明かり
天井の高い、一見大きな窓が背面の壁全面に張り巡らされている様に見える部屋。
その大掛かりな照明を背にして、ソウイチは今日も部屋にひとつだけあるデスクで自身の作ったコンピュータのモニター画面を見つめる。
ライブ中継が画面に分割して表示されており、吉葉がマニュアル本を開き驚く様子がソウイチの目に映っていた。
「じゃあ、私帰るね。」
「うん、ありがとう。」
「こちらこそ。」
住宅街の一角。友喜は時間を見て、なつに言った。
玄関ドアの手前で、思い出した様に友喜が口を開く。
「あ、なっちんのお兄ちゃんに、お昼ご馳走様でした、って伝えて。」
「勿論伝える!」
なつが何故か強調して答えたのを見て、友喜はくすっと笑った。
「じゃあね。」
「ばいばい!」
ドアを閉めてなつの家から出た友喜は、顎に手を当て小首を傾げると、まあ、良いか、と、気を取り直して夕暮れ前の住宅街を一人歩いて行った。
副業オフィスの作業は軽くで終わらせて二人は近くの喫茶店に足を運んだ。
茶色が基調の古めかしい雰囲気の喫茶店で、則陽と吉葉はコーヒーを注文した。
「どうでした?」
作業を終えた時点では呆然自失同然だった吉葉に則陽が感想を尋ねた。
「…何て言うかよ、今までの俺の危惧は何だったんだ…?てくらいに、ぶっ飛び過ぎててよ…言葉がねえよ…。」
則陽は吉葉の言葉に頷いた。
「俺も驚きましたよ。初めて同じマニュアル本を受け取る人を見ましたから。」
「ん、あ、そうか?」
「ええ、これまで見かけた事がなかったんです。」
則陽はふとソウイチの事を思い出す。事前に行く連絡も何もしていないが、ソウイチは渡す本の種類を人によって選んでいる様な気がしてならなかった。
「ああ、それと、」
吉葉が調子を取り戻した様に話し始める。
「やっぱり、家の妹の所に来ているのが、お前と連絡取ってる子の内の一人だったわ。」
え、という顔をした則陽に、吉葉は頷く。
コーヒーが則陽達のテーブル席に運ばれて、その間二人は黙った。
運んでくれた店員に二人は軽く頭を下げ、それぞれにコーヒーカップを手に取る。
「俺も驚いたよ。驚いたけれど、何故か妹が一番驚いていたな…。」
ありゃ何でだ?と吉葉は首を傾げ、まあ、良いや、と自問を止めた。
「女の子って事は、柚木友喜ちゃんですか?」
「そっ、その子。家の妹と、小学生の時からの友達なんだよな。」
「…。」
「…何だよ。」
「いや、驚いて…。だってすごい偶然じゃないですか!そんな事って、あるんですね…。」
「いやホント、驚いたよ。」
「ですね…。」
コーヒーを飲み終わり、二人は喫茶店の壁に掛けてある時計を見上げて、そろそろ行くか、と吉葉が言い、そうですね、と則陽が答えた。
会計を済ませ、二人は店から出ると、
「あ、友喜ちゃんによろしく、って言っておいて下さい。メールではやり取りをしているんですけれどね。」
「おう。伝えとくよ。」
二人で接している時にはあまりしない表情で則陽が言ってきたのを見て吉葉は一瞬真顔になって則陽を観察するも、直後、気さくな感じに戻って挨拶を交わして解散した。
住宅街の一角。
暗くなる前に家に戻ると、なつが機嫌を直していた。
友喜の口から出た言葉を発端に、なつの兄が則陽と繋がりがある事をなつと友喜に伝え、妹なつは友喜よりも驚いてからその訳を言わず、出掛ける前まで何故だか兄に対して機嫌が悪かった。
玄関で出迎えるなつに対し、
「お前、さっきどうしたんだよ?」
なつの兄が言う。
「ん~、別にい。こっちの話。」
なつはそれだけ言うと、今夜の夕飯の話を始める。
なつの兄は、これくらいの歳の子は、こういうもんなのか?とまた自問自答しながら自分を納得させて夕飯の提案をする。うん、それにしよう、となつは言って終始上機嫌だったものだから、なつの兄は少し呆れながらも、しょうがねえなと微笑んで接した。
なつの兄、吉葉 功は、妹のなつよりもだいぶ歳が上だ。
