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見上げる空に願いを込めるのは何故だろうか(仮)  作者: 晴海 真叶(はれうみ まかな)
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心待ち

 地表のほとんどが緑色に埋め尽くされた、空気の濃い星。


アミュラが石碑の傍でふかふかのミジェルを胸に抱きながら座り込み呆けていると、草を踏みしめる音が聞こえた。

見上げると、アミュラに向けて穏やかに微笑んでいるツァームの姿があった。



「アミュラ。ここに居たんだ。」

ツァームがアミュラの近くに寄って来て、直ぐ隣に腰を下ろす。

ミジェルを抱いているアミュラの手に僅かに力が入った。



「花冠、捧げていたの?」

「うん、そう…。」

アミュラの答えを受けて、ツァームは脇に置いてある花冠の山に目をやった。


「残りの分は、一緒に行こうか?」


アミュラは無言で首を振り、ツァームは顔を曇らせる。



「アミュラ…どうしたの?」


ツァームは穏やかな口調で尋ねた。

アミュラは答えずに、前を向いたままだ。


「…。」

返事を待ってアミュラの様子を伺っていたツァームは彼女が胸に抱いているふかふかの毛玉の存在に気付いた。


「その子が…アミュラが以前から話していた、額の石の言う生き物なのかな。」

「分からないの…。」

「妖精達には聞いてみた?」

アミュラは首を振った。


「妖精達は…大抵あたしが望む答えはくれないんだ。さっきだって…。」

「さっき妖精達と何かあったのかい?」

そうだと答えようとして振り返り見た時、ツァームがアミュラの事を見つめていたのに気付いた。


「…あ、」

アミュラの頬が見る見るうちに紅潮していく。


「ううん、あの…、何でも、何でも無いの。」

思わずアミュラは顔を背ける。

ツァームは、そんなアミュラの反応に新鮮な驚きを得ていた。


「アミュラ?」

「…。」

「その子、触らせてくれる?」


アミュラは無言でミジェルを持ち上げ、ツァームの方をあまり見ない様にしながら手渡した。


「名前は付けたの?」

両手で丁寧に受け取ったツァームが尋ねた。


「…ミジェル。たった今、付けたの。」

「ミジェルか…。よろしくね、ミジェル。」

顔の前までミジェルを持ち上げて挨拶をし、本当にふかふかなんだねと嬉しそうに感想を言った。

無邪気に喜ぶ彼の横顔を視界の端に入れて、アミュラは俯きながらも僅かに頬を緩めた。


ツァームがアミュラの正面に移動してかがんで毛玉状のミジェルを手渡してきた。


「はい、アミュラ。ありがとう。」

真正面に来たツァームに少しだけ目を見開いてから、アミュラはミジェルを受け取った。



「ねえ、アミュラ。」

目を伏せてツァームを見ようとしないアミュラに、改めて声を掛ける。


「君が、キャルユの居なくなった事や今回の変化に心を痛めて、今の気持ちが停滞しているのであれば、それもしょうがない事だと思う。ただ、僕達には協力してやるべき事がある。それは、分かるね?」

