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見上げる空に願いを込めるのは何故だろうか(仮)  作者: 晴海 真叶(はれうみ まかな)
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思い違い

 昼休みが終わってオフィスへ戻ると、先程公園で声を掛けてきた男性社員が待ち構えていた様に梨乃に話し掛けてきた。

目の前に来る男性社員に、梨乃は、お疲れ様です、と素っ気無く言うと、自分の席に着く。それでかわしたつもりだった。


「野崎さん、ねえ、さっき言ってた店なんだけど…。」

席に着いた梨乃の目の前に尚も立ち、スマホの画像を無理矢理見せてくる。


梨乃はこういう時にどうして良いか分からなかったから、すみません、ちょっと、と言って、席を立って、更衣室に逃げた。そこで少しだけ時間をやり過ごし、梨乃はそっと更衣室から出る。自分の席を見ると、もうそこには男性社員の姿は無かったので梨乃はほっとして、自分の席に着き直す。


梨乃のその一連の様子を、奥の席の一人の女性社員が目で追っていた。




仕事がひと段落して、オフィスの給湯室に自分の飲み物を注ぎに行くと、後ろから声を掛けられる。


「野崎さん、大丈夫?」

振り向くと、今まであまり話した事の無い社員の女性がマグカップを持って、同じくお茶を注ぎに来ていた。


「あ、お疲れ様です。」

「お疲れ様です。…あの人、また野崎さんの事を無理矢理誘おうとしてたでしょ。もう何回目?」

「…あ、見てたんですね…。」

「見てたよ。野崎さん、毎回迷惑そうにしてるのに、最近ますますしつこくなってきてるんじゃない?」

「…。」

「困った時は、頼って。野崎さん、普段からあまり人に頼ろうとしないけど…。席、近くなんだし。」

梨乃はその女性社員の言葉に、


「あ、ありがとうございます。」

礼を言いながら、頭を下げた。

女性社員は梨乃の反応を見ると、にこりとして頷いた。








 林の奥の二棟の家。

夜も深まり、それぞれの家は相反する印象を周囲に放つ。

手前の漆黒を醸し出す家の二つの丸い天窓から、淡い光が漏れていた。


 有津世は自分の部屋のロフト部分に上がり、クッションを背にしてリラックスしている。でもその目は、何処か遠くを見据えていた。



 友喜は自分の眉間から見える光の筋を、自分の部屋のデスク上にある鏡でその存在が今日も健在である事を確認していた。

そして友喜は自分の部屋からは見えない、雨見の家の方角を見て、雨見を想う。



 奥側の家、ログハウス2階の雨見の部屋では、毎晩広げているピンク色の豪奢な装飾のノートと夢日記を雨見がベッドの上で真剣な表情で見つめていた。雨見は凛とした眼差しになってそれぞれのノートを閉じた。


雨見が自分の部屋の照明を消した頃、手前の家の丸い天窓の一つに、空から淡い光が降り注ぐ。有津世は寝入る直前、いつもの様にその光を迎え入れた。








 濃い空気が渦巻く緑の地。

アミュラは小さな切り株の場所に赴き、周りを眺めて佇んでから、決心した様に磁界を張り、切り株に座った。途端に辺りから色とりどりの淡い光がやってきてそれぞれが透明で薄い羽を付けた小さな妖精の姿に変わると口々に話し掛けてきた。


