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見上げる空に願いを込めるのは何故だろうか(仮)  作者: 晴海 真叶(はれうみ まかな)
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妖精のきのこ

 挿絵(By みてみん)






 美鈴みすず雨見あめみは自分の名前を気に入っていた。

名前の由来は、自分が生まれた日に、産院へと駆け付けようとした父が、ふと額に一滴ひとしずくを感じて、見上げた空から付けたそうだ。

父から聞かされたその由来が、とても詩的で気に入っている。


そして、最近自分の中で流行っているギャグが、飴玉を持ち、「あめちゃん要る?」と聞く事だ。

ノリの良い友達なら、「こっちのあめが要る~っ」と言って、雨見の頭や肩をわしづかみにして、グラグラ揺らす。そして一緒に大笑いするのだ。

雨見は楽しい事を自分から次々と考えだそうとする少女だった。


しっかりしてそうな凛とした切れ長の目に、髪はワンレングスにしてポニーテールで結ってある。

髪ゴムは最近濃いピンクがお気に入りだ。

何も喋らなければ、歳より大人っぽく見える雨見は、口を開けば、「あめちゃん要る?」とか、学校ではふざけた事ばかり言っている。

そこは、小学生らしい、の一言に尽きる。


そんな雨見だけれど、時々自分足りえない、不可思議な感情を持て余す時があった。

その対策として始めたのが、日記だ。


林の奥にある2つの家、奥側の大きなログハウス。

そのリビングの中央から伸びる階段を上がった所の1室に、雨見の部屋はあった。


いかにもログハウスという趣きが満載のその空間は、カントリー調の家具で揃えられており、ベッドの木枠には可愛らしいハートの抜き柄があった。

シーツや枕の柄もハートで、いささか甘すぎる雨見の部屋のテイストは、彼女のセンスが反映された物では特に無かった。


雨見の母が可愛い物が大好きで、女の子なら是非ともピンク色とハート柄で!と母のたっての願いを雨見がしょうがないなあ、と提案を受け入れたのだ。


それでも母が選んでくれた事を誇らしく思い、好んで使っている。

いつかはもう少しカッコイイ部屋に改造する事は胸に秘めてはいたけれど。


そんなピンク色のハート柄シーツが敷いてあるベッドの上で胡坐あぐらをかき、雨見は自身の日記のページをぺらぺらとめくり出す。

日記はいつでもベッドの横に置いてあるのだ。

だからそれを開く時も、こうしてベッドの上で行う。


普通の日記なら、一日の終わりに書き記すものだろう。

けれども雨見の日記は、夜寝て、朝起きた途端に書き記す類の物だった。

そう、夢日記だ。


雨見はいつの日からか、連続で、とある夢を見ている。

違う夢の時もごくたまにあるけれど、大抵はその夢だ。


夢での感情が、起きた後も何故か色濃く残っていて、その感情を持て余してしまうので整理するために日記を書こうと思った。

言わば、自己防衛だ。


たかが夢でしょう?と言う人も居るかも知れない。

笑う人も居るかも知れない。

それでも毎日の様に見るのだ。眠る度に。

夢の中の自分は雨見とは幾分か異なっている。

それに引きずられないように、日記として書き記すのだ。


毎朝の区切りとして、雨見は日記を書き続ける。

最初は文章だけを書き連ねるつもりだったが、見ていた風景を残したい、と思い大樹の絵から始まって、自分の衣服や仲間の姿など、最近では夢で見つけた不思議な生き物の絵まで、細部をそのページに描き連ねた。

