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見上げる空に願いを込めるのは何故だろうか(仮)  作者: 晴海 真叶(はれうみ まかな)
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合図

 林の奥の二棟の家。

風が強めに吹いて木々の枝がいつもより揺れている。


雨見の母が玄関から出てきて、外に立っていた有津世に話し掛けている。

雨見の母に軽く礼をしてから、有津世は久し振りに一人で学校に向かった。


雨見は自分の部屋のベッドで半身を起こし、窓の外の様子を眺めていた。雨見の部屋からはあいにく玄関側は見えないけれど、代わりにこの窓からは、林の木々の姿が見えている。

木々が揺れ、風の強い様子を観察していると、雨見の母が部屋のドアをノックして顔を覗かせる。


「有津世くんにお休み伝えといたわよ。」

「…うん、お母さんありがとう。」

それだけ告げて雨見の母が部屋から退散すると、雨見はベッドに潜り込んだ。







 有津世は登校の道を一人歩いていた。

こうして学校に一人で行くのは久し振りだ。

いつもは登校の間にも直ぐ傍に居てくれる雨見が、今朝は熱を出していると言う。

友喜の帰りが今日早かったら、二人でお見舞いに行こうか。一人だと流石にまずいだろうし。


 

 学校時間が過ぎて家に帰り着くも、友喜はまだ帰っていなかった。


有津世は自分の部屋に鞄を置いて私服に着替えると、ダイニングで今日は自分一人の分の紅茶の用意をした。


ソファに掛け、紅茶を一口飲んだ有津世は、不意に強い振動を何処かからか一瞬感じて。

紅茶のマグカップを座卓に置くと、周囲を見回した。


有津世は2階の自分の部屋に行き、水色の豪奢な装飾のノートをリビングに持って来た。

ソファに掛け直すと座卓のペン立てから適当なペンを選び、ノートの新しいページに記述し始めた。

記述している内に別の視界が見えてくる。


記述が終わって、有津世はペンをノートの上に置いた。

ノートと一緒に先程部屋から持って来た飴色の石を手に取って、結晶の中の含有物を何と無しに眺める。


直後、石に触れている指先が温かく感じ、空間が熱を帯びた。


石に次いで熱を感じた前方に目を向けると、そこには白色と虹色の光が混じり合った美しい一角獣が姿を現していた。


つぶらな瞳は有津世を眺めているかの様に見えて…。


次の瞬間、一角獣は大きく跳躍をして壁をすり抜けて姿を消した。


しばらくすると一角獣は何処からともなくまた壁をすり抜け現れて、その巨体を飴色の小さな石の中へと滑り込ませて消えていった。

一連の動きを呆然と見守り、ふと我に返った有津世は確信した。


これはこの間の白昼夢だ。







玄関から第一声が聞こえた。


「ただいま~。」

「友喜。おかえり。」


いつもするはずのもう一つの声が返ってこない。


