繋がる先
気付くと上からぽたぽたと雫が落ちてくる場所に居た。
見回すとそこは何処かの空間で、その雫はまるで雨の様だったけれど何処にも雨が降る様な空は無くて、天井から落ちてくる様子も見受けられない。
雫を手のひらで受けて、これは何処から来ているのだろうと雫を眺めた。
次の瞬間、雫は細い煌びやかな光の筋となり、手のひらの上で繊細に輝く。
ああ、これは希望の糸だ。
指で摘まみ、風にたなびかせた。
すると糸の片方の端が上に繋がって、ぴんと張る。
私はそれを確認すると、今度は糸のもう一方の端を下にたなびかせた。
声が何処からか聞こえて来たけれど、私は構わず作業を進めていった。
「…今回は何処に来たのかな…?」
梨乃はこの現象が楽しみになりつつある。
ついこの間まで日常生活だけしてきて、過去の事に悶々としたり、プライベートでも出せるのはそれについての感情だけだったけれど、則陽と再会してからというもの、加速度的に不可思議な出来事をこの目で目撃する様になって、その頻度も増えていって…。
ううん、待って…。友喜ちゃんに出会ってから?
友喜ちゃんに出会ってからかも知れない。
そんな事を考えながら、梨乃は辺りを見回した。
「ねえ、三人で一緒の所に飛んだのって初めてじゃない?」
口々に言う。
有津世と雨見と友喜の三人は頭を寄せ合って興奮した様に語気を強めた。
「それにここ、…ツァーム達の場所だよ!!」
壮大な樹が生えている森の中で、雨見は嬉しくて堪らずに思わず叫んだ。
「ここが…。すごい場所…。」
友喜が目を見張る。
緑の濃淡が視界の多くを占めるこの地を目の当たりにして、友喜は新鮮な驚きに包まれていた。
雨見と有津世は何度も目にして見知った情景を感慨深げに見回す。
「ここは三人の生活圏。石碑の内側の場所だね。」
有津世が友喜に向けて説明する。
目に入ってきた大きな樹の幹の直ぐ近くの大小の岩はテーブルと椅子を思わせる配置がなされている。
友喜は興味惹かれてその岩をじっと見た。
「何で今回ここに来れたんだろ?しかも三人で…。」
雨見が言う。
「それにこれ、いつの時点での、この場所だろう。」
雨見の続けての疑問に有津世が、じゃあさ、確かめに行こうと提案した。
「…皆、こんな場所で、暮らしているんだ…。」
深い森の中を物珍しそうに見回しながら友喜が言う。有津世と雨見が先頭を切って歩いていて、その後ろを友喜は歩いている。
「うん…正確に言えば、友喜ちゃんもだけどね。」
雨見が振り返って友喜に言う。
辺りの景色を目にしても面白いくらいに何も思い出せる記憶の無い友喜にとっては有津世と雨見との三人でおとぎ話の世界に迷い込んだみたいな感覚しか無かった。
「ああ、ここだ。」
有津世が言って立ち止まった。雨見と友喜も立ち止まり、目の前の樹を見上げた。
立ち枯れて見えるその巨大な樹は、幹の周りを淡い虹色と白色のもやの光が入り混じって渦巻いている。友喜にはそれが樹の生命力にも見えた。
樹の姿の確認は済んだと有津世が言い、次の場所へと二人を誘う。
「じゃあ次は、石碑の場所に行こう。」
「ねえ、ツァームみたいにテレポート出来たりは…。」
「笛が無いからね…。」
出来るかどうか、有津世は念じてみたが何も起こらなかった。
距離はあるのだろうが、この地では体が軽く感じ、森の中から森が途切れて草原になった所の端にある石碑の場所まで歩いて行くのに意外に軽快に移動をこなせた。
石碑の場所に辿り着くと、有津世は友喜に、ほら、ひびが入っているでしょ、とその箇所を指し示して説明した。
「じゃあ、行こうか。」
有津世が雨見と友喜に言い、雨見はその言葉に表情を引き締めた。
樹が枯れていて、石碑もひび割れている。
だから当然、少なくとも異変の起きた後のこの世界に飛んでいる訳で、次に行うのは石碑の外側に行く事だろうと雨見には見当がついた。
「何か起こると思う?」
「いや、きっと大丈夫だ。」
雨見の質問に有津世は冷静に返す。
アミュラが石碑の内側と外側を行き来した時に何事も無かったのを雨見から聞いていたし、今ここでその質問が彼女から出てくる事に雨見の慎重さが伺えた。
有津世は雨見に安心させる様に微笑んで見せてから石碑の外側への一歩を踏み出す。
辺りは静まり返ったままだ。
雨見は小さく息をついて、有津世の後に続いた。
二人のやり取りをぽかんと見ていた友喜が最後に足を踏み出して、三人共が石碑の外側に出た。
大丈夫だったね、と、雨見が言うも、友喜にとっては何が大丈夫だったのかあまり現実味が湧かなかった。
三人が歩き進んで行くと石碑の内側と相違無い景色が広がっており、友喜には違いが分からなかった。
