少し進展してからで良いかなって。」
「それだけ?」
「…うん。…?」
有津世は雨見に友喜の話をそれと無く聞いてから、友喜の様子が気になって仕方が無かった。
「友喜、…最近は、元気なの?」
「見ての通り、元気だよ。お兄ちゃんこそ、どうしたの?」
何か変じゃない?と友喜は訝しむ。
お互いを睨む様に観察して、友喜は有津世が本当は何を言いたいのかを探ろうとしたし、有津世は友喜が抱えている状況が具体的にはどういったものなのかを知りたがった。
「…分かった、お兄ちゃん!雨見ちゃんと二人っきりだと、雨見ちゃんの身が危ないんでしょう…!!」
友喜がとんでもない事を言う。
「なっ…」
「ああ、分かった。そういう事なら私も作戦会議出なきゃね。雨見ちゃんの身を守らないとだわ。」
友喜が勢い込んで言う。
「待った、待った!あー、もう!友喜、お前何でそういうとんでもない事を時々言うんだよ!」
有津世が友喜の発言に一気に赤面になる。
「違うよ、友喜!お前の身を案じているんだよ、俺は!お兄ちゃんは!」
有津世が大声を上げて言った。
「え、私の事?」
「そうだよ。友喜、お前の事だよ。」
有津世は友喜をじっと見る。
友喜は肩をすくめて、有津世の次の言葉を待った。
「俺は、お兄ちゃんとして、友喜が、健やかに成長して欲しい訳!その確認!」
目を丸くして有津世のそれを聞くと、結局何が聞きたいのか有津世の真意を汲み取る事が出来ぬまま、二人の会話は終わる。
「じゃ、そういう事だから。友喜、お前、気を付けろよ!」
ドアの向こうへ行こうとして、
「あ、言い忘れたけれど、雨見は世界で一番安全な状態だから!俺の傍に…居るんだし…!」
そう言って、再び、じゃ、と言って、友喜の部屋のドアを閉めて行った。
友喜は目を白黒させて、今のは一体何だったのか、と考え込んだ。
しかも最後の台詞は、…自慢なのか?
変なお兄ちゃん。閉まったドアを見つめながら、友喜は思った。
緑の濃淡が織りなす土地。
真ん中にぽっかりと穴が開いてはいたが、そこも今は、白色と虹色の光の粒子が色濃く渦巻いている。
アミュラは森の中を歩いて、久し振りに自分だけの秘密の場所へと行ってみる事にした。
躊躇しつつも磁界を掛けて、その場所に特殊なバリアを張る。
すると、アミュラを待ちわびていたかの様に、色とりどりの光が磁界の膜を通り抜け内側へと入って来た瞬間、次々と妖精の姿に変わる。
『アミュラ、久し振りじゃない。』
『アミュラ、元気そうで良かった。』
『アミュラ、花冠を作るの?』
「…。あたし、あたしはそれは元気だよ。だけど気持ちは…。やっぱりあなた達は分かってくれないんじゃないの。」
妖精の姿を顕現させて、妖精達が一遍にアミュラに話し掛ける。
その言葉に対してアミュラは不満気だ。
「どうせこの前の事だってこっちの欲しい答えなんてくれやしないだろうけれど…、」
『この前の事?』
『何かしら。』
『何かしら。』
アミュラはそれを聞いて、開いた口が塞がらない。
「あ、あなた達、覚えて無いの?」
『何かあったっけ。』
『何かあったかしら。』
「………覚えていないんなら、しょうがないけれど…。」
長々と怒っていた自分に心底呆れる。それでは、ついこの間まで妖精達の淡い光を見ては睨みつけていた意味も無いって事だ。
アミュラは表情が和らぎ、力が抜けたかの様に一人笑った。
「ん?」
何だか袖がもぞもぞする。袖の中にはふかふかのミジェルをしまって居るから、ミジェルが身動きしたんだと感じ、アミュラは袖の中からそれを取り出してみる。
「…え…?」
取り出してみたミジェルは、長い耳を頭の上に構えた小さな顔と、正面を向いたまつ毛の長いつぶらな瞳、やや凹凸の無い顔の中央には小さな鼻がちょこんとありその下には小さな口がちょこんとついていて。更に背中には体全体を覆うくらいに大きい真っ白な分厚いもこもこの羽根という、愛らしい出で立ちの生き物に形が変わっている。
それを見た途端に妖精達はアミュラとミジェルを囲う様にして、宙に浮きながら綺麗に整列した。
『初めてお見掛けしたわ。』
『初めまして。』
『初めまして。』
「え?え?皆どうしたの?え?あなたミジェルよね?」
