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見上げる空に願いを込めるのは何故だろうか(仮)  作者: 晴海 真叶(はれうみ まかな)
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一歩

 草原で出会った、腰ほどまである長さのウェーブがかった黄緑色の髪の幼い少女と、小学生の少女。

雨見は二人を前にして質問を投げ掛けた。


「どうしてあなたは友喜ちゃんと分かれて存在しているの?」

小学生の姿の友喜が、雨見の質問に注目する。


「そっちのおねえちゃん、キャルユの事、知ってるの?」

幼いキャルユが唐突に雨見に尋ねてきた。

雨見はキャルユに微笑んで頷くと友喜に向き直る。


「…あなたは…ツァームから…ううん、兄の有津世からはどれくらい聞いた?」

友喜は雨見の了見の範囲を探る。


「えっと、ここが直接地球と関わっている事…かな。」

友喜は雨見を真っ直ぐに見つめ、雨見の言を合っているとも合っていないとも言わなかった。


「私がここに居るのは、その必要があるから。」

先程の雨見の問いに対しての答えの様だ。

雨見は更なる質問を友喜に発した。


「キャルユと分かれているのは、どうして?ぽわぽわから出てきたのはあなたなの?」

「分かれている…?そうね、そう捉える事も出来るかしら。必要あっての事よ。それとぽわぽわから出てきたのは、そう、私よ。」

「何の為に?」


ぽわぽわから小学生の姿の友喜が出てきて対峙した事を、雨見は聞きはしても記憶は無かった。

記憶の無くなる訳だって知りたいし、何故その様な形で出てきたのかだって知りたい。


「渡さなきゃいけないものがあったの。」

「渡さなきゃいけないもの?」

「そう。」


小学生の姿の友喜は、にこっと笑った。


「それって何なの?」

「とても大切なものよ。繋がりを取り戻す糸。」

「繋がりを取り戻す糸…。」

「そう。」

「私と友喜ちゃんは、それを受け取ったというの?」

「そうね。」


「もしかして、友喜ちゃんが言ってた、眉間から伸びる光がそうなの?」

小学生の姿の友喜は、こくりと頷いた。


「有津世からのは見えないって友喜ちゃん言ってたけど、有津世は受け取って無いって事?」

「そうね、少なくとも私から渡した覚えは無いわね。」

「何で?有津世には何でそれを上げないの?」


小学生の姿の友喜はゆっくり首を振って、その問いに関しては答えない意思を雨見に表した。

残念そうな顔になり考え込んだ雨見が直後顔を上げて別の問いを発する。


「じゃあ、ぽわぽわはキャルユと友喜ちゃん、どっちなの?」


「ぽわぽわ…ぽわぽわは依り代よ。キャルユはぽわぽわの命の欠片。私はそれを伝ってあなた達に会いに行ったわ。」

「…ぽわぽわは依り代で、キャルユはぽわぽわの命の欠片…?」

友喜の発言に雨見が考え込む。


「ぽわぽわは入れ物で、キャルユから命を与えられたっていうの?」

「そういう事よ。」

「何で、あなた…友喜ちゃんは…そんな知識を知ってるの?もしかして、そうした知識を保持する為に友喜ちゃん自身と分かれている必要があるって事…?」

「ええ。その通りだわ。」

「…。」


梨乃の予想は合っていたって事だ。

何らかの役割で梨乃は友喜のこの状態を、友喜のお仕事、と、メールに書いてあったのを有津世から見せて貰ったのを雨見は思い出していた。


「この場所はツァーム達の居るのと同じ場所なの?」


初めはそうだと信じて疑わなかったが、どうも様子が違うのを雨見は肌で感じて尋ねた。

ぱっと見は同じ様な景色ではあるけれど…。


「どう、見えるかしら。」

「そっくりだけど、違う場所なの?それとも時系列が違うとか…。


「思ったので合ってるわ。ここは似て非なる場所。ここは、憩いの場かしら。別の言い方をするならば神殿かしら。でも誤解を呼びそうだから憩いの場で良いわ。」

「神殿…憩いの場…。」


雨見が友喜の言葉を度々反芻はんすうする。

友喜自身が持ち得ない情報を、小学生の姿の友喜は知っている様だ。


「キャルユはどうしてここに居るの?しかも私の知っているキャルユよりずっと幼いのは何故?」

「いずれ分かるわ。」


雨見の目からは、小学生の姿の友喜は幼いキャルユを保護している風にも見えた。