『アミュラ、良かったじゃない。』

『アミュラ、無事だったのね。』

『アミュラ、具合はどうなの。』


「あたしは元気よ。」

アミュラは平然と答える。


「ツァームだって…元気なんだから。」

強がる様に言って、アミュラは魔法で花冠を編み始めた。


『あら、アミュラ、ツァームは無事だったのね。』

『良かったじゃない。』

「本当にそう思ってるの?心配なんて何にもしてくれなかったじゃない。」


アミュラがつっけんどんに答えると、妖精達は口々に言う。


『あら、あたし達は、いつだってアミュラの事を気に掛けてるわ。』

『そうよ、アミュラ、あたし達は、いつもあなたを愛しているわ。』

「調子良いんだから。」

アミュラが怒りながら言った。


次々と花冠が完成していく。

切り株の脇に積み上げられていく花冠に妖精達が時々いたずらで触って、所々の花が揺れていた。


「ツァームはあなた達と違って、くれる言葉も優しいんだから。」

そう言ったアミュラは自身の頬を染めた。

妖精達はアミュラの様子を見て一斉に無言になる。


「え、何?何なの?」

『…アミュラ。あなた気付いて無いのね。』

「?」

妖精達の言う言葉の意味が分からず、アミュラは妖精達に聞く。


『まあ、良いわ。アミュラ、あなたはあなたなんだから。』

「どういう事?」

まだ話していたいのに、妖精達は自ら磁界を抜けて、次々と淡い光へと戻っていく。


最後に残った妖精が、アミュラの顔の前に浮かびながら、ひと言だけ付け加えた。


『おめでとう、って事よ。』


そう言った最後の妖精もアミュラの磁界から抜けて、淡い光へと戻って行った。



「…何よ…。」

アミュラはますます機嫌を悪くし、出来上がった花冠を手にして磁界を解いた。



アミュラが怒りをあらわにして石碑への道をずんずん歩いていると、自ら磁界を出た癖に妖精達の淡い光は近くに寄って来ていて、アミュラに何か言いたげだ。

そんな小さな光達の事も睨みながら、アミュラは、もう知らない、とぶつぶつ独り言を言う。


アミュラは立ち止まり、沢山の花冠を腕に通した状態で、自分の袖の中からふかふかの毛玉を取り出した。



「ね~え、どう思う?あの態度。言っている事の意味も教えてくれもしないで会話を止めるなんて。」

その毛玉に向かって喋ってみる。


「…あなたの名前、どうしようかな。」

ぽわぽわとは違う子だったから同じ名前で呼ぶのもなんだし、アミュラは新しい名前を付けようと考える。


「石碑を巡っている内に、何か思いつくかな。」

まずは花冠を届けよう、と再び歩き始めた。






 


 梨乃の勤めるオフィスの入っている建物の前に着くと、則陽は彼女が建物から出てくるのを待っていた。


今日は定時で帰る事が出来たし、丁度彼女の仕事時間も終わる頃だから、たまには待ってみようと思い立っての事だ。

梨乃のオフィスのある建物の前は広場になっており、何本か木が植わっていてその周りを丸く囲う様にベンチがいくつかあったから、則陽はその内の空いている一つに腰掛けた。


その位置から横目で見える建物の出口から梨乃が出てきた。

則陽はすぐさま立ち上がって梨乃に声を掛けようとするも、梨乃の直ぐ後ろから同じ会社の男性なのか、梨乃を追ってくる様に出てくる姿を目にして、則陽は怪訝な表情になった。


