夢の狭間で
「え?」
三人の時間が止まった。
「考えれば考える程そうじゃないかな…。」
「なっちんも、キャルユがここに居るんじゃない?て言ってたし、もし実際に居るんだったら、そういう事も、十分考えられるかも…。」
友喜が自分の周辺を、見えないのに何かを探ろうとする。
「あ、じゃあなっちんが見た、もやの話って…、」
「…!」
「キャルユなのかも知れない…。」
三人はまた顔を見合わせた。
カフェで友喜の分の抹茶ラテを口にしながら、うん、これも美味しいな、と思う。
道路を行き交う傘の花を見ながら、なつは一人、のんびりお茶タイムを続けていた。
毎度友喜の言う事には驚かされるけれど、今日のは特に、ウケた。
友喜があんなに大胆な事を思って、悩んで、大胆な事だと自覚せずに話すのは、なつにとって、ちょっぴり愉快だった。
なつは先程の会話を思い出して、つい吹き出しそうになる。
まあ確かに実際にそんなハプニングに会ったら、自分も嫌だろうな。
自分のお兄ちゃんが、かあ。
なつは自分の兄を思い浮かべて、まっ、うちはしばらく無さそうかな、と思いつつ、またひと口、抹茶ラテを飲んだ。
飲み屋街の一角。
地下2階くらい下りた所にある隠れたオフィス。
もう日は暮れていて、街にはこれから一杯飲みに繰り出そうかといった感じのサラリーマン等が行き交っている。
そんな中、則陽は今日も地道に自分の作業を続けていた。
ノートを開いた折に、ソウイチから言われた言葉をふと思い出す。
〜解析を責めているのではありません。
ただ、エラーの作成元を辿るのは、止めておいて下さい。
あなたの身に危険が及ぶ可能性が否めない。
その意味する所の詳細は分からない。
だけれどソウイチの言っている事は脅しでも無い様だったし、則陽を気に掛けて言ってくれているのだと、彼の感じからは受け取れた。
この修正プログラミング自体を行うのはエラーを作成する者からは咎められない。
エラーを吐くのを待って、修正するのは咎められない。
だけれどエラー作成を差し止めようとすると差し止めようとした者に危険が及ぶ可能性を孕んでいる。
これはあれだ。
例えで言うと、泥棒をしてから捕まえるのは可能だが、泥棒を働こうとする者を未然に防ごうとすると、返り討ちに遭う、という意味だろうか。
つらつらと考えつつも則陽は、入力に記入作業にと勤しむ手は止めなかった。
「ノリコ、ノリコや。」
「なあに?おじいちゃん。」
「ちょっとこれを、見てくれないか…。」
山の奥。
木々に隠れて存在する神社がある。
今はちょうど日が暮れた所だ。
お風呂から上がったノリコを、物が所狭しと置いてある部屋に祖父が招き入れた。
床は土間仕様になっているので、ノリコの祖父は予め用意していた靴を履く様にノリコに促した。
部屋に一歩足を踏み入れると、ずっと空気の入れ替えをしてこなかった為か独特な匂いで満たされているのが感じられる。
一風変わった部屋に、探検気分になったノリコは面白がってきょろきょろ辺りを見回した。
ノリコの祖父は目の端にノリコの姿を映してにこりと微笑むと、部屋をぐるりと囲う造り付けの木棚の方に目を移して何かを探している。
棚の奥に着目すると、ひとつの箱を丁寧な手つきで取り出した。
ノリコとノリコの祖父は下に置いた箱を囲んでしゃがみ姿勢になる。
ノリコの注目している側でノリコの祖父は箱の蓋をそっと開けた。
「ああ、これですね…。」
そこには相当に古びた本が数冊と、ノリコにとって見た事の無い形の石が入っていた。
途端に彼女は目を輝かせる。
「おじいちゃん、これ何?」