持て余していた感情が、記録したそれを見ているとスッキリしてくる。


夢なんて、忘れてしまうものだったけれど、覚えておいた方が良い夢。

それが多分、この夢なのだ。










 「あ、またあの匂いだ」

玄関を開けようとして、ふと香りを感じた友喜は、注意深く周りを見やる。

別段、何も無い。


「ん~?」


自分の服を嗅ぎ、持ち物に顔を近づけて嗅ぎ…

なんかよく分からなくなってしまった。


「まっ、いっか。ただいま~!」


気を取り直して、玄関ドアを開けて家の中へと入っていった。

靴を脱いで、居間へと急ぐ。


「うおお!一番乗りだあ~!」


ランドセルを所定の位置に置いて、腕まくりをして、ゲーム機のコントローラーを握る。

今、攻略しているのは、RPG、ロールプレイングゲームだ。


小さな宿場町から始まってレベル上げをし、最初のボスを倒した。

今居るのはもう少し大きな町だ。

ここでさらにスキルアップのための魔法を手に入れる。


このゲームで気を付けなければならないのが、選べる魔法の中で、戦闘には全く効果の無い魔法が混じっている事だ。

攻略本を見れば良いというかも知れないが、このゲームは凝っていて、何が地雷になって、効果の無い魔法をつかまされるかは、その都度のランダムになっているのだ。


その法則性を見出そうと躍起やっきになっている人たちも居るが、法則性を見出す前に、またアップデートでぐちゃぐちゃにかき回されてしまうのが毎回のオチとなっている。

よって、それこそがこのゲームの最大の醍醐味だいごみであり、下手を掴むとだいゴミなのだ。


「んにゃ~、どーうしよっかな~!」

わくわくしながら魔法使いの館で魔法を授かる。

選ぶスキルは…


「これだっ!」

じゃじゃーん。魔法スキルゲットの効果音がさく裂する。

しかし、使い物になるかどうかは、その魔法を使う時まで分からない。

友喜は早速町から出て、草原をウロウロする。


てられらーん。


敵が出現した音楽だ。

「ほっ。見よ!新しい魔法。フーデグーだぞ!」


攻撃に魔法をセットすると…

こちらの番!友喜が魔法をセットしたキャラクターが、フーデグーを放つ!


ピッチピッチぴっちぴっちピッチピッチぴっちぴっち、

『魚が、大量に出た~!』『大漁、大漁!』


「…ぷっ」

ゲームを映すテレビ画面には、キャラクターの杖からとめどなく魚が、ひたすらに出てきて地面でピッチピチ跳ねている。

友喜は思わず噴き出した。


「わははははは!まーたハズレか~!」

よって友喜のキャラクターは全く戦いに貢献せず、他のキャラクターの攻撃で敵を倒した。


あ、でも敵が一匹、魚を追いかけて画面上から立ち去ってしまったので、少しは貢献した、と言えるのかも。

思いっきり笑って、友喜は満足する。





一方その頃…

兄の有津世と雨見は、学校からの帰り途中だった。

隣の家なので、帰りも一緒。

小学一年生の頃から続けているので、こうして隣り合って歩くのも、至極しごく自然なものだった。


家へと続く、林というには少し深すぎる木々の木漏れ日の中を、早くも遅くも無く歩く。

話して無くても居られたし、雨見はこの時間が大好きだった。


「あ、見て、きのこ!」

「おっホントだ。」

道端に、葉っぱで埋もれた地面から、こんもり頭を出しているきのこがある。

何かの本で、きのこが生えると妖精のお家が出来た印なんだ、って言うのを読んだ事がある。

妖精、居るのかな。居るなら見てみたいな。


雨見がきのこの傘の下を、何かあるかを見定める様に、姿勢を低くして眺めた。

そんな姿を見た有津世は、ポロリと本音を言う。


「…俺、これくらいの、小さな光の玉を見た事があるんだ。」

両手でソフトボール大の丸を形作りながら、雨見に説明する。


「夜、自分の部屋で本を読んでいたらさあ、ふわふわ、ふわふわってその光の玉が飛ぶんだよ。」

キョトンとした顔で、雨見がその話に聞き入る。


「まあ、信じないかも知れないけれど、俺はそういうのを見た事あるからさ…、他にも、妖精とかさ、精霊とか、そういう不思議な存在って、きっと居るんだろうなって思うよ。あ、これ内緒だけどさ。」

こういった内容の話は、今までした事も無かった。

だから、雨見の反応も予測不能だ。


でも返ってきたのは…

「うん、私も信じてるよ。きのこ見た時、妖精の事考えてたもん。」

にっこり笑って、雨見は言った。


二人の話題は豊かな方向へと広がっていった。

有津世がその小さな光を見たのは一度きりでは無い事、何故か一人の時に、その光は現れる事とかを有津世は話したし、


雨見は雨見で、これまでずっと自分だけの秘密だった、毎晩の様に見ている不思議な夢の話を、初めて話した。


「そうか、その夢の中に出てきたのが白い毛玉なのかあ…」

どちらも今まで口にしたら笑われそうで、そんな反応が少しだけ怖くて人前で言い出そうとしなかった。否、二人とも、人の話を笑うような浅はかな性格では無かったし、言えば受け入れてくれた、とも分かっていたのかも知れない。