有津世と雨見の後ろを歩いており、二人が緊張の面持ちになっていく所、友喜だけが呑気な表情を見せていた。
雨見の胸の鼓動は早くなる。
夢で見た時系列と違い無いのであればこの先…。
雨見は目に入ってきた情景に息を呑んだ。
見えてきたのは、花に包まれて横になっているツァームの姿だ。
「え…あ…これが…。」
友喜がぽそりと呟いた。
体の下にはアミュラが携えた花冠がクッション代わりに敷かれており様々な色味の花が彼を抱いている。雨見から聞いた通りにツァームは依然として意識を失った状態だった。
有津世は思わずツァームに近寄って、おもむろにツァームの頬をペチペチと軽く叩いたり揺すってみた。
「あのさ、お願い、起きてよ。」
声も掛けて起こそうとしてみるも、何の反応も得られなくて有津世は愕然とした。
友喜は目の前の情景に何とも言えない感情を胸に抱いた。
兄の有津世と瓜二つの顔が寝っ転がっている。額の装飾がある事や髪の色の違いはあったけれど。
直後、友喜から発せられる花の香りが急激に強まった。
気付いた時には香りの渦に飲み込まれていて、息をしているのかもこの瞬間には分からなくなって…。
『ツァーム、ツァーム…』
次の瞬間、三人は友喜の体から浮き出す様に出現したキャルユの姿をその目に捕らえた。
「キャルユ…!」
雨見が小さく叫び、三人は目を見張った。
透明に透けて見えるキャルユは前へと進み出て、倒れているツァームの前に来るとしゃがんでツァームの手を取った。
両手を組んでツァームの手を包み込み瞑目する。
どうやら祈りを捧げている様だ。
キャルユの胸の奥から光が産出されてツァームの手へと伝わっていく。
有津世と雨見と友喜の三人はその光景を呆然と見守っている。
キャルユは有津世達には気付いていない様子だ。
今までキャルユを見た事が無い友喜だけど雨見や有津世から聞いた通りの外見だったので彼女を直ぐにキャルユだと認識出来た。
生き写しの様に友喜とそっくりの顔に、偶然か髪型も同じくふんわりウェーブがかった長い髪。
ただキャルユの髪色は明るい黄緑色だったし、額には石の装飾があり、体にはふわふわのドレスを身に纏っていて微かに黄緑色に発光している。
祈りを終えたキャルユは立ち上がって友喜の方に向き直り、吸い込まれるかの様に友喜の体の内側へと戻っていく。
「消えた…。」
「ううん、見えなくなっただけだよ。友喜ちゃんの中に…入っていったもん…。」
「…。」
辺りに静寂が流れた。
「そうだ、アミュラは…。」
我に返った雨見が口を開き、先にある森の入り口をじっと見つめた。
行ってみようか、と有津世が二人を誘い、三人は石碑の外側に存在する森へと向かった。
「こんにちは。何か今回、ツピエルにそっくりな小人さん達が沢山居るのね。」
目の前に広がる、梨乃よりもだいぶ小さな小人達の列を見ながら梨乃が挨拶をした。
ツピエルにそっくりな小人達には梨乃の声が聞こえないのか、ほとんどの者が梨乃には目もくれずトンネルから出てくる長方形型のブロックを綺麗な列を成して順々に受け取り、受け取ったブロックを次々とでこぼこの壁に埋めていく作業を行っている。
埋まったものは壁と一体化し、直後別の場所に別のでこぼこが出現するので終わりが無い。
ワンツー、ワンツー。
一人、ツピエルとはサイズも様子も違う小人が、ツピエルそっくりの小人達に指示を出しているのが伺えた。
梨乃は今回、この小人達がわんさか居る空間に飛んで来ていた。
世界を編む場所…。
梨乃の胸の内にぽっと言葉が浮かんだ。
「あら、あなた、良く分かるわね。」
指示を出している小人が、梨乃に話し掛けてきた。
指示する姿勢をそのままに首を回し、顔だけをこちらに向けてその小人は続ける。
「私はトネルゴ。前に、別の子がここに来たわね。」
「…有津世くん達?」
「うん、そうね、その子よ。」
「そうか、有津世くんも来たんだ…。私は、野崎梨乃。よろしくね。質問があるんだけど…」
トネルゴは尚も顔だけをこちらに向けて、梨乃の言葉の先を待った。
「ここは、修正プログラミングと何か関係がある?」
梨乃の質問に、トネルゴはほんの少しの間を置いてから答える。
「いいえ、ここは最初の場所だから、直すとしたら、この後ね。」
「そうなの。」
「ええ。」
「じゃあ、この中には修正しなければいけない部分も含まれているの?」
「そうね。…梨乃、あなた鋭いのね…。」
トネルゴが、梨乃を仰々しく見た。
「そうかな…。ねえ、何で修正しなきゃいけないのを、そのままはめ込むの?」
梨乃は更に聞いてみた。
「それが今の所の…世界の決まりなのよ。」
世界の決まり?