勢い込んで尋ねてきた。
「はい、詳しくは私も知りませんが…石は、ノリコのお守りにと、この本達は時が来たらノリコが勉強するものです。」
「ああ、これが…。」
「ノリコはこの前私に”ミッション”の事を教えてくれました、それには決して他の者が立ち入れない事も…。私はノリコの祖父ですから、何にもしない訳にはいきません。ただ…、瞑想で解決を図りましたが、そこでもノリコの意思を止めるのは良くないとの答えを得ました。それならば…。」
ふむふむ話を聞くノリコを大切そうに見ながら、ノリコの祖父は続ける。
「せめて何かノリコの助けになりそうな物を…と考えて、これをノリコに託そうと思います。」
ノリコの祖父は、石をノリコの手のひらにそっと置く。
「おじいちゃん、これ綺麗!」
「そうですね、確かに…。」
暗い部屋のはずなのに、その石はノリコの手のひらの上でキラキラと小さな光を産出するかの如く光っている。
ノリコは目を輝かせ、祖父の顔を覗いた。
「気に入って貰えて何よりです…。」
「この本は、…?」
「ノリコは言っていましたよね…ミッションが完了したら、勉強を始めるのだと。この本を予め見せようと思ったのは、ノリコにきっと勉強して貰う為に、おまじないをかけておきたかったからです。」
「おまじない?」
「はい…。石とは別の…お守りの様なものです。ノリコはこの本に会う為に、必ず戻ってくる、と。ひとつ…希望の糸として。」
ノリコの祖父は、心の奥底からノリコを慈しむ気持ちで言った。
「糸…。」
「はい…。糸と言ったのは、古くから伝わるこの神社の表現で、先人が好んで使っていたと聞きます。私も今回、初めてこの様な使い方をしましたが…。」
そこまで聞くと、ノリコは祖父に尋ねた。
「おじいちゃん、石、貰って良いの?」
「そうですね、どうぞこれは身に着けて下さい。」
ノリコは喜んでにこにこしながら、石をどの様に着けようか体にかざしてみる。腕に着けようか、胸元に着けようか、ノリコは真剣だ。
そして祖父が本だけ残った箱の蓋を閉めようとする時に、
「本さん、きっと勉強するから。それまで待っててね!」
と言った。
薄暗がりの中で、本は光って答えた。
ノリコだけに、そう見えた。
濃い緑や淡い緑が入り混じる、濃厚な空気の地。
友喜はその地に立っていた。
何かを見ている。
石碑が立っている草原の先に、一人の小さな女の子が見えた。まだとても幼い。
友喜も幼くはあったけれど、その女の子よりは大きく、少なくとも小学生にはなっていた。
友喜は草原を歩き進み、女の子の目の前へとしゃがみ込む。
「こんにちは。」
「…?」
「あなたがキャルユ?」
「…、キャル、キャルユ、うん、そう!」
その女の子は半透明で薄黄色の生地を幾重にも重ねた、美しい衣装を着ている。
髪は既に長く、黄緑色でウェーブがかっていた。
額のおでこの場所には雫型の石が身に着けられており、女の子はその石から彼女自身の名を情報として得たのだと小学生の姿の友喜には分かった。
「あなたにこれを渡すように言われたの。これ、受け取ってくれる?」
友喜が取り出したのは、白く光る、綺麗なまあるい玉だった。
「お、ねえちゃん…、これ…?」
「大切な物だよ。きちんとしまってね。」
友喜は胸を指しながら、ここにしまうんだよ、と、キャルユに促す。
「おね、えちゃん、?」
不思議そうに友喜を見て、不意に胸の近くに玉を持った手が近づくと、玉はキャルユの胸の奥に、すうっと入り込み、消えて行った。
「?」
ぽかんとしているキャルユに、友喜はにこりと笑みを向けた。
友喜の微笑みを見て、キャルユも微笑んでみた。