リビングに行くと、兄の有津世だけがソファーに掛けていた。



「あれ、雨見ちゃんは?」

「熱出したみたいで、今日は学校休んだんだ。」

「大丈夫なの?」

「きっとね。…友喜がもうちょっと早く帰って来てたら一緒にお見舞いにでも行こうと思ってたんだけど。」

残念そうに言う有津世に友喜が聞き返す。


「お兄ちゃん一人では行かなかったの?」

「流石に、一人ではさ…。」

有津世が赤面して言葉を濁すのを見て、友喜は優しい笑みを浮かべて息をつく。


お兄ちゃんは本当に昔から雨見ちゃんの事が大好きで。

一日でも会えない日になってしまうのはすっごく寂しいんだろうな。


「ごめんね。なっちんとの会話、白熱し過ぎて長引いちゃって…。」

「いいよ。」

「お兄ちゃん、寂しそう。」

「…な、そんな事、無いぞ!」


赤面がさらに加熱する。

そんな顔の兄は可愛い。


「早く雨見ちゃんが良くなります様に。お兄ちゃんのお守をしてくれる人が居ないと、私困っちゃう。」

手を合わせて祈る様に言ってにっこり笑った友喜を有津世が睨んだ。


「お守って何だよ!俺は小さな子供じゃないぞ!」

友喜は、はいはい、と有津世からの反論を軽くかわしながら、着替えを済ませに2階への階段を上がっていった。





 手前のログハウスでは、雨見が自分の部屋のベッドで上半身を起こして過ごしていた。

雨見の母が、入るわよ、と言い、ドアを開けて雨見の側に来る。

ベッド脇に腰掛けて、雨見の顔を覗いた。


「どう?顔色は、落ち着いているみたいね。」


雨見が頷いて答える。


「明日は行けるよ。」

「あら、明日は土曜日よ。」

「そっか…明日は土曜日か…。」

母に言われて気付く。


「うん、そうよ。明日明後日休みで良かったわね。この調子なら月曜日には学校に行けるでしょう。」



「…お母さん。」

「何?」

「…ううん、何でも無い。」

雨見の母は雨見の表情を観察してから、代わりに口を開いた。


「今朝ね、有津世くんに雨見が休みなのを伝えたでしょ?」

雨見が頷く。


「有津世くんたらね、お大事に、の他にね、雨見の事を、大切に想っています、って、言ってたわよ。」

雨見は熱で僅かに火照っていた頬が、さらに赤くなった。


「良い子よね、有津世くん。あんな素敵な子に雨見は好かれて、お母さんは鼻が高いわ。」

雨見の反応を見ながら、雨見の母は穏やかな口調で伝える。


「…ありがとう、お母さん。」

赤く上気させた頬の雨見を見て、雨見の母は、うん、と頷いて微笑んでから、飲み物持って来るね、とその場から一時退散した。








 飲み屋街の一角。

則陽は狭く古い階段を地下2階程下りた所の副業のオフィスへとやって来ていた。


今日は本業であるゲーム会社は休みだ。

午前中は梨乃と二人、梨乃のマンションと自宅アパートを往復して、彼女の部屋からデスクトップコンピュータと服を一緒に運んだ。

 

