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見上げる空に願いを込めるのは何故だろうか(仮)  作者: 晴海 真叶(はれうみ まかな)
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夕暮れ時

 私は見知った様に、あなたを見るんだ。

その先の明かりも、その先の暗闇も、同じ想いを抱えて共に生きたい。

それは叶わぬ夢なのですか?

そんな事は無いはずだ。

何故なら私達はもう出会っている。

出会っているのだから…。






挿絵(By みてみん)









 高い天井に、一見窓に見える、大きな照明が窓枠のデザインではめ込まれている部屋。


ソウイチは部屋にたった一脚のデスクセットの席で両肘をつき手を組みその上に顎を載せてモニター画面を見つめていた。


「はい、ご存じの通りこちらも順調です。」


ふと気づいた風に誰も居ない部屋で誰かに返事をし終わると、組んでいた手を解き、コンピュータのキーボードを打ち始める。


途中キーボードを打つ手が止まってモニター画面を見つめる彼は、画面より遠くの何処かを見ているかの様だ。


コンピュータ脇に置いてある透明の石はこころなしか強く光を帯びていた。








 カフェのテラス席。

梨乃と友喜の二人はランチを食べながら、昼下がりのひと時を過ごしていた。


「奈巣野さん…素敵な人ですよね…。」


友喜の言葉には憧れの念が表れていた。

梨乃は友喜の表情をよくよく観察して、


「…うん。友喜ちゃんには、やっぱり分かるか、則ちゃんが素敵な人だって。」

嬉しそうに笑顔を見せた。


「有津世くんも素敵ね。友喜ちゃんが気持ちを引きずられていたのが理解出来てしまうくらいに。」

クリスタルの中で会った有津世は、梨乃にとっても確かに魅力的に見えたから。


「でしょう?おかげで他が霞んじゃうの…。」


梨乃に肯定を示しつつ、だけれど言葉の終わりは何故だか発言した友喜自身が納得いっていない様で。

友喜が小首を傾げるのを見て、梨乃は柔らかに微笑んだ。


「どうやら…そうでも無いみたいね。友喜ちゃんだったら…、きっと大丈夫だから。」


梨乃を友喜がぽかんとした顔で見つめる。

だけれどそれに相応した言葉は友喜の口から出て来なかった。


「あ、ほら、また二人とも手が止まってた。ふふ。食べよう。ね。」

ぼんやりと考える友喜に梨乃が微笑みかけて言うと、一拍後に友喜も頬を緩めて頷き、二人は手に持ったフォークを再び動かし始めた。








 住宅街の一角。

「もう、お兄ちゃん何で出掛けちゃうの?」

「え、外の新鮮な空気吸いに行ったんだよ、悪いか。」

「いや別に、悪くは無いけど…さあ。」


なつが不満そうだ。


「友喜は帰っちゃうしさ、…まあその予定だったけど。」

ぼそぼそと文句を言う。


家のダイニングで友喜の分のグラスを片付けながら、なつは考える。

今回はあまり効果が無かったか。


「それより昼、どうするよ?」


グラスを洗っているなつになつの兄が聞いてきた。

なつは、強く言い放つ。


「たまには外食が良い!」

「ああ、分かったよ。」

なつの兄は、用意してくるからちょっと待ってろ、と言い、背を向けた。

上の階に上がっていく兄の姿を眺めつつ、なつは、はあ、とため息をついた。








 林の奥の二棟の家。


有津世は自分の部屋の机の席で、父から借りたラップトップコンピュータを開いていた。

モニター画面を前に、手元の飴色の石を手に取り見つめていた有津世は石を机の脇に置くとコンピュータを操作してメール画面を開き、キーボードでの入力をし始めた。


一旦止まり、有津世は卓上の本棚から水色の豪奢な装飾のノートを手に取り開いて目を通すと、再びキーボードを打ち込み入力をする。


文の内容をモニター画面で確認して、送信ボタンを押した。








 家から少し歩いて商店街に出た所の中華飯店。割と気に入っていて、たまに訪れる店だ。


注文を済ませて頬杖を付く兄の顔をなつが眺める。


「お兄ちゃん、休日なんだから、デートくらい無いわけ?」

「うるせえな、ほっとけ。」