その面倒見の良さから、両親はなつの面倒を功に安心して任せていた。
途中、母親が他界してしまうのだが、その前から、功は自ら進んでなつの世話を良く焼いていた。功のなつへの接し方を見て、将来は先生やら教育に携わる仕事が向いているのでは、と両親からはよく言われていた。功はどう思っていたかは知らないが、途中から雲行きが怪しくなってきた母親の体調に、功は自分なりに進みゆく道を考える。
そうして選んだのが、今の職場だった。
きちんと自分で考えて出した結論であり進路だったから、功は何も後悔はしていない。けれども、なつが自分のそれに縛られるべきでは無いとも思っていた。
もし、進学したいのなら、そうすれば良い、と功は思っていたし、なつの選ぶ道を功は認めてやりたいと考えていた。勿論、父親と話し合ってもらった上ではあるが。
父親は月に一度帰っては来たが忙しい人で週明け前には単身赴任先にとんぼ返りしてしまうため今は自分が代わりを務めていたけれど、功にはそれを負担に思う事も無かった。
簡単な味噌汁を作って、野菜を切って適当な皿に盛る。
肉を焼いたら出来上がりだ。
ご飯は予め炊飯器に残りがあったので、なつがそれを二人分ご飯茶碗に盛る。
なつもご飯を用意出来ない事も無いが、功はそれを妹にさせようという気も無かった。
作りたければ作って良いが、妹をそういった役割で家庭に縛り付けるつもりもさらさら無かった。
だから吉葉家のご飯の用意は大抵兄の功が用意して、なつは補助的に動くのが通常だった。
「お兄ちゃん、早く結婚すれば良いのに…。」
そんな兄、功の姿を見ながら、なつは口癖の様に言う。
「俺が結婚したら、お前どうするんだよ。」
なつに言われた時、功は決まってそう返した。
「あたしは別に自分で用意出来るもん。お兄ちゃん、あたしの事気にしている間にどんどん歳取っちゃうよ。」
「そんなにいきなり老けてたまるか。俺はまだ若いんだぞ。」
なつが功の答えに、
「だってさ~、その、奈巣野さんだって、素敵な恋人が居るって言うし~、お兄ちゃんもいい加減見つけなよ。」
なつの言葉に功はぎょっとする。
「お前ら…そんな話してるのかよ。」
如何にも面倒くさそうな返しをして、それ以上は、止めた止めた、と味噌汁を飲みながら箸を掴んだままの右手を振ってその話題を切り上げる。
二人座卓に座り夕飯を食べている中、お茶の入ったグラスに口を付けながら、なつは兄、功の姿を上目遣いに眺めた。
緑の濃淡が織りなす星。
空気が濃く、それでいて体は軽く感じる土地。
アミュラは妖精達やツァームとの一件があってから、小さな切り株のある秘密の場所へは赴かず、別の場所で花冠を作成していた。
作成してみて初めて気付いたが、いつもの秘密の場所で編んでいた花冠と出来上がりが微妙に違っていて、それは作成する場所の違いなのかどうか、アミュラには分からなかった。
花冠を作成し終わると、いつもの様に腕に花冠を通し、石碑へと移動する。
アミュラの周りには淡い色とりどりの光が常に寄って来る。
別の場所での花冠の作成では磁界をかけなかったので妖精達の姿に変化する事無く淡い光のままだ。
そんな淡い光達に対してアミュラは度々キッと睨みつけた。
それでも妖精達との会話が無くなった事に段々と寂しさを覚えて、今度花冠を作成する時には元の場所に戻って磁界をかけようかとも、ちらと思う。
アミュラは石碑を回り、花冠を次々に捧げていった。
アミュラが回った後の石碑には花冠が石碑中央に飾られ、大きな石畳の印象が見違える様に華やいだ。
巡回最後の石碑の前に立つと、アミュラは花冠を石碑にそっと飾って後ろに下がり、石碑を見つめる。そして手を合わせて一瞬だけ目を瞑る。
それが済み、目を開けて何をしようかと辺りを見回し思案すると、袖の中からふかふかの毛玉ミジェルを取り出して腕に抱えながら森の中へと入って行った。
林の奥の二棟の家。
夜、漆黒の様相を見せる手前側の家の2つの丸い天窓から、今夜も淡い光が漏れ出している。