「あははっ。」
真似をすると楽しくなってきたらしく、笑った口元を押えて、そこからまた笑いが漏れた。
キャルユの笑顔に友喜は、ますます柔らかな笑みを湛え、隣に座って、二人は共に草原を眺めた。
繁華街の外れ。
小ぶりのマンションの一室に、こざっぱりとした内装の梨乃の自室がある。
炊飯器で炊いた美味しいご飯と、最近通い始めた総菜屋、ノリムーのおかずを夕飯に食べた。
ノリムーとは、あの日則陽と鉢合わせをした場所だ。
梨乃はノリムーへ行く事で、則陽とまたばったり会う事を願わなくも無かったが、それよりも単純に店の惣菜の味が評判通りやっぱり美味しくて、つい足が店に向いてしまうという理由が先に立っての事だ。
食べ終わり、満足して後片付けを済ませると、あらかじめ電源を入れておいたデスクトップコンピュータを操作し出す。
モニター横にある陶器製の小さな犬の置物は健在だ。
梨乃は犬の置物の写真を撮り、ドロドロでは無い最新記事を画像と共にブログへと書き込む。
記事を書く中で、そういえば、名前を付けていないな、と思った。
どうしようかな~、と考え込んで、名前の候補をいくつかピックアップしてみた。
犬の顔を見ながら、ひとつひとつ呼んでみる。
「…のりすけ。」
「…とめ。」
「…ソース。」
我ながらネーミングセンスゼロだ。
それでもうんうん唸ってひねり出した名前だ。
まだ未練があるのだろうか、一番最初の名前を呼びたい、と梨乃は思った。
しょうがないよね、と苦笑し、そんな自分に了承して、犬の置物の名前をのりすけに決めた。
山奥。たまに吹く風が、木々の隙間からそこには何か建物がある事をちらりと見せる。それでもなかなか確認が難しい。
その夜おじいちゃんは、私に昔話をしてくれた。
眠りに就く前の、布団で横になっているノリコの隣にノリコの祖父が座る。祖父を眺めるノリコの手には先程もらった石がぎゅっと握られていた。
「遠い昔、この地がまだ国と国とで分かれていない頃、ノリコよりも私よりもずっと前のご先祖様が居ました。まだこの地が安定する前で、私達のグループは、その安定を図る為に、様々な知恵と技術で持って、バランスを取ろうと試みていました。
その頃はまだこの地に、光しかありませんでしたが、私達のグループは、やがて生まれるであろう闇が、迫りくる事を予測しました。
私達は、それは必要な流れであるのが分かっていたので、予め、備えをする事にしました。
それは、ひとつは、グループで持って、とある地を別に作り出す事です。常に必要な分の光がこの地に供給出来る様に、その仕組みを作りました。
そして、私達のグループは、この地が一旦重くなり、この地に居られなくなる事も予測しました。
私達のグループの内の何人かは、その、とある地へと移住しました。
まだその頃は、想念で別の場所へと飛べたのです。
何人かは、この地に残りました。私やノリコにとっての直接のご先祖様もその内の一人です。
残った人達は、この地に留まれる様に、特殊な結界を組みました。
この神社の事です。そして来たる時に、移住した者達とこの地に留まった者達が連携を取りながら活動出来る様にと、必要な物を後の世代にもそれと分かる様に、工夫を凝らして残しました。」
「それが…この石と、一緒に入っていた本…?」
ノリコの祖父は静かに頷く。
「はい。その内のひとつは今ここにあるものと思われます。この言い伝えは、口外してはならぬと、代々密かに伝えられてきましたが、本当に伝えなくてはならない相手に、私は今、伝えました…。」
ノリコは、ほぉーっと感嘆の声を上げた。