先程だってキャルユの事をぽわぽわの命の欠片だとも言っていたから。


「…あ、ねえ、友喜ちゃんの知識をキャルユが持ち帰って、アミュラ達に教えてくれたのは、あなたなの?有津世がそうなんじゃないかって言っていたけれど…。」

思い出して雨見が尋ねた。


小学生の姿の友喜は、雨見の問いに肯定するかの様に優しく微笑んだ。


雨見は改めて気付く。

この小学生の友喜は、決して自分達をまやかす為に存在しては居ない。


「あなた…友喜ちゃんは…、今回の一連の流れを知っているの?」


小学生の姿の友喜は、飛び切り優しさのこもった微笑みを再び雨見にして見せて、静かに頷いた。








 有津世達の家のリビングで、有津世の意識はクリスタルの中から一足先に戻った。

ソファに座って、自分の紅茶のマグカップに口を付ける。


有津世の隣で尚もクリスタルの中に意識が飛んでいるであろう雨見を眺めた時に、彼女の閉じた目から一筋の涙が流れるのを有津世は目撃した。










挿絵(By みてみん)








 街路樹が両脇にある事でそこだけ少し爽やかな空気を感じる道路。その傍らの6階建ての小ぶりなビル。

街路樹の枝葉が届いている4階窓から、則陽と功のゲーム会社が見える。



則陽が新しいゲームのプロジェクトに関わって作業をしている端で、功が則陽を横目で見る。

功の視界には事務作業に勤しむ梅も映っていて、梅は最近見た限りでは則陽に対する想いは吹っ切れた様だ。

ふと功の視線に則陽が気が付くと、功は不満そうに、


「お前…モテやがって…。」

ぼそりと文句を吐いた。


「吉葉先輩、どうしました?熱でもあります?」

最近、功に突っ込みを入れるのに慣れてきた則陽が平静に返す。


「どーもしねーよ。…。」

則陽の事を眺めれば眺める程、同性の功から見ても、その魅力とやらは理解出来てしまうのが痛い所で、そこがどうにもむしゃくしゃするのだった。


「まあ、そこも、…俺が関知する事じゃあねえけどな。」

とは呟くも、功の内心のいらいらは続いた。


この所なつの迎えにカフェに行くと、大抵友喜もなつに付き合い最後まで一緒に居るので顔を突き合わせる事が多くなっていた。

前に則陽の話題を振った時に友喜の見せた表情が随分と嬉しそうだったのを功は覚えていて、則陽に鋭いジト目が飛んだ。


「さっきから吉葉先輩、何ですか?仕事しましょ、仕事!」

則陽がそんな功をけしかける。


「わーった、やるよ!やってるよ!」

功は視線を則陽から外して自分のコンピュータに向き直りようやく手を動かし始めた。





 夕暮れが過ぎて辺りが暗くなった頃、退社して自宅最寄りの駅まで辿り着くと功はなつが居るであろうカフェへと赴いた。


カフェ沿いの通りを歩いて、カフェのテラス席が遠目に見えてくる。


席後ろのガラス仕切りの内側から外側へと照らされる間接照明で、柔らかに照らされる妹なつと友喜の姿が印象的に、そこだけ少し温かく見えた。



功はテラス席への階段を上り、二人の席の前まで来る。


「よっ。」

「お兄ちゃん。」

「…こんばんは。」


なつと友喜が顔を上げる。

功は二人の顔を見て、しばし眺めた。


「ん?どうしたの、お兄ちゃん。」

「…。」

なつが功のリアクションを珍しがる。


「べっつに、…どうもしねえよ。」

「あっ、帰る前にお手洗いに行って来る。」


なつが席から立ち上がっておもむろに言う。

功が頷くと、なつはテラス席後ろ側にあるガラス戸を押し開けて店内へと入って行った。



功は同じテーブルの空いている椅子を引いて座り、なつの後ろ姿を目で追っている友喜に声を掛けた。


「いつもなつに付き合ってくれてありがとうな。」


友喜は功の方を向いて、こちらこそありがとうございます、私も、いつもなっちんにはお世話になっているから、と遠慮がちに返した。



友喜は眉間から糸の様な光の筋を携え、黄緑色の光の霞を身にまとっていて、功の目には顔がダブって見える。


最初の頃よりかはだいぶ見慣れたが、それでもこの現象を目にするのはなかなか珍しい。

後からなつと友喜との会話と、則陽からの話で持って、その訳を自分なりに解釈したのだが、そうした事情を知ると、自分が気にして今まで知られない様にしてきたこの能力の事とかが小さく見えてくる。