それが道端のきのこをまじまじと眺めた事を皮切りに、有津世が自分の体験を話し出し、世界が広がったのだ。


「なんかさ、これはものの喩えだけど、俺たちの居る場所ってさ、平たく見えるけれど…」

「うん。」

「実はさ、そうじゃないよな。」

「うん。」

「もっとさ、奥行きもあってさ、」

「うん。」

「なんかこう、決められた化学式だけじゃない所って、絶対あるよな。」

「うん、私もそう思ってた!」


意気揚々として、家に辿り着いた二人は、「じゃあね。」「うん。ばいばい。」と告げ合って、それぞれの家の玄関ドアの中に入っていった。


「あ、お兄ちゃん、おかえり~!」

「ただいま。ってか、もうやってんの?」

「ああ、ごめんごめん、つい!」


お互いが揃ってからゲームを開始する決まりを当人達二人が打ち立てたが、どうやらその決まりは失敗の様だ。

今しがた、雨見と交わした会話の余韻を味わいながらランドセルを置くと、


「お兄ちゃん、見てみて!」

何とも嬉しそうに、友喜がニマニマしながらゲーム機のコントローラーで画面上のキャラクターを操る。


「おおっ!何それ~!」

「あっははははは!」

ぴっちぴっち跳ねる魚の大群に、二人は大喜びではしゃぐのであった。




学校から帰ると、大抵は有津世と友喜の家にお邪魔するが、この日は帰りが遅かったため、遊ぶのは控えた。

雨見は、自分の部屋で、何気無しに思いを巡らせていた。


ベッドの上に胡坐あぐらをかいたまま、お気に入りの黒猫のぬいぐるみを撫でる。

撫でながら、頬を紅潮させていた。

初めて口にしたのだ。


親にも話していない内容だ。

そのまま自分の胸だけに秘めておくんだと思っていたが、話してみれば、そこには一番の理解者が居た。

優しく目を見て自分の思っていた事を聞いてくれた。話してくれた。

胸に確かな充実感と、もっと話したい、という思いは、自分独りで抱えていた世界を肯定してもらったからだろう、と、ただ純粋に、そう思っていた。





有津世は、表情の柔らかい少年だ。

眉毛がやや太く、表情が柔らかいのは兄妹揃って似ている。

まつ毛も二人揃って、濃くて長い。

友喜はその内その特徴を有難がるだろうが、有津世にとっては少々コンプレックスだった。


あまりにも甘い顔など、強くありたい男の子心には邪魔でしか無いのかも知れない。

とにかく、女の子の格好をさせたら女の子と見紛うそれは、良くも悪くも有津世の特徴だった。

男子の友達からも言われる。


「お前、なんでそんな可愛い顔してんだよ~!」

首根っこを掴んで、頭を肘でウリウリされる。

「何も好き好んでこの顔してねーよ!」

反撃でボディーに軽く肘鉄を食らわせ、「んだよ~!」と双方言い合い、収束する。


下手すれば肘鉄は相手が怪我するものだが、力加減は重々、心得ていた。

なんせ何日かに一回は、このやり取りがあり、それをもう、かれこれ6年も続けているのだから。

男子の目から見ても、有津世の外見は可愛らし過ぎるのだろう。


外見の事はさておき、有津世は身体を動かすのも好きだったし、虫や自然も大好きだ。

また、それについて本で読むのも好きだった。


数年前、図書館でふと見つけたのが、虫を妖精に見立てた本。

今までそのようなジャンルの本に惹かれた事は無かったけれど、その時、有津世は何故か気になり、棚から手に取って、それを開いた。


虫には、妖精の意識が宿っている。その本には書かれていた。

「虫には、妖精の意識が、宿っているーーー」

その時から、有津世は胸にロマンをいだき始めた。

今まで育ってきたこの世界は、教えられた様な姿だけでは無いのだ、きっと。


そう考えた方が、この世界を体験するにはきっと楽しい。

自分や友喜は、教室では収まり切らない何かすごい感性を持っていると、親が常々言ってくれる。