アミュラはふかふかの丸い毛玉の様相だったミジェルを思い、随分と形の変化したその姿を持ち上げて、まじまじと眺める。
形の変化したミジェルは、丸い毛玉バージョンだった時には無かったつぶらな瞳をぱちくりさせながら、アミュラをじっと見つめる。
そしてアミュラの今発した問いに対して僅かに首を縦に動かした様に見えた。
「やっぱり、ミジェル…。で、あなた達のその反応って…」
『あら、アミュラ、この方は神聖なお方よ。』
『挨拶をしなきゃあ。』
『初めまして。』
『初めまして。』
妖精達がかしこまっているのを見るのは初めてだ。
「神聖な…お方?」
アミュラは手にしているミジェルをようよう確かめる。
「この子が?」
『神聖なお方よ。』
『神聖なお方よ。』
妖精は更なる説明にはなりもしない言葉を繰り返す。
アミュラはますます首を傾げてミジェルを見るが、見る度にじっとつぶらな瞳で見つめてくるその姿は、言われてみれば神聖さを感じなくもない。
アミュラは花冠を作成する事をしばらくの間忘れて、抱き抱えたミジェルを凝視していた。
「則ちゃん、この本、面白かった。」
都内アパート。
梨乃は則陽のアパートの部屋で、自分の鞄の中から則陽から借りていた本を取り出し、則陽に感想を話した。
「良かった。その本を皮切りに、見識の幅を広げていったんだ。」
梨乃は則陽の言葉に頷く。
「後は、どういう本を読んだの?」
「知りたい?」
「うん、知りたい。」
則陽は梨乃の受け答えに微笑み、
「じゃあさ、今度一緒に図書館にでも行こうか。」
「うん。」
梨乃は嬉しそうに頷いた。
夜の神社の縁側でノリコは自分の小さな座卓を移動させ、夜空が見える位置で写本を進めている。
ノリコの中で今見えてきたのは、美しい姿の仲睦まじい男女が、星空の空間でぽっかり浮かんだ小さな丸い星に互いに寄り添いながら座り、手元で何かを紡ぎ出している光景だ。
ノリコはその光景に、胸の奥がたまらなく熱くなった。
自分の今まで感じた事の無い想い。
二人がお互いに対しその想いを抱いていて。
遥か遠くからの約束を、今の二人は覚えているのだろうか。
愛し愛され合っている二人。
まるで自分の両親の様だと思った。
ノリコがまだ幼い頃に、二人は他界してしまったけれど。
それでも、とても仲の良い両親だったと、その事だけはノリコも覚えている。
ノリコは思わず祈りを捧げる。
「どうか、この地でも、あの二人がお互いを見つけ出し、結ばれます様に…。」
6階建てのビルの4階。
則陽は新しいゲームプロジェクトの進行を順調に進めている。
データのチェック中に、不可思議な箇所を見つけた。
則陽は、功の席の傍へ行き、ちょっと、と声を掛ける。
功がその声に椅子ごと振り向き、立ち上がって則陽と共に席後ろにある則陽のデスクへと行くと二人で則陽のコンピュータのモニター画面を眺め、則陽が小さ目な声で功に告げる。
「これが、例のやつですよ。うちにもとうとう来ました。」
「マジか…。」
功が則陽をちらりと見て、またモニター画面を眺める。
そこには、以前から一部で話題となっていた、華麗に入り込む、意味の分からないハッキングの鍵が付いていた。
でも、意味が分からなかったのはその噂を知ったばかりの当時で、今はその意味する所を、則陽と功は知っている。
「こういった形で反映されるんですね。」
「これが、機械側での、…って事か…。」
それだけ話すと、功は、サンキュ、と則陽に伝え、自分のデスクへと戻った。
功は自分のコンピュータのモニター画面を見ながら、則陽と話した内容に興奮していた。すげえな…。そして気合を入れて、キーボードを打つ手を再び動かし始めた。
則陽は自分のコンピュータのモニター画面を冷静な表情で見つめていた。
以前、ツピエルにお願いした事がある。
色んなコンピュータをネットワークを介して移動出来るツピエルは、ゲームを作成するのを交換条件に、則陽の依頼に耳を向けた。
「業界で、変なハッキングがここ何年か流行っているらしいんだ。それがどういった意味合いのものか、未だ不明で。ツピエルはそれが何処から来るのか調べる事は出来る?」
画面の中でツピエルは、
