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小ぶりなマンションの一室。
こざっぱりとした内装の部屋に、紙袋から取り出した陶器製の小さな犬の置物を、何処に設置するか梨乃は考えていた。
何処を見回そうにも、何も飾っていないのに等しかったから置く場所の選択肢は割とある。
梨乃はじっくりと考えた後で、小さな犬の置物をデスクトップコンピュータのモニターの隣に置いてみる事にした。
ここならいつも目にする場所だからと。
置いてみたら思った以上にしっくりきて梨乃はすっかり気に入った。
よし!この子はここが定位置。
これからよろしくね。
梨乃はにっこり微笑んで、改めて胸の内で小さな犬の置物に挨拶した。
林の奥の二棟の家。
あの後、無理やり作戦会議へと流れを戻して有津世と話し合いをするも、雨見の顔は上気しっぱなしだった。
有津世はいつもと同じ風に雨見を見ているんだとは思うんだけど、雨見の中での想像が勝ってしまっておかしな発想が次から次へと湧いてきて跡を絶たない。
だから、この日の作戦会議はもはやグダグダだったし、無駄に頬が赤い所に友喜が帰ってきて、内心この状態をどう説明しようかと雨見は一瞬動揺した。
「ただいまあ。」
「おー、友喜。おかえり。」
「友喜ちゃん、おかえりなさい。お邪魔しています。」
リビングにやって来た友喜に、有津世と共に何とか挨拶出来た雨見はいつになく緊張した面持ちになっている。
友喜は雨見のやけに血色の良い頬を見て、ん?と首を傾げ、次いで兄の有津世を観察した。
今日の有津世は、いつもよりも随分と嬉しそうな顔をしている。
はっとなった友喜は、直後、凄む様な目つきを有津世に向けた。
「お兄ちゃん!」
「は?」
「雨見ちゃんを大切にしないと、私がお兄ちゃんを、ぶっっ飛ばすからねっ!」
言い終えた友喜は、にっこりと微笑んだ。
「さあてと、着替えてきまーす。」
二人にひらひらと手を振り、友喜はその場から退散して行った。
呆気に取られて友喜を眺めていたけれど、雨見より有津世が先に我に返って雨見の方に振り返る。
「いやあ、友喜にも隠し事は出来ないなあ。」
にこにこしながら言った有津世の顔は如何にも嬉しそうだ。
一方、この状況に一番驚いたのは雨見だ。
ついこの間まで友喜は兄の有津世を想ってあんなにも苦しんでいるのが露呈していたのに、雨見の事をすんなり了承するなんて夢にも思わなかったから。
「え?え?」
朝からずっと狐につままれているみたいだ。
有津世からも友喜からも、そして、雨見自身の気持ちからさえも。
友喜の件で驚天動地となっていた有津世を全く笑えない自分が居る事に、雨見はようやく気が付いたのだった。
廊下を歩いて玄関手前にある階段を上り、自分の部屋のドアノブを回して中に入った友喜は、閉めたドアを背に寄り掛かり、微かに微笑み、呟いた。
「よし、これで良いの。」
着替えが終わり、階段を下りると、ちょうど雨見が帰ろうとする所だった。
「あれ、雨見ちゃん、もう帰っちゃうの?今日は早くない?」
「友喜ちゃん、ん~ん、今日はちょっともう、話が進まないから引き上げようと思って。あ、でも友喜ちゃんの情報とか、報告、聞いて無いや。」
口元に手を当てて迷う雨見を見て、
「明日でも良いんじゃない?急がないし。明日話すよ。だから大丈夫!」
友喜がすかさずフォローを入れた。
「じゃあ、二人共、また明日ね。」
「じゃな。」
「またね~!」
雨見が去って行きドアが閉まったのを確認すると、友喜は有津世の顔をじとっと見た。
「ん?友喜、どした?」
「どしたじゃ無いでしょ、この〜!しらばっくれちゃって~!」
「何がだよ!」
「顔がニヤついてるよ、お兄ちゃん!」
「ええっ、そうかあ~?」
有津世は玄関ドア横にある鏡で確認する。
「ああ、確かに。」
自分では気付かなかったけれど、知らず知らずの内に表情筋が緩んでいたみたいだ。
友喜が肘で有津世をど突く。
「ぐえっ!何だよ、友喜!」