功は友喜を取り巻くその現象が、綺麗だと素直に思えた。


「お兄ちゃん、友喜、お待たせ~。あれ、友喜まだ片づけて無かったの。」

先に勉強道具を片付けてからお手洗いに行っていたなつが言う。


「…あ、忘れてた。」

「もうっ。いいよ、待ってて上げる。」

なつがしょうがないな、と微笑んで席に座る。


自分の鞄を抱えながら座るなつは兄、功の視線を追う。功は片肘を立てて顎を手に乗せながら、なつと友喜の席をぼうっと眺めていた。


「ごめんね、お待たせ。出来た。」

友喜が片付け終わると、


「ん、じゃあ、行くか。」

と功が告げる。


はーい、となつが言って、友喜が後に続く。

功は二人が先にテラス席から道路への階段を下り始めるのを見守ってから、自分もテラス席を後にした。








 林の奥の二棟の家。

奥側にある、夜も明るく見える色味の丸太で組まれているログハウス。


雨見は自分の部屋で、ピンク色の豪奢な装飾のノートと夢日記をベッドの上で胡坐をかいて見つめている。


昼間、有津世の家で、クリスタルの中から戻って来たのに気が付いた時、無意識に泣いていた。


雨見はピンク色の豪奢な装飾のノートを手に取って表紙の飾りを何と無く隅々まで眺め、指でその凹凸をなぞった。




 手前側にある、夜は漆黒に近い印象のデザイナー建築を思わせる建物。二つの丸い天窓から今夜も淡い明かりが漏れている。


有津世は自分の部屋のロフト上で、クッションを背にもたれながら昼間のクリスタルの中での出来事を思い返していた。


ひとつは、梨乃との会話。

梨乃は、梨乃自身が特に変わった特別な事は持ち合わせていない、と有津世の疑問に対してきっぱりと答えたけれど、彼女自身がまだ気付いていないだけなのかも知れないとその時の有津世は思った。