梨乃は心の中で疑問を唱える。すると、トネルゴは相槌を打ち、更に説明を付け加えた。
「そう、何事にも自由意思が反映される。だから、何かが生み出されるのを良しとせずに、始めから無にする事は出来ないの。」
「だから…その後に修正する…。」
「そういう事ね。」
梨乃は納得して頷いた。
「ねえ、私今の所、何も出来ないの。その…有津世くん達の為に、何か出来る様になりたいんだけど…。」
トネルゴは梨乃の発した言葉に驚いたのか梨乃の方に体ごと向き直った。
自分のその動作に一拍後に気付き、あっ、と小さく叫んでから姿勢を直す。
ワンツー、ワンツー、
再び指示を出す。
そして首を回して再び顔だけを梨乃に向ける姿勢になると梨乃に言った。
「もう出来てるわよ。」
「え?」
「有津世もそうだったけど、あなた方の了見はまだまだ狭いのね…。」
後半部分が聞き取れなかったので聞き返そうとしたけれど、自分の体が白い光の粒子に包まれ始めて、声を発する事はもう出来なくなっていた。
次の瞬間、梨乃は自分の意識がアパートの一室に戻っている事に気が付いた。
石碑の外側の森を三人一緒に歩きながら、雨見が有津世と友喜に話す。
「ねえ、私、少なくとも今朝の夢で、…変な言い方だけど私達に会ってないの。もし会ったとしたら、どうなるんだろ…?」
今有津世達三人が立ち入っているこの世界は、雨見の今朝見た夢の状況と変わらないんだそうだ。
雨見の夢の進行と全く同じであるなら、森の中を追って行けばアミュラにも会えるだろう。
夢では別の星の存在として居る自分が雨見としての自分や友喜や有津世に遭遇したらどういう事になるだろうか。
状況としてはかなりごちゃつきそうだな、と雨見は思う。
「…少なくともお兄ちゃんは、ツァームが意識無かったから、対面はしなかったね、ツァーム側からしたら。」
「そういう事になるね。…ツァーム、とうとう起きなかったな…。」
更なる手掛かりを掴むのにはアミュラを追うのが一番手っ取り早いと思ってツァームの所からは移動してしまったけれど。
でももしツァームがあの場で目を覚ましでもしたら自分はどう反応しただろうか。
有津世は雨見の疑問を自分に置き換えてふと考えた。
「こんなに素敵な場所での記憶なら、私も思い出せれば良いのにな。」
友喜がぽろりと口にする。キャルユの記憶の事だろう。
キャルユの姿が友喜の中から出てきたのを確かに先程有津世と雨見と共に友喜は目撃したし、彼女のツァームへの想いを伺い知る事が出来た。
それでも、何処か画面に映し出された物語を端から見ている気分だったから。
「友喜ちゃん…。」
「あ、落ち込んでいる訳では無いの。そうでは無くて…。敢えて思い出さない様に、自分がそうしているかも知れない事が、ちょっとだけね、悔しくて。」
友喜は今の感情を素直に示して、有津世と雨見に微笑む。
気遣わしげな表情の二人に、それで、どっちの方向に行くの?と行く先を尋ねた。
「えっとね、こっち。」
微笑み返した雨見が友喜と有津世を先導して今朝見た夢のアミュラの道筋をなぞって行った。
飲み屋街の一角。
則陽は早目に切り上げた吉葉との飲みの席から一転、今は副業オフィスのある街に移動している。
梨乃にはその旨も連絡済みだ。
階段を地下2階まで下りた所にあるオフィスの入り口でいつもの様にプログラミングのマニュアルの分厚い本を受け取ると、則陽は自分の気に入っている席に着いた。
マニュアル本を開いてみると、前回まで見ていたものとは記述内容の変わっている部分に気付いた。
違うものに差し替えられたのかと他のページをぱらぱらとめくって見ると自分が以前付けてしまった細かな傷はそのままで、本自体が差し替えられたのでは無い様だ。
しばらくの間本を眺めていた則陽は席から移動して受付の人に尋ねた。
「すみません。えっと、この本について質問があって。…管理者の方と出来たらお話がしたいのですが…。」
則陽からの申し出に受付の人は多少驚いた顔をしたけども快く対応してくれた。
手元の機器で確認を取り、今日直ぐという訳にはいかないけれど調整致します、との事だそうだ。
則陽は礼を言って奥の作業スペースのデスクへ戻ると作業を再開した。
不可侵とツァームが石碑の”主”から言われていた石碑の外側。
