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見上げる空に願いを込めるのは何故だろうか(仮)  作者: 晴海 真叶(はれうみ まかな)
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約束の潮流

~第4章 約束の潮流


 石碑が見える草原。

幼いキャルユと小学生の友喜、二人の姿が見える。


友喜は辺りを見回し、静かに立ち上がった。


「おねえちゃん?」

キャルユは座ったまま、友喜を見上げた。


「来たわ。」

「きた?」

友喜は微笑みながらキャルユに頷いた。









 林の奥の二棟の家。

今朝は風も無く穏やかだ。


有津世はいつもより早く玄関前に立っていた。

雨見が幾ばくかの間をおいて自分の家の玄関から出てくる。


「おはよ。雨見、もう大丈夫?」

「おはよう、うん。」

嬉しそうに、有津世の元にやって来る。


「良かった。」

有津世は雨見の手を取り、二人は学校へと林の道を歩き始めた。

手の温もりを感じながら、横顔を眺めながら、雨見は有津世に注目するのが止められなくて、頬も上気する。

有津世が雨見の顔を見て、


「あれ、もしかしてまだ…。」

おでこに手を当てる。


「…大丈夫か。」

平熱なのを確かめると微笑みながらそう言って、雨見の体を優しく抱きしめる。


「会いたかった。」

「会えなかったの、たった一日でしょう?」

雨見が有津世に聞く。


「土日も入れたら、三日間だよ。」

そう言って優しく唇を重ねてきた。

上気させた頬が更なる色で染まって、一瞬目を見開いた雨見は直ぐに表情を緩め、くすりと笑った。


「?」

「ううん、何でもない。」

「ひょっとして、友喜と同じ反応してない?」

有津世は訝しんで、雨見に指摘する。


「なあに?友喜ちゃん、また何か面白い事言ったの?」


手を繋ぎ直して、また二人は歩き始める。

楽しそうに会話を交わしながら、林の道を通り過ぎていった。








 学校の校舎。

白い校舎の一角に、窓を開けて深呼吸する友喜の姿があった。



「何ため息ついてるの?」

「ため息じゃないよ、深呼吸。」

友喜がなつに答える。


「それにしてもあれで良かった訳?」

「うん、ご協力感謝!」

なつが友喜に礼を言う。


「こんなんで大丈夫になるんだったら、いくらでも協力するけど。」

「友喜がそう言ってくれて助かるよ。長年の気掛かりだったからさ。」

そう言うなつを、友喜は横目で見る。


「人の事、お兄ちゃんっ子って言う割に、自分は案外もっとなんじゃない?」

「それは違ーう!友喜みたいに、お兄ちゃんが一番恰好良い!だなんて、あたしは口が裂けても言えないわ。」

友喜がなつの発言を聞き、なつの顔を睨んだ。


「私だってそんなんじゃないもん。」

「え~?今までのあたしの耳が、おかしいって言いたいんですかね~。」

「…!!」


軽く言い合いになって、友喜は、もうっ!と半分怒り顔になっていた。

茶目っ気のある表情をなつが見せて、途端に二人は吹き出す。

なつは友喜の肩をぽんぽんと軽く叩いて互いに笑いながら、最後はおあいこでその場は収まった。


「チャイム鳴ったよ、行こ。」

なつに促されて、二人は教室へ戻って行った。








 6階建てのビルの4階部分。

則陽は出社すると、入り口の観葉植物ノーリに、


「ノーリ、おはよう。」

と声を掛ける。


ノーリは則陽に答えて虹色に輝いた。

輝きっぱなしの状態が少しだけ落ち着いて、話し掛けた前後の光り方の区別が付く。



「うーっす。」

「あ、おはようございます。」

「ノーリ、おはよう。」


「え、ちょっと先輩、俺にはうーっす、で、ノーリにはおはよう、て、言い方違うの何でですか?」

則陽が微妙な突っ込み方をして、吉葉は朝から則陽を煙たがる。


「なー、お前、べっつに、どっちでも良いじゃねえか、ったく。」

いつもより輪をかけて面倒くさがっている。


「え、先輩、機嫌悪いですか?」

「おっ前、ずけずけくるなあ!ったく、どいつもこいつも…。」