有津世は素直に、その言葉を信じていた。

だから、余計に思うのだ。

多分教科書を覚えるだけでは自分達は終わらないし、始まらない、と。




「んが~何~?バグ~?」

友喜と有津世が握っていたコントローラーが、突然利かなくなった。

「あっれ?どーしたんだろーな。バグって、初めてじゃねぇ?」

どんなにカチカチボタンを押しても、スティックをぐりぐりしても、うんともすんとも言わない。

「電池が無くなった訳じゃないよね?」

「ん~しょうがない。一回起動し直すか~。」


コントローラーの電池表示を確認して、友喜が電源を落とそうとしたその時、

固まっていた画面の中で、何かが動いた。


「お兄ちゃん、あれ!」

「えっ!?」


二人が目を見開いて画面を凝視すると、今遊んでいるゲームでは見た事の無い、奇妙なおじさんが映り込んでいる。そして歩いている。ゲームの画面上で。


「何?隠しイベント!?」

「え、でもあんな奇妙な外見のキャラクター…なんだか変じゃない…?」

何をするわけでもなく、ただただ歩いている。


今回プレイしているゲームに普段出てくるキャラクターはどれも、可愛いアニメ顔の絵のタッチで、RPGに良くある様なヨーロッパ調の装いをしている。


それなのに、今、画面上に出ているそれは、ぴちぴちの上下タイツ(上下で色違い)のような恰好に、このゲームには似つかわしくない、可愛い、とはお世辞にも言えない、リアルで、なかなかインパクトのある顔立ちのおじさんだった。


「うえ~何あれ、気持ち悪い!」

「何あれ、敵!?倒すの?」

兄妹で目を見合わせて、利きもしないコントローラーを焦ってぐりぐり動かして攻撃しようとすると、


「やめて~っ!」

そのキャラクターが二人めがけて吠えた。




友喜は、かなりのお兄ちゃんっ子だ。


いつも思うが、こんなに素晴らしいお兄ちゃんは他に居ない!常にそう感じて過ごしてきた。

お兄ちゃんは優しいし、自分の目から見ればかっこいいし、意地悪な事しないし、言わないし。

お兄ちゃんはお兄ちゃんなのに、自分を女の子扱いしてくれるし、友だちのお兄ちゃんはそうじゃないって言ってた。


友だちのお兄ちゃんは、友だちを小バカにするって言ってたし、余ったお菓子があると、妹に要るか聞かずに勝手に食べちゃうそうだ。

うちのお兄ちゃんは、自分をバカにしないし、お菓子も勝手に食べちゃわない。

必ず食べるか聞いてくれる。

うちのお兄ちゃんは、世界で一番ジェントルマンなのだ。


たまに、思案する様に少し下を向く姿を見つける度に、お兄ちゃんってやっぱりかっこいい。そう思った。今は小学生で周りも手ぬるいけれど、これは近い内に女子に攻め込まれる!

お兄ちゃんを守らねば!!そう勝手に覚悟を決めていた。


とは言っても、自分は一歳下。

自分より早く、お兄ちゃんは中学校に上がってしまう。

だから、その一年間は、雨見ちゃんにお兄ちゃんの護衛を頼もうと思っている。

高校に上がってからも、同じくだ。


雨見ちゃん程の子であれば、雨見ちゃんにならば、お兄ちゃんは譲ってあげても良い、許す。

否、雨見ちゃんじゃなきゃ、逆に許しません。


断固として、そこは譲らないつもりだ。




「えっ!?」

我に返った友喜は、兄の有津世と揃ってあんぐり口を開けていた。

あまりのショックに、今一瞬、意識が飛んでいた様だ。


「何これ、今、こっちに向かって「やめて!」って言わなかった?」

「なんで何これ!?どうなってんの?」

慌ただしく二人なんとかしようとコントローラーをガチャガチャいじる。

手が汗ばんできた。


消えるデータを気にするよりも、今はこの怪現象をどうにかしたい。

訂正する。データが消えるのも絶対に嫌だーー!