「おじいちゃん、教えてくれてありがとう。」
ノリコはもう限界だという風に、直後、スヤスヤと寝入った。
林の奥の二棟の家。
有津世達の家のリビングで、ソファーに座った三人は首を傾げた。
「私…、エールって言ったの?」
「うん、この前も、今さっきも。エールってね、あちらの世界での私達三人の役目の、樹にエネルギーを送る…。」
「雨見ちゃんとお兄ちゃんがたまに話してるの聞いてるから意味は覚えてるよ。クリスタルの中では杉さんにも話していたよね。」
「うん、それ。クリスタルに入るのにそれが要るのならこっちの世界では、どうすれば良いのかなあ。」
「あ…ねえ雨見ちゃん、確か杉さんは、神社の木にエネルギーが届かなくなったって、困ってたね。」
「うん、そう言ってたね。」
「それって、エールなんでしょ?」
「うん、多分。」
雨見と友喜は数年前一緒に体験したクリスタルの中での出来事を思い返した。
有津世は二人の会話を注意深く聞いて口を開く。
「じゃあ、こっちでもそれの邪魔をされているって事なの?杉さんは原因については何か言ってなかったか雨見か友喜は覚えてない?」
「原因は分からなそうだったよ。ね?」
「うん。」
友喜も雨見に同意する。
「原因は分からない、と。でもエールを得られれば少なくともこのクリスタルの件については解決するかも知れない、と。」
雨見が有津世の意見に頷いて、ぼそりと呟く。
「でもどうやれば…。」
うーん、と唸って三人は考え込んだ。
結局良い発想は浮かばずに、この日の作戦会議はお開きになった。
その夜、有津世は、入れないクリスタルの現象について作戦会議内で話し合って出た話題、主にエールについて則陽にもメールで伝えた。
あくまでもひとつの推測ですが、と言葉を添えて。
則陽とは始めの問い合わせ後から、メールで時々やり取りをしている。
友喜も有津世と同じメールアドレスでやり取りをしているので則陽からの情報は有津世と友喜との共通認識になっている。
自室にて家族共用のラップトップコンピュータを操作して則陽へのメールをちょうど送信し終わった時にドアをノックする音と友喜の声が聞こえた。
「お兄ちゃん、ちょっと良い?」
有津世は突然の声掛けに思わずどきっと反応した。
「ん、友喜、どうしたの?」
ドアを開けると友喜が部屋の中に入ってきて何やら話したそうだ。
有津世は友喜に視線をやりながら後ろ手にドアをぱたんと閉めた。
友喜は有津世の部屋を見回しながら、ぽわぽわは来てる?と聞いてきた。
いいや、今夜はまだ…これからかな?と、答えた有津世は軽く頭を掻いた。
友喜は唸る様に、うーん、そうか〜、と反応して続ける。
「お兄ちゃんはさ、ぽわぽわになった夢を私が見ているのを知って、ぽわぽわが来るとちょっと恥ずかしいんでしょ~。でもそんな事を言いに来たんじゃないの。ほら、前に、ぽわぽわを見た後で私がおかしくなったって、お兄ちゃん言っていたじゃない。」
「ああ、そうだね。」
小学生の時にあった出来事だ。
それからというもの、有津世は友喜とぽわぽわが遭遇しない様に、会わせない様にと今まで気を付けてきた。
「そこを、敢えて会ってみたらどうかなって思って。」
確かにここ最近の話を聞いた限りでは友喜の提案にも頷かない事も無いとも有津世は思ったけれど。
「ええ?でもさあ、もう寝る時間…。」
「試す価値は、あるでしょ?」
有津世は無駄に、どぎまぎする。
キャルユの想いにつられていたとは言え、ついこの間までの友喜の態度がそれと知ってしまってからは、どう対応しようかと内心焦るばかりだ。