その森の奥深くに、有津世と雨見と友喜の三人は足を踏み入れていた。
「記憶違いでなければ、あと少し…。」
雨見がぽそりと呟きながら、景色を注意深く見て進んで行く。
「あ、」
雨見が声を漏らした。
雨見の視線の先には、淡いピンク色に発光している人物が居る。
雨見は友喜と有津世に視線を交わしてから先頭を切って、発光している人物の傍へ近寄って行った。
友喜は自分の視界に入ってきた彼女の姿を珍しそうに、ツァームとキャルユを目撃した時と同様、その目に焼き付ける。
ストレートで腰まで伸びた栗色の髪に、半透明の薄いピンク色の生地が幾重にも重なったドレス。何かを探す様にふいに振り返った彼女の額には、ツァームやキャルユとはまた違う形の石の装飾があった。
友喜と有津世が遠巻きに見守っている中、雨見がアミュラの傍へと近づいて行く。
恐る恐る声を掛けた雨見の声は僅かにだけど震えていた。
「あ、あ、アミュラ…。」
雨見の呼び掛けに、アミュラは反応しなかった。
尚も何かを探している挙動のままだ。
「アミュラ?」
雨見が先程よりも思い切って大きな声で彼女に呼び掛けた。
なのにアミュラは雨見の方を見向きもしない。
「私達の事が見えていない…?」
「声も聞こえていないって…。」
納得の行かない雨見はアミュラにずいと迫ると周辺を探っている様子の彼女の顔に自分の顔をこれでもか、というほど接近させた。
アミュラはやっぱり雨見と生き写しの顔で、雨見がアミュラの顔をまじまじと眺めているその姿は、鏡が片方別の服を着て何故か違う動きをするマジックの様だと友喜は錯覚した。
一向に反応せず探しものを続けているアミュラに、雨見はしまいには泣きそうな表情になっている。
「雨見、雨見こっちおいで。」
そんな様子を見かねて有津世が雨見を自分達の方に呼び寄せた。
「有津世…。」
雨見は戻ってきて力無い表情を有津世達に見せる。
「見えて無さそうだよな、俺達の事。」
有津世は言うと、このまま後を追ってみようか、と二人に提案した。
雨見と友喜は有津世に頷いて、三人はアミュラの一歩後ろについた。
彼女と同じ方向に歩いて周辺を見回す。
アミュラの視線の先にも注視しながら、探している何かを見つけるために三人も協力しているつもりだ。
「ねえ、何を探しているの?」
「多分、生き物だと思うの。」
友喜が雨見の言葉に、オッケーという感じで頷く。
雨見と友喜は話を続けた。
「希望の糸…の話をしたでしょう。キャルユが気に入って何度もしていたっていう話…。」
「うん。」
「…何か助けが欲しい時には、キャルユは糸を辿れ。アミュラは生き物を探せ。…それぞれ、額の石が、そう教えてくれたって…。」
自分達の直ぐ側のアミュラは、時々屈む様にしたり、草を手で避けたりしてその陰に何か隠れていないかとかを確認しながら、森の奥へと進んでいる。
「この、小さな光は?」
友喜が周辺に時々現れては浮かぶ数々の光の玉を指差して聞いてきた。
「これは、妖精達だよ。」
「妖精達は、探している生き物とは違うの?」
「違うんだ。妖精達はね、森には溢れている、樹や他の植物と同じくらいに居るのが普通の存在なの。」
ふーん、そうなんだ、と友喜が感心して、有津世はそんな二人の会話を静かに聞いている。
「あ、ねえ、あれは?」
アミュラが足元近くの草葉の陰を確認している時に、友喜は少し遠くの前方を指差した。見ると妖精の光よりも大きな光が、樹の根元近くで瞬いている。
三人はその場に駆け寄った。
「え…あ、ねえ、これ…。」
「ぽわぽわだ…。」
「うん…。」
光は地面から有津世達の腰くらいの高さでふわふわと浮遊している。
「この子ね、行方不明だったの。」
アミュラが目を覚ました時に、その姿を消していたんだと雨見が言った。
「あ、アミュラ、アミュラがこっちに来ない…。」
アミュラを見て友喜が言った。
有津世は浮遊しているぽわぽわに手を伸ばす。
もう一度触ってみて、今度は両手を伸ばして抱き留めた。
「見て!」
手に抱く事の出来た有津世は二人に見せた。
雨見と友喜は、指を伸ばしてその感触を確かめる。
遠ざかってしまいそうなアミュラを見て、有津世はぽわぽわを両手でしっかりと抱いてアミュラを追いかけ始めた。
お願い、待って!