アミュラが頷く。


「今は転換期なんだ。僕達の変化も、それに対応している。」

ツァームはアミュラの両肩に手を添える。


「だから、共に、乗り越えよう。」

アミュラの目を見つめて真剣な表情でツァームは言った。


その目を見つめ直してみたけれど、ツァームの投げかけた言葉は、アミュラの欲しい言葉では無かった。途中で途切れた妖精達との会話と同じく、不完全燃焼で。



「…ツァームは、」

「うん?」

「ツァームは…何を授かったの?」


気を失っている間に石碑の主に会ったとは聞いたが、ツァームの新たに授かった能力などの詳しい話は未だ聞いていなかった。


「その…すごいな、って、傍から見ていて思ったの。石碑の前でツァームが何かの術を行っていた時に…。」

キャルユもこの地を去る少し前に、自分の見た事の無い術を使っていて、そういう何かを、自分だけは持っていない気がした。


「アミュラ…。」

「あたしも出来たら良いなと思うけれど、そういう能力は無いから…せめて、何をしているかだけでも知れたらと思って…。」


アミュラは力無く言う。

アミュラの言葉にツァームは屈んでいた膝を伸ばし、その場に立ち上がった。



「あれは…約束なんだ。エールを送る事にも繋がっている…。」

そう言って空を見上げた。


「今は転換期で、もう少し調整が要る。だから行っている事なんだ。」

ツァームは遠くの空を見つめたまま、彼から聞こえる声音には決意がこもっていた。


言葉の意味が呑み込めずにアミュラの戸惑いの色は強くなる。


「アミュラ、君だって必要な事をしている。だから、安心してアミュラはアミュラの受け持った役目を続けるんだ。」

「…。」


結局、今の会話でアミュラの気持ちが晴れる事は無かった。


残りの花冠を届けるのを、やっぱり一緒に行おうかと再度のツァームからの申し出をアミュラは頑なに断った。


「ううん、いい。あたしは、もう少しここに居るから。」

「うん、そう…、分かったよ。じゃあ、僕は先に行くね。」


ツァームは軽く息を吐いて、優しく微笑みながら告げた。

袖口に手を入れ中から小さな笛を出すと口元に当てて吹く。

白い光の粒子が彼を包んで、次の瞬間、彼の姿は霧散した。


振り返り、ツァームの居た空間を眺め、アミュラは視線を落とした。








 林の奥の二棟の家。

放課後の今の時間、今日も有津世の家には雨見が来ている。


有津世が淹れてくれた紅茶のマグカップを片手に、ソファに座った二人はお菓子を摘まみながらのんびり過ごしていた。

ふと思い出してしまった今朝の夢に雨見の表情が憂鬱に染まる。


「雨見。」

大丈夫?と有津世が尋ね、雨見が気を取り直して口角を上げて頷いた。


「ねえ、有津世。」

「うん?」

「有津世とツァームってよく似ているけれど、考え方とか性格は、少し違うね。」

「そう…?」

有津世が雨見の顔を覗いて聞き返した。


「うん、例えば…今くれている優しさが違う。有津世は…教えた方が良いと思って私に接してくれてるし、ツァームはその逆で…アミュラには言わないのが気遣いだと思ってくれていて…。」


「雨見がそう言ってくれるのは、有難いと思うよ。ありがとう、雨見。でもさ、現状、アミュラが悩んでいるんだし、彼は打ち明けるべきだと思うけれど…、彼って言っても自分の事なんだけどね…。」

自分なのに自分と違う決定を下しているあちらの世界の自分の思惑に対しての、ほんの少しの憤りが言葉に入り雑じった。


有津世からの返しに、ほらね、やっぱり違う、と心の中で雨見は思った。


雨見は想いを巡らせる。

ただのんびりする時間を作るはずが、結局は毎回あちらの世界の話になって、作戦会議とそうで無い境目が何だか分からなくなっている。

今まで日常的にお互いその話をしてきたのだから無理も無い。


雨見がふふ、と笑いを漏らし、有津世が雨見に注目した。


「私達、」


「この話抜きではいつの時も居られないんだね。」

「そうだね、こればっかりは、…しょうが無いね。」

雨見と一緒になって、有津世も微笑んだ。




 「ただいまー。」

玄関から友喜の第一声が聞こえた。


「友喜ちゃん。」

「友喜、おかえり。」


リビングに友喜がやってくると、友喜は二人をまじまじと眺めた。

ソファに掛けながら友喜の方へ振り返った二人が友喜と対面する。


「おかえりなさい。お邪魔しています。」

友喜は再度挨拶をしてきた雨見に微笑むと、有津世の方を向き、無言で真顔を見せる。


「何だよ!」

「ううん~、いつものチェック~。」

「チェック?チェックって、何のだよ!」

「着替えてきまーす。」

有津世の問いには答えずに、友喜は悠々と言い放って2階の部屋への階段を上がって行った。



「何だよ、あれは~。」

雨見が有津世の反応にくすくす笑う。

有津世は友喜の紅茶の用意をしにリビング手前にあるダイニングに立ち、雨見は有津世の行動を目で追いながら手にしている紅茶のマグカップに口をつけた。



着替えて1階のリビングに戻って来た友喜は、作戦会議お休みの主旨を有津世から聞いた。


「そっか、雨見ちゃん、アミュラの感情に引っ張られて…。一筋縄じゃいかないのは知ってる。私もキャルユと気持ちが同化してたあの時は、自分自身、どうしようも無かったから…。」