「おめでとう、良かったじゃない、お兄ちゃん。ずっと好きだったんでしょ?」
「えっ!?何?どうしてそれを!」
「分からない方がおかしいよ!あ、雨見ちゃんは、おかしくないけどね。」
ふ~んふふ~ん、と鼻歌を歌いながら、友喜は廊下をリビングへと戻る。
友喜の後に続きながら、有津世は友喜の様子を伺った。
背を向けている友喜からちらと見えた表情は穏やかそうで。
有津世の口角が上がって、静かに息をついてから話し掛ける。
「友喜、あの、」
「ん?」
「その、ありがとうな。」
有津世の言葉を背に受けた友喜は、振り返らずに微笑んだ。
だってさ、お兄ちゃんも雨見ちゃんも大切だもん…。
口には出さず、そっと胸の内で思う。
「はあ~、私の相手探しは前途多難だなあ~。」
「んん?」
振り返って言ってくる友喜に有津世が怪訝な表情で注目する。
「だってさ、こんな身近にすっご~い格好良い人が家族で居るとさ、なんか他が全部霞んじゃうんだよね。」
「はあ~?」
思ってもみない友喜からの言葉に有津世はドギマギした。
「お兄ちゃんは良かったね、雨見ちゃんが居て。お兄ちゃん、ちょっと、誰か連れてきて私に紹介してよ!」
最後のは自分を奮い立たせるための愚痴だったけれど、雨見に対する嫌味では決して無い。
むしろ、今まで胸につっかえていたものが取れたから、友喜の本領発揮といった所だ。
「お前何だ?友喜!学生は学業に専念しなさい。」
「何言っちゃってるの、自分だって!」
最後は言い合いになり、その最中帰って来た母が双方をなだめる事で、その場は収まった。
山奥の木々に埋もれて上空からも視認するのが難しい神社。
神社から山の斜面を下って行くと辿り着く事の出来る小川付近で、まだ小さなノリコが小石を投げて遊んでいた。
ここには透明な石が割と普通にごろごろと転がっていて、そういった石を掴んで平気で小川へとぶん投げる。
ぽちゃん。と心地良い水の音がして、一人喜んだ。
「はいはい、呼んだ~?」
周りには誰も見当たらないのにノリコはまるで何かに答えるかの様に言葉を発する。
「ああ、あなたね、」
別の透明な石を選び、ぽちゃんと投げ入れる。
「え?あなたも?」
同じ動作を何回繰り返しただろうか、ようやく飽きたのか石を投げ入れる事を止めて腰を上げようとした。
「え、連れて行って欲しいの?」
透明な石をひとつ拾って、ポケットにしまい、ノリコは小川を後にした。
神社に戻ると、ノリコの祖父が丁度瞑想を終わらせた所だった。
ノリコに優しく声を掛ける祖父に対して、ノリコが質問を投げ掛ける。
「おじいちゃん、この子見える?」
「ああ、綺麗な小石ですね。水晶ですか…。」
「うんまあ、そうだけど…、この中に入っている子!」
「誰かが入っているのですか?」
ノリコはそうだと首を縦にブンブン振る。
やはりノリコは不思議な子だ、とノリコの祖父は思った。
ノリコが最近自分に話し始めた”ミッション”だってそうだ。
誰が教えた訳でも無いのに、その内容を話す彼女からひしひしと伝わってくる使命感は、自分の考えが到底及ばない所からやってきているとノリコの祖父に感じさせた。
きっと自分は彼女を陰から支える他は何も出来ないだろうと、敬虔な気持ちで小さなノリコの姿を眺めた。
緑色に囲まれた濃い空気の地。
石碑の外側で光の爆発が起こった瞬間にキャルユの姿は立ち消えていた。
ものすごい勢いで薄暗い空間を何処かへ飛んで行っているのが体感で分かった。
キーを探す必要がある。
キャルユの知っているのはただそれだけだ。
飛んでいく内に、いつの間にか知らない空間へと降り立っていた。
一つ目は恐ろしく小さな鳥のいる空間だったし、二つ目は花火の空間だった。
三つ目には見知らぬ男性と話をしたし、その度に自分の印を何らかの形で授けて行く。
はたまた空間が変わり、今度は誰かの胸に重なり浮かんでいる自分が居た。
大丈夫、きっと成功するわ…。
暗闇の洞窟の中を一人歩く少女を見守る様に、上に浮かぶ。