直後、則陽は前に進み出た。

梨乃が何とか対応している傍まで行き、彼女の前に立つと、


「すみません、彼女には先約がありますので、どうぞお引き取り下さい。」

則陽が言い放つ。

言葉は穏やかだったし、一見冷静に見えるけれど、ものすごい怒りがこもった一言だった。


則陽の気迫に圧倒されて男性社員がそそくさと退散するまで則陽は眼光鋭く見守る。


梨乃は呆気に取られてぽかんと則陽を見ていた。


「則ちゃん…。」




帰りの電車を待つホームで、則陽は梨乃に話し掛ける。


「梨乃、何で今まで言わなかったの?」

「だって…大した事無かったし…。」

「大した事あったよ、あれは…。もう少しで、引きずって持っていかれそうだったよ。」

「そんな事…。」

梨乃が押し黙る。


「いつから…?」

「ん…1、2年。」

丁度来た電車に二人は乗る。


二人はドア近くに立って、梨乃は少し俯いた。

そんな梨乃の顔を見ながら、則陽はため息をついた。


則陽のアパートに着くと、梨乃はいそいそとご飯が炊けているかダイニングに行って炊飯器を覗く。

則陽はそんな梨乃の姿を目で追いながら、


「梨乃。」

梨乃を呼ぶ。


無言で則陽に振り返ると、目の前に来ていた則陽に梨乃は強く抱きしめられて、強引にくちづけを交わされた。

口元をそっと離した則陽が囁き声で梨乃に言う。


「梨乃、結婚しないか…。」








 林の奥から小鳥達の声が聞こえてくる。

その音色が気持ちの良い朝に、雨見が有津世の出てくるのを玄関近くで待っていた。



「おはよ。」

「おはよう。」

間を置かずに有津世も家の玄関から出てきた。

有津世が雨見の手を繋いで、林の道を歩き始めると、雨見が何だかご機嫌斜めなのに気付く。


「どうした?雨見。」

「あ、ごめん、こっちの話…。妖精達が…。」


聞くと夢で見たあちらの世界の妖精達が、会話を途中で止めた理由を教えてくれなかったらしい。


「妖精達って、アミュラだけが話せる?」

雨見は頷いて、尚も憤慨した様子だ。


「そんなに冷たいの?」

そうだと雨見は言う。


「妖精だから仕方が無いと思うけど、でも今回のあれは少し酷いと思うの。キャルユも居なくなって、ツァームが唯一真摯に話を聞いてくれる中で、妖精達のあの態度ときたら…!アミュラは憤怒しているんだから。」

有津世は雨見を見て、その状況を想う。



「…ねえ。雨見。」

「うん?」


有津世が雨見にふと感じた疑問を投げ掛ける。

それを受けて、雨見は有津世の顔を見た。


「言われてみれば、そうかも…。」

二人は会話を続けながら、林の道を歩いて行った。








 6階建てのビルの4階部分。

ゲーム会社の入り口の観葉植物ノーリは、あれから淡く発光したままだ。

一時期の強烈な発光こそ無かったけれど、光っている姿を見てからと言うもの、則陽はただそこを通り過ぎる事は出来ない。

今朝も、


「ノーリ、おはよう。」

と一言挨拶を言ってから、仕事場へと入る。ノーリはやはり、発光を強めて則陽に応えた。


梅と吉葉が則陽よりも先に着いていて、二人の会話が聞こえてくる。


「おはようございます。」

「うーっす。」

「おはよ。あ、ねえねえ、」

則陽が挨拶をしながらその横を通ると、梅が則陽に話し掛ける。


「ね、だいぶ変わったと思わない?」

見ると吉葉が、がらりとイメージチェンジしている。

髪は長髪のままで長さもそこまで変わらないけれど、色を落ち着かせて、服がシンプルな柄の物に変わっていた。


「先輩、見違えますね。」

お世辞でも何でも無く、則陽は心から思った。

この人は恰好良いのだ。

それを今までわざと隠す様にしてきて、最後にああいう鬱憤となって、則陽にその一部を垣間見せたのだ。


「おう、そうか。」

吉葉は、お前のおかげだよ、と則陽の肩を軽く叩きながらぼそっと言って、談話用テーブルから移動して自分の席へ着く。則陽は吉葉の背中を見て、梅と顔を見合わせてお互い笑うと、自分も席に着いた。