「なーんだ。そんな事なら、任せて頂戴。簡単よ。」
そうしてツピエルの調査の結果、そのハッキングは修正プログラミングのオフィスから出ている事が判明したのだ。
プログラム解析は、ツピエルのその情報からのヒントもあって、より明確にその意図を知りゆく事が出来た。
則陽は冷静に、より気を引き締めてコンピュータのキーボードを再び打ち始める。
白い壁の校舎の窓から、長い腕が伸びをした。
「気持ちの良い空気だね。」
「ね。」
なつが伸びをした友喜に話し掛ける。
「なっちん、私、今日カフェ行かない。」
なつは友喜の言葉に頷きながら、友喜の続ける言葉を聞く。
「お兄ちゃんがね、何か変なの。」
「友喜のお兄ちゃんが?」
友喜は頷いて、週末の夜に兄、有津世が自分に変な事を言い出した出来事をなつに伝えた。
なつは、顎に手を添えて考えると、
「…鋭い!」
なつが目を輝かせ感嘆を込めた声で言った。
「え、何が?」
友喜は、なつの言葉の意味が掴めずに、なつに聞き直す。
「まあ、良いって事よ。しばらくはお兄ちゃんを安心させて上げなさい。あ、土曜日は来てよ!」
なつが面白そうに言って、その言葉に、
「安心させるって何?」
友喜が口を尖らせて言う。
友喜はその後も、なつのその反応が気に入らなくて、ぶつぶつと一人文句を言っていた。
久し振りに自分が一番早く家へと帰り着き、友喜は部屋に鞄を置いて着替えてから1階へと戻り、ダイニングで自分の分の紅茶を淹れた。
マグカップを持ちながらリビングのソファへと移動すると、友喜はゲームのクリスタルのクルクル回る映像がテレビ画面に既に表示されているのを見つける。
「中に入れてもこっちの時間では一瞬だから、時間潰しにはならないけれど…。」
友喜は一人呟きながら、ゲーム機のコントローラーに手を伸ばし、クリスタルにカーソルを合わせてAボタンを押してみた。
「友喜ちゃん、久し振りだね。」
気付くと明るい黄緑色の四角い空間に自分が存在していて、自分を呼ぶ声の方を向いた。
「奈巣野さん!」
友喜は顔がぱあっと明るくなり、立っている則陽の傍へと寄って行く。
「お元気でしたか?」
「うん。元気だったよ。」
満面の笑みで聞く友喜に対して、則陽は微笑みながら答える。
「うちの梨乃にも…ありがとうね。色々とお世話になったみたいで。」
「本当に驚きました…まさか梨乃さんが、あんなに想っていた相手が、奈巣野さんだったなんて…。」
友喜が真顔になって、しみじみと言う。
則陽は友喜の様子を見て、口角を僅かに上げて軽く息を付き、話を続ける。
「吉葉先輩から聞いたよ。最近よく、家に遊びに行ってるんだって?」
「…ああ、はい。」
途端に友喜の反応がおぼつかなくなる。
「梨乃さんと恋人で、しかも功お兄ちゃんとも同じ職場だなんて、………何て言うか…びっくり。あ、…あんまり他の表現の仕方が思いつかないです。」
「…功お兄ちゃんって、吉葉先輩の事呼んでるんだ。」
則陽が友喜に聞くと、
「…ああ、はい。あ、友達が、あ、功お兄ちゃんの妹ですけど、そう呼べって、それから…。」
友喜が少し言い訳がましく言うのを則陽は頷きながら聞き入れる。
「ちょっと座ろうか。」
則陽の顔を見るのにつま先立ちになっている友喜を見て、則陽は友喜に促す。
則陽が地べたに座るのと同時に、友喜も近くへと座った。
「梨乃がね、言うんだ。友喜ちゃんは思ったよりもずっと複雑な何かを背負っていて、それでいて朗らかに過ごしている、って。」
友喜は視線を四角い空間の先へと向ける。
「色々と大変だろうね。俺も、有津世くんから情報を貰う度に、自分の修正プログラミングと話が繋がって来て、よりそれを感じる様になったよ。」
「…私は、実感としては何にも…。梨乃さんもすごく私の事を気遣ってくれたし、自分がそこまで考えていないのが、そういう言葉、聞く度に恥ずかしくて…。」
友喜が申し訳無さそうに言う。
「本人は、そういうものじゃないかな。ずっと肩肘張ったままでは居られないだろうし、丁度良いんじゃないかな。」
「…梨乃さんも、そういう事言ってた。」
やっぱり二人は似ている…友喜は思った。微かに微笑む友喜の横顔を見て、則陽は続ける。
