クリスタルの世界
「…え?」
固まる則陽の前で吉葉がその反応を見ていた。
話を始める前に傍の自販機で缶コーヒーを買った吉葉は、椅子の背に腕を掛け横に座りながらパイプ部分にコンコンと缶を打ち鳴らした。
で、どうなの?と言う風に、吉葉は尚も則陽からの返しを待っている。
「…はい、ちょっと前から…え?吉葉先輩も…見えてる…んですか?」
「ああ、俺は見えてるよ。」
さらりと言い放つ。
「あの…つい先日に、話し掛けるとノーリが反応するのを知ったんですが…。」
ああ、それな、と言う風に、吉葉は全く驚かない。
「そうか、お前も見えるのか。」
吉葉は一人納得した風に言って、椅子を畳み始めた。
それを見た則陽が、
「ちょっと待って、一人で完結しないで下さいよ!」
吉葉に迫る。
「先輩はノーリが何故光るのかとかは?」
「ん?知らね。」
「他の木も光るんですか?」
「全部じゃねえよ。でもま、オーラはあるよな。」
「…。」
今目の前にある観葉植物、話し掛けると光って反応するのだけでも不思議だが、更に不思議なのは、今朝からのノーリは話しかけずともキラキラ輝きっぱなしだ。
「…え、じゃあこれもオーラ…なんですか?」
「分かんねえけど。」
「分からない?」
「ん、確かにちょっと派手目だよな。」
「…普段と様子が違うって事ですか?」
「ん、まあな。それについても関連してそうなもんは昨日見掛けたけど。」
吉葉が言葉を濁しながら言うのを見て則陽が眉を潜める。
「…なんですか、それって。」
「うん…そうだな…。飲み行くか。」
え、ちょっと待って下さい、と則陽が言い、彼女に連絡すると言う。
彼女持ちは色々面倒だなあ、と冷やかす様に言って、則陽の返事をしばし待った。
「大丈夫です。」
確認の取れた則陽が言った。
「うん、じゃあ、一杯程度な。」
珍しく自ら同行する気の則陽を前にして、吉葉は表情を変えないままに言う。
いつもはリアクションが大きいので、則陽は吉葉の反応にぽかんとなった。
その後程無く二人は仕事に戻った。
大きな窓に見えるそれは、窓枠型の照明を取り付けた壁の部屋。
ソウイチは部屋に入って来た、自分より年齢の高い男二人と何やら話している。
「準備が出来た様なので伺いたいのですが。」
「あ、それは自分達二人が訪問して取り付ける予定です。」
「私も伺いたいのですが…。」
男の内の一人がソウイチの発言にすかさず返す。
「ソウイチ様はこちらでの任務がありますので、なるべく離れない方がよろしいかと…。」
「少しくらいなら大丈夫です。奈巣野さんにお会いした時も自分が行きましたし…。」
ソウイチも引き下がらない。
「でも…、」
「お願いです。」
ソウイチは男二人に頭を下げた。
山奥の神社。今日は風の揺らぎも少なく、上空からの視認はますますしづらい。
ノリコとノリコの祖父は今日も写本に瞑想と、個々の役割をそれぞれ遂行していた。
外からエンジン音が聞こえて、その音が鳴り止んだ。どうやら近くで車が止まった様だ。
二人共意識が外へと戻る。
「おじいちゃん、今…。」
「誰かが来た様ですね…。」
二人で音のした方を開け放たれた縁側から覗くと、長身の若い男が一人、こちらに向かって歩いてくる。
ノリコは一瞬固まったが、次の瞬間、あ!っとなって、急いで靴を履いて男の傍に駆け寄っていった。
ノリコの祖父はゆっくりとした動作で後からノリコに続いた。
「あの時の男の子!」
ノリコは男の正面で嬉しそうに口にし、ノリコの祖父も追いついて、穏やかな調子ながら、おお!と歓声を上げた。
長身の男は目の前に来た二人に丁寧に挨拶を返しつつ笑顔を見せた。
「”ソウイチ”くんて、呼んで良いの?」
ノリコが聞く。隣にはノリコの祖父が座り、ソウイチは二人の正面で腰を下ろしている。
「はい、私はどうやら、ソウイチと言うみたいです。」