地味な作業ではあったけれど、二人にとってそれはデートで、則陽にとっても梨乃にとってもそれは嬉しく貴重な時間だった。


「あ、ねえ、ここの公園…。」



通りかかった公園を見て、梨乃が則陽に声を掛けてはたと立ち止まる。

作業が終わり外で食べようと思っていた昼の食事を、梨乃の提案でノリムーの弁当を買い、公園に持ち込む事にした。


以前に座ったベンチがちょうど空いていて、二人はそこに腰掛ける。

よりを戻す前に偶然に総菜店ノリムーでばったり会った時の公園だ。


「ねえ、お昼これで良かったの?」

「これが良かったの!」

梨乃は嬉しそうに弁当を摘まむ。

公園の木々は風にそよいで、ベンチに心地良い木陰を提供していた。



「あの日、則ちゃんが声を掛けてくれなかったら、今日のこの日も無いと思うの。」

梨乃が言うのを聞いて、則陽はくすりと笑い声を漏らして返す。


「梨乃、すごく泣くから…。俺、話したい事の10分の1も話せなかったよ、あの時。」


則陽の指摘に、梨乃は頬を赤らめた。


「だって…則ちゃんの中ではもう終わってると思ってたし…。」

「あの流れでそう思うの?」

「だって…。」


あの日の少し前に、則陽が別の女の人と一緒に歩いているのを目撃したのを、梨乃は則陽に白状した。

何と無く、今の今まで黙っていた事だ。


微かに気まずい空気が二人の間で流れた。


「ああ、良いの。全部教えろって言っている訳じゃないから…。」


変な所で抑えが利いてしまって、そんな自分に小さなため息が出てきてしまう。

梨乃は複雑な表情を垣間見せた。



「あ、待って、梨乃、ひょっとして…。」


則陽にとって思い当たる節は一つしか無い。

でも梨乃が見ているなんて知らなかった、と言いながら、則陽は梅との一件を話した。


則陽からの説明を聞くにつれ、梨乃は頬の色を取り戻していく。

そういう事だったんだ、と、納得して小さく呟いた。

そして間を置いてから、


「…則ちゃん恰好良いから…。」

やきもちを焼いている風にこぼした。


「恰好良かったらもうちょっとモテてるよ。たまたま、好かれただけであって…、有難かったけど。」

梨乃がその言葉に微笑む。

則ちゃんは外見は勿論恰好良いけど、中身がものすごく恰好良いから、気付いてしまう人は好きになっちゃうよな…。

心底則陽に惚れていた梨乃は思う。

その人、見る目あるな…。


「梨乃はそういう事無かったの?」

則陽が聞く。


「私は全く何にも。」

梨乃はきっぱりと言う。

変な所で高いプライドが、ここで出て。

則陽がそんな梨乃の反応を可笑しく感じ、梨乃もつられて頬を緩め、二人は笑いながら、残りの弁当を食べ終えた。



「じゃあ、行ってくるね。」

「行ってらっしゃい。」



笑顔の梨乃に見送られ、今、則陽はオフィス内のデスクに居る。


マニュアル本の内容をモニター画面とノートに照らし合わせながら、対処内容が今までのものから一部変化している事に則陽は気付いた。


解析を進めれば進める程、修正を”読める”様になってきていた則陽は、それを実感しつつ今回も作業を進めた。

今日は他にも三人程がデスクで作業をしている。


則陽はノートに書き込みをしながら誰よりも手早く入力を進めていった。








 住宅街の一角。

何年か振りに、なつの家に遊びに来た。

門の壁の表札には『吉葉』と記されており、確かにここだ、と友喜は門扉を入った所のインターホンを鳴らす。


「はーい、いらっしゃーい!」

玄関ドアから顔を見せたなつは友喜をいそいそと招き入れた。



 友喜の眉間にきらきらが見える話に二人は早くも持ち切りになり、なつは自身の考えを友喜に伝えた。