有津世の部屋のドアにノック音がして、お兄ちゃん、ちょっと良い?と友喜の声がして有津世がドアを開けると友喜が立っており、すっと部屋の中に入って来た。
「友喜、どうした?」
友喜は父親から借りたラップトップコンピュータを両手に抱えて有津世に指し示した。
「お兄ちゃん、奈巣野さんにこのメール、送ったでしょう。」
送信済みのメールボックスを開き、友喜が言う。
「…ああ。送ったよ。友喜には話すのまだだったね。」
有津世が落ち着いた調子で言う。
「これって…。お兄ちゃん、本当なの?」
有津世は頷く。
「本当だけど、特に気負う事も無いと思うんだ。ただ、事実として知っておく事は有効かと思って…奈巣野さんにも知らせたんだ。」
「そう…。」
友喜は有津世と一緒に机に置いたラップトップコンピュータのモニター画面を眺める。
友喜の憂いがかった表情を見て、有津世は言葉を足すために口を開いた。
「友喜は…キャルユは、…多分こっちに来て、その一端を担っている。これは俺の憶測だけど…。そう考えると、キャルユがこっちに、友喜に重なって存在しているっていうのも納得出来るんだよ。俺達は一緒の働きをしている様で、実は三人共違う。」
そう言う有津世の顔を、友喜はじっと見つめた。
「お兄ちゃん、それはツァームが倒れた時に…?」
「そう、倒れた時に、あのひび割れた石碑の主に会って知ったんだ。ツァームはアミュラにその事実を断片しか伝えようとしなくてさ。だからアミュラが参ってる…。」
雨見の事を想い、悔しそうな表情を微かに覗かせた。
「打開する方法は、」
「あちらの世界が進むのを待つしか無い…か。」
友喜の言葉に、そういう訳なんだ、と有津世が相槌を打ち、友喜はふとロフトの方を見上げた。
友喜の視線の先を有津世が辿ると、天窓からきらきらとした白い光の粒子が注がれて、ぽわぽわが姿を成して有津世の部屋に現れた。
「あ…。」
有津世は思わず友喜を見守る。
ぽわぽわから、透き通った小学生の姿の友喜が出てきた。
有津世の隣の友喜を見つけると、次の瞬間には友喜の目の前に下りて来た。
友喜は小学生の姿の友喜を見つめると、何かをまた話している様だった。
有津世の耳には何も聞こえてこないけれど。
有津世は友喜に目を見張っていたので後ろのデスクの上に置いてある飴色の石が、ぽわぽわの動きに呼応するかの様に輝いているのに気付かなかった。
都内アパート。
則陽は今日も午後から副業のオフィスに行く日だったから、梨乃は自分のデスクトップコンピュータを起動して、それを弄っていようと決めていた。外でお昼を二人一緒に食べてそのまま則陽と別れてから、一人則陽のアパートへと戻りデスクトップコンピュータの画面前を陣取る。
映し出されたデスクトップ画面には、この前ツピエルに依頼された犬のゲームのキャラクター修正用のフォルダがそのまま残っており、梨乃はそれを見ると僅かに口角が上がった。
その修正作業が自分にとって面白く感じられたからだ。
「あら、レディ、居たの。」
ツピエルがのこのこと通り掛かる。
「そう。午後、暇なの。」
梨乃はキャラクターデザインをツピエルの要望通りに修正してからツピエルに気に入られ、”レディ”と敬意を持って呼ばれる様になっていた。
「じゃあアタシと一緒にお茶しましょ。」
梨乃は頷くと、ああ、でも私飲み物無い、と梨乃が気付く。
「自分で淹れりゃ良いじゃない。それとも何?それくらいも出来ないの?」
ツピエルが梨乃の事情を知って深堀する。
「違うの。今飲みたい物が家に無いだけ!どうしよう、買ってこようかな…。」
人間はほんっとにまどろっこしいわねえ、とツピエルが言い、梨乃はちょっと買って来る、と鍵と財布を持って部屋を出て行った。
則陽のアパートのある場所は、ちょっと出て直ぐに買い物も出来る場所だから、便利で有難い。この場所を決めたのも、実は二人でだったが、梨乃はそれを思い出し胸が温かくなった。