画面上のおじさんは、「やめて~!」の一声を発した後、また画面の端から端へと、あっちうろうろ、こっちうろうろと、ちょこまか歩いている。


「えっと、どうすれば…」

「………」

コントローラーをいくら動かしても利かないので、諦めてテーブルへとそれを置く。

そしてソファーに座りなおして、ボソっと有津世が言った。


「消すか。」

「う…」

「やめて~~~~っ!!」

友喜が頷きかけるのを割り込む様に、そのおじさんはさっきの一声よりもずっと大きな声で、またもや吠えた。


「えっ何?こっちの声通じてんの?」

「お兄ちゃん、そんな訳無いじゃ…」

「通じてんのよ、」

「………」

「通じてんのよ、なんだと思ってんの、アタシを。」

「………!」


なんと画面の中のおじさんが、いきなり、こちらめがけて喋ってきた。

途端、友喜がソファのクッションを抱えてもんどり返る。


「嬉しくな~いっ!なんでこんな気持ち悪いキャラと話さなきゃならないの~っ!誰得!?」

足をダンダン踏み鳴らして、我慢ならない、といった感じだ。

友喜の、ど直球の感情表現に一拍遅れ、


「えーっと…」

なんと対応しようか迷う。


「えーっとじゃないわよ、ふざけんじゃないわよ、アタシだって忙しいのよ、何なのよ、ほら、行った行った!」

シッ、シッ!てな風に手を振って追っ払われる。


「いや、画面の中からシッ、シッ、って言われても…」

「何よアンタ、文句あるの?アタシはねえ、見世物じゃあないのよ!勝手に見るんじゃないわよ!さあ、行った、行った!」

そこでクッションを抱えてジタバタしていた友喜が、むっくり顔を画面に向き直して言う。


「そっちこそ、何なのよ、おっさん!!友喜たちのゲーム、元に戻してよ!そっちがどっか行ってよ!!」

「んまっ、失礼しちゃうっ!オッサン呼ばわりとは何とも嘆かわしや!くぅ~っ!」


何処のポケットからかハンカチを取り出して、上下タイツの変なおじさんキャラが目をハンカチで抑えながら画面の中で泣いている。

ちなみにゲームの元々の絵柄は、2D画面。平面のアニメ絵だ。なのにこのおじさんキャラは、角張ったポリゴンの様な立体の3D画面だ。ますます気持ちが悪い。


「え、お兄ちゃん何かのコマンド押した?」

「いんや、思い当たっては何も…」

兄妹が二人して首を傾げる。


固まった画面の上に絵を塗り重ねる様に、タイツおじさんは、今度は何処からか小さな紙の様な物を取り出すと、せっせせっせとそれを折り出した。


「出ー来た!」

途端にそれはムクムク大きくなり、タイツおじさんが入れるくらいの家になる。

画面の元の絵はぼやけて、家とタイツおじさんだけがくっきりと鮮明だ。


タイツおじさんは二人の方を横目で見ると、


「んじゃ…」


と言って、小さな家の中に消えた。


「………」

「………」


「えっ、何、これ新しいイベント?!」

「えっ、これ、どうすれば元に戻るの!?」

さっきと代わり映えしない会話を繰り返し、二人は互いの顔を見合わせた。


「もういいや、やめよ~。」

友喜が言った途端に、家の中のタイツおじさんが画面に再びクローズアップされる。

さっきまでは無かった、窓の部分からだ。


タイツおじさんは何かを手にして、メニューのような枠が画面上に出る。


「セーブ、セーブっと…」

慣れた手つきで、画面の中のタイツおじさんが操るのは突如としてその手元に出現したコントローラーだ。


「え?」

ぴろりろりん。

効果音が鳴って、『セーブしました』の文字が画面に表示される。

そしてクローズアップされていたおじさんの姿がまた窓から遠巻きになっていき見えなくなった。


「ええ~っ!?」

困惑し切って、とりあえずゲームの電源を落とした。

テレビの主電源も消して、二人で話し合う。


「…なんだったんだろ…?」

「…サプライズプログラムかね…?」

それにしてはコントローラーは利かなくなるし、ゲームと言うには何も出来なさ過ぎる状況だ。


「レベル上げ、もっとしたかった…。」



タイムアップ。

有津世と友喜は、これから合気道教室なのだ。


「はぁ~~~。」

友喜は、恨めしくため息をつくと、


「友喜、まあ、そう気を落とすなって。」

有津世に注意される。


「だってさ~。」

「俺が後で調べてみっから。今は着替えよう。」

「はぁーい。」

友喜は大抵は素直だ。

それでも今回のゲームの終わり方に納得出来なかった。


眉毛の上で切り揃えられた前髪と、肩に付かない程の長さの、ふわりとした髪を手で撫でつけ自分を慰める様にぶつくさ言いながら、友喜は着替える為に自分の部屋へと向かった。