「それね、あたしが思うにアンテナだよ。」

「アンテナ?」

「うん、何かをキャッチするための。」

「アンテナかあ…。」

カーペット敷きのリビングで腰を下ろし、いくつか重ねて置いてあるクッションに背をもたれながら二人は話し込んでいた。


「ねえ、何で分かるの?」

友喜がなつに聞いたのとほぼ同時に、階段から足音がした。

なつの兄が階下に下りてきた様だ。

ぼうっとした調子で欠伸をしてなつと友喜からも見えるダイニングへ顔を出した。


「お兄ちゃん、おはよ。」

「あ、お邪魔してまーす。」

寝起きで呆けているなつの兄に二人はそれぞれに挨拶をした。


「お、あ、いらっしゃい。」

一瞬ぎょっとした表情になったなつの兄は、頭をぽりぽりと掻いて気を取り直すと、ダイニングの冷蔵庫からペットボトルの水を出してグラスに注いだ。


友喜はなつの兄の動きを目で追ってから視線を直ぐ目の前のなつに戻して、なつとの会話に戻る。

なつの兄はダイニングの椅子に座り、遅い朝食を一人、口にし始めた。


なつがお茶を足しにダイニングに来た。

冷蔵庫からペットボトルのお茶を友喜となつの分のグラスに注いでいると、


「なつ、昼ご飯どうするんだよ。」

なつの兄が聞いてきた。


「ああ、何も考えて無いや。食べに出ようかな…?」 

「それか、何か買ってきちゃろか?」

え、良いの?となつが聞く。

なつが友喜の方を見ると、友喜は呑気に首を傾げて、どうするの〜、という感じでなつを見てきた。


「じゃあお願いしちゃおっかな、お兄ちゃんの食べたいもので良いや。」

ね、と友喜にも言って同意を得た。


「あ、お代は払いますので。あ、あと、あまり高くないものでお願いします。」

友喜が付け加える。

水を飲みながらなつの兄は、ああ、と請け合うと、


「じゃ、ちょっとしてから行って来るわ。」

二人に言った。


なつと友喜は、うん分かった、と、ありがとうございます、と口々に言うと、途中だった会話に戻っていく。


「アンテナって分かるなっちんのその源って何?」

不意に聞こえてきた会話を耳にしたなつの兄は、少々呆気に取られた顔になった。








 「ありがとうございましたー!」

商店街の一角。

ガラス戸を閉める際に言った挨拶で、今日の合気道教室は終了だ。

有津世は2階の教室から階段をリズミカルに下り、建物の外へと移動する。


そのまま真っ直ぐ帰るつもりだったが、ふと思い立って、自分が通った小学校の脇にある公園へと立ち寄ってみた。


休日の昼間なのに人気ひとけが無く、公園には自分一人だ。

公園内を見回すと、ある地点をじっと見据えた。


ポケットから飴色の石を出して感触を指で確かめてから、またポケットへとしまう。

そして何かを思い、有津世は空を見上げた。








 都内アパート。

則陽に設置してもらったデスクトップコンピュータはテレビ脇にあり、梨乃は早速起動させていた。


則陽のデスクトップコンピュータやゲーム画面にも出てきたが、梨乃のコンピュータのモニター画面上にも当然の様にツピエルが姿を現し、また何かお茶でもしているらしく、テーブルに椅子を出して、画面に背を向けて座っている。


梨乃は気にせず自身のブログを更新し、友喜にメッセージを送っていた。

型は古いし、起動も遅かったけれど、梨乃はこのコンピュータが好きだった。久し振りに触れる事が出来て、嬉しく感じている。


陶器製の小さな犬の置物の、のりすけを、自分のコンピュータ近くに移動しようとしたけれど、上手く配置が出来なかったので梨乃は諦め、のりすけは継続してゲーム機の隣に置いておく事にして、置き直したついでにのりすけの頭をさわさわと撫でた。