梨乃は、有津世と話していると、彼女自身が聞いてもいない事を言い当てるし、とにかく不思議な人だというのが有津世の彼女に対しての印象だ。



それと、雨見の、クリスタルの中に入った状態で流した涙。

雨見はその後そっと目を開けた。

有津世は雨見を見守り、何があったのかを雨見が落ち着いて話し出すまで待っていた。


そして雨見の口から出た言葉は、梨乃から貰ったメール内容を大幅に補足するものだった。

何故なら雨見も梨乃が行ったという小学生の姿の友喜と幼いキャルユの居る地に飛んだからだ。

しかも雨見の話ではツァーム達の場所と同じ場所では無さそうだとの事だ。



天窓からさわさわと光が差し込み、今夜もぽわぽわが下りてくる。

有津世はふわふわと漂う光を見守りながら、雨見を想い、友喜を想った。








~第5章 一歩 




 住宅街の一角。

表札に『吉葉』と示されている家の中では、兄妹が夕飯の支度をしていた。


「後は?」

「これ運べ。」

兄の功が妹なつにサラダを盛った皿を運ぶ様に指示し、自分は焼いた魚を載せた皿を2つ運ぶ。


「いただきまーす。」

なつは元気良く言い、功はぼそりと言う。

そうして二人は夕飯を食べ始めた。



もりもりとご飯を食べ進めるなつに、功は聞く。


「明日も来るのか?」

「うん、来ると思うよ。」

土曜日の空いている日には友喜が吉葉家に遊びに来るのがすっかり定番になり、今のはその確認だ。


季節は巡って、再び春がやって来ていた。




 翌日。

家のインターホンが朝の割と早目な時間に鳴る。


なつは玄関前までいそいそと行きドアを開けて、友喜、いらっしゃーい!と朝から元気に歓迎した。


「おはよっ。」

最近は功も始めから起きていて、なつの後ろで友喜に挨拶をしてくれる様になっていた。


「おはようございます、お邪魔しまーす。」

「入って、入って!」

なつはいつもながら嬉しそうだ。



カーペット敷きのリビングに着くと友喜は自分の鞄を座卓の周りに所狭しと積み重ねられているクッション脇に置く。


なつはダイニングの冷蔵庫からペットボトルのお茶をグラスに注いで、お兄ちゃんも要る?と確認してダイニングテーブルに置いてあった功のグラスにもお茶を注いだ。


「サンキュ。」

功は相変わらずダイニングテーブルの自分の席に座りリビングの二人を遠目から見守るのがお決まりになっていた。

なつは入れたお茶のグラスを自分の分と友喜の分をリビングの座卓に持って行き、友喜は、ありがとう、と、なつに礼を言った。



 友喜が来ると、家が毎回濃厚な花の香りに満たされるのだが、その訳も、リビングでのなつと友喜の話を小耳に聞き入れている内にだんだんと分かって来た。

友喜に重なって居る、黄緑色の光の霞が、この香りを発している。


友喜にそっくりな顔の彼女が発している香りだ。


友喜を見ていると面白い事に、いつもダブって見えるその顔が、たまに友喜の動きとリンクせずに、功の方を見てくる事がある。

功はその訳を知りもしなかったが、珍しい現象に重ねて珍しい現象は起きるものだ、と、それを見かける度に思った。


そうした様子を見る毎に、功はだんだんと友喜から目が離せなくなってきていた。


なつや友喜、則陽からの話では友喜以外にも、友喜の兄や、もう一人の女の子が別の星の記憶を持っているそうだがその二人も友喜と同じ様な現象を抱えているのだろうか。

功は自分の興味が友喜に向く事をただ単純な好奇心、それだけだと思っていた。



お茶を足しに来たなつに聞く。


「お昼、たまには別の物が良いか?」

好評だったため、毎回ハンバーガーになっていたこの所を振り返り、功は言う。


「う~ん、あそこ美味しいからあそこで良いよね?」

友喜は頷き、なつは思いついた様に提案を持ち掛ける。


「あ、じゃあさ、友喜、一緒に行って、種類、たまには選ばせてもらいなよ!」