いつもの様になつの兄が返してきた。



「あ、お兄ちゃん、髪の色、ちょっと変えた?」

「ああ、まあ、ちょっとな…。」


なつは兄の姿を凝視する。


「何だよ。」

「ん、いやあ…お兄ちゃん、好きな人出来た?」

「はあっ?そんなんじゃねえよ!」

ったく、うるせえな、と言って、


「お前ちっとは別の話題無いのかよ。」

とこれまたいつもの調子の文句で返してきた。


兄の姿をまじまじと見ながら、なつは考える。

選ぶ服もなんだかこれまでと違うみたいだし…。

なつは兄を見て、ふふん、と笑った。


「あ、お前、今バカにしただろ?」

「何言ってるの?違うし。」

突っかかってくる兄に対して、なつも強気に返す。


丁度そこに頼んだラーメンが来て、即座に箸を持ち食べ始める兄をなつは勘繰る様に眺めてから自分も箸を握った。








 都内アパート。

今日は梨乃が友喜に会いに行くと言ってお昼前に出掛けて行ったため部屋には則陽一人だけだ。


コンピュータ上での作業がひと段落ついてモニター画面を覗いたら新着メールの届いているのに気が付いた。


有津世からのメールだ。

メールを開いて目を通すも、途中で文章を追っていた則陽の目の動きが、ふと止まった。



しばらくしてメールを閉じコンピュータの電源を落とすと同時に、部屋のインターホンが鳴り響いた。


玄関に行きドアのレンズを覗くと、すらりとした長身の男ソウイチが一人ドアの向こうに立っている。


「…。」

則陽はドアを開けて唖然とした表情でソウイチを迎え入れた。


「ソウイチさん、こんにちは。…どうぞお入りください。」

「奈巣野さん、こんにちは。では、少しだけお邪魔します。」

その場で丁寧に一礼したソウイチは玄関で靴を脱いで則陽の部屋に入った。


ソウイチはテレビの部屋の窓辺まで進み、窓から外を眺めている。


「あの、コーヒーは…。」

「直ぐに帰りますので、大丈夫です。」


ソウイチは振り返り丁寧に断った。



「例のマニュアル本についてですが…。」

「ああ、はい。」

いきなり本題に入ったのを見て、副業オフィスの受付で問い合わせた件なのだろうと則陽は理解する。


「奈巣野さんがお気付きの通り、一部が変わっています。その変化については、これからも随時起こるでしょう。そうなる様に調整してありますから…。」

ソウイチの言葉を受けて、則陽は質問を重ねる。


「本そのものは変わらずに中身だけ変わると言うのは…。」

「奈巣野さん、私達は作業の中で既にそれをしています、本に限らずに。あなたが本について行っていなくとも、周りの方が…。」

「ああ…、じゃあ俺以外の誰かが、本の担当であると…?」

「はい。」

ソウイチの言葉を吟味しつつ、さらに則陽は問い掛ける。


「変わった中身についてですけど、以前が受動的だったのが多かったのが、能動的な中身が増えたと言うか…、積極的なのが多くなりませんか?」

「おっしゃる通りです。今はその時期ですので…。奈巣野さんはやはり素晴らしいです。そこまでプログラムの意図を汲み取っていただけるとは…。」

ソウイチが感心した様に言って表情には微かに笑みが乗った。



「あの、…ご存じかどうか分からないんですけれど、俺と知り合いの子達が居て…あ、クリスタルの事はご存じだから…?」


「?」


「実は…、クリスタル繋がりで知り合った子達が居るんです。あ、クリスタルってゲームの中に設置されたクリスタルの事で…。それで知り合った子達は、別の星の記憶があってその世界を助けたいと言って活動していて自分もその子達と今も交流を持っていて、それで…。」

ソウイチは則陽の言葉に耳を澄ませている。


「別の星でのその子達の活動は地球に直接関わっていると、有津世くんから…その子達の内の一人から、教えてもらったんですが…。」


つい先程受け取った有津世からのメール内容をかいつまんでソウイチに伝えてみる。

別の星の記憶を持つという時点で驚きの情報だけど、今回のメールはそれ以上の事が記されていた。


則陽は続ける。


「本の内容が変わったのはそのためでは…?有津世くん達が体験している別の星の出来事、自分も詳しくは知りませんが…それとプログラミングの作業内容とは常に連動しているんじゃないかと思えました。」