境内の建物の一角。四畳程の狭い部屋に三人集い、ノリコは三人分のお茶を出しながら、彼の名前を初めて聞いた。
「行った先では、様子はどうですか?」
ノリコの祖父が尋ねると、
「はい、お陰様で、無事に任務を遂行出来ています。今回これを持ってきました。」
何やら分厚い箱の様な物を見せると、ノリコとノリコの祖父は顔を見合わせた。
「それは、何?」
「はい、ここは結界がなされていますが、それをより強化するためのシステムです。」
「…今の結界のままでは不十分だと?」
「いいえ、今の所はそれは無いのですが、備えとして。」
ソウイチが、ノリコの祖父に説明する。
「わかりました。ではそれをどの様にすれば良いのですか?」
「私が取り付けます。なのでそのお時間を頂きたいのですが…。」
「良いよ!ねえ、泊まって行ってよ!」
おじいちゃん、良いでしょ?とノリコは続けて聞いた。ノリコの祖父はノリコに頷くが、それを見たソウイチが、微かに表情を歪めて口を開いた。
「出来るならばそうさせて頂きたいのですが…。ただ今回においては私は直ぐにでも帰る必要があります。」
それなら仕方無い、とノリコとノリコの祖父は残念そうに頷く。
ノリコは特に残念がっていた。
彼女の表情を見てソウイチは俯き、微かに口角を上げた。
「では少し、自由に動かさせて頂きます。」
お茶を飲み終わったソウイチは丁寧に頭を下げノリコの祖父に言い、立ち上がる。
「はい、よろしくお願いします。」
ソウイチを見上げたノリコは自分も立ち上がって、いそいそとソウイチの後をついていく。
「それ、何処に設置するの?」
「…そうですね。…。」
ソウイチは顎に手を当て思案する素振りをしながら、まず、建物の中をぐるりと見回った。
その後、外へと繋がっている縁側に赴いて自分の靴を履く。
ノリコも隣に座って自分の靴を履きながらソウイチに尋ねた。
「外に設置するの?それ、壊れない?」
「大丈夫です。対策は、してありますので…。」
ソウイチは先に靴を履き終わり、ノリコに振り返って答えた。
「あの、いつか連れて行って下さった、ノリコのお気に入りの山道を行きたいのですが。」
思い立った様にソウイチが言って、良いよ、と答えたノリコが先を歩いてソウイチを案内した。
緩やかな山の斜面を、木の枝を掴みながらバランスを取りつつ注意深く進む。
「大丈夫?」
ノリコは度々ソウイチに振り返り、彼の安全を確認した。
「ええ、大丈夫です。」
ソウイチがノリコの以前と変わっていない調子に微笑み、ノリコに返した。
「着いた。」
「はい、着きました…久し振りです。」
そこは、ノリコお気に入りの山道の途中にある、幅のごく狭い小川だった。
一ヶ月程一緒に暮らした当時、ノリコがソウイチを一緒に連れて来たことがあり、ソウイチもいたく気に入っていた場所だ。
小川周辺に転がる透明の石達をソウイチは眺め、ノリコも石達に目をやった。
石達は今日もきらきらと美しく輝いている。
ソウイチは石から視線を移し、周辺を見回して一本の木に当たりをつけると、その木の近くに足を運んだ。
その場所に決めた様で作業をし始める。
ノリコも近付いて、ソウイチに倣って手伝った。
「これくらいで良い?」
「そうですね…。」
落ち葉やふかふかの土を掘り返してある程度の窪みを作った。
ソウイチの今回持ってきた箱を窪みにはめ込み、落ち葉や土をその上に掛けて埋めた。
「後は?」
「これで完了です。」
ソウイチとノリコは、小川近くの落ち葉が積もった地面に座ってひと息ついた。
手には土がついていたけれど二人とも気にせずそのままで居た。
小川の水の音が音楽の様に辺りに響いている。
「良かった…大きくなれたんだね。」
ノリコが、隣に居るソウイチの顔を眺めて静かに言った。
「ええ…。」
ソウイチは表情を変えずに静かに頷く。
「ノリコは初めて会った時から、もう大きかったですが、あまり変わりませんね。」