「んもう!ぽわぽわが出現するまでの間だから、何も徹夜にはならないでしょう?明日は土曜日で学校は休みなんだし!」
友喜はグイグイ来るのを止めないし。
仕方無しに有津世は友喜の提案を呑んだ。
有津世の机の上にあるラップトップコンピュータの画面を目にした友喜は有津世に尋ねる。
「これ…、」
「ちょうど奈巣野さんにメールを送ったんだ。今日の話を一応伝えておこうと思って。」
友喜がふんふんと頷く側で、お父さんに返してくるね、とラップトップコンピュータを畳んで手にした有津世は部屋を一旦出て行った。
直ぐに有津世は戻って来るとドアを閉めて、こっちで待ってようか、とロフトを指した。
友喜は頷いて有津世よりも先に梯子を上って有津世も続いてロフトに上がった。
こんな光景、小学生の頃は良くあったけれど多くは昼間で、今は昼間じゃないし自分達だってもう小学生じゃ無い。
あくまでも調査の為、と有津世は自分に念を押す。
丸い天窓を覗いて友喜は呟いた。
「同じ夜空…。」
「そりゃ、そうでしょ。」
友喜の視線を辿りながら、有津世も天窓の向こうを眺めた。
「ねえ、友喜。」
天窓を眺めていた友喜の視線が有津世に移る。
「こんな事を聞くのは、兄として、男として、どうかとも思うけど、友喜はその…、友喜自身は、俺に対してその…何でも無い…のかな…。」
もうちょっと当たり障りの無い言い方は無かっただろうかと思いつつも、隣に座る友喜からの返答を有津世は待った。
「ん~。友喜、の方の気持ちかあ…。ちょっと前までさ、たぶんキャルユに同化し過ぎちゃっていたから…、友喜の気持ちとしては分からない、分からないけれど…、」
直ぐ近くに座っている友喜は、また天窓に視線を移している。
有津世は友喜から言葉が出てくるのを待った。
「友喜は…お兄ちゃんの事を、大切なお兄ちゃん、だと思っている、と思う。雨見ちゃんの事も同じかな…。」
この前は口にしなかった言葉を敢えて言う。
口にする事が必要だと思ったから。
「キャルユの情愛はとても強くて、一時期飲み込まれていたんだろうけれど、今はそこまで、苦しくないの。ちょっと前までは、どうしようも無くって…どうしようも無かったの。」
真剣に、ついこの間までの自身を語る友喜は、花の様な美しさに満ちていた。
有津世は改めて気付き、少し戸惑う。
「兄妹じゃなかったらさ、どうなってたかな…。」
言ってはならない一言を、友喜は言う。
「って、キャルユは思っているかな。」
友喜は微かに微笑むと、次の瞬間、有津世は友喜を引き寄せ強く抱きしめていた。
「少なくとも、俺は友喜の事を高嶺の花だと思っただろうよ…。」
ふわりと花の香りが動いた。
抱きしめられながら、ああ、これは有津世の、兄の優しさだ、と思った。
勘違いなんか出来る訳も無かったけれど、精一杯の優しさが、温もりが、友喜に被るキャルユの片鱗を深く癒していると思った、この瞬間に。
何かを脱いだ。そんな気がする。
次の瞬間、天窓がさわさわと光り始めた。
友喜も有津世も気付き、二人は周辺に目をやった。
「ぽわぽわ…。」
「ああ…。」
淡く光る、その毛玉は、光り始めた天窓からいつの間にか部屋の中へと現れて、有津世の周りをふわふわと飛んでいる。
「これ、友喜なんだろ?」
「友喜じゃなくて、キャルユなんじゃない…?」
有津世は友喜をそれとなく見守った。
不意に友喜が、ぽわぽわに、おいで、おいで、と手招きの仕草をし出した。
有津世は思わず眉を寄せる。
「…友喜?」
呼び掛けてみるも友喜は反応しない。
ぽわぽわが友喜の手招きに反応して友喜の手のひらへ近づいていく。