ソウイチは則陽の顔をじっと見つめてから口を開く。


「なるほど…。あなたはそれで、勘が良いのかも知れませんね…。」

静かな声音で返した。


「あなたのおっしゃる事…確かにその通りです。こちらの世界では…そうですか、有津世くんと言うのですか…。その情報は初めて知りました。」

驚いた様子も無しに静かな声音のままソウイチは続ける。


「私がつい先程まで思っていたよりも更にずっと、あなたは頼もしいのですね。あなたに、この状況に、私は深く感謝します。」


推測が合っていそうなのは則陽にも分かった。

だけどもこれ以上の説明がソウイチの口からなされる事は無かったので則陽の得た情報は最低限のものでしか無かった。


何かもうちょっと話を聞き出したかったが、当のソウイチは窓を眺めていて、話は終わったとでも言いたげな所作だ。

部屋に静寂が流れる中、ソウイチは則陽に振り返った。


「これからも引き続きのご協力に感謝します。では私はこれで…。」


「え、ああ、はい。…わざわざ来ていただいて、ありがとうございました。」



玄関でソウイチが靴を履く。

彼のひとつにまとめてある、肩より少し長い髪が、姿勢を傾けた拍子にさらさらと動いた。顔立ちは日本人と変わらないが、俯いた時に見せたその美しい切れ長の目は、何処か異国情緒を感じさせた。