「私は、もう大人だからね。」
ノリコがにこにこして答えた。
「…。」
ノリコの笑顔を見たソウイチが一瞬、押し黙る。
静かに息を吐き、呼吸を整えた彼が、再び口を開く。
「あの時、ノリコが来てくれなかったら、私は今こうして存在していません。ノリコやおじいさんは私の命の恩人ですし、私は、いつか恩返ししたいと思っています。」
ソウイチの真剣さに気を取られて、ノリコはぽかんとした表情になった。
彼が来てからの一か月間は言葉を交わす事も無く一緒に過ごしていたから、久し振りに会ったソウイチと言葉でのやり取りが出来る様になった今、ノリコは深く感慨を覚えていた。
「私は、小さい時からそれをする、って、もう決まってたから…。ミッションだったの。だから、気にしないで。」
今のノリコには、これ以上の言葉は出なかった。思いつかなかったから。
「…。でも、いつか…。」
「ほら、行こう。」
おもむろに立ち上がったノリコに、時間無いんでしょ?と、言われ、ソウイチは手を差し伸べられる。
ソウイチは手を取り握り返しながら立ち上がり、言われるまま、来た道を二人で戻り始める事にした。
先を行くノリコの背中を、微かな憂いを込めた表情でソウイチが追っていた。
都内オフィス。
デスクワークしていた折に連絡が入って、今日は急遽、先輩と飲みに行くと言う。
炊飯器をセットしてきたので、それならノリムーで惣菜を買って食べるね、と則陽に連絡を返し終わった所だ。
梨乃は返信の終わったスマホを脇に置いて、自身の仕事をしていたコンピュータのモニター画面に再び目を向けた。
仕事終わりに、則陽に伝えた通り惣菜店ノリムーにて夕飯用の惣菜を買うと、梨乃は則陽のアパートへ戻った。
玄関ドアを開けて中に入り、靴を脱いで部屋に上がると、梨乃はダイニングへと足を運び、テーブルに惣菜の入ったビニール袋を置いた。
と同時に、奥へと続く部屋に設置してあるゲーム機が音を立てて起動して、クリスタルのくるくる回る画面が小さなテレビに映し出された。
「今日はまだ、そっち見て無かったのに…。」
面食らった様に梨乃が呟く。
「ん、でもね、今日は先にご飯食べるから。お米、炊けてると思うの。」
誰に聞かせる訳でも無く独り言を言った梨乃に、
「そう、良いんじゃない?」
画面の中から、くると思っていない返事が返ってきた。
「は!」
「…あら、アナタはあまり驚かないわね。そんなに慣れるの早いの?」
梨乃が衝撃を受けた初対面の一幕をツピエルは思い出して梨乃に言う。
梨乃は一瞬、目を丸くしたが、ツピエルの言葉に次第に落ち着き払った表情になって言葉を返した。
「慣れた…?慣れてないけれど…私、虫そこまで苦手じゃないの。」
梨乃の言葉に、今度はツピエルが目を丸くした。ただでさえどでかい目がさらに顔の面積を埋め尽くす。
「…虫?…虫?!アタシは虫じゃないわよっ!何言ってるの、この小娘はっ!」
「…私、もう大人だし。あなた、初めに会った時も、私の事を小娘って言っていたけれど、その言い方、止めない?」
梨乃は自分の発言が批判されているのには一向に構わずに、自分が言われて気になる言葉を逆にツピエルに指摘する。
それに輪を掛けて憤怒の叫びをツピエルが画面の中から梨乃に浴びせた。
実際に物質的に対面していたら唾が飛んできそうなくらいの勢いだ。
「はあ?小娘以外に何て呼べば良いのよ!図々しい意見を言ってくれちゃってっ!」
「う~ん、そうだなあ、レディは?」
ツピエルの暴言には応じずに、梨乃は自分がこう呼んで欲しいかな、と淡々とした口調で案を出す。
吠えていたツピエルが、梨乃の発言に目が点になって間が空いて、梨乃の言った言葉を思わず復唱した。
「レディ…。」
「そしたら私も、ツピエルって呼んであげる。応じなかったら、…虫って、呼ぼうかな。」
「な…な…な…、」