リュックサックから出したステンレスマグをデスクに置いて、則陽は今朝の梨乃との会話を思い出す。


「梨乃、コーヒーこのくらいで良い?」

「うん、ありがとう。」

コーヒーのマグカップを渡されると、梨乃が受け取りながら、


「則ちゃん…。」

「うん?」

「私何にも出来ないよ?」

「知ってるよ。」

気掛かりな風に梨乃が話したのに対して、何が問題なの?と則陽が確認してみた。



「…だって。」


則陽は梨乃の返しに、軽くため息をついて、


「相変わらず、梨乃らしいな。」

則陽はそんなはっきりしない梨乃を見て、愛おしそうに微笑んだ。


則陽は梨乃との今朝のひと時を思い返しながら、少しだけ口角を上げて、会社のデスクトップコンピュータを起動した。








 濃淡の緑が折り重なる地。


ツァームの言葉にアミュラは驚き、そして頷いた。アミュラはツァームの肩に手を触れさせて軽く掴むと、彼は笛を吹く。



二人がやって来たのは、立ち枯れた巨大な樹の根元だ。

キャルユが行ってしまう前に三人で確認した時と変わらず、白色と虹色の光のもやが幹の周りを渦巻いている姿がある。


そして二人の目からは彼らの特殊な能力で、目の前の立ち枯れたはずの樹がエールを欲している事が伺えた。


「すごい…。この樹にまた、エールを送って見れるって事…?」


「やってみようか。」


アミュラとツァームは樹の幹にそれぞれ両手のひらを当て、自分の中から光を産出し始める。胸の奥から湧き上がらせた光は、腕に、手のひらへと発光しながら流れていく。当てている手のひらから樹の幹へと吸い込まれて蓄えられていき、樹が十分にエールを吸収したのを二人は手のひらの感触で感じる。


「入った…。」

「うん。」


アミュラは驚いた様に言い、ツァームは特に驚いた様子も無く冷静に答え、それを終えた。


「この樹は、…全部は枯れていないのかな。」

アミュラが言う。


「おそらくは…。」

ツァームは言いながら樹を見上げる。

アミュラはツァームを見ると感心した様に呟いた。


「何か…戻って来て少し…、変わったみたい…。」

「やる事が増えた。ただ、それだけだよ。…行こう。」


ツァームはあくまでも冷静に答えて、また移動しようとアミュラに促す。


ツァームの腕の端にそっと触れたアミュラの表情は心なしか曇っていた。

ツァームが笛を吹いて、二人はその場所から霧散する。







   

 学校の授業を受けているのに、雨見の頭の中には、最近見る夢の内容が抜け切れないでいた。

教室の自分の席に座りながら、思い出すのは夢の内容ばかりだ。


妖精達の素っ気無い態度は以前からだが、会話を途中で抜けた事は、自分からはあっても妖精達側からは今まで決して無かった事だ。


それと、自分は、雨見は有津世からツァームの事情を聞いて知っているけれど、アミュラとしての自分の人格はツァームの行動や態度に不安を覚え始めている事も気に掛かった。

自分はあちらの世界では、雨見としての人格の自覚を持たないから、どうしようも無い事は分かっているけれど。


また今日も一日中考え込んで、帰り道、有津世に話す。


「有津世が言った事、そうかも知れない。」

「うん?」

「有津世は、そういう兆候無いの?」

「俺は今の所は…。ただツァームの意志ははっきりとしたから、そこは少し…あるかも知れない。」

雨見が有津世の横顔を見ながら彼の言葉を聞く。



「友喜ちゃんが一時期なったように…。」


気持ちが少し引きずられている…雨見は自分にそれを感じていた。








 いつものカフェのテラス席。

時折吹く風が気持ち良い。


「ねえ、なっちん、この風で何か運ばれて来ないの?」

友喜が聞く。


「ああ、時々、あるよ。」

なつが答える。


この前はね、…と、なつが話すのを、友喜は面白がって聞いた。


「すごいね~。それ、なっちんのお兄ちゃんも見えるの?」

うん、となつは答える。

すごい兄妹、と友喜は感心して言う。


「何だろう…物心ついた時からお兄ちゃんはそういう話をしてくれて、自分も見えてたから納得してたんだよね。お兄ちゃんが先生みたいだったよ。」

なつは言う。

へえ~、と友喜が相槌を打って、なつは頷き言葉を続ける。


「だからさ、そんなお兄ちゃんが、嬉しそうにその話を始めた時にさ、返って来た反応が思っても見ない反応でさ、お兄ちゃんが固まったのを、見ちゃ居られなかったんだよね。」