話し足りない気がして則陽はソウイチに話し掛ける。


「あの…あなたは…、」

「はい。」

「歳、自分とそんなに変わらないですよね…?」

「はい。おそらくは…。」

そう答えたソウイチは、瞳の奥に憂いがこもっているかの様に則陽の目に映ったも、そう感じたのは一瞬で。

ソウイチは口の端を僅かに上げて、則陽に向き直る。


「それではお邪魔しました。共に活動して下さる事を、感謝しています。」

静かな声音で丁寧に一礼して、ソウイチは出て行った。



閉まった玄関ドアを一瞬見つめてから、則陽はドアに背を向けた。

まさか今回も則陽のアパートの部屋まで彼が直接来るとは思いもよらなかったから結構驚きだったのも相まって、則陽は感慨を胸に抱いた。


それにしても…最後にした質問は余計だっただろうか。

ソウイチは何か含みがあるものの言い方をした。…気のせいだろうか。

則陽の年齢を知らなくて見た目で判断してああ答えただけなのかも知れないが、その雰囲気には何か引っかかるものがあったから。



アパートの外階段を下り、ソウイチは道路脇に止めていた車の運転席に乗り込むとエンジンをかけてその場から去って行った。








 緑の濃淡の色味がほとんどの地上を埋め尽くす星。


アミュラは石碑の一つに辿り着き、花冠を捧げていた。

それが終わると残りの花冠を腕から外して傍の地面に置き、ふかふかの毛玉を取り出して胸に抱いて石碑の近くに腰を下ろした。


毛玉を撫でながらアミュラは一人、もの思いに耽る。

ふと毛玉を顔の位置まで両手で優しく持ち上げて目を合わせようとした。

正直何処が目なのか不明だったけれど、毛玉と意思の疎通を試みた。


「う~ん…。」


「…よし、決めた。あなたの名前はミジェルね。」


毛玉をじっと見て様子を伺う。ふかふかの毛玉はアミュラの言葉を受けてか淡くピンク色に光った。


「気に入った?ミジェル。これからもよろしくね。」

再度淡くピンク色に光ったミジェルを見て、アミュラの顔には朗らかな笑顔が戻る。

だけれど残りの花冠に目をやったアミュラは再び顔を曇らせて、ほうっと微かにため息をついた。


以前はこんな風に思い悩む事なんて何一つ無かったのに、何でだろう。

今、自分はキャルユみたいに思い悩んで、でも彼女はもうこの地には居なくて…。

…まるでキャルユが自分に置き土産を置いていったみたいだ。


アミュラは空を見上げて、キャルユの事を恋しく思った。

彼女は今、何処で何をしているのだろう。

立ち枯れた樹に再びエールを送れる様になったのは、キャルユが向かった先で何かを行ったからだろうか。


ふかふかのミジェルを撫でながら、アミュラはしばらくの間座り込んだままぼんやりと過ごした。








 6階建てのビルの4階。

吉葉が則陽を誘って、入り口の観葉植物ノーリの前でパイプ椅子を2つ広げて話をしていた。


「則陽、あれやっぱり紹介してくれねえかな。」


「え、副業の件ですか?」

「ああ…。ちょっと時間が出来そうなんでな。」


聞くと吉葉の家に最近妹の友達が週末遊びに来るみたいで、手持ち無沙汰になる時間があるそうだ。


「それって家に居づらいって事ですか?」


則陽はしなくても良い余計な解釈をして聞き返してきた。

吉葉は眉間にしわを寄せる。


「いや、そういう意味じゃねえけど、ほら、あれ、退散してた方が邪魔にならねえんじゃ無いかな…って。周りでばたばたしてるのもあれだろ?」


自分の家なのに妹の友達が来るっていうだけで肩身を狭く感じるのって正直どうなんだ、とか思いつつ、則陽は言葉を返す。


「でも先輩、先輩は保護者なんですよね。全く家を空けてしまって、友達がいつの間にか彼氏にでも成り代わっていたらどうするんですか?」


直後、あからさまにショックを受けた顔に吉葉はなった。


「だあ、友達って、同姓だよ!変な事を言うな!…あ、則陽、もしかしてお前……。」

「違いますよ。俺は至って、…大人になるまでそういった事とは無縁で生きてきましたから。」


冷静な姿勢を崩さない則陽を見て、吉葉は咳払いをした。


「まあな…、則陽の言いたい事も分かる。始めっから最後まで家を空けるつもりはねえよ。ただ…、午後のちょっとした空き時間にな。」


空き時間というか、追いやられ時間というか…。

「兄の威厳は何処いずこ?」という言葉が、則陽の中にぽっと浮かんだ。


ため息をつくも則陽は、分かりました、と請け合い、仕事場に足を運んで一旦姿を消し、再び戻って来た。


「これが、会社の場所で、俺の名刺です。始めに預金口座を聞かれるんで、通帳を持って行って下さい。行ける時に、いつでも大丈夫です。」

「いつでも、って…。」

「言葉通り、365日24時間いつでもって意味です。」

則陽の言葉に仰々しく目を剥いた吉葉が受け取った名刺を裏表ひっくり返して眺める。


「まあ、作業自体が耳を疑う内容ですし、その意図も知らされませんけど。吉葉先輩なら理解出来ると思うので安心して勧められます。」


言い切る則陽に吉葉は少々拍子抜けした顔になった。


「なあ、何かおい、…お前感じ変わらねえか?見えるもんも…あ、いや、…。」


則陽は吉葉が言いかけて途中で止めた言葉の続きを追及する。


「オーラ…ですか?」

「…ああ、うん。何か色々…変わって来てるぞ。」


「…そうですか。まあ、つい先日も、その副業の管理者と会ったんですけど…。」


則陽はソウイチが先日則陽のアパートを訪ねて来た件を話し始め、吉葉は顎に手を当てて話に聞き入った。


それで…と続きを話そうと吉葉を見ると、吉葉は俯き小首を傾げている。

則陽の視線に気付いた吉葉は則陽に、


「ああ、ごめん。…それで?」

と続きを促した。



「…何だよ、それ…すげえな…。」

話を聞き終わった吉葉が全身に鳥肌が立った様な感覚を覚えて感想を口にした。


「分かった。ますます興味出てきた。今度ちょっくら行ってくるわ。」

吉葉の言葉に則陽は穏やかな顔で頷いた。



「…あれか?そういう話を堂々と出来る様になると…お前みたいに変わるのかな…。」


吉葉はまだ何かを迷っているのか、語尾が弱い。


「いや、俺のは、情報を与えてくれる子達の影響も大きいんだと思います。始めは俺、その子達の一人に、おどおどしてるって、怒られましたもん。皆目訳が分からなかったので自分が挙動不審過ぎたからなんですけどね。」