ツピエルが、一本取られたとでもいう風に口の端をへし曲げて、握った拳を震わせている。
「…良いんじゃないっ。まあ、今回の所は許してやるわっ。」
捨て台詞を吐いて消えるかと思ったら消えないで、ぷいっとそっぽを向いて画面とは反対側に向く様に椅子を設置し直し座るとズズズとお茶をすする音が聞こえた。
ツピエルの姿を見て、くすっと笑った梨乃が、鼻歌を歌いながらテレビ画面から背を向けて炊飯器を覗いた。
前回二人で一緒に来た会社近くの小さな居酒屋に則陽と吉葉は来ていた。
則陽は今日も始めから飲み物にはウーロン茶を頼み、それを見た吉葉は笑いをこぼして、自分はビールを頼む。
注文を受ける店員が席から離れると、則陽は早速聞く準備が出来ていると言う風に吉葉に向き直った。
「…お前、聞く気満々だな。」
吉葉は呆気に取られた顔で言った。
「え、何ですか、吉葉先輩が言い始めたんですよね?こういうのは、ほら、通じる人と通じない人が居るから、そういう話じゃなかったですっけ?」
吉葉の反応に今度は則陽が呆気に取られて、ついここに来た経緯を問い質してしまった。
「それ。なんだよな。ま、お前が話せる奴で良かったと言うべきか何と言うべきか…。」
「勿体振ってないで話し始めて下さいよ。昨日、目にしたってのは何の事なんですか?」
ああ、それか、と吉葉は片肘をついた手で頭を抱えて則陽に言った。
「お前さ、どれくらい信じる?」
「え、どれくらい?」
「おう、例えばさ、幽霊は信じるけど、UFOは信じない、とか、人によって、あるだろ?」
「…ああ。そういう話ですか…。」
吉葉は前回の飲みの時と打って変わって、則陽に対して随分と慎重な態度だ。
「…先輩。今から話す内容は、そんなに人を選ぶんですか?」
逆に聞く。
「まあ、そうだな…。それより、聞かれた事にまずは答えろよ。」
則陽は吉葉を見て少し考えた後に口を開いた。
「じゃあ、絶句覚悟で言いますけれど。俺は最近、小人にも会っていて、ちょっとした他の仕事上では現実に介入するプログラムも作っていますし、何なら、…ここではない他の星の記憶を持つって子達とも交流を持っているんですよ。だから、そうですね…。言うなれば、色んな事象を、幅広く信じますよ。」
これまで自分が体験してきた不可思議な出来事をかいつまんで羅列する。
想定を遥かに超える則陽からの返しに、眉間に皺を寄せた吉葉は声にならない、えっ?という言を発し、耳を疑うかの様に聞き返した。
「吉葉先輩は何だか、他人にその類の話を過去に否定された事あるみたいな警戒をしてますけど、俺は否定しませんよ。むしろ、俺の話の方が、詳しく話せば話す程、おい、マジかよって、吉葉先輩きっと言うと思いますよ。」
そう言葉を付け足す則陽は清々しいくらいに堂々としている。
「則陽…お前…。」
「冗談でこういう内容、話せるとも思っていませんし、最近、俺の彼女も、その不可思議な現象に巻き込まれ始めているんです。…どうです?先輩。これ聞いて、俺以上に先輩の話を信頼して聞ける相手は、なかなか居ないんじゃないですかね。」
則陽は自分でも珍しく自信を込めて言った。
強気な発言が必要だと思う位には吉葉の腰が引けていると則陽の目に映ったのだ。
「…何だ、その…別の星の記憶がある子達って言うのは…?」
吉葉が興味を持ち、則陽は説明をし出した。
「サンデントークの問い合わせですよ。ほら、結局うちはハッキングされていなかったって結論の出た件の…。吉葉先輩、物語としては面白いけどって、あの後に来た問い合わせ元からの返信メール内容で俺に言ったじゃないですか。」
少し間を置いて吉葉は、ああ、と頷く。
「あの件、気になって、個人的に問い合わせ元の子達とメールでのやり取りを続けているんです。それがきっかけで小人にも会うはめになったし、問い合わせ元の子達はその別の星の世界を助けるために活動をしているって聞きましたし…。」