「んもうっ!焼けちゃうわねっ!」

別の方向を向いて座っていたはずのツピエルが梨乃に向かって突然吠えた。


「わっ、びっくりした。…え、頭、撫でて欲しいの?」

「違うわよっ!何言ってるの、この子むす…」

梨乃が睨む。


「何言ってるの、このレ、レディ…は…っ」

絶妙に悔しそうだ。

ツピエルのそんな表情も気にせず、


「ツピエルはのりすけの事、羨ましいって思うの?」

梨乃は聞いた。


「そーなのよっ!見てよこの犬っ、外見センス無さ過ぎったらっ…!」

突如画面に現れる、ツピエルよりも小さな犬。

きゃんきゃん、と画面上で鳴きながら、ウロウロし始めた。


「ええ、そうかな?私はそれも可愛いと思うけど…。」

「修正依頼中よっ!」

ツピエルがまた吠えた。


ツピエルが画面に出してきたのは、則陽が一度修正し直したデザインの犬だ。


「う~ん、でもそれ以上は直らないんじゃない?」

精一杯デザインし直したんだろうな、と画面の中をウロチョロと動く犬を見て梨乃は思う。


「なんで自分でやらないの?プログラミング、出来るんでしょ?」

梨乃が聞く。


「ゲームっだけはっ、アタシには出来ないのよっ!」

へえ~、そうなの?と梨乃は言い、どうやって直すの?と聞く。


「ああ、もうっ、これよ、これっ!」

ツピエルがフォルダーを何処からか取り出し、梨乃のモニター画面に貼る。

試しに梨乃がフォルダーをクリックして開くと、何やら小難しそうな、画像制作用のプログラムが起動した。


「これ私、操作出来るかな…。」

「アタシが見てて上げるから、やってみなさいよっ。」

頬の血色を途端に良くしたツピエルが梨乃を急かす。


「…。」

面白そうだし、ツピエルの言葉に梨乃は乗ってみる事にした。








 住宅街の一角。

昼を過ぎて少しの間姿を消していたなつの兄は、帰ったぞ~、の第一声で家に戻って来た。



「おう、この中から選びな。俺は残りので良いから。」

なつ達の居るリビングの座卓に置かれたビニール袋を覗き込むと、中には紙袋がいくつか入っている。


「良い匂い!」

「うん!」

なつと友喜は喜んで中身を確認した。

するとそれはハンバーガーのセットで、なつの兄が言うには、ここのは美味しいんだと言う。


「ま、そんなにしょっちゅうは買わねえけどな。」

なつの兄はリビングの座卓から少し離れたダイニングの席に座って言った。


なつと友喜はそれぞれ選んでビニール袋の中の紙袋から取り出して座卓の自分の席にセットメニューを並べる。


「あ、おいくらでしたか?」

自分の選んだセットの価格を友喜が尋ねる。


「ああ、良い良い。気にすんなよ。」

面倒くさそうになつの兄は返す。

でも、と言う友喜の顔を見て、良いって言うから良いんじゃない、と、なつに説得されて、尋ねようと開きかけたその口をつぐんだ。


「ありがとうございます、いただきます。」

代わりに友喜は礼を言い、なつと微笑み合う。


「お兄ちゃんもこっちで一緒に食べれば良いのに。」


そんななつの言葉にも応じずに、なつの兄はダイニングテーブルの席で二人が選んだ後に余った残りのバーガーセットを美味しそうに頬張った。




 玄関で、友喜は今日の礼を言う。


「ありがとうね、楽しかった。」

「うん、たまにはこういうのも良いね、また遊ぼう。」

「うん。」

その時2階に行っていたなつの兄がちょうど階段から下りて来た。


「あ、ハンバーガーご馳走様でした、美味しかった!」

なつの兄にも挨拶と礼を言って、友喜は明るい表情で吉葉家を後にした。



帰りの林の道の途中で、きゃんきゃん、と小さな犬の声がしたのを友喜は確かに耳にした。

でも聞こえてくる距離感とサイズ感がおかしい。

近くで聞こえながら、極小サイズの様な音の聞こえ方だ。


興味を持って声のした方を探すと、落ち葉の下にきのこの傘が埋もれていて、その中から声は聞こえてきた。


「あ~ら、わんちゃん、か~わいいわねえっ!んもうっ!」

聞き覚えのある声に友喜はぞっとして、そそくさと帰った。








 山奥の神社。

夜、光源がほとんど無いその地の空には星がきらきらと瞬いていた。


境内の縁側で、ノリコは夜空を眺めていた。

祖父は奥で瞑想をしており、最近は特に忙しそうだなと祖父を見て思った。

ノリコはそんな祖父の事から始まり、ソウイチの事、写本の事へと思いを巡らせる。


胸元に下げてある、形の変わった石を手に取った。

今も小さな光を内側から産出している様に見えるその石を、夜空に透かしてみる。

石に重なった夜空を、石と共に眺めた。


空がきらりと光ったのに気付いて、ノリコは石を胸元に戻して再び夜空に注目する。

空から何処かの地へと降り注ぐ光が、ノリコの瞳に映し出されていた。