則陽が可笑しそうに頬を緩めて言った。


「ああ、確か別の星の記憶を持つって子達の事か。…その子達の名前、聞いても良いか?」








 いつものカフェのいつものテラス席。


数日前に梨乃と一緒に座った直ぐ隣のテーブルを眺めながら、友喜は抹茶ラテのマグカップを口にした。



「何かね~、お兄ちゃん、好きな人が出来たらしいのよ!」


なつが愉快そうに友喜に話し掛ける。

友喜は微かに驚いた表情になった。


「いつの間にか髪色を落ち着かせちゃって、服装をまた気にする様になったみたいでさ、何か少しだけ、以前の面影が戻ったのよね。」

なつがミサンガの付いた右手でいちごシェイクのストローをくるくる回しながら話す。


「あれだけ変わるのはさ、やっぱりそういう事だと思うんだよ~。」

なつが、決定的でしょ、と言った感じで話す。


「良かったじゃない、なっちん。なっちんはお兄ちゃんに、きらきらして欲しかったんでしょ?」

友喜が答える。

なつはその言葉に、そうなの、と頷いてから、ストローを回していた手が、ふと止まる。



「でも、…前みたいな事に、ならなければ良いな。」


ぽつりと言った。

なつとなつの兄にとって、よっぽどショックだったのだろう、過去の記憶を思い出して、なつの表情は僅かに曇った。

そんななつの顔を見て、


「…今度はちゃんと相手を選んでいるんじゃないの?なっちんのお兄ちゃんだって、学んだんじゃない?」

友喜はなつを元気づける。


「うん…、だよね。」

なつは笑顔に戻って、いちごシェイクを一口飲む。

なつの顔を見ながら、友喜は少し、気持ちが落ち着かなかった。








 学校からの帰り道。

林の道を有津世と雨見は一緒に歩いていた。


「雨見。この所ずっと浮かない顔だね。」

「うん…。」


雨見がアミュラの気持ちに引きずられている事に気付いた有津世は、雨見と接する度に気遣い思いやった。


ツァームの得た知識についてツァームからアミュラに打ち明けさせたいと思っても、いくら自分と言えども別人格なので叶わない。

アミュラがだいぶ参っているのを雨見から聞いていたし、今現在雨見がそれに引きずられて、その勢いが日々増していくのは、二人にとって問題だった。


「ねえ、雨見。雨見が夢日記をつけ始めたのは、確かそういう理由からだったよね?」

有津世が確認する。


「そう。…当時の私は、小学生で…なのにアミュラの人格は、小学生の自分から見たら、もう結構…大人でしょ?感覚の差が凄くて。それで、夢日記をつけ始めたら、これまでは収まっていたんだけど…。」