ぶつぶつ言っている。


「…。」

いつもは軽く返してくるはずの吉葉の、全く余裕が感じられない返しに、則陽はそっとしておいた方が良さそうだ、と突っ込むのをそこまでにする。


「あ、わーった、わーった!」

そそくさと逃げようとする則陽を、我に返った吉葉は呼び止めた。



「ちっと、あれだな、恰好悪かったな、悪かった。」

「え、先輩、いつも恰好良くないですよ。」

則陽が容赦無く返す。


「が…!!」

「なんて冗談ですよ。何かあったんですか?俺で良ければ後で聞きますよ。」


則陽は吉葉の反応を注意深く観察しながら彼に言った。


先日一緒に飲みに行って吉葉の過去を聞いてから、これは意外と根が深いのではないか、と則陽は勘繰った。自分にああして話したのも後悔しているのでは…?と思っていたら案の定、これだ。


「ん、まあ、じゃ、後で頼む。」

吉葉は言いながら則陽の肩をぽんと叩き、先に仕事場へ入っていく。

則陽は吉葉の後ろ姿を見届けてから大きく息を吐くと、自分も後に続いた。





 自主的な休憩時間の折に、吉葉は則陽に入り口の観葉植物ノーリの前へと誘うと、パイプ椅子をそれぞれに広げて座った。


「で、なんで朝、イラついていたんですか?」

則陽が単刀直入に聞いた。

吉葉は顎に手を当てて口を覆う様にしながらバツが悪そうに口を開く。


「こんな事言うの、あれだけど…、今までの俺の中でこだわってきたものが、馬っ鹿馬鹿しいものだったんじゃないかって、なんかこう、自分に呆れてるんだよ。」

「はあ。」

思ってもみない答えに、則陽は啞然として続けて吉葉の言葉に耳を傾けた。


「周りであまりにあっけらかんと、則陽、この前お前と飲みに行った時の話みたいなのを出来てるのが耳に入ってきちまって、それで思ったんだ。…そっちのが、自然なのかな…。」

「…。」

ぼそっとした話し方があまりにも吉葉らしく無く感じられて、則陽は思わず考え込んだ。


「人の事に関しては心開いて話せるんだけどよ、自分の事になると頑なになって、すっげえ閉ざしてたかも知れないって思うとよ…、なんか、情けねえな…って思ってな…。」

思ったよりもずっと、吉葉は彼自身を分析していた。


「俺で良ければ、いつでも話は聞きますよ。」

則陽は言った。


「ああ、もう聞いて貰った。」

「そうじゃなくて、今まで散々、言いたくても言ってこなかった事が盛り沢山なんでしょう?俺は、そんなに人に話すタイプじゃないですけれど、吉葉先輩は、すっごい、話したがりですよね。だから余計に、じゃないですか?」

吉葉は則陽の言葉に、一瞬、ん?となってから、


「…ああ、確かに、お前の言う通りかも知れねえ。良かれと思って言ってこなかった分が、何かこう、爆発してるのかもな。」


則陽は吉葉を眺める。


遊んでいる風を装っても、吉葉はその実、堅実で真面目だったし、それだから外見と中身が折り合っていなかったんだな、と則陽は思う。


「先輩、無理し過ぎですよ。誰への挑戦ですか。」

則陽が言う。


「?何の事だよ。」

肩ひじ張っているのが取れたのか、吉葉は少し素になっている風に見えた。


「好きなら良いんですけれど、そのチンピラみたいなファッション、止めても良いと思いますよ。」

「…え?これ、チンピラか?」

「少なくとも俺の目には…。似合ってるなら良いですけれど、似合ってませんもん。」

きっぱりと言う。


「お前…言う様になったなあ!そこまで言われるとは思わなかったぞ!チンピラ…チンピラかよ…!」

吉葉は則陽に言われた言葉で少し復活したのか、言葉に勢いが出てくる。

それでも言われた事に対して、身に覚えがあるのか自分の服を凝視して、


「ん、まあ、そうか、ありがとう、参考になったわ。またよろしく頼む。」


吉葉はすっきりした顔をして、自分が座っていたパイプ椅子を畳む。


そうして則陽と観葉植物ノーリに挨拶をしてから、仕事場へと戻って行く。則陽はその後自分も椅子を畳んで仕事場へと戻ったが、後ろの席の吉葉を見てみると、則陽に言われた事がよっぽど気になったのか、たまに自分の服の裾を摘まんでまじまじと眺めていた。