胸の内で思いつつ有津世は懸命に後を追う。
雨見と友喜も有津世の後に続いた。
「アミュラ、待って!」
有津世は思わず大きな声でその名を叫んだ。
聞こえないのなら声を出してもしょうが無いのにと思いつつ。
すると、偶然にかアミュラは歩みを止めて辺りをきょろきょろと見回した。
有津世はアミュラの前に辿り着き、大事に包み込んでいたその両手をそっと広げて彼女の前に差し出す。
「あ…!ぽわぽわ?ぽわぽわなの?」
目の前に現れたぽわぽわに目を見張り、アミュラは大事そうにぽわぽわを抱きしめた。
「何処に行っていたの?あの時の爆発で、飛ばされたとか…だったのかな。良かった、ぽわぽわ…。」
もしそうであれば何か損傷を受けたりしてしまってないかと手で持ったぽわぽわをぐるりと回転させて体全体を見回す内に、アミュラはきょとんとした表情になった。
「え?ぽわぽわ?」
聞き返しているアミュラの姿がぼやけてくる。
いつの間にか、有津世達の体は白い光の粒子に包まれ始めていた。
「ああ、終わり…。」
雨見がため息と共に呟くのが聞こえて。
次の瞬間三人の姿は霧散した。
石碑近くの草原で、幼いキャルユと小学生の姿の友喜が座っている。
キャルユは自身が増産させた糸と彼女の魔法を見せてくれたので、友喜はほっと息をついていた。
風にそよぐこの地は穏やかだ。
いつでも心身を洗う様な爽やかな風は感性を研ぎ澄まさせてくれる。
友喜は何かを思い立った様に、一人立ち上がった。
「おねえちゃん、どうしたの?」
「うん、ちょっとお仕事。」
友喜はキャルユに微笑んでみせて、石碑の前まで移動した。
山奥に人知れずひっそりと存在している神社。
ノリコとノリコの祖父は、ソウイチが去った後の静けさを味わっていた。
夕飯の席で、
「ソウイチくん、大きくなって、本当に良かった…。」
ノリコが呟く。
「そうですね…。あの子があんなに立派に成長するとは…いつの間にか時は経つものですね…。」
ノリコの祖父も感慨深い様子だ。
「ねえ、おじいちゃん、ソウイチくんのしている事は、私のミッションと同じ事?」
「…どうでしょうか…。彼もその様な命を受けて自ら行動している、という点では、ノリコのミッションと同じかも知れませんね…。」
ノリコをようよう見つめながらノリコの祖父は話す。
「だとしたら、ソウイチくんの今のミッションは、期間が長いんだね…。」
ノリコが箸を咥えながらもの思いに浸る。
「ソウイチくんの話では、もう少しで目途がついて落ち着くそうですから、その時を楽しみにしておきましょう。」
ノリコの様子を見て、励ます様に祖父が言った。
「あ、ううん、元気に頑張ってくれれば良いな、って思っただけ。…本当に、元気で居てくれて、良かった。」
止めていた箸を動かして、ノリコは屈託の無い笑顔を見せる。
ソウイチとの再会の余韻は、その夜ずっと二人の胸に響いていた。