雨見が頷いて、有津世は心なしか、しゅんとした。


「クリスタルの中の世界にまた三人で入れて、飛んだ先があちらの世界で、今度はアミュラ達に直接話し掛ける事が出来たなら、一気にこの問題が解決しそうなのにね。」

「そうとも思うけど…そんなに上手くいくかな。」

「どうだろう…。」


丁度その時、ゲーム機が起動して、テレビ画面にクリスタルがくるくる回る映像が表示された。


「…今は作戦会議お休み中でしょう?どうしてたの?」

クリスタルの画面の表示を見た友喜が聞いた。


「放っておいてた。」

「うん。」

今の様に画面が表示されても、コントローラーを触りもしなかったそうだ。


「どうする?」

「うん、良いよ。」

有津世が雨見に聞いて、雨見はゴーサインを出した。

二人のやり取りを見て、友喜は二人と一緒にテレビ画面に目を向ける。


「じゃあ押すよ。」

有津世がゲーム機のコントローラーを手にして、カーソルをクリスタルに合わせてAボタンを押した。








 「次の土曜日の午後なんだけど、ちょっと付き合ってくれねえか?」

6階建てのビルの4階、ゲーム会社の入り口の観葉植物ノーリの前で、則陽と吉葉がパイプ椅子を広げて座り、話をしていた。


「この前お前にさ、名刺貰った所に行ってみようかなと思ってるんだよ。」

「…えっと、一人で行けないんですか?」

則陽が呆れて吉葉に返した。


「そんな事は…いや、だってよ、事情知って、いきなり一人で、ってのは…流石に…。」

口に手を当て、もごもごと言葉を濁す吉葉を見て、この人はこんな可愛い所があるのかと則陽は思った。

ぱっと見の外見からの印象と中身が噛み合わない。

こっちがこの人の素なのだろうと改めて思った。



「まあ…関係者以外は入れないと思いますし他の人に頼めと言っても他が居ませんしね…。分かりました。土曜日の午後ですね。」

土曜日は大抵自分もその副業のオフィスに行くんだし、まあいいか、と則陽は請け合った。

吉葉が安堵の息と共に、おう、よろしく、と返す。


話したかった話題のひと通りが済んで、則陽と吉葉はパイプ椅子を畳んで片付けると、観葉植物ノーリにお礼の挨拶をして、双方がノーリを眺めた。


「…綺麗ですね、ノーリ。」

「ああ。」

挨拶の瞬間に煌びやかな光を放つノーリから癒しを強く感じて、二人は自然と表情が和らいだ。








 「で?入れたの?」


いつものカフェのテラス席で、なつが友喜に尋ねた。

なつはミサンガを着けた右手でいつもの様にいちごシェイクのストローをくるくる回し、最後に一口シェイクを口に含んだ。

友喜は首を振った。


「今回は入れなかったの。なっちん今度さ、雨見ちゃんと家のお兄ちゃんにも、もや、掛かって無いか見てよ。」

先日の作戦会議お休み中に三人が揃いクリスタルの中に入る試みをした事をなつに話した友喜が頼んだ。


「あたしが行ったって余計でしょ。友喜、能力伸ばしなよ。きっと出来るって。」

光の筋、相変わらず見えてるんでしょ?となつが言う。


「まあ、それは…でもそれだけだよ。」

次の瞬間、あっ、と友喜は言う。


「…何、どうしたの?友喜。」


この前、梨乃に会った時、梨乃の眉間からも何か見えてたと友喜は突然思い出した。

なつにその事を告げると、


「うん、何か、そういう物らしいよ。後から見えていたって気付く例、割と多いかな。あたしもだもん。」

お兄ちゃんがよく教えてくれるの、となつは言った。


「なっちんのお兄ちゃんと、そういう話は、よくしてるの?」

「昔はね。今はあまり、お兄ちゃん側からはしたがらないかなあ。」


なつが真顔に戻って言ったのを見て、友喜は、ぽろっと口にする。


「なっちんのお兄ちゃんってさ、繊細なんだね。」

「…。言われてみれば。」


なつも頷く。

繊細だから、あの昔の出来事にあそこまで傷ついて、話す話題についてもあんなに気にする様になっちゃって、…。そうか、繊細って言葉も、家の兄に当てはまるなあ…。

しみじみとなつは思った。


「ねえ、友喜、今週末も、来てくれる?」

「ええ~、でも前回、何か途中で追い出しちゃったみたいじゃない?」

「あたしもなるべくお兄ちゃんに掛け合うからさあ。」

懇願する様に頼み込んでくるなつを友喜は横目で見る。


「なっちんって…本当になっちんのお兄ちゃんの事大好きなんだね。」

なんだ、私も普通じゃん、と友喜が言う。


「ええ~、友喜のとは違う。」

なつは断固として否定して、友喜が少しむっとした。


「何よう、それって差別じゃない?」

「差別じゃないよ、区別です~。」

なつが取り合わない。

ま、どっちにしろさ、となつが言って、