テイクアウト出来るコーヒー店に辿り着くと、梨乃はお目当ての種類の飲み物を一つ選び、会計をして出来上がりを待つ。
待ち時間、近くの空いている席に座って店内を眺める。まあまあ人が居る。
こういう場所で休日の午後を過ごすのも良いけれど、梨乃は最近は自分のデスクトップコンピュータやら、ゲーム機の表示されるテレビ画面やらに出現するツピエルとのやり取りが気に入っていたから、則陽のアパートの部屋で過ごす事が多かった。
注文した飲み物が出来上がり、梨乃は自分の分を手に取り店を後にする。
則陽のアパートに戻ると、ツピエルが犬のキャラクターと遊んでいる。
梨乃の修正した犬のキャラクターが相当お気に召した様で、何度も抱き上げて犬に対して猫可愛がりをする様子は見ていて面白い。
「あら、帰ったのね。お好みのがあったの?」
ツピエルが聞く。
「うん。今日のは…」
梨乃は自分が選んだ種類をツピエルに伝える。
ツピエルは画面の中から梨乃の選んだ飲み物を覗き込み、その種類を研究する。そしてツピエルも気に入ると、自分がお茶する時に作成して、自分もその味を確かめるのだった。
「なかなかじゃない。」
「ね。」
梨乃と同じ種類の飲み物をツピエルも自ら作成して、画面の外と内側でお茶タイムだ。
「あ、今日はクリスタルの中に入れるかな…。」
梨乃も割と試していたが、クリスタルの中には毎回入れる訳では無かったのは、有津世達の所と同じだった。
いつの間にか起動しているゲーム機の、クリスタルがくるくると回る映像がテレビ画面に表示されているのを目にして、梨乃は呟く。
「さあ、どうかしらね。レディ、試すのよ。」
「うん、やってみる。」
ツピエルがデスクトップコンピュータの画面の中から見守るなか、梨乃はゲーム機のコントローラーを握ってカーソルを合わせ、Aボタンを押してみた。
林の道。
学校の帰り道、有津世と雨見が並んで歩いていた。
「奈巣野さんに、メール、送っといたんだ。」
雨見が有津世の顔を見る。
「一連の事は、多分彼にも関係あると思うんだ。だから、必要だと思って。」
雨見は有津世の顔を見上げながら、無言で軽く頷いた。
雨見の表情を見て有津世は口角を上げて静かにほっと息をついた。
「…あ、」
「有津世、どうしたの?」
声を漏らした有津世に再び有津世の事を見上げた雨見が聞いた。
「今日は…どうする?ただ和むだけにする?それとも、」
「う~ん、作戦会議で良いよ。どうせその話になっちゃうし、私達。」
「…うん、分かった。」
有津世が雨見の言葉に穏やかに答え、雨見も微笑んだ。
雨見は一時期よりはぐっと落ち着いた。聞くと夢の中のあちらの世界の状況が停滞しつつも、妖精達に対する怒りは収まってきているとの事だ。
なんにせよ、ちょっとずつではあっても良くなってきている、二人はそう信じる事にしたから。
先行き不透明でも、こちらの世界ではなるべく楽しく会話するのを心掛けていた。
「じゃあ、後でね。」
「うん。」
お互いの家の前まで辿り着くと、二人は一旦それぞれの家の中に入って行った。
6階建てのビルの4階、則陽達のゲーム会社だ。
則陽と功は、入り口の観葉植物ノーリの前にパイプ椅子を引っ張り出して、二人会話をしていた。
「土曜日はありがとうな。」
「いいえ、どういたしまして。吉葉先輩は、あの後は妹さん、大丈夫だったんですか?」
何でも、家を出てくる前にご機嫌斜めになったと功から聞いていたので、その確認だ。
「機嫌、戻ってたよ。あれくらいの年頃に良くあるのか知んねえけどよ。時々訳分かんねえタイミングで怒るんだよな。」
それを聞いて則陽が、ふ、と笑いをこぼした。
「先輩、妹さん想いなんですね。そういう一面、知れて良かったですよ。」
妹の話題が持ち上がると途端に和らいだ表情になったのを見た則陽が微笑ましそうに功に告げる。
いや、俺のは普通だろ、と功は則陽の言葉を気楽にかわした。
「友喜ちゃんの友達だし、さぞかし良い子なんでしょうね。いつか会わせて下さいよ。」