なつの言葉にその場は一瞬無言になった。


「え、それだったら、三人でそのまま食べに行った方が良くねえか?」

「そこは持ち帰りで。だって家の方が和めるじゃん。」

「…お前、カフェに入り浸ってる奴が…。」

ぶつぶつ言う兄、功に取り合わず、なつは友喜を見て、


「ねっ、どう?友喜。」

友喜に尋ねる。

なっちんは選ばないの?と友喜は聞くが、


「あたしはどれでも良いから。店の場所知ってるし。でも友喜は、お店の場所知らないでしょ?教えて貰いなよ!」

今に始まった事では無いが、こういう時のなつは強引だ。

その内、功と目が合って、


「来るか?」

恐る恐る聞かれた。

あ、じゃあ、と友喜は答え、はい、と続ける。

そんな友喜の返事は功にとって意外だった様で、呆気に取られてほんの少しの間が空いた。



「いってらっしゃーい!よろしく!」


元気な、なつに見送られ、家の玄関を出て二人はお店に向かって歩き始めた。




 功がこっち、と道案内しながら少し前へ出て歩く。


カフェへのなつの出迎えで功を目にしていたが、彼の身長を友喜は改めて意識する。

オフホワイトのTシャツと濃い藍色のジーンズを履いた功は意外と身長が高く感じられ、友喜は後ろから見上げる様に眺めた。


不意に功が斜め後ろを歩いている友喜に振り向き、話し掛ける。


「ごめんな、あいつ、時々強引だろ。」

友喜は首を振る。


「なっちん優しいし、気が利くんだと思います。」

功に言った。

功は頷きながら、まあ、友喜ちゃんがそう言ってくれるなら…、とまた前を振り返り、歩みを進める。



その店は、いつか梨乃と来た可愛い雑貨店の先にある一見行き止まりに見える路地の奥にあった。


「ああ、ここが。」

友喜は小ぶりの2階建ての建物を目にして言った。



 白いペンキで外壁が可愛く塗り固められていて、内装は白と赤を基調としたアレンジがされているのが外からも伺える。

店は店内飲食用と、テイクアウト用とで注文口が分かれていて、テイクアウトの注文と受け取りは外で完結出来る作りだ。


「どれにする?ちなみに俺がよく選ぶのが、これと、これと…、」

店の脇にあるメニュープレートを差して、功が今まで選んで買ってきた種類を示す。

どれも美味しそうで、友喜はう~ん、と唸って迷う。


「なっちんのはどれにするんですか?」

友喜が功に聞いた。


「ああ、あいつはこの種類が好きだからこれかな。」

友喜はその種類を眺めてから、改めてメニュープレートを眺めて自分のを選ぶ。


「じゃあ、…これ。これが良いです。」

メニューに指を差し、アボカド入りのバーガーを友喜は選ぶ。


「オッケ。それな。」

功が財布を出して、自分となつのと友喜のを、それぞれ注文した。


「…あ、私お財布…」

なつの家に忘れた事に気が付くと、良いって言ってるだろ、と功になだめられた。




注文し終わって、外に予め設置されているベンチに座る。

功は友喜から少し離れて座った。


「しかしあれだな…毎回これで、…飽きてねえか?」

友喜は首を振る。


「まあ、そうだな、俺も、好きだしな、ここの店。」

週一くらいなら飽きねえよ、と、自分で言って軽く笑う。

友喜もそれを聞いて、ふふ、と笑った。


友喜が少し笑うだけで、花が咲いた様だった。

功はそんな友喜を見て、真顔になって前を向き直る。



「おっ、出来たみたいだ。」

注文口からの店員の呼び掛けにレシートの番号札を持って、持ち帰り用に準備出来た商品と引き換えた。


「行くか。」

「はい。ありがとうございます。」


こっちこそ買い出しに付き合ってくれてありがとうな、と功が言い、なつの事を思い出し、ったく、あいつは…と言いながら功は息を吐き、友喜を見ると気を取り直して、二人は帰りの道を歩き始めた。