「あたしはお兄ちゃんに幸せになって欲しいの。ただそれだけ。」

「…。」

見上げた事を言ってのけた。

それを聞いた瞬間、確かに自分とは方向性が違うのかも、と友喜は思った。



 こんな話がずっと続いて、用意した勉強道具には今日は二人共ほとんど手をつけず仕舞いだった。

夕暮れが迫り、その夕日を背に、なつの兄がカフェに辿り着いた。


道路側からテラス席へと繋ぐ階段から来たなつの兄はなつ達のテーブル前に立って二人に挨拶をした。


「よっ。」

「何、お兄ちゃん、今日は早いじゃん。」

「早いと悪いか。」

「悪く無いけどさ~。」

なつがぼやく。

友喜は小さくお辞儀をして、なつの兄はなつに答えながら友喜に軽く会釈して答えた。

友喜達の席の空いている椅子を引いて、おもむろに座る。


「お兄ちゃん、注文聞きに来ちゃうよ。」

「ん?大丈夫だろ。」

ガラスの内側の店内を眺めてなつの兄が言う。

何をするでも無く、片肘をついたその手に顎を載せ、なつと友喜の二人を見守る。


「お兄ちゃん、今週の土曜日も、友喜に来てもらって良い?」

なつがなつの兄に聞く。友喜はなつに振り返り、二人のやり取りを見守った。


「ん?ああ、良いぞ。」

なつの兄は気軽に答えた。


「てゆうか、今までお前、俺にわざわざ聞いて無いだろ。なんでいきなり聞くんだよ。」

なつの兄はなつに突っ込む。


「お兄ちゃんにその場に居て欲しいんだもん。」

「…そうか、分かった、居てやるよ。やる事ねえけどな。」

なつの兄は、なつの事を、まだまだ子供だな、と思ったみたいだ。そしてその一拍後に思い出した様に付け加えた。


「あ、午後からちょっと出るんだった。昼までは一緒に居れるけどよ、夕方には帰るが…それでも良いか?」

「え、出掛けちゃうの?午後からかあ…じゃあそれまでは一緒に居てよ。」


ああ、そうするよ、となつの兄は答えてから、友喜の顔を見た。


「…俺が居て邪魔じゃねえのか?」

「そんな事…!」

滅相も無いと、友喜は慌てて首を振る。


「まあ、良いわ。よし、そろそろ帰るぞ。」

「はーい。」

なつが答えた。

なつに合わせて友喜も帰りの準備を始める。

なつの兄は淡々とした表情で、片付けをする二人を眺めていた。








 住宅街の一角にて。

友喜は『吉葉』と記されている表札の家のインターホンを押した。


「はいはーい。」

なつが答えて玄関ドアを開き、友喜をいそいそと中へ招き入れる。



「お邪魔しまーす。」

「よっ。」

今朝はなつの兄も起きていて、玄関でなつの後ろに立って友喜を出迎えてくれた。

友喜はなつの兄に向かって軽くお辞儀をすると、後を付いてリビングのある奥へと進む。

座卓の脇で鞄を下ろしてちょこんと座る友喜に、飲み物用意するね、と言い、なつはダイニングに立った。


ダイニングの席に座ったなつの兄は、なつの冷蔵庫を開閉する動作を目で追いつつ、2つのグラスを席から立って食器棚から取り出しダイニングテーブルに置いた。


「ありがとう、お兄ちゃん。」

「うん。ところで昼はどうする?」

「ああ、どうしよっかな。ね、友喜。」


友喜はダイニングに居るなつに頷いて、う~ん、と唸る。


「この前のバーガーでも良ければ、買って来るぞ。友喜ちゃんは?」

良いね、良いねえ、となつは明るい調子でなつの兄に合いの手を入れてから、友喜は?と聞いてきた。

友喜も笑顔で頷いてから、思い出した様に慌てて言った。


「あ。今度こそ、お代は払いますから!」

「別にそれは良いって。なつと遊んで貰ってるんだからよ。この前の種類のは美味しかったか?あれと同じのにするか?」

「お兄ちゃん、前回買った種類、覚えてるの?」


訝しんだなつがなつの兄に問い質して、彼は、うん、多分、と、曖昧な返事をした。


「怪しいなあ。美味しそうなのだったらさあ、良いよね。ね?友喜。」

なつが友喜に問い掛けて、友喜は同意をした。


「んじゃあ適当に3種類を仕入れてくるか。昼近くになったら、買いに出るからな。」

なつの兄は二人に告げた。

そこまで話が済むと、飲み物を注いでリビングの座卓に戻ったなつに友喜が向き直り、二人は別の話を始めた。


「今まだ雨見ちゃんが気持ちを引きずられちゃって、ちょっと大変なの。」

なつがふんふんと頷く。


「結局その後もクリスタルの中には入れず仕舞いだったし…。」

「友喜はどうなの?」

「私は、蚊帳の外かな。キャルユが被って居ようとも、気持ちの面では引きずられなくなったし。記憶も相変わらず戻りはしないし、小さい自分を見たって言っても、あの時だけだったし。…何か一人、お気楽になっちゃって。」