途中目を背けたくなる様な光景も目にしたが、そこでエネルギーを奪われる訳にはいかない。キャルユはいつか必ず祈りを捧げるから、と少女の上に浮かびながら誓った。
と、突然少女に追手がかかる。
救助した男の子を背負いながらも精一杯走り抜け逃げようとする少女に迫りくる銃弾。
キャルユは三発目の絶体絶命を感じたその瞬間に少女と入れ替わる。
手に込めたエールの神秘的なエネルギーは、三発目の銃弾を握り潰し、無へと霧散させた。
それは銃に残っていた弾にも伝わり、男達は銃を撃てなくなる。
そのまま全速力で駆け抜け、洞窟の入り口まで逃げ切った後、追手のエネルギーを感じなくなり、男の子を背負ったまま、ゆっくり少女の住処へと向かった。
洞窟は思い切り空気が重かったけれど、少女の住処へと近づく毎に、ふわりと空気が軽くなるのを肌に感じる。
視線の先に、少女の家族であろう男性が神社の敷地の境界線で待ちわびているのを見つけた。
キャルユは彼の話す声を静かに聞く。
キャルユは思った、この男性には何処かで会った事がある、と。
ああ、そういえば、ここに辿り着く前に、神社の木の相談をされたんだ。
キャルユは少しばかり安心して、男性の顔を眺めた。
彼は、今の少女の中身がノリコ自身では無い事に気付いて、その質問をキャルユに問いた。
キャルユはその通りだと頷く。
銃弾は霧散させたはずなのに、何故だか体がどうにも重かった。
気を失いそうになりながら、背の男の子は少女の家族である男性に預け、少女の体を休ませてくれ、とお願いした。
少女がきちんと無事な事、目が覚めたらもう自分は去っている事を伝え、布団の用意をして貰い、眠りに就く前に男性に礼を言った。
少女を導いて下さったのは、他の誰でも無い、あなたである、と。
キャルユと男性とのやり取りを見守っている体の汚れた男の子には、あなたがキーだったのですね、と告げた。
何の事か分からなかったが、キャルユの言葉を最後まで注意深く男の子と少女の家族である男性は聞いていた。
少女の体に入れ替わっているキャルユが目を閉じる…。
途端に風が巻き起こり、花の濃い香りが辺りに充満した。
目を閉じた瞬間、自分が何個かに分かれる感じがした。
泣いている私、愛する私、穏やかな私…。
泣いている私は、途端に遠くなり、誰かに慰められていた。
『泣き言を言ってもしょうがない、しょうがないよ…』
見知らぬ誰かが隣に座り、慰めてくれている。
愛する私は、更に二つに分かれて、私のもう一人の姿、赤い鞄を背負っているあの子へと飛ぶ。
もう一方の愛する私は、淡い光を放つ毛玉の様なものに取り込まれて、その瞬間から白い毛玉は生を受けた様に活発な動きを見せて飛び去った。
穏やかな私は、私の姿を形作って、尚も元の場所で、アミュラ達と談笑している。
二人は気付かないのだろうか。
それぞれの私を見ているこの私は何なのか。
キャルユは不思議に思った。
どうすれば良い?どうすれば…。
星空の中に投げ込まれた状態でキャルユは静かに思い悩んだ…。
枝葉が完全に窓へ届き、強い日差しを上手い事遮ってくれていた。
伸びきっているのに、この道路周辺の木の剪定は、なかなかされなかったので、その場所だけ憩いのオアシスの様な爽やかさを擁している。
枝葉の当たっている4階の窓の内側は、則陽達のゲーム会社のオフィスだ。
則陽は今日もアップデート用のデータ作成に精を出していた。
ひと頃の爆発的ヒットからはだいぶ落ち着いてはいたけれど、このゲームは根強い人気があり、定着してくれたファンには感謝の想いがひとしおだ。
近くでは梅ちゃん先輩と吉葉が談笑している。
吉葉と飲みに(自分はウーロン茶だったが)行ったあの日から、則陽は吉葉を密かに尊敬していた。
周りの人への気遣いを、人に気負わせる事無く自然にやってのける彼の百分の一でも見習う事が出来たら、と、自分に新たな目標を課していた。
「どうしたの?奈巣野くん、何だか進んで無いみたいだけど…。」
梅が、則陽の手が止まっている事に気付き、話し掛けてきた。
「ああ、いえ、…ちょっと考え事を。」