 緑の濃淡で埋め尽くされた美しい星。

目を覚ましたツァームは抱きしめてくるアミュラの温もりを受けて、確かに意識がこの地に戻ってきたのを肌で感じた。


「アミュラ…ただいま…。」

アミュラはツァームの声に、更に涙が溢れ出る。


背面に触れる感触に、周りに花冠が敷き詰められているのに気付いてツァームが改めてアミュラに向き直る。



「これ…、アミュラが用意してくれたんだね。」

「…。」

アミュラは涙を拭いながら頷く。


「あと…。」


アミュラはツァームと自分との間に挟まっていた毛むくじゃらの生き物を抱き上げてツァームに見せる。


「ぽわぽわが何処かへ行っちゃって…。これは別の子みたいなの。」

「へえ…。」


不思議そうに二人が眺める。


「随分とこれは…ふかふかだね。」

ツァームがアミュラに微笑んで言う。

アミュラは堪らずツァームに再び抱き着いた。

両腕でツァームを捕まえて、彼の両目をしっかりと交互に見つめてまるで彼の姿を胸に焼き付けている様だ。


「おかえりなさい。」

満面の笑みで、アミュラはツァームに心からの言葉を伝えた。


 アミュラが落ち着いてから、今までの経緯を二人は報告し合った。


アミュラは自分もツァームと同じ様に倒れて気を失っていた事、自分が目を覚ました時にはキャルユはもう居なかった事、石碑の内側には行ってみて戻れる事を知った、居なくなったぽわぽわ、新たに見つけた生き物…、等々をツァームに話す。


「そうか…僕が目を覚ますまでの間に、アミュラは頑張ったんだね。」

ツァームは、柔らかな口調の穏やかないつもの話し方で。


「…。」

アミュラは胸の奥から湧き出る何かの衝動を、今までとは違う自身の反応を感じていた。


「僕はね…主に会ったよ。」

ツァームは石碑の方角を振り返って言った。




 二人は石碑の外側と内側の境目まで行き、何事も無く越境した。

アミュラはもとよりツァームもアミュラから事前に聞いていたから二人は冷静な面持ちのままだった。


石碑の内側へと入った二人は、ひび割れた石碑の前まで足を運ぶ。


「ツァームが会ったのって、この石碑の、主だったの?」

アミュラが聞いて、ツァームが頷いて答えた。

言葉を待とうにも石碑の件についてそれ以上の事をツァームはアミュラに伝えようとはしなかったので、アミュラの胸の中で一片の何かがちくりと刺さる。

が、この時点ではアミュラ自身その事に気付いていない。


「僕達は今まで通り、必要となる時にはエールを送り、共に過ごそう。」

ツァームの言葉に胸にずきりと痛みが走るのが今度は分かった。

エールは三人で送るものだったから。


「キャルユの分は…?」

「エールを分かち合ったから、二人でも行えるはずだ。」


ツァームからの返事にアミュラは物思いに沈み、そんな彼女を見てツァームも佇んだ。

ひと息置いてツァームは言う。


「彼女の分も、僕達がやり遂げよう。」

「うん、そう…、そうだね…。」

アミュラは呟く様に答え、二人は空を仰ぎ見た。


石碑の前で、二人は風を感じた。


ツァームはこれから術を行うからとアミュラに目で合図を送ると、石碑の前に胡坐をかいて座り込む。


ツァームが何かを唱え始めたのと同時に、彼の胸の奥から質量を伴ったエネルギーが勢いを増しながら溢れ出してきた。

併せてツァームの額の石はみるみる内に輝き出して、やがてその空間一帯が輝きに包まれた。


アミュラは石碑の後ろの方で立ったまま事の成り行きを見守っている。


ツァームの周りには風が巻き起こっている。

風の中に静かに佇むその姿は、表現するならば静と動の共演と言えるだろう。


草葉の陰から覗き見たキャルユの姿をアミュラは思い出した。

これまで見た事の無かった彼女の精悍な姿。

今目にしているツァームの姿にも同じ印象を抱いたから。


アミュラはふかふかの毛玉を胸に抱きながら、術を執り行うツァームの姿を真剣に見守り続けた。






 


 天井の高い、大きな窓に見える照明が壁に取り付けてある部屋。


その空間にたった一脚備え付けられているデスクのコンピュータをソウイチが操作している。

考えてから、何かをぼそりと呟いたかと思うと、コンピュータのモニター画面に目をやって、キーボードで次々と入力作業を行っていく。


「はい、よろしくお願いします。」

ソウイチは何処かに答えた後で手元の石を見た。








 林の奥の二棟の家。

朝日が辺りを照らし始めている。


奥側のログハウスの2階では雨見が目を覚まし、寝そべりながら部屋の天井を見つめていた。

部屋の窓にも朝日の光は差し込んでいて、それが眩い。

雨見の心も、きらきらと照らし出された様だった。


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