 星がきらきら、目の前に見える。

星がきらきら、仲良く二人で。

それを見ながら、私も似せて。

こうして星が、三つになった。


『あなたはそうじゃないみたいだけど…。』

銀色の髪の、色白だか色黒だか分からない色味の肌を持つ、慈愛たっぷりの緑色の瞳の女の子が言う。


ええ、分かってる、と私は答えた。

すると緑色の瞳の女の子は、そうね、と言った。


『私はいつでもあなたの事を応援してる。愛しているわ。』








 林の奥の二棟の家。

手前にある、夜は重厚な印象が増す家で、友喜は父からラップトップコンピュータを借り、梨乃のブログページを開いていた。


久し振りに更新されているその内容から梨乃の元気さが伺えると共に、梨乃からのダイレクトメッセージが届いているのに気付く。

その内容は、則陽のメールアドレスから送ってきた梨乃のメッセージ内容と繋がっていたけれど、少し違っていたのは、友喜を気遣う文言が増していた事だ。友喜個人に宛てたものだと分かる。

友喜は梨乃の文章から、梨乃の温かさを受け取った。

友喜は、梨乃にお礼と、自分の都合の付く日をキーボードで打ち込んで梨乃に返信した。








 山奥の神社。

ノリコは写本しながらその意味を読み進めていた。たまに言い回しが難しく、それを尋ねたくて祖父の方を見ると、祖父は今も瞑想中だった。


ノリコは開いたノートの上に筆記具を置くと、移動して祖父の隣に座る。

真似をして胡坐あぐらをかくと、目を閉じた。


祖父の姿が見えてきた。誰かと喋っている。

以前そうした時と同じく、ノリコの姿は二人には見えない様だ。

祖父が誰と喋っているかを観察する。男の人だ。祖父はこの人と知り合いなのだろうか、真剣に話し合いをしている。声もこちらには聞こえなかったけれど、その真剣さは伝わって来た。


目を開けると、瞑想を続けている祖父を見て、まだまだ長く続きそうだ、と諦めて、ノリコは一旦、外に出て気分転換する事にした。








 雲がびっしり空に立ち込めた様な色が上下左右を埋め尽くしている空間で、私と女の子は喋っていた。


『あなたは違うって知っているのね。』

「ええ、知っているわ。」

『ちょっと前に、それを知らないあなたが来たわ。』

そうでしょうね…、と同じ姿の私は頷く。


「ありがとう、寄り添ってくれたのでしょう。」

私はこの女の子の事をよく知っていたので、礼を言う。


『私は、これが好きでやっているの。』

「ええ、知っているわ…。」

そして二人で、光の筋の残骸を見る。


『あれは…、』

「あれもそう…。」

私はにこりと笑った。


『忙しいのね。』

「いいえ、だいぶ落ち着いてきたわ。」

『そうかしら…。』

緑色の瞳が、私の瞳を覗く。


『あなたはずっと忙しいはずだわ。』

慈愛たっぷりの緑色の瞳が、私にそう告げる。

私はその言葉に、思わず微笑んだ。


「誤魔化せないわね。」

『そりゃあそうよ。』

ふふ、と二人笑い合った。








 その多くが緑色に囲まれた地。

石碑の前のツァームは、術が終わると発光が落ち着き、舞っていた風も徐々に収まった。


ふかふかの毛玉を胸に抱きながら彼を目の前にしたアミュラは呆然と立ち尽くしていた。




「今後は、この石碑中心に行うよ。」

「…。」

用が済んだと立ち上がるツァームはアミュラの様子を見て、


「アミュラ…大丈夫かい?」

顔を覗いて言ってくる。


「あ…。ちょっとすごかったから、初めて見たから、驚いて…。」

気後れした風にアミュラが言う。


「ああ、これは僕がこっちに戻ってくる時に授かったものなんだ。これからはこの作業が必要になる。多分ちょくちょく、この石碑前には来るよ。」

アミュラがツァームの言葉をじっと聞いていた。


「行こうか。」


ツァームの呼び掛けにアミュラはツァームの腕にそっと触れた。ツァームはそれを確認して袖から笛を取り出すと、特定の音色を奏でた。すると二人は光に包まれ、次の瞬間石碑の前から霧散した。