肩をすくめて友喜が話す。


「それは、良い事なんじゃない?」

「うん。でもね…。お兄ちゃんが奈巣野さんに書いたメールを読んで驚いたの。」

昨日見たんだけどね…と友喜は話す。

なつの兄はダイニングの席に座りながら、聞き流せない一言を耳に入れて、思わず唸る。


「あー…、」

唸り声はリビングまで聞こえて、なつと友喜はなつの兄に振り返った。


「なあに、お兄ちゃん。どうしたの?」

なつの兄は、


「あー…えーと…。」

言葉を濁している。


「何なの?勿体ぶって無いで言ってみてよ。」

なつが急かした。


二人はなつの兄の口から次の言葉が出てくるのを待った。


「えーとな、…それ、俺の会社の後輩なんだ。」



なつと友喜の動きが止まった。


「…今、何て…?」

なつが聞き直す。


「奈巣野則陽ってさ、俺と一緒に働いている、同じ会社の社員なんだよ。」


「えっ!?」


なつと友喜は呆気に取られた。



「ちょっと前に則陽から聞いてよ、友喜ちゃん達とやり取りしている事を。」

なつは、兄の発言に、ひとしきり首を傾げた。


「なっちんのお兄ちゃん、ゲーム会社に勤めているんですか?」

「ああ、そうだよ。」

なつが一人、固まったままだ。


「むしろ驚いたのは、こっちの方だったけどな。」

なつの兄は淡々と言った。

思わぬ所で繋がっているものだ、と、なつの兄はつくづく思って二人に告げた。


「…え?」

なつは、まだ一人、驚いて固まっている。

友喜だってなつの兄からの発言に相当びっくりはしたけれど、なつの驚き様といったら、友喜となつの兄のそれと比較にならない程の驚き様だ。

友喜となつの兄はすっかりなつの反応に気を取られて、二人顔を見合わせて、同時に軽く首を傾げた。








 飲み屋街の一角。

地下2階まで狭く古びた階段を下りた所に、副業のオフィスがある。


則陽は、今日の午後は建物の手前で吉葉と待ち合わせをして同行した。


受付で吉葉が案内を受け事務手続きを済ますのを見届け、次に則陽も受付でいつもの手続きを済ませる。

吉葉は則陽の受付が済むのをわざわざ待っており、則陽は吉葉に奥へ行くのを促した。

と、吉葉の受け取ったマニュアル本にふと目が行った則陽が顔色を変えた。


「?」

吉葉が則陽に表情筋の変化のみで疑問を表すも会話の生まれない奥側の作業スペースではその雰囲気からして声を出すのもはばかられる為に二人のやり取りは途中で止まる。


則陽が自身の気に入っているデスクに着くと、その両隣が丁度空いていたのを見て吉葉は左隣の席に着いた。

次いでマニュアル本を開いてみるが、その途端に吉葉は目を見開いた。


「あっ!」

びっくりし過ぎて声が漏れてしまった。

今この作業スペースには則陽と吉葉の他に数名居て、彼等からの注目が一挙に吉葉へ向いた。

則陽は吉葉に目をやると、ついうっかり声出しちまった、ごめん、とでも言いたげに片手のひらを立てて則陽にジェスチャーしてきた。


その後も顎に手を当てて顔半分を覆う様にしながら、吉葉は驚愕の眼差しをマニュアル本に向けていた。


何だ、こりゃ…。

午前中の妹なつと友喜の話もだが、今居るこの場所は更に不可思議さがずば抜けていた。