則陽が言う。
「あ?うちの妹、そんな簡単に会わせるかよ。見世物じゃねえんだからな。」
則陽が功の言葉に微笑んだ。
「そうだ、土曜日、また行くんですか?もし行くならオフィスできっと会いますね。」
「どうかな、妹があんな調子だったしな…、ちょっとまだ分かんねえわ。」
会話が途切れてふと観葉植物ノーリを見ると、ノーリは今も尚、淡く虹色に光っていた。
「癒されるな…。」
「はい。」
二人は少しの間、ノーリから溢れてくる淡い光を眺めていた。
「柚木有津世くん!」
高い声音で自分の名前をフルネームで呼ぶ声がした。
気付くと、そこは明るい黄緑色の四角い箱の様な空間で、有津世は今回はクリスタルの中に入れた事を理解した。
振り向くとそこには梨乃が立っていて微笑んでいて。
「ほんのちょっとだけ、久し振りだね。」
梨乃が気軽に言う。
有津世は頬を僅かに赤くして、梨乃に、はい、と答えた。
二人はその場に座り、何と無く話し出す。
「あ、この前は、友喜がありがとうございました。」
友喜が梨乃に会うと聞いていたから、その事を梨乃に告げると、
「こちらこそ、だよ。ありがとう。友喜ちゃんに会う事が出来て、嬉しかったよ。」
梨乃が微笑む。
「則ちゃんへのメールにも、有津世くん、書いてくれたね。」
有津世は則陽へのメールに一言礼を、文末に添えていた。
梨乃はその事を覚えていて有津世に言った。
「友喜、喜んで出掛けて行ったんで…、それでです。」
そっか、と前を向いて相槌を打つ梨乃の横顔を有津世は眺めた。
「奈巣野さんは、元気ですか?」
「うん、則ちゃんは、元気。」
嬉しそうに梨乃が言う。
有津世は梨乃の放つ一言一言に無意識に癒されながら、その姿に惹かれる。
「有津世くん達は……今が踏ん張り時なのかな。」
何も話していないのに、梨乃はまた、有津世が驚く言葉を口にする。
この人は、何故分かるのだろう。
有津世は梨乃をまじまじと見つめた。
「…ああ、ごめんね。なんか有津世くんと話してると分かっちゃうの。何でだろうね…自分でも分からない…でも、」
有津世がその先を黙って聞く。
「これからどんどん強くなるみたい…。」
梨乃が放つ言葉の意味が分からずに、有津世は聞き直す。
「それってどういう意味ですか?」
「うん…有津世くんが、今よりももっと強くなって、今の状況を乗り越えるの。」
梨乃は何の根拠を持ってそういう事を言うのだろう。
「何だろうね、私の…。よく分からない。」
梨乃は有津世に微笑む。
有津世は梨乃の顔を真剣に見つめて、そして今の自身の状況を思う。
「梨乃さんも…もしかしたら…。」
「え?」
「俺達三人が別の星の記憶を持つ様に、…梨乃さんも、ひょっとしたら…。」
有津世はその可能性を、梨乃に示唆する。
梨乃は真顔になって、首を傾げた。
石碑が傍らにある草原。
雨見はいつの間にか自分がその場所に立っていたのに気が付き、辺りを見回す。
するとそこに、幼い少女二人を見つけた。
雨見が興味をもって近づいて行くと、一人が振り返り、雨見は驚いた。振り返ったのが小学生の姿の友喜だったからだ。
その隣には、黄緑色のウェーブがかった長い髪の、友喜よりもずっと幼い少女が居る。透明がかった薄黄色の生地が幾重にも折り重なった美しい衣装を身にまとっており、雫型の額の石が印象的だ。雨見はその少女がキャルユである事が分かった。
これはいつか、あのゲーム会社の奈巣野さんから、恋人の梨乃さんがクリスタルの中で体験して知らせてくれた状況と同じだ。
「えっと…キャルユ、友喜ちゃん…。」
雨見が恐る恐る声を掛ける。
「雨見ちゃん、ようこそ。」
小学生の友喜は雨見に言った。
雨見はその言葉を聞いて、驚いた。
その姿は友喜であるけれど、醸し出す雰囲気が小学生の時の友喜と似て非なる。
私はこの友喜ちゃんは知らない…。
「えっと…、」
「色々と疑問に思うでしょうね。無理も無いわ。」