則陽の口から次々と告げられる情報に吉葉が目を丸くしていた。
「ノーリが光るのには平気でも、話がここまで行くと…先輩もどうなのかな、って思うでしょ?まあ、理解してくれる人の方が少ないだろうなっていうのは自覚する所ですが…。」
「いや俺それ信じるよ。」
吉葉が真顔で言った。
聞くと、吉葉は前々から、そういった他の人が見えていないもの、が、見えていたそうだ。周りには認識しない人ばかりなのは通常の事だったから、元から周りに言うなんて事もそうそうしなかったけれど。
ある時出来た自分の彼女に心を許してその事を打ち明けたら気味悪がられて破局してしまったんだそうだ。以来、見えないものが見えるといった類の話をするのには緊張するし、ずっと慎重になっているらしかった。
吉葉にとってトラウマとなった出来事後に初めて人に打ち明けたらしいと気付いた則陽は大きくため息をついた。
「先輩…人の事はあんなに面倒見といて、自分のはそのまま放っておいたんですか?」
未だ整理がついていなそうな吉葉の気持ちを思い発言する。
「いや、それは良いんだけどよ。なんかお前の話を聞いたら、何言っても大丈夫そうだって、…思えてきたわ。」
自分の事はいいんだとでも言いたげに、吉葉は話の本筋に戻る。
「昨日さ、神獣が街の広範囲に飛び回ってる現象を見たんだよ。」
吉葉が言うには昨日の午後、突如としてそれが巻き起こったのを、仕事中に野暮用で外出していた吉葉は神獣のエネルギーを直接体に浴びたんだそうだ。
「ものすごい熱量でな。その後、会社に戻ったらよ、ノーリがああやって、いつもよりも強く光っているんだもんな。」
だから、ノーリが今回光を強めている事については、神獣の出現と何か関係があるんじゃないかと思うと吉葉は言った。
「神獣…。」
「ああ。あれは確かに、神獣だった。」
山奥の神社。
ノリコとソウイチの二人は神社の建物まで戻ると、中へ入る様にとノリコがソウイチに促した。
ソウイチは誘いに応じて奥の四畳間へとノリコと一緒に赴き、後から加わったノリコの祖父と三人でお茶を飲んで再度話をした。
もうしばらくは自身の任務が忙しいとソウイチは言って、落ち着いた頃に、また是非ここに来たいと二人に伝えた。
「うん、待ってる。」
嬉々としてノリコが言う。
「はい。いつでも…お待ちしております。」
ノリコの祖父も温かみのある声でソウイチに答えた。
ソウイチの停めた車の所まで三人は一緒に行くと、車に乗り込むソウイチをノリコとノリコの祖父が見守った。
運転席に乗り込んだソウイチはエンジンをかけると車の窓を全開にする。
開いた窓から顔を覗かせて、ソウイチはノリコとノリコの祖父に声を掛けた。
「また、伺います。」
深々と礼をする。
彼は名残惜しそうだ。
ノリコとノリコの祖父はソウイチに微笑んだ。
「また絶対に会おうね!」
とノリコは力強く言ったし、
「何なら休みを取って長く滞在しに来て下さい。」
ノリコの祖父も柔らかい口調で心から言った。
「ええ、必ず。」
ソウイチはノリコとノリコの祖父に向けて微かに口角を上げて笑顔で答えると前に向き直りアクセルを踏み始める。
二人に軽く一礼をしてソウイチの運転する車は二人の前から去って行った。
都内アパート。
美味しく炊けていた炊飯器のご飯を梨乃は嬉しそうに頬張る。ノリムーの惣菜も美味しくて、梨乃はご飯のおかわりをした。
今日も美味しかった夕飯に満足して梨乃は一人片付けを済ますと、小さなテレビの前に来てゲーム機のコントローラーを手にした。
画面には今もクリスタルのクルクル回る映像が表示されている。
ツピエルも画面の隅に居座っていて後ろ姿のままだ。梨乃の仕草や音が伝わってるからか、コントローラーを手にした拍子にツピエルの背中がぴくりと動いた。