1階のリビングをぐるりと見渡せる廊下のある2階へ上がると、向かって右の部屋へと入る。


友喜の姿を見送った有津世は、もう一度テレビ画面とゲーム機の方を軽く睨み付けてから、自分も部屋のある2階へと上がっていった。






合気道では礼に始まり礼に終わる。

教室に入る際に教室に一礼をし、帰る時、同じく一礼をする。

今回のお稽古も、友喜にとっては清々しいものだった。


あまりに可愛らしい顔立ちの有津世をかばう為に、何かの技を持っていた方が良いと有津世達の母親が思い付き、二人を連れて見学に行ったのが最初だった。

すると、友喜の方が有津世よりも俄然がぜんやる気を見せ、当初の母親の思惑とは半ば逆の形で教室に通う様になったのが、約二年前の事だ。


二年経った今でも、有津世は妹の教室への行き帰りと、その教室内での護身を請け負う気で通っている。合気道そのものへの熱心さは二の次だ。


友喜は教室の中で、ぴょんぴょん身体を動かし、

「さあ、来なさい!さあ、来なさい!」と相手をあおるので、あまりに態度が高揚し過ぎると言われ、しょっちゅう先生に注意される。


「ありがとうございました!」

「ありがとうございましたー。」

受講の終わりで礼をして、教室から出る際も一礼で挨拶をきちんと済ませた後、二人は建物内の階段を1階に下り外へと出ると、夕暮れに差し掛かった商店街の中、二人は肩を並べて歩き始めた。


「いやあ、今日も楽しかったな~あ!」

「友喜はいつもやる気いっぱいだな~。」

「お兄ちゃんは、もうちょっとやる気を出した方が良いよ。」

「俺は、ほら、良いんだよ、そういう強さは。」

友喜を前にして、朗らかに有津世が笑う。


「んも~そういう事言って~。」

友喜が唇をタコのように突き出して、ぶすっとする。

確かにお兄ちゃんは立っているだけで勿論すごく絵になるが、合気道教室の中での挙動は、少々弱弱しい。

あれじゃあ、悪党に捕まった時、太刀打ち出来ないよぅ。

益々これからも技の鍛錬たんれんに打ち込んで、兄を守らなければ!と、気を引き締める。

有津世は妹を守る為に教室に一緒に通っているはずが、友喜は有津世の事を守りたいが故に強くなると心に誓う。なんとも、ちぐはぐだった。


15分程歩くと、いつもの林の入り口へと差し掛かる。

商店街と違って、鬱蒼とした木が生い茂るこの林には、明かりという明かりは無い。

だからここを夜に通る時には、必ず懐中電灯を持ち歩く。

有津世と友喜は、それぞれ自分の懐中電灯を鞄から取り出し、スイッチをONにする。

二つの明かりが、でこぼこ道を一挙に照らし出した。


「さっきさ、雨見と一緒にきのこを見つけたんだよ。ええと…どの辺だったかな…。」

「へええ、どっち側?」

「こっち。左。」

懐中電灯の明かりを左側に動かして、有津世が答える。

それから、前方と左側に交互に懐中電灯を当てながら歩いたけれど、きのこは見つからなかった。


「もう、しぼんじゃったかな。」

「何かが食べちゃったのかもね。」

たぬきとか。」

ねずみとか。」

「リスとか。」

からすとか。」

土竜もぐらとか。」

「土竜いいね、土竜可愛い~。」


スキップし出して友喜の持つ懐中電灯の明かりと影が揺れる。


「暗い時はあまり離れないで歩くぞ~。」

「はーい。」

友喜は、有津世が追いついてくるのを待ち、友喜のその姿を見て有津世は安堵の笑顔になる。

そしてまた、並んで歩き出す。


「ゲーム、電源入れたらどうなると思う?」

「う~ん、…元通り!…あれさ、開発者さんの悪ふざけなんじゃないのぉ?」

超楽観的な態度で、友喜は有津世の問いに答える。


「だと良いんだけどな~…。」

考え込む有津世を見て、友喜はまたご満悦だ。

笑顔のお兄ちゃんも良いけど、真剣な表情のお兄ちゃんも良い…!