「何かあったら、吉葉先輩を……功を頼ると良いよ。あの人は、思ったよりもずっと頼りになる。表面だけ見たら、ただの面白い人だろうけど…。」
それを聞いて、友喜は思わず、ふふ、と笑う。
「知ってるだろうけど、彼は真面目だし、人としての器も大きい。…これはここだけの話だけれど、俺は功に少しだけ憧れてるんだ。俺に無いもの、彼は持っているからね。」
友喜は則陽を見て、それを黙って聞く。
「…。」
友喜は尚も黙って、視線を巡らせる。
則陽は、友喜が話し出すのを静かに待っていた。
「…でも…、功お兄ちゃんの迷惑になるんじゃ…」
友喜が話しにくそうに言う。
則陽は、そんな友喜の反応を見ながら、
「もしも、友喜ちゃんにとって迷惑で無いのなら、それは功にとっても迷惑では無いよ。そこは俺が保証するよ。」
則陽は友喜に向かって柔らかい笑みを浮かべる。
則陽の言葉を、自分の中で噛みしめる様に反芻しながら、
「…自分にとって、迷惑で無いなら…」
友喜が呟く。
「そう。その点はどう?」
則陽が聞く。
友喜は静かに首を振った。
「何も…迷惑じゃ…無い。」
うん、と則陽は頷いて、
「それなら大丈夫だ。功は喜ぶと思うよ。」
則陽が優しく微笑んで、不安げな友喜に言葉を添えた。
友喜の目が潤んだ時、二人の姿は白い細かな光の粒子に包まれ始めた。
「あ、奈巣野さん、有難うございました、梨乃さんにも、よろしく、またお茶したいって、伝えておいて下さい!」
「分かった、梨乃に伝えるよ。」
友喜は焦って言い、則陽は友喜の言葉を受け止め、会えて良かった、と言葉を残して、空間から二人の姿は消えた。
リビングのソファへと意識が戻った友喜は、しばらくその場で今体験した則陽とのやり取りの余韻にぼうっと浸っていた。
「ただいまー。」
玄関から有津世の第一声がした。
「あ、お兄ちゃん。おかえりなさい。」
「よお、友喜!帰ってたんだね………友喜…まさか、」
先日の友喜から出た発言が、そのままこの場に反映されているのでは無いかと有津世は訝しみ、有津世は思わず赤面する。
「?」
何お兄ちゃん赤くなってるんだろ。
友喜は兄、有津世に投げ掛けた言葉なんて思い出しもせず、ただただ有津世の表情の変化に疑問を持った。
まあ、良いや、と友喜は切り替え、
「紅茶、淹れておくね。」
ダイニングに移動して、有津世と雨見の分のマグカップを出す。
「ああ…ありがとう…。」
有津世は赤面しながら自分の部屋のある2階へと上がっていった。
有津世が着替え終わって1階に戻って少し経った後に雨見が来て、リビングに座った三人が紅茶のマグカップを手にしながら話を始める。
友喜は先程クリスタルの中に入れて則陽に会えた事を嬉しそうに二人に報告した。
「久し振りに会えたんだね、良かったじゃない!」
雨見が友喜の喜びを共有する様に言った。
「で、何の話をしたの?」
有津世が聞くと、友喜は、えっと…、と途端に戸惑った。
有津世がその様子に、無言でショックを受ける。
「あ、つまり、内容は進展しなかったって事だよね?」
雨見が友喜をフォローする。
友喜が大きく何度も頷いて、
「そうなの。二人共久し振りに会って、元気?って話しただけだったの!」
帰ってきた直後の有津世に代わり、今度は友喜の顔があからさまに赤い。
雨見は二人の様子を交互に見て、ほら、友喜ちゃんもこう言っている事だし、と何だか気遣わし気だ。
雨見のフォローと友喜の反応も相まって、有津世の気分は撃沈寸前だ。
有津世の反応を見て友喜は不思議がり、雨見はそんな二人の様子に苦笑した。
「…功…お兄ちゃんか。」
自宅アパートへと自分の意識が戻った則陽は、ゲームコントローラーを握ったまま、友喜との会話を思い出して僅かに口角を上げた。
「ただいまー。」
梨乃が帰って来る。
「梨乃おかえり!」
則陽が玄関ドアの梨乃の方を向いてその声に答えた。
「あ、もしかして、中に行けたの?」
靴をいそいそと脱いで、テレビの部屋へと上がり込み、梨乃が嬉しそうに聞く。
則陽が頷きながら、行けたんだ、と話し、
「友喜ちゃんと、会えたよ。」
「え~、すごい!」
二人はひとつの小さなソファに座り込み、その場でしばらく話に熱中した。