梨乃は気にせずクリスタルにカーソルを合わせてAボタンを今回も押してみた。
神社からの帰り道。
車通りの少ない山道を一人運転していたソウイチは、もうすぐ沈むであろう右側に見える鮮やかなオレンジ色の夕陽を見ると車を道路脇に止めて、少しの間、車の中からその景色を眺めていた。
学校からの帰り道。
バスと電車を乗り継ぎ、有津世と雨見は林の道まで戻って来ていた。
「有津世は何か思い出せてきた?」
雨見が言うのは昨日、有津世が飴色の石を見つめた時の事だ。
「いや…それが何も…。」
「昨日はそしたら、見て無かったのかな?」
「…うん、そうなのかな…。」
飴色の石を見つめる事で毎回白昼夢みたいな形で有津世はツァームの記憶を思い出していると聞いていたので、雨見は聞いた模様だ。
思い出せない今の状態のままでは埒が明かない。
悶々としながら、有津世は返事をした。
守るとか何とか言いながら、雨見からの情報だと自分はあちらの世界では倒れているんだそうだ。雨見が代わりに奮闘している、その事を思うと自分が情けなく感じられた。
「こっちの自分があちらの世界の自分を起こす方法って何か無いかな…。」
有津世は大真面目だ。
「…。」
考えてみた所で案の定何も思いつかないので頭を抱えた有津世に雨見が、
「大丈夫、きっと私が起こすから。」
正面に立って有津世の両手を握り、凛とした眼差しで見つめてきた。
ツァーム達の緊急事態に始めは取り乱していた雨見だけれど、また調子を取り戻してきている。
強い意思を彼女の瞳から感じて、有津世の胸の奥は、ぽっと熱を帯びた。
「雨見…。」
「…。」
「お兄ちゃん…。」
見つめ返して有津世が雨見に唇を近づけようとしたその時に、友喜の声が挟み込まれた。
「えっ…?」
雨見と有津世が声の方を向くと、どーんと至近距離に友喜の顔があった。
「友喜ちゃん!」
「…お、お、お前…。良い所だったのに…!」
邪魔をされて雨見から飛びのく様に顔を離した有津世がわなわなと拳を振るう。
「ぐぬぬぬぬ…。」
「友喜ちゃん、おかえりなさい!」
雨見は血色の良くなった頬で嬉しそうに友喜に挨拶した。
「お前…何で!」
「今日早く帰って来いって言ったのはお兄ちゃんでしょ~、べ〜。」
友喜はあっかんべぇをして有津世からの文句を突っ返した。
「早く帰って来いとは言ったけど!邪魔をしろとは言っていないっ!」
「え~、何の事だか分っから〜ない~。雨見ちゃんには、ごめんね。って言う。ごめんね、雨見ちゃん!」
両手を合わせて、えへへと笑いながら友喜は詫びた。
「ううん、良いよ、大丈夫。友喜ちゃん帰って来てくれて良かった。一緒に作戦会議出来るね!」
雨見は笑顔だ。
有津世はまだ納得いかなそうで、その表情からは唸り声が聞こえそうだった。
家まであと少しの林の道を歩き、三人はそれぞれの家に帰り着き一旦解散した。
「ただいま~。」
友喜と有津世が家に入り、友喜が腰に手を当てて、勝ち誇った表情で、ふふんと有津世を上目遣いで見る。
有津世が友喜を軽く睨みつけるも友喜は余裕な表情で、着替えて来ようっと、と、2階へとすたすた上がって行ってしまった。
友喜の姿を目で追った後、ひと息おいて気分を切り替えると、有津世も2階の自分の部屋に鞄を置きに行った。
有津世が先に着替え終わって1階に下りてきた。ダイニングで三人分の紅茶の用意をしていると、友喜も後からやって来た。
「今日のお菓子は何にしようかな。」
リズミカルに放つ友喜の声は明るい。
有津世は友喜の近くに行って一緒にお菓子の箱を覗いた。
「これは?」
有津世が指を差して提案すると、良いねえ、と友喜が言い、同じものを三個選んで、紅茶のマグカップと一緒に座卓に運んだ。
「お邪魔しまーす…。」
雨見が柚木家に来た。
いつもの様にリビングのソファに三人寄り添って座るとそれぞれに紅茶を飲んでお菓子を摘まみ、有津世は昨日の夜に届いた梨乃からのメールの話を話し始めた。