「なっちん、その場に居たの?」

「一緒に居た。その会話を楽しく聞くつもりだったの。お兄ちゃん、あたしの事、邪魔にしなかったし。」

「ふ~ん、そうなんだ。なっちん、見てたんだ。」

「そう。だから余計にね。その時のお兄ちゃん、悪く無かったのにな、ってつくづく思うんだよ。」

ふんふん、と友喜が頷く。


「それからお兄ちゃん、すっかり、やさぐれちゃってさ、以前の見る影無しよ。妹として、何にも出来ないし、それが気掛かりでね。」

なつが通りの向こうを眺める。そのなつを眺めて、友喜はもう一口、抹茶ラテを飲んだ。


「ずっと、それ思ってたんだ、なっちん。」

「そう。だって…居たたまれないじゃない。」

最初自分が誤解して、なつに怒ったのをますます恥ずかしく思った。そして、なつの、なつの兄を想う気持ちが良く分かる。


「土曜日、ちょっとだけだったら行けるよ。」

友喜が言う。


「本当?それは助かる!」

昼過ぎから予定があるから、その時間までだけだけど、と言い、友喜は進んで了承した。


なつは友喜の言葉に嬉しそうに笑顔を見せて、いちごシェイクのストローを摘まんで、また一口飲んだ。








 住宅街の一角。

友喜は家のインターホンを押す。


「はいはーい。」

鍵を開けたなつが、ありがと、と言いながら友喜を招き入れる。


「こんな早くから、本当に良かった?」

「勿論!」

なつが嬉しそうに言う。


リビングのクッションの脇に自分の鞄を置くと、友喜はカーペット敷きの座卓前に座った。

なつはダイニングの冷蔵庫からペットボトルのお茶を出して自分と友喜の分をグラスに注ぐと、リビングの座卓に運んでくる。


「お兄ちゃん、休みの日は朝起きるの遅いからさ~。今日もまだ寝てる。」

なつが言う。


「うちのお兄ちゃんも割とそうかも。お兄ちゃんって、そうなのかな。」

友喜が面白がって言う。

ええ?そうかな~?となつは返し、二人は笑った。


階段上から足音がしてきて、


「何か今、インターホン鳴らなかったか?」

と言いながら、なつの兄が下りてきた。


「お兄ちゃん、おはよう。」

「おはようございます。お邪魔してます。」

なつと友喜がそれぞれ挨拶する。

なつの兄は前回ほどでは無かったけれど、やはり驚いた様に、


「ああ、いらっしゃい。」

と一瞬の間を置いて挨拶を返した。


ダイニングの冷蔵庫からペットボトルの水を出し、グラスに注ぐ。

水を飲みながら、リビングに座る二人を眺める。そしてその場から一時退散した。

退散する様子を、友喜は何と無く目で追った。


「なっちんのお兄ちゃん、朝食の時から私が居ると、迷惑なんじゃない?」

「ん~、でも、お兄ちゃんがいつ起きるかも分かんないし、それ気にしてたら友喜呼べないよ。」


「ああ~、別に気にしないで良いぞ。」

なつの兄が戻って来て、会話に入ってくる。


「別に友喜ちゃんの方が気にならなければ、家は別に…な。」

なつに言う。


「ねっ。」

なつが友喜に、ほらね、と言う。

友喜が、うん、分かった、と言ってなつに微笑んだ。


「あれから、何か夢の続きは見るの?」

なつが友喜に聞く。


「ん~これと言っては何も…。でもね、」


友喜が有津世と雨見の三人でクリスタルの中に飛んであちらの世界に行った時の話を始める。


少し離れたダイニングで、ほんの少量の朝食を摂っていたなつの兄が、時折聞こえてくるその会話の内容を今回も拍子抜けした顔で耳に入れていた。

なつが話を聞きながら、お茶を足しに来る。