夢日記をつける効力のひとつが失われた、と雨見は言う。

話してみた所で、結局はあちらの世界の時間が進むのを待つしか無いのだが、それでも二人は歯がゆくて、こうして顔を合わせる度に話題にした。

と言うか、以前からそういう日常だったけれど。


「雨見、今日も、うち来るでしょ?」

いつも行くからその質問を疑問に思い、頷いてから有津世を見つめると、有津世が雨見に提案を持ち掛ける。


「今日はさ、作戦会議はお休みして、ただ和もうか。」


雨見がぽかんとした顔になった。


「今日だけじゃなくて、一週間くらい。どう?」

雨見がおずおずと頷く。

雨見の返事を得た有津世は、優しく微笑み返した。




「お邪魔しまーす…。」

雨見が有津世の家に入る。


「雨見、入って。」

ダイニングで紅茶を用意している有津世が言うと、雨見は玄関からリビングへとやってくる。


いつもは作戦会議と言う大義名分でもって違和感無く入れた有津世達の家の中に、その本筋無しでは途端に他人行儀な自分が頭をもたげてきて雨見はほんのり緊張した。


「友喜ちゃん居ないんだ…。」

雨見が小さな声で言うと、有津世が、


「心配しなくて良いよ。ほら、小学校の時のアルバム、用意したよ。」

一緒に見よう、と有津世が言う。

それを聞いて、力が入って硬くなっていた体からふっと緊張が解けて雨見がくすっと笑った。


「有津世…。」

「ん?」

紅茶のマグカップを両手にリビングへ移動しようとしていた有津世が目の前の雨見の顔を覗き見る。


「ありがとう。…いつも優しいね。」

雨見の口からぽつんと出た言葉に、有津世は微笑んだ。








 いつものカフェのテラス席で、なつと友喜が勉強道具を広げて、それぞれに勉強をしていた。


なつはシャープペンの反対側を頭にコンコンと打ち付けて思案している途中で、ふと時間に気付いて友喜に声を掛ける。


「あれ、もうこんな時間。友喜、大丈夫?」

夕暮れがいつの間にか過ぎて、辺りは暗くなり始めていた。


「あ…うん。帰ろっかな…。」

なつのその言葉に頷き、友喜は帰りの準備を始めた。 


鞄に勉強道具をしまっていると、


「あ、お兄ちゃん。」

なつが言ったのが聞こえる。


友喜が振り返ると、なつの兄がテラス席への階段を上って来た所だった。



「よっ。」

「こんにちは。」

友喜が挨拶をする。


「こんにちは、も良いけど、この時間だと、こんばんは、じゃね?」

「ああ、そうか。」

なつの兄が軽い感じで返して、友喜が笑顔で頷いた。


「お前、帰る準備しろよ。」

なつに言う。

はーい、と言い、なつも片付けを始めた。

なつの姿を見てから、なつの兄は友喜に視線を移した。

すると友喜と目が合って、友喜は思わず目を逸らす。


「ああ、ごめんな。」

なつの兄が何故か謝ってきた。

あ、いいえ、と友喜は俯きながら答える。


目を逸らした友喜を、もう一度さり気なく目にすると、なつの兄は小さく息をついた。



「じゃあ行くか。」

「うん。」

片付け終わったなつになつの兄が声を掛けてなつが答える。

なつが席を立ち、友喜も席を立った。


なつが歩き始めて、なつの兄が続けて行くだろうと友喜が待とうとしたのを、なつの兄が、ほら、と友喜を先に行く様に促した。


「ありがとうございます。」

わたわたと友喜が応じて、なつの後に続く。


テラス席の階段を三人下り終えると、なつが、じゃあ、またね、と言って、友喜が、うん、と答えた。

なつの兄は友喜に、気を付けて帰るんだぞ、と言葉を添えた。

友喜は、ありがとうございます、と、再度ぺこりと頭を下げて礼を言うと、なつとなつの兄は友喜と逆方向を向いて歩いて行く。


友喜がふと振り返ったタイミングでなつも振り返り、友喜に手を振った。

友喜も笑顔で手を振り返すと、なつは進行方向に向き直ってなつの兄と横並びで歩き徐々に遠ざかっていった。


友喜はなつとなつの兄の後ろ姿を眺めてから小さく息をつくと、自分も踵を返して家への道を歩き始めた。








  山奥の、上空から視認がしにくい神社。

写本をしていたノリコが、一瞬何かの知覚を得た。


「あ…。」



それは何処かの情景で、薄暗い大地に多くの星々が次々と降り注いで、大地に到達する毎に一瞬の閃光を辺りに放ちながら消えていくものだった。


「星…。」


ノリコは呟くと、自身の胸にペンダントで下げている形の変わった石を見つめた。


夜のこの時間、ノリコは座卓を動かして、星空を見渡す事の出来る縁側でゆるりと写本を進めていた。ノリコは石から視線を外して夜空を見上げる。



ここから見える夜空の何処かに、知覚として受け取ったあの情景の場所は存在しているのだろうか。


ノリコはその星が確かにこの地と繋がりのある事を知っていた。

祖父に教えてもらった話からも知れたし、写本のお手本を読めば読むほど、それについての知識は今回みたいな知覚でもってノリコの中に直接流れ込んできた。



ノリコは胸元の石を握る。


祖父の役割、自分の役割、ソウイチの役割。そして…今夜も降り注ぐ光の先に住んでいる誰かの役割…。

多分もっと居る。

この時期に、この星にそうした役割を持って生まれて来た人達が。


ノリコはそんな想いを胸に抱きながら、しばらく夜空を見上げていた。


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