大小の岩が幹近くに設置されている大きな樹の辺りで、不意に空間が白い光の粒子で光り出したかと思うと、瞬く間にツァームとアミュラの姿が現れた。


辺りを見回して変わり無い事を確認すると、二人は岩に隣り合って座った。


「…。」

アミュラはツァームをまじまじと眺めた。


少し前まで一人きりだったから、こうして隣にツァームが居てくれるだけで安心する。アミュラの視線に気付いたツァームは柔らかい表情で微笑んだ。

アミュラが微笑み返すと、ツァームが小さく驚く。


「どうしたの?」

アミュラが聞くと、いや、何でも無いんだ、と彼は答える。


「そう…。」

穏やかな顔で、ツァームから視線を外し周辺の草花を眺めるアミュラの姿を、ツァームは静かな感嘆と共に見つめていた。








 いつものカフェのテラス席。

テーブルにいちごシェイクのグラスと抹茶ラテのマグカップが置かれ、なつはいつもの様にミサンガの付いた右手でストローをくるくる回していた。



「今日は作戦会議、行かなくて良いの?」

なつが聞く。


「雨見ちゃんが回復したから、お兄ちゃん、今日は喜んでると思うの。」

「え、じゃあ尚更行った方が良いんじゃないの?」

なつが友喜の返しに更に質問で返す。


「うん…会えなかった分、二人で過ごしたいかな、って。だから今日は、サービスデー。」

そんな事を言う友喜を横目で見て、やれやれ、と反応する。


「何だかんだで、友喜は友喜のお兄ちゃんの事、信用してるんだね。」

友喜がそう言うならまあ良いわ、となつが納得する。

友喜はあっけらかんと頷き微笑んで、抹茶ラテのマグカップを口にした。


「じゃあ、始めますか。」

二人は勉強道具をテーブルの上に広げて、それぞれ勉強をし始めた。








 学校帰りの林の道で、有津世と雨見が二人歩いている。


「友喜にさ、またツピエルの声を聞いたって聞いて、場所を教えて貰ったんだ。多分ここら辺…。」

歩きながら道の脇を指差すと、


「ここって、ずっと前に有津世ときのこを発見した辺りじゃない?」

二人して立ち止まって、雨見が言った。


思い返せば、そのきのこを目にした時から、不思議な話題は広がって、今に至るまで波及した訳だ。


「確かに…。」

有津世は雨見の指摘に当時の雨見とのやり取りを懐かしんだ。


「ど~お?居そう?」

「う~ん…。」

二人は背を屈めて積もり重なっている落ち葉だらけの地面を覗くも、それらしき声も気配もしない。


「今は居ないのかな…。」

「また探そうか。」

二人は諦めて、林の道を再び歩き出した。




 「ツァームが目を覚ました?」

家に帰り着き、一旦解散した後の有津世の家のリビングで、ソファに掛けた有津世と雨見が話していた。


「そうなの。えーと、私達があちらの世界に飛べて、あのふさふさな子を見つけてから、直ぐ後に…。」


「…ああ、それでかも知れない。」


有津世は思い当たる節があるという風に言葉を続けた。

先日、雨見と友喜に一瞬だったと言われた、石を眺めたあの時間に、やっぱり白昼夢を見ていたみたいだと。

それがつい先日までその片鱗さえ全く思い出せなかった、それはあちらの世界の自分がつい先日まで意識を失っていたのが影響してたんじゃないかと推測を話した。

なるほど、と雨見は頷く。



「…それでね、ツァームが目覚めてからの石碑の前での術が、今までと違って、すごくて…。」

圧倒された事を雨見は話し、雨見の言葉に有津世は確信を得て言った。


「繋がったんだ。俺達があちらの世界でしている活動は、地球に関係がある。」


リビングに一瞬、静寂が流れる。

二人はマグカップの紅茶を一口飲んで、ソファー前の座卓に置いた。



「今回、俺が…ツァームが気を失っている時に、石碑の主と、会ってきたんだ。それはツァームからは聞いた?」

うん、聞いたよ、と雨見は言う。


「その時に、ツァームは主から、あちらの世界の成り立ちの知識を授かったんだ。今行っている活動の意味についても。それで…。」

有津世の話に雨見は真剣に聞き入った。



 有津世の説明を聞いた雨見は驚きを隠せないでいた。


「ツァームはそこまでは何も…。」


「うん、言わないかも知れない。」

「…。」

雨見が複雑な表情をする。


「でもこっちでは俺が伝える。俺が…そうしたいから。」