冷蔵庫を開けながら、


「面白いでしょ。」

なつが兄に言うと、ん?ああ、…うん、とだけ答える。

兄の反応を見て微笑んで、リビングの友喜の所に戻る。


なつの兄は軽く頭を掻くと、


「あ、じゃ、ちょっと、散歩してくるわ。」

と言った。

なつと友喜は顔を見合わせると、なつは兄の方を向いて、


「…うん。気を付けて、行ってらっしゃい。」

友喜はそう言うなつの顔を見て、次になつの兄の顔を見る。

友喜は兄妹のやり取りを目にして、なつの兄が玄関の外に出てしまうと、


「やっぱり気を遣わせてない?」

なつに聞いた。


「う~ん…出来れば家に居て欲しいんだけどな…。」

なつが自分の目論見を思い、頭を抱える。


「私が来た事で気を遣ってこれから毎回こうなっちゃったら、なっちんのお兄ちゃん可哀想だし、やり方変えた方が良いかもよ?」

友喜が言う。


「う~ん…。」

なつが唸った。




 なつの兄は家を出て、なつと自分が以前通っていた小学校の脇にある公園まで足を延ばした。

土曜日で人が沢山居るかと思ったら、意外や意外、誰も居ない。


ベンチのひとつに腰掛けると、前方の地面を思わず凝視する。


何だ、ありゃあ…。


なつの兄が首を傾げていると、なつ達の歳とそう変わらなそうな男が一人、公園に入って来た。

男は遠目に座るなつの兄に気が付くと、遠慮がちに公園の地面を隅から隅まで探っている様だった。

そして、なつの兄が凝視していた地面近くで立ち止まり少しの間佇むと、踵を返して公園から出て行った。



「…。」

今のあの男にもあれが見えていたのか。


そうで無いと辻褄が合わないその行動に、なつの兄は呆然として男の後ろ姿を見送る。

何だったんだ、今のは…。



頭を掻きながら、なつの兄は公園を後にする。

もうちょっと長く居ようと思っていたが、そんな気分では無くなってしまった。



家に着くと、友喜がちょうど玄関から出てくる所にばったり会った。


「もう帰るのか?」

「あ、はい、お邪魔しました!」

「そうか、また相手してやってくれな。」


ありがとうございました、と友喜が言って、家を後にする。友喜の姿を見送ってから、なつの兄は玄関ドアを開けて中に入っていった。


友喜は数歩歩くと立ち止まって振り返り、家の中に入っていくなつの兄の後ろ姿を眺めた。





 いつものカフェ前に着くと、店の入り口脇に立っていた梨乃が友喜に手を振って来る。


「久し振り!」

「うん。」

二人は笑顔を交わして中へ入ると、テラス席に行こう、と友喜が梨乃を誘う。

ランチメニューを注文し終えた二人は早速テラス席の空いているテーブルに腰を落ち着けると互いの顔を眺めた。



「梨乃さん、奈巣野さんと、恋人同士だったんですね。……びっくりした。」


友喜が素直な気持ちを梨乃に伝える。


「ね。…私もびっくりしたよ。」

梨乃が高らかな声音で友喜に返した。


「有津世くんは、元気?」

「ああ、はい。お兄ちゃんは、おかげさまで元気です。」



言った後に、ああ、そうか、梨乃さんにはバレてるんだ、って思った。有津世が、見抜かれた、って確か話していたから。


微かな心痛の残る想いで、友喜は梨乃の言葉の意味を、後から意識する。



「…ごめんね、友喜ちゃん。友喜ちゃんの想いを蔑ろにしたい訳では無くて、あの時、何故か分かっちゃって…。」

「大丈夫です。お兄ちゃんの事はひと段落着いたの。だからもう…平気なんです。」

強がりでも何でも無くて、友喜は心からその言葉を言えた。

 