何となく返してしまうその言葉に、自分の目標とは裏腹な今までと同じ自分を感じ得ない。
「まっ、こいつも、色々と思い悩む歳にまでなったって訳だ!悩んだらノーリに話すと良いぞ、わっはっは!」
何が楽しいんだか、吉葉は笑いながら則陽の肩をバンバン叩く。
「えっと…痛いんですが…。」
引き気味になっている則陽の反応に、梅は苦笑した。
吉葉の何気無いそのおちゃらけた様に思えるアドバイスに従って、オフィス入り口手前に飾ってある観葉植物ノーリの場所にパイプ椅子を広げて一人座った。
先日、自分の部屋に長身の男ソウイチがやってきて話した中ではクリスタルの内部に入れる事を彼は知らなかった。
つまりその現象は修正プログラミングで操って起きたものでは無い。
また別の、超自然的な現象なのだろうか…。
則陽はノーリを眺めた。
ノーリ、お前は何かそういう事象を知っているのだろうか。
軽い気持ちでふと胸の内で目の前の観葉植物に問い掛けた直後、ノーリの虹色に輝いた姿が則陽の目に映った。
「…?」
少し間を置いて、知っているのか?ともう一度ノーリに問うと、また一瞬、虹色に輝いて見えた。
目を擦って、則陽は自分の頬をペチペチ叩いて今の現象が夢では無い事を確かめる。
驚き過ぎて、則陽は間の抜けた表情でノーリを眺めた。
奥のオフィスからは人の話し声やコンピュータのキーボードを打つ音が聞こえてきているけれど、入り口手前のこの場所は則陽の絶句で静けさが際立った。
副業オフィスの作業から始まってツピエルやクリスタルに続き、新たに飛び込んできた不可思議な光景。
こういった現象は、有ると認めれば認める程、視界に入る様になるのだろうか。
考えてみるも、答えは見当たらない。
ひと先ず、取り敢えず、気分を変える事は出来たのだからと則陽は立ち上がり、使っていたパイプ椅子を畳んで片付けた。
「ノーリ、ありがとう。またな。」
言葉を言い残し、奥のオフィスへと戻る。
この会社の不思議な習慣なのだが、観葉植物ノーリに接するのもそうだが、接した後は皆必ずお礼と挨拶をする。
則陽の今の言葉にも、ノーリはひときわ明るく虹色に輝いて見えたが、既に視線を外しオフィスの奥に向かっていた則陽は気が付かなかった。
おう、則陽、気分転換したかー?と奥から聞こえてきたのは吉葉の声だ。
則陽が、はい、と答える声が続けて聞こえた。
今朝は朝から雨降りだった。
林の奥の二棟の家の前で、雨見は傘を差しながら有津世を待つ。
もう登校時間なのに、有津世は出てくるのがギリギリのタイミングだ。
玄関ドアを開けた有津世は、空の様子を伺って傘を玄関の中の傘立てから取り出すと、傘を広げながら早歩きで雨見の隣に来た。
「おはよ。」
「おはよう。行こう。」
有津世が雨見をちらりと見る。
急ぎ足で二人歩きながら、雨見が何?と有津世の視線を咎める様に尋ねた。
「二人別々の傘ってさあ~…、」
有津世の喋り出しに雨見はぎくっとする。
「その話題、止め、止め!」
「え~?何でだよ、話すぐらいは良いじゃんかあ。」
不満そうに有津世がこぼした。
「何なの?朝から!ただでさえ湿気が多いのに、これ以上蒸し暑くしないで!」
とまあ、無碍も無い言葉を雨見は吐く。
「ちぇ~。」
一見残念そうに返すも、有津世は雨見の横で嬉しそうな顔だ。
雨見は有津世を見て、何笑ってるんだか、と一蹴する様な態度をとったけど。
赤くなった頬は隠せていない雨見を見て、有津世は微笑んだ。
学校の廊下。
風は無かったから窓は開け放っても雨は入り込まない。開けていてちょうど良い気温だ。
雨の降るのを眺めていたら、近くになつが来た。
「良く降るね~。」
「今日は一日、雨らしいね。」
「一日雨かあ。」
「…。」
尚も雨を眺める友喜を見て、なつは友喜に話題を振る。
「ねえ、今日は真っ直ぐ帰るの?」
「うん…、そうだなあ…。」
昨日の雨見と兄、有津世を察するに、状況が何か動いたのは、友喜も察した。それを分かっていて、堂々と割って入っていいものか…。
「ん?何かあったの?」