 こいつはこんな場所でこの作業を行ってきたのか、道理で…。

このところの則陽の目覚ましい変化に納得だ、と、隣の則陽をちらと見て吉葉は思った。


開いたページからは飛び出す映像になってその内容が映し出されており、しかもそれが物凄い勢いで改変されていっている。

本の中身全体が音楽の様に流れており、眩く輝いて見えた。








 「なっちん、自分のお兄ちゃんがどういうお仕事してるか今まで聞いた事とか無かったの?」

先程のなつの驚き様に目を剥いた友喜がなつに尋ねてみた。


住宅街の一角。

なつと友喜は、なつの兄が午後から出掛けた後も、二人でお喋りを続けていた。

なつが驚いた訳をなつの兄の居る前ではなかなか言わないものだから、彼が出掛けた後で改めてしてみた質問だ。


「…聞いてたけど、特に気にして無かった。ほら、あたし、昔からゲームには興味無かったしさ。」

「ふうん、そっか。…なっちんのお兄ちゃんが奈巣野さんと同じ会社に勤めていて、私達とのメールのやり取りの事まで話す仲だったなんてさ、本当にびっくりだよね。」

「…。」

「なっちん?」

なつの様子がどうも先程からおかしい。


「ああ、ごめん。あたしさ、お兄ちゃんが変わったのって、好きな人が出来たからかと思ってたんだけど…。」

友喜がなつの言葉に、ふんふん相槌を打つ。


「変わったのってもしかしたら、その、奈巣野さんからの影響で、だったのかも知れない…って思ったら、ショックでさあ…。」

「何がショックなの?良い方に変わったのなら、むしろ喜ぶべきじゃない?」


「う~ん、だってさあ、お兄ちゃんが女の人を克服したのかもって思ってたからさ、もし奈巣野さんを起因とするのなら、その部分は、なんだ、変わらないじゃない、って。だって奈巣野さんって男の人でしょ?」

「勿論。」

「でね、そう思ったら、なんかさ、すっごく、すっごくすっごく、がっかりしてさあ…。」

なつが力無く言う。


「なっちんはそんなにお兄ちゃんに彼女が出来て欲しいの?」

なつは頷いて、早く結婚して欲しい、とまで言った。


「そんなに?」

友喜が目を丸くした。


「え、でも、なっちんのお兄ちゃん、まだ若いんでしょ?今いくつなの?」

「あたし達の9歳上だよ。だから、25歳。」

「まだまだ大丈夫じゃないの?」

友喜の言葉に、なつが、う~、と唸る。


「そんなに焦る事無いと思うけど…。なっちんのお兄ちゃん、私から見てもかっこいいし、あんまり急がせると昔の二の舞踏ませちゃうかもよ。」


なつは悶々と考えて、少し経つと、友喜の顔を凝視し始めた。



「何?なっちん。何か怖いんだけど…?」

凝視するなつの顔を見返して、後ろに身を引いて友喜が眉をひそめた。


「友喜、来週末も来れたら家に来て!」

なつが何かを決心した様に、座卓を両手でばーんと叩き、大きな声で言い放った。




友喜が吉葉家に遊びに来た際のなつの「飲み物を次いで」の部分を「飲み物を注いで」に訂正しました。(2026年1月8日)


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