 6階建てのビルの4階。

目の前の街路樹の新緑が鮮やかだ。


入り口の観葉植物ノーリは、今日も虹色の淡い光を放ち、きらきら輝いている。


「ノーリ、おはよう。」

ノーリは則陽の挨拶に呼応するかの様に一瞬光が増した。


「おはよ。」

「うーっす。」

中に入ると、梅と功が談笑していた。


「おはようございます。」

「ねえ、奈巣野くんも思わない?」

梅がおもむろに話題を振る。


「最近ますます恰好良くなったよね、吉葉くん。」

則陽が、言われてみれば、と功を眺める。


「前はそんなの見る影も無かったのにね。」

「確かに。」

則陽が梅の言葉に素直に応じると、二人の言葉にやけくそになって片手をサンドバッグよろしくぺしぺし叩き、おっ、じゃあ付き合うか!と冗談を梅に吹っ掛けるも、


「恰好良いけど好みじゃないの、ごめん。」

畳みかける様に梅に早口で即座に断られて、功は梅を睨んだ。

則陽は、この二人はこういう冗談が言える仲なのか、と感心をする。


「先輩達、仲良いですね。」

「うん、まあ、それなりに長い付き合いだからな。」

功が答える。


「長くなっちゃったね~。」

梅も言う。


「ここ、居心地良いもんな。」

功の言葉に二人は頷きながら、三人は一瞬、仕事場を眺める。


「よし、今日もいっちょやりますか。」

功が気合を入れる一言を発し、それを合図に三人はそれぞれ自分の持ち場へと散った。








 則陽達のゲーム会社から歩いて10分程の距離にある別の会社のオフィス。

梨乃は、自分の席に座ると、自分の仕事を始める。


「野崎さん、この前さあ、良い店見つけたんだよ。」

梨乃に散々話を持ち掛けてきていた男性社員が、則陽の姿を目にした後も懲りずに梨乃にちょっかいを出してきていた。

はあ、と梨乃が適当にかわしていると、


「野崎さん、ちょっと来て。」

奥のデスクから梨乃を呼ぶ声が聞こえて梨乃は足を運んだ。


「これ、お願いして良い?」

先日梨乃に声を掛けてくれた女性社員だ。


「あ、はい。」

「お願い。」

女性社員は、微笑むと、梨乃は微笑み返した。


「ありがとうございます。」

梨乃が礼を言う。


「ううん、何にも。」

大した事じゃない、と女性社員は笑って答えた。 




給湯室で、その女性社員と梨乃が喋る。


「ええっ、じゃあ、野崎さんの彼氏さんを、あの人は見てるの?」

梨乃は頷き、相当しつこいねー、とその女性社員は返す。


「多分そういうの、気にならないタイプなんだね。野崎さん、ますます気を付けてね。それ聞いたら、流石に気が滅入って来るわ。」

梨乃は笑い、


「大丈夫です。私そこまで気にして無いから。」

あっけらかんと言う。


「でもそうか…。野崎さん、最近更に綺麗になったと思ったら彼氏さん出来てたんだね。」

「出来たと言うか…戻ったと言うか…。」

梨乃の言葉を聞いて、女性社員は、


「ねえ、その話、今度じっくり聞かせてくれない?野崎さんの話、聞いてみたいな。」

彼女の誘いに、梨乃は思わず微笑んで、良いんですか?と聞く。


「うん。今度さ、休みの日に、ああでも彼氏さんとの予定があるか…。」

大丈夫、と梨乃が返す。


「結構仕事が忙しいんで…。土曜日とかどうですか?」








 いつものカフェのテラス席。

そよぐ風に、微かな新緑の香りが混ざる。


「風が気持ち良いね。」

「うん。」

なつと友喜は風に吹かれ、二人の髪が僅かにそよぐ。


なつは友喜の姿をじっと見つめた。


「何?なっちん、どうしたの?」

「友喜さあ~、なるべく家おいでよ。」

ん?となつの発言に友喜が首を傾げる。


「行ってるじゃない。」

「これからも、おいで!」

「ありがと。こんなに入り浸って迷惑じゃないの?」

まっっったく迷惑じゃないから!と、なつが強調して言う。

なつの反応に友喜が再び首を傾げて可笑しそうに見る。


「なっちん?」

友喜がなつをまじまじと見た。


「功お兄ちゃんは、もう大丈夫なんじゃない?」

なつは友喜を見つめ返した。


「私達があの話題を話してる時も、もう普通に聞いているみたいだったし、私が行かなくてもさあ…。」

「友喜は来て!!」

「…。」


なつは何だか必死で、友喜はぽかんとする。


なつの兄想いは、友喜の兄想いとは何処か種類が違っていて、でも友喜のよりも激しい気がする。友喜はそう感じていた。


「なっちん、本当に功お兄ちゃんの事大切なんだね…。」

友喜が呆れて言う。

時々肌身に思うのだが、なつは功の事になると、感情表現が少々激しくなる。友喜は、功はもう本当に大丈夫そうだけどな、と重ねて思いながらも、


「良いよ、分かったよ。土曜日は暇だし、付き合えるよ。」

なつに頷いた。

なつはほっと肩を撫で下ろして、ようやく落ち着いたみたいだ。


友喜はなつを横目で眺めながら、抹茶ラテを口にする。


功の事になると、なつはしっかりしているのか駄々っ子みたいなのか、何だか分からなくなるな、と友喜は思った。


「功お兄ちゃん大変そう。」

友喜はぼそっと言った。








 6階建てのビルの4階。

時間はもうすぐ定時になる頃で、朝一番から出勤している則陽と功、梅にとっては仕事上がりの時間だ。


いそいそと帰り支度を始める後ろの席の功を見て、


「吉葉先輩、最近帰るの、前に輪をかけて早くなりません?」

則陽が聞いた。

妹が待ってるからだよ、前と変わって無いぞ、と返してから、功は自身を振り返り考えを巡らせた。


「そうか?」

「…先輩、何ですか、その返し。」

則陽は功の返事を訝しむ。

功は自問をして顎に手を当て考え込んでいる。


「…先輩、何かまたあったんですか?」


「…いや、…無いはず…。」

はっきりしない功に、則陽が首を傾げた。



「まあ、また話したい事が出来たら、教えて下さいよ。あ、土曜日の午後とかに。あちらのオフィスで会った時にでもまたお茶でもしましょう。」

則陽が自身の片付けを終わらせ、席を後にした。




 自宅最寄りの駅に着いた功はカフェの通りの道路を歩きながら、先程の則陽の言葉を思い出す。


特に何があると言う訳では無い。


カフェには妹なつと、なつの友達の友喜が待っていて…。


「…。」

そこまで考えて、功は、いや、そんなはずは、…冗談だろ?と自身に問い掛ける。


功は足を止め、遠目から見えるカフェのテラス席を眺める。


今日も同じ席に、ガラス内側からの間接照明が当たり、なつと友喜の場所だけが、温かく日が差している様に見えて…。



「あ、お兄ちゃん。」


なつが言い、友喜が顔を上げる。


そこにはテラス席への階段を上がって来る功が居て。

友喜は功の姿を眺める。


そんな友喜から目を離せない功が居た。


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