最近やっと気付いたけれど、今まで思っていたよりもなっちんはずっと勘が良い。
その場で話すのを踏みとどまり、友喜はちょっとだけ付き合って、と、放課後なつをいつものカフェへと誘った。
雨が入り込まないのでいつものテラス席へと二人は座り、テーブルには、いちごシェイクのグラスと抹茶ラテのマグカップが載っていた。
「そっかあ、くっつきそうなんだね~。」
「うん、もうくっついたかどうかは、分からないけれど、きっと、うん。」
友喜の表情を注意深く見て、なつは返す。
「そっか、本当に気持ちの整理はついたみたいだね。その点はひと安心かあ。」
穏やかな調子で友喜は頷き、なつは友喜に微笑んだ。
「で、何が問題なの?」
「え、だからさ、そんな二人が自分が帰った時に、もしイチャイチャしていたらどうするの?目も当てられないじゃない!」
「…。」
「なっちんならどうするの?なっちんなら!」
友喜は迫る。
「え~、どうする…って。そりゃま、仕方無いよね~。でもさ、雨見ちゃんでしょ?」
「うん。」
「私はそこまで喋った事は無いけどさあ、雨見ちゃんだったら、友喜のお兄ちゃんの事、はいはい、ドウドウ!って、きちんと自制させるんじゃない?」
「自制…って。」
そこまで踏み込んだ話をしていた訳じゃなく感じていた自分が、結構な話をしていた事に今更気付いて、友喜は顔を赤らめた。
「自制…って。」
思わず自分の顔を両手で覆う。
「おーい、今更かーい。」
なつに突っ込まれる。
「全くもう。この子は可愛いんだから。ああ、それでさあ、何?今日は作戦会議しに行くんじゃないの?」
「うん、そうだね。雨見ちゃんにも言ったしね。」
「そうだよ、行かなきゃ、雨見ちゃん気にするんじゃない?」
「うん、確かに。」
「友喜のお兄ちゃんもそこまで馬鹿じゃ無いだろうし、大丈夫だよ。行ってきな!」
「あ、でもまだ抹茶ラテが…」
「これはあたしがもらーい!」
なつが友喜の抹茶ラテのマグカップをすかさず持ち上げ、自分の席へと移動させるのを見ると、友喜は、あーあ、と肩を下ろして笑った。
じゃあまたね、と手を振るなつに手を振り返しながら、友喜は渋々自分の傘を差し、カフェのテラス席から道路へと通じる階段を下り、行ってきます、となつに言った。
なつは、ちょっといたずらっぽく笑って見送った。
「ただいま~。」
家に着いた友喜が玄関ドアを開けて第一声を上げると雨見が玄関にすっ飛んでくる。
「友喜ちゃん、おかえり~!待っていたよ~!」
友喜の両手を握り締めてぶんぶんと振り、ものすごい歓迎ぶりだ。
雨見の反応を見て、友喜は雨見と共にリビングに行って兄の有津世をじっと睨んだ。
「お兄ちゃ~ん!」
「誤解だって!今日は何もしていないよ!」
「はっ!今日は?」
聞き捨てならないと、友喜が目を見開いた。
「昨日は何かしてたのかな~?」
一種凄みを持って、友喜が有津世に迫り聞く。
有津世が答える代わりに、雨見が頬を赤く染めた。
「ふふ、雨見可愛い。」
一気に表情に締まりが無くなり有津世が言葉を漏らした。
「うるさーい!」
途端に友喜が激怒する。
「お兄ちゃん、そんな調子だと、雨見ちゃんが安心して家に来れなくなっちゃうでしょうが!それ禁止!作戦会議の時はそれ禁止!」
うん、だよね、と雨見が友喜に何度も相槌を打つ。
「二人して何だよ~!」
してやられた、とでも有津世は言いたげだ。
「友喜、昨日は、お兄ちゃんにおめでとうって言ってくれたよねえ?」
「言った!言ったけど!それとこれとは違います!」
当然だよねえ、ね~!、と、雨見と友喜は同調する。
女子の結束は固かった。
その後も友喜は兄を牽制してから自分の部屋に着替えに行き、戻ってから三人揃っての作戦会議は始まった。
有津世はぶつくさ言いながらも友喜の分の紅茶も淹れ、友喜がソファに座る際に前の座卓に、ほら、と置いた。
「ありがとう。」
紅茶をすする友喜を見てから、有津世は二人に話し始める。
「数日前の話に戻るけど…その、…キャルユの想いに全く気付いていなかったよ。今まで、その、今でも。」