有津世は目の前の現象をただ見守っているしか出来なかった。
梨乃のブログ内の新しい記事に対する友喜からの反応は上々だった。
記事を見て、ようやく友喜は梨乃が大丈夫そうだと思ったらしく、珍しく話題を変えた内容でメールを送ってきてくれた。
「犬の置物、可愛い!何処で買ったんですか?私も見に行きたいなあ。」
前回友喜と会ったカフェと同じ街にある店だと梨乃が教えると、友喜は気軽に言った。
「梨乃さんも一緒に行きませんか?」
休日の昼間、かくして梨乃と友喜は再会した。
梨乃が案内して店に辿り着くと、
「ああ、ここだったんだ!」
友喜は嬉しそうに梨乃に言った。
このお店は入るの初めてです、と続けて、私もこの前が初めてだったよ~、と梨乃が返しつつ二人は可愛い木枠の扉を引いて店内に入った。
素朴な物からカラフルな色味の物まで様々な雑貨で彩られている店内を二人は楽しむ。
動物達の置物を見つけた友喜が指を差した。
これ画像にあったのだ!と、喜々として友喜が言い、それに対して梨乃は、うちの、のりすけは、もうちょっと顔が可愛いけどね、と得意げに言った。
「のりすけ?」
「そう、のりすけ。あの犬の名前。」
「あはは、のりすけかあ!」
愉快そうに友喜が笑い、梨乃がえへへと笑った。
ウインドウショッピング後、前回初めてお互いが会った場所、友喜にとってはいつものカフェへ二人は足を運んだ。
いつものテラス席で、少し遅めのランチをのんびりと楽しむ。
「友喜ちゃん、心配し過ぎだよ~。私ね、友喜ちゃんのメール、だんだん面白くなってきちゃってね、」
「ええ~!ひどい!」
「だってさ、友喜ちゃん、本当に心配し過ぎなんだもん!私はもう、大人だし…まあ、今までの記事が記事だから、心配するのも、もっともかもだけどさ。」
「そうですよ~!」
「でもね、友喜ちゃんからのそれが面白く感じてくる程、立ち直れてきたかな、って、ここ最近思ってさ…。」
「梨乃さん…。」
「それまでさあ、底辺だったんだよね、自分の気持ちが。それにも気付いていなかったんだなあ、ていう事にも気付いてね…。」
友喜は梨乃の言葉を感慨を持って聞いた。
「それもね、友喜ちゃんとこうしてやり取り出来た事が自分にとって大きいの。こんな事言うの、照れるけどさ。」
「だからさ、今日も誘ってくれて、ありがとうね。」
心の底から梨乃は言う。
友喜にもそれが伝わった。
話を聞くのに止まっていた食事の手を、ほら、食べようよ、との梨乃の一声で、また動かし始めた。
「梨乃さんに愛されている元彼氏さん、梨乃さんがこんなに愛情深い事を知ったら、驚くでしょうね…。」
梨乃は、う~ん、そうかな…と言い、ただしつこいだけかもね!と笑った。
「友喜ちゃんは私の心配ばかりだったけどさ、最近はどうなの?」
「私は…、」
すっぱり諦めました!と笑いながら答えた友喜を、梨乃は気遣う。
「友喜ちゃん…。」
「…さすがに今は、他の誰かを…なんてまだ無理ですけれど、たぶんその内…!」
明るく言い切る友喜を見て、梨乃はため息をつく。
「そうかあ…。」
そんな想いを、お互い自分に重ねて見てしまう。少し似た者同士の二人だった。
「じゃあ、今日はありがとう!」
「こちらこそ!あ、…梨乃さん、」
別れる間際に梨乃を呼ぶと、ん?と梨乃が答える。
「たぶん、きっと…。希望の糸はありますよ。」
「え?」
梨乃は聞き返したが、友喜は答えず、また!と手を振った。
梨乃は友喜の言葉に立ち止まり、去っていく友喜の背中
を見送りながら言葉の意味を思う。
友喜の目には、梨乃から出ている、何処かへ繋がる光の糸が見えていた。