小学生の友喜が、小学生らしからぬ口調で言う。
目の前の友喜は、雨見が問いを発するのを待っているかの様に見えた。
雨見は遠慮がちに、けれど、直接的な言葉で、友喜に問い掛けた。
「どうしてあなたは友喜ちゃんと分かれて居るの?」
いつものカフェのお気に入りのテラス席。
そよそよと風が吹いていて、その風にノートから顔を上げ、気持ち良さげに伸びをするなつが居る。
なつの姿を見て、友喜は話し掛けた。
「なっちんが勉強頑張ってるのって、なっちんのお兄ちゃんの為…?」
「あ、うちのお兄ちゃんの名前、功って言うの。これからは功お兄ちゃんって言ってくれる?」
友喜が目を丸くして、突然なつから飛び出たリクエストに、…うん、分かった、と言う。
「お兄ちゃんの為って言うか…、あたしがしっかりしないと、お兄ちゃんがいつまでたってもあたしのお守から抜けられないから、自立したいの、早く。」
なつが言う。
それを聞いて、なつの、なつの兄、功に対する想いが自分の兄に対するものとは随分と方向性が違うと友喜は改めて気付く。
「功…お兄ちゃんはさ、なっちんが頑張ってるの、見てるよ。」
そんなに焦る事無いと思うけどな、と友喜は再び思う。
ノートに目をやって、勉強を続けるなつの姿を、友喜は目で追う。そしてそれを見習って、友喜も自分の広げている教科書とノートに視線を落とした。
夕暮れを過ぎて、辺りが暗くなる。
多くなった通りの人波からこちらの席の人影を見つけて、なつの兄、功がテラス席への階段を上がって来る。
「勉強熱心だな。」
勉強道具を広げて二人専念している姿を見ると、功はそう言って声を掛けた。
「今日はいっぱいしたよ!」
胸を張って言うなつに、偉いな、と言ってから、功は友喜の顔を見て声を掛けた。
「則陽がさ、友喜ちゃんに、よろしく伝えてくれってよ。俺が友喜ちゃんの事知ってるの聞いて、喜んでたよ。」
「奈巣野さんが…。」
友喜は功からその言葉を聞いて表情が明るくなる。
「…私、奈巣野さんにはクリスタルの中でしか会った事無くて…いつか実際に会えますかね?」
浮かれた調子で友喜が言うのを見て一瞬押し黙るも功は友喜に答える。
「ん?ああ、うん…、てか、友喜ちゃんはあいつの恋人と友達なんだろ?則陽からそう聞いたよ。」
「…はい、そう。梨乃さん。とても素敵な人なんです。」
功は友喜の反応を伺う。そして少しの間を置いてから、また口を開いた。
「だったらその、則陽の恋人通じて直接会う機会はひょっとしたらあるんじゃないか?」
あくまでも気楽な感じに返した。
「…そうですね、」
うんうん、と頷く友喜は、何処か遠い目をして笑みを浮かべた。
功は胸の内で、なんだ、あいつはよぉ、と則陽に突っ込みを入れたくなる。
そうしてもう一度友喜の顔を眺めた。
ったく、と功は思いながら、なつと友喜を交互に見て、
「おう、そろそろ帰るぞ。」
気を取り直してさばさばと号令をかけた。
「お兄ちゃん、あたしちょっとお手洗い。」
ん、そうか、と功は頷いて、同じテーブルの空いている椅子を引いて座った。
片肘を付いた手に、顎を載せてふうっと息をついて、しばしなつを待つ。
そんな功の仕草を友喜は目で追っていた。
友喜の視線に気付いて功が言う。
「あ、友喜ちゃん、急ぐなら先帰って良いぞ。なつには言っておくからよ。」
すると友喜からは、大丈夫、一緒に待っているとの答えが返ってきて、功は、そう?と短く返した。
友喜はのろのろと自分の勉強道具をしまい始め、その様子を功は何と無く眺める。
その内になつが戻って来た。
「お待たせ。お兄ちゃん、友喜。」
戻って来たなつに、お前も早くしまえよ、と功が言う。
はーい、と、返事をして自分の勉強道具を片付けながら功と友喜の姿を横目で見て、なつは、にんまりと笑った。
雨見が草原で小学生の友喜と幼いキャルユと出会った場面での「私はこの友喜ちゃんを知らない。」の直後の一文を削除しました。(2026年1月8日)