今でもと言うのは、ツァームの視点からであろう。
雨見も、そして友喜でさえも、その話題を落ち着いて聞く。
「アミュラはそういうの、無かったの?」
友喜が雨見に聞く。
「全くと言っていい程、無い。ツァームは?」
「あっちの世界での俺は…アミュラと同じかな…。」
思い返す限りでは、そういった感情を持ち合わせてはいなさそうだと雨見に続いて有津世も答えた。
「何でキャルユだけなんだろう。」
「うーん…。」
友喜は友人なつの事を思い出した。
「そういえばね…。」
小学生の頃、友喜達三人を見た時になつが目にしたという、もやの話。
最近になって初めてなつから聞いたと、友喜は有津世と雨見に伝えた。
「なっちん、すごいなあ。」
「うん、多分なっちんにしか見えて無かったんだと思うよ。」
「その現象ってさ、今はどうなんだろ、なっちん、友喜を見て何か見えるとかは…?」
「う~ん、どうだろう。思い出話みたいに話したから、今は見えてないのかな、それ、確認して無かった。」
「そうかあ。」
少しの間、沈黙になる。
「友喜ちゃんは、あの後もぽわぽわの夢は見た?」
「…。」
有津世が無言で赤くなる。
ちょっと何その反応!と雨見がど突き、答えようとする友喜に振り返り注目した。
「ぽわぽわの夢は…あの後見ては無い。ただ…」
「うん、」
「キャルユと夢の中で会ったの。」
「え?」
雨見と有津世が耳を疑った。
雨見が夢で毎日アミュラになっている時も、有津世が徐々に自身がツァームである事を思い出してきている今も、その記憶は、いつでも自分と同化していて一人称だった。
なのに友喜は、一人称であるはずのキャルユと対面したと言う。
「やっぱり何か、キャルユだけおかしいよ…。」
有津世が言う。
「何で?雨見ちゃんとお兄ちゃんは、最近の夢はどうなの?」
聞くと変わらずキャルユは居て、三人一緒に行動していると言う。
「それさ、本当に今の時系列なのかな…。」
有津世と雨見の二人は友喜の言葉に顔を上げた。
「確証は…無いよね…。私、毎日見ているのが続いているからそれがそうだと思っていたけど…、有津世はどう?」
「俺が思い出すのは断片だから、当然俺のは今の時系列じゃ無いと思う。」
そして友喜は、キャルユと会った、夢を見た。
「どうして?キャルユは友喜ちゃんじゃあ無いの?」
「待って、雨見ちゃん、今まで疑っていたけど、キャルユなのは、私、間違い無いと思う。…その、ぽわぽわの夢の一件が、どうしてもキャルユの気持ちの部分で同じだなって、繋がる感じがするの…。」
花の香りがしている時に感じた、居たたまれない苦しい感じ。有津世を懐かしむ感じ。慈しむ感じ。
それは花の香りが濃ければ濃い程濃厚で。
そして三人共が目を背ける事の出来ない事実。
友喜からは今尚あの花の香りが漂っている。
キャルユの香しい花の香り。
「でもさ、重なっているだけだったら、違うって可能性も、否定出来ないんじゃ…」
と有津世は言いかけるも、何分、友喜の外見がもうあちらの世界のキャルユの生き写しになっているから、ほぼ無駄な反論だと気付いた。
「私と有津世が見ている夢の部分とは違うのが事実だったら、今、何が起きているのか…。」
とにかく、三人の記憶の断片を集めていくしか、やっぱり、方法は無いよね…と雨見が話をまとめた。
テレビ画面にクリスタルがクルクルと回るのが映し出されているのを友喜が気付く。
二人に今日は試したのかと聞いて、試したけれど今日もダメだったんだと有津世が友喜に答えた。
エール、エールを集めるんだ、と聞こえて、友喜は空に向かって返す。
「エール…何処から?」
「ねえ、友喜ちゃん、この前も聞いたけど、それ、何処から聞こえてくるの?」
「ん?」
「友喜…今のも覚えてないの?」
友喜は全く持って雨見や有津世の発言の意味が分からないとでも言う様に怪訝な表情を見せた。
考え込んでいた雨見が、ばっと顔を上げて声を上げる。
「友喜ちゃん、…夢の中のみならず、今もキャルユと喋ったんじゃあ…。」
三人は誰からともなく顔を見合わせた。