有津世はきっぱりと言い切った。


雨見の表情を見て先の言葉を紡ぐ。


「…大丈夫。こっちでは大した事出来ないけれど、それでも、情報は出す事は出来るよ。それに…こっちでは、たった二人きりじゃないでしょ?」

有津世は明るい声で雨見に問う。

雨見は小さく何度か頷いた。


「…うん、…こっちには友喜ちゃんも居るし、この話題に興味を持ってくれる人達も居る。これから先、また会えるかどうかは分からないけれど…。」

雨見は有津世の顔へと視線を移す。

有津世は雨見の視線に答える様に優しく微笑み、


「こっちでは頼り無いけどさ、それでも…傍に居るよ。」

まだ少し不安気な表情を見せる雨見の髪を丁寧に梳きながら自分の側に寄せ、おでこに、頬に、そして唇へと、有津世は雨見に優しくくちづけをした。








 梨乃は昼休み、則陽と先日寄った公園にノリムーの弁当を持ち込み、本を片手に昼食を摂っていた。


テーマは難しかったけれど、文章は読みやすく構成が利いていて、梨乃でも何とか読み進められると感じた。

今まで意識してこなかった世界と最先端の科学が融合していて、その本の内容は則陽が言った通りになるほど目から鱗だ。文章のセンスもあって、きちんと笑える部分も抑えてくれているので、毎回この本を読むのをこのところの楽しみにしていた。



「野崎さんじゃない?」

そんな梨乃の傍に近づき、声を掛ける姿がある。

顔を上げると、そこには同じ会社の男性社員が居た。


「あ、お疲れ様です。」

梨乃は素っ気無く答える。

休み時間にオフィスの誰かに、特に男性に声を掛けられるのは好きじゃなかったし、そういうのを避けて、敢えて外で毎回昼食を摂っていたから、梨乃はお気に入りの場所をひとつ失くす事になるんじゃないかと危惧した。


「いつも休み時間に姿消しちゃうから、何処に行っているのか、気になっていたんだよね。」

「はあ。」

梨乃は本を閉じて、背表紙を上にして鞄にしまうと、弁当を食べるのもままならずに、どうしようか迷った。


「ねえ、いつもここで昼食を摂ってるの?」

「あ、いえ、いつもって訳では…。」

「美味しい所があるから今度連れて行って上げるよ。」


乗り気じゃないのに、話をどんどん進めようとするその男性社員は、何を話すにも常に上から目線で、余計に苦手だった。


「ごめんなさい、私、一人でゆっくり過ごしたいんで…。」

気の無い事を何とか伝えると、その男性社員は、そうなの?行きたい時はいつでも言ってよ、と、ようやく退散して行く。


公園を去って行くその姿を見て、梨乃は、はあ、と深く息を付く。

気を取り直して梨乃は箸をまた動かし始め、残りの弁当を食べ始める。

口に箸の先を咥えて止まり、梨乃は何かを思い返す。

表情がほんのり和らいで、公園の木々を見上げた。枝葉の間からは青空と白い雲が覗いていた。








 夕暮れがやってきて、カフェのテラス席にも夕日が差した。


「眩しいね。」

「うん。」

「…綺麗。」

「うん…。」

なつと友喜は、勉強の手を止めて、夕暮れの景色を眺める。

そんな時も束の間で、夕日は程無く沈み、辺りには夕闇の色が混じり始め、目の前の道路には行き交う人々が増える。


「なっちん、まだ居るの?」

「うん、もう少し…。帰る?」

「うん、帰ろうかな。」

「またね。」

「うん。」

友喜は勉強道具をしまい、残りの抹茶ラテを飲み終わってから、席を立った。

じゃあね、となつに手を振ると、テラス席から道路へと通じる階段を下りた。

なつの姿が見えなくなると、友喜は前へ向き直る。すると、前から来る人と自分の体がすれすれになって、


「あ、ごめんなさい、」

友喜は思わず声を掛ける。


「いいえ、こっちこそ。」

見上げると、ぶつかりそうになった相手は、なつの兄だった。


「あ」

互いに声を出し、


「この間はご馳走様でした!」

「ああ、良いって。」

なつの兄は何でも無い風に答える。


「…なっちん、まだ居ますよ。」

「ああ、見えたんで…行くところ。」

「じゃ、失礼します。」

「ああ、気を付けて。」

一礼をして友喜は自分の家の方角に歩き始めると、なつの兄はテラス席への階段を上がって行った。

  



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