鼻の穴を大きくして、友喜は小さくガッツポーズを決める。


「役得、役得!」

「え、なんて?」

有津世が聞き返しても、友喜は答えない。

有津世の俯く姿に妹である特権を感じ、もう一度スキップしたくなる気持ちで、一方有津世はゲームの出来事について考えを巡らせながら、二人は家へと帰り着いた。



 柚木家の夕飯時。

家族四人が揃った食卓で、昼間のゲームでのあの変な現象の事を、両親に話していた。

有津世と友喜の両親は、ゲームに割と理解があって、一緒に楽しんでくれる派だ。

もっとも、ゲームの好みが多少違うので、有津世達がやっているゲームは一緒にはしていないのだが。


「なあに、その現象、気持ち悪いじゃない。やってて平気なのかな、それ。」

有津世達の母が、いぶかしむ。

「どうだろ、色んな仕掛けが凝ってるって評判のゲームだから、それもイベントの一部なんじゃないかー?どーれ後で見せてみろよ。」

それに対して、父は気楽な態度で応じる。


「じゃあ早速、ごはん食べ終わったらやってみて良い?」

「良い?」

「ああ、一緒に見て確かめてやるよ。」

そんなやり取りを見て、母は静かに笑い、嘆息する。


さてと、夕飯を食べ終わって皆でソファーに集合だ!と友喜が叫び、

後ろで、母が、父に聞く。


「のぶちゃん、コーヒー淹れようか。」

「ああ、お願い。」

移動しかけた母がいそいそとコーヒーを淹れに台所へと戻る。

友喜はすかさず、クッキーやチョコレートなどのお茶請けを座卓に用意する。


「友喜、素早いな!」

「もっちろん!」

母の行動よりも素早く自分たちのお茶も用意を済ませて、準備万端だ。


コポコポとコーヒーメーカーから心地良い音が聞こえて、コーヒーの香りが部屋を包み始めた。

母がソファに到着するのを待ち、湯気の漂う二客のコーヒーカップを座卓に置いたのを確認してから、有津世が言った。


「付けるよ!」

「おう!」

「ふんぬ!」

「…。」

気合いが入っているのが三人、若干不安気に見守るのが母だ。


ゲーム機本体は程無くいつも通りに起動し…

ゲームソフトも、なんの問題も無く、昼間の事がまるで嘘だったかの様にタイトル画面からいつもの冒険に入れたのだった。


母は安堵し、父はガハハハと笑い、友喜も父の真似をしてグヘヘヘと笑い、有津世は気の抜けた笑顔で、肩の力を落とした。

結局家族の間では、それは隠しイベントかなんかだったんだろうという話に落ち着き、父は有津世達を安心させようとした。

一番顔色が悪かったのが母なので、父は特に母を安心させたがっている口調で、その話題を締めくくった。



お風呂から上がって、自分の部屋でラップトップコンピュータを起動する。


家に一台しか無いのだが、必要な時には貸してくれる。

先ほどのゲームの事で調べ物がしたいから、と、父にそっと伝えて、自分の部屋に持ち込んだ次第だ。

『サンデントーク ハックレア・ユリーテ  バグ  タイツおじさん』

ブラウザのスタート画面で、目的の言葉を入力する。

エンターキーを押して、結果を見る。


ダメだ。0件だ。

タイツおじさんの文字が、検索結果に一件も無いと言う意味で、上から線で消されている。

『サンデントーク ハックレア・ユリーテ バグ』までで出た検索結果の内容をざっと見るも、おおよそバグらしからぬ調べ不足、攻略不足と言った勘違いの軽めの内容しか載っていない。


SNSで検索してみても、結果はあまり変わらなかった。

父親の部屋にラップトップコンピュータを返してから、有津世はベッド代わりのロフトへと上って横になる。

後ろ手に腕を組んで、仰向けになり目をつぶる。

調査の結果はかんばしくなかったが、有津世は満足そうだ。


目を閉じながらもにっこりと微笑んだのが見て取れる。

「よし。」

解決しなかったのが如何にも嬉しそうに、小さく気合いを入れて上体を起こし、部屋の灯りのスイッチをオフにして、再度仰向けに目を閉じた。




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