クリスタルの中に入った時に梨乃があちらの世界に飛んだかも知れない事、小学生の姿の友喜は何か目的があって、こっちの友喜との記憶の同化と共有を敢えてしていないらしい事と、メールの内容から考察するに、小学生の姿の友喜、つまり友喜の知り得ない友喜の一部分は既に直接あちらの世界に飛べているのではと、有津世の憶測も交えて話をした。
「友喜ちゃんの記憶が戻らないのは、その分かれている方の小学生の姿の友喜ちゃんが保持しているからって事?」
有津世の話を受けて、雨見が言った。
「それと、小さなキャルユと小学生の友喜ちゃんに会ったっていうのは、ずっと前のあちらの世界に梨乃さんは飛べたって事?」
「…。」
雨見からの当然の質問の向きに、有津世は数拍考え込んでから返事をする。
「記憶に関してはそうじゃないかな。でも梨乃さんの飛んだ先がずっと前のあちらの世界だったのかどうかは、分からないな。」
その可能性もあるけれど、そしたら友喜が小学生の姿なのは却っておかしい、と続けて、雨見が頷いた。
「あちらの世界の方が、ずっとずっと時間の流れがゆっくりなんだから、そしたら、幼い頃と時間を合わせたんなら、友喜は生まれる前になっちゃうんじゃないの?」
有津世が呈した疑問に三人は考え込み、リビングには沈黙が走った。
三人がソファに着いた時から勝手に起動して表示されているゲームのクリスタル画面に目をやった有津世が、今日も試そうと雨見と友喜に言った。
二人の同意を確認した有津世はクリスタルにカーソルを合わせていつもの様にAボタンを押した。
ゲーム会社近くの居酒屋で、則陽と吉葉は話を白熱させていた。
「異次元に、飛んだ?」
則陽の話の突拍子の無さに、さすがの吉葉も舌を巻いている様子だ。
「お前…最近どんだけ訳分かんない事を体験してんだよ…。」
恐れ入る、と言った感じで最初の警戒心の強さは何処へやら、吉葉は則陽の話にかなり興味を持って聞き入った。
「その中で、問い合わせ元の子達の一人と話をしたんです。始めは自分も何が何だか分からなくて、正直、かなり焦ったんですけど…。」
そして時々則陽がそそくさと会社を退社していく理由も知った。
「副業のプログラミング…、よくそんな所に就いたな。」
ああ、それは前の先輩が…と吉葉も知っているはずの、以前の同僚だった名前を挙げた。
「あいつ…、俺にはひとっ言もそんな話、してこなかったぞ。」
一種、威圧感を放っている様に見えるからな。
吉葉を見て則陽は思う。
あの先輩は吉葉先輩の事が怖かったんじゃないか?
だからきっと吉葉先輩には声を掛けなかったんだろう。
「あ、吉葉先輩もやります?同業者だったらリクルートするのはオッケーみたいで…。」
「…ん、まあちょっとは興味あるけど…その内な。」
吉葉は言葉を濁す。
「…前から思ってたんですけど、吉葉先輩って俺が言うのもなんですけど、割と直ぐに帰る方ですよね。」
則陽が聞く。
「ああ、家族が居るからな。」
「えっ?結婚してたんですか?」
則陽が驚いて聞くと、
「そうじゃあねえよ。俺の妹。一人で待ってるから早く帰らないと、なかなか家に帰ろうとしねえんだよ。」
「ああ…。あ、じゃあもう帰った方が…。」
「今日は大丈夫だよ。決まった時点で連絡入れといたからな。昨日のカレーもあるし。」
「カレーですか。」
「そっ。カレー。」
吉葉の意外な一面に則陽は感心する。
「ああ、でもあまり遅くならない内に、今日はこれで帰りましょうか。」
則陽が吉葉に言うと、吉葉は、素っ気無く、ああ、と答える。
「また相談に乗って下さいよ。」
吉葉は、ああ、と再び同じ調子で答えた。
則陽は口角を上げると、皿に残った一切れ分のおつまみを平らげた。
柚木家で作戦会議中での記述の「推測」を「憶測」に直しました。(2026年1月4日)