梨乃は友喜の表情をじっと見てきた。そして友喜の言葉に、そうなんだね、と答える。



「私…びっくりしたの。友喜ちゃん達が、不思議な世界を体験しているって、知った時。」


それでも、事の始めがコンピュータのモニター画面上に出てきた小人だったから、梨乃は疑う余地も無く、次から次へと則陽からの話が呑み込めたらしい。


「あ…もしかして、奈巣野さんとの事って…。」

「ツピエル繋がりなの。」


友喜は梨乃の口からそう聞いて、2回目に則陽とクリスタルの中で会った時に則陽が言っていた言葉の意味を理解した。

それにしても…、と友喜は思い、梨乃に聞いてみた。


「梨乃さん、あの小人、気持ち悪く無いの?」

梨乃は首を振って答える。


「話せるペットみたい。」

友喜はそれを聞いて可笑しくなり、表情が和らいだ。梨乃さん、面白い、と友喜が笑うと、その笑顔に梨乃がほっとした表情を見せた。



「会う前、どうしようか、少し迷ったの。ずけずけと友喜ちゃんの事情を知ってしまって、弁解のしようも無いし…。でもね、顔を見たいのも本当だったの。だから…。」

そう言って、友喜に向き合い話をする梨乃は、綺麗だった。


「今日はまた会ってくれて、ありがとうね。」


友喜は梨乃の言葉に微笑んだ。


梨乃の醸し出す空気は、ほっとするし、無理の無いのが伝わって来る。友喜は自分がいつか梨乃の様になれたら良いな、とその時思った。


「奈巣野さんは、幸せ者ですね。」

友喜が言う。


「私が男だったら、梨乃さんの事、好きになりますもん。」

友喜ちゃん、それは言い過ぎ、と梨乃が友喜に答え、願いが叶ったのは、友喜ちゃんのおかげでもあるんだよ、と梨乃は言う。


「友喜ちゃんに会わなかったら、私は多分もっとひねくれたままだったし、彼と再会する事があっても、その機会を活かせなかったと思うの。友喜ちゃんは友喜ちゃん自身が思ってるより、ずっとずっと私にとっての恩人なんだよ。」


梨乃の言葉に友喜は静かに聞き入っていた。

あ、そう、それでね、と梨乃は付け加える。



「クリスタルの中に入った時にね、もう一人の友喜ちゃんに会ったって、メールで、送ったでしょ?」

「はい。」

「メールには書かなかったけれど、そのもう一人の友喜ちゃん、私と会った時にちょっとだけ入れ替わっていたんだって。その時に、確かに私と会ったって言ってたよ。」

「え…それって…。」


「帰り間際だったかな。友喜ちゃん、私に、希望の糸はまだあるから、って言ってくれたの。」

「…私が…そんな事を、言ったんですか…。」


梨乃は頷き、


「きっと友喜ちゃん、私が思うよりも複雑で大変な事情を抱えていると思うの。でも、どんな友喜ちゃんも、前向きで一生懸命で、それぞれ活動してるんだって、私はそう理解した。」


梨乃は友喜よりも友喜の事をきちんと洞察出来ていると、友喜は思えた。

友喜は自覚する自分以外は自分とはどこか違うものだと思っていて、それでもその違う断片さえも、梨乃は肯定してくれている。


友喜はそんな梨乃に、どんな顔をすれば良いか分からなかった。

不覚にも感動してしまっていたから。


「梨乃さん、私そこまで深く考えて無かった。」

「そんなものじゃない?でなきゃ疲れちゃうよ。」


梨乃が友喜に微笑みながら返すと、二人が頼んだランチセットがそれぞれテーブルに運ばれてきて、食べよう、と梨乃が言い、二人はいただきますと言って食べ始めた。

 

文章終わり近くの、「梨乃さんは、友喜よりも~」の部分を「梨乃は友喜よりも~」と訂正しました。(2026年1月7日)

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