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見上げる空に願いを込めるのは何故だろうか(仮)  作者: 晴海 真叶(はれうみ まかな)
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頼み事

 クリスタルの異次元空間で友喜と出会った事は、則陽にとって忘れられない出来事となった。


友喜との会話は、これまでの自分の世界に新たな認識と理解を与えてくれる内容で新鮮だった。

再度友喜とも会ってまた話したいと思ったし、友喜との会話に出てきた友喜の兄妹の有津世と、同じ話題を共有しているという彼等の友達にも会ってみたかった。


ところが友喜と会った日以来というもの、クリスタルは表示されはするけれども同じ現象は起こらず仕舞いになっている。

何度試すも、クリスタルは淡く光るだけだ。


つまりこれまでに則陽がクリスタルの異次元空間に飛ぶ事が出来たのは、たった一度きりだった。


クリスタルの異次元空間で友喜と出会った事は有津世にもメールで報告した。

有津世からの返信で友喜も則陽と会ったと言っていると教えて貰い、あの時の自分の体験は確かなものだったと胸に刻む。


クリスタルに期待した変化が起きなくても、則陽の毎日は続いた。

平日は毎日、勤め先のゲーム会社に通っていたし、副業である、世界を修正するプログラミング作業にも続けて関わっていた。





 夕暮れの繁華街、居酒屋の前に立っていた吉葉が則陽を見つけると職場の他のメンバーとの談笑から一歩出て声を掛けた。


「おーい、則陽、こっち!」

則陽は吉葉達に軽く頭を下げて挨拶を交わし、一同はぞろぞろと店内へと移動する。


則陽達の会社は年に二回程の、決起大会と言う名の、ただの飲み会を催す所だ。


割と開放的な則陽達の会社は、飲み会とあっても、特に何か取り仕切られる訳でも無く、好きな者達と和気あいあいでゆったりと過ごすのがそのスタイルだった。


 間接照明のオレンジ色が心地良い、和の雰囲気の溢れる座敷席が広がる居酒屋の空間では、さわさわと話し声が飛び交っている。


「でさあ、…、」

「あはははは…。」


お酒が入って上機嫌に話す人達の声だ。

則陽は久しく口にしていなかった酒をたしなみ、皆の話を静かに眺めていた。


「奈巣野くん。」

「梅ちゃん先輩。」

カクテルジュースの色鮮やかなグラスを手に持ち、則陽の隣に座って来た梅は、頬をアルコールで赤く染めていた。


梅の元居た席の周りからは、恨めしそうな視線が飛んでくるのと、ぼやきもいくつか聞こえた気がした。

それでも梅は構わず則陽へと視線を向ける。

周囲の声なんて意に介していない様だった。


「奈巣野くん、ひとつさ、お願いがあるんだけど…。」

「はい、何ですか?」

「今度さ、ご飯に連れて行ってくれないかな?」

「…。」


則陽は、梅の唐突なお願いに少し戸惑ったが、梅の背後に座る吉葉からの目配せを受け取って、その目配せに、はい、はい、と頷くと、


「奈巣野くん、良いの?やった!」

梅が盛大に勘違いをして喜んでしまった。


彼に後から言わせてみると、吉葉からの目配せは、

「お前さ、梅ちゃんの方から勇気を出して誘って来たんだぜ、答えてやれよ。」

の意味だったらしいが、則陽からしてみれば、全く違う意味で受け取っての吉葉に対しての首肯だった。


何故か梅は高揚してしまったし、吉葉は梅の顔を見て少し嬉しそうなのが、則陽本人からしてみれば小さな疑問になった訳で。

飲み会の席での出来事にはあまり気を払っていなかった則陽は、何を考えていたかというと、これまでに身の回りで起きた不可思議な出来事に関してだった。


今までノータッチだった世界にいつの間にかどっぷり両足を付けていたという事実に住んでいる世界についての自分のこれまでの認識が書き換えられている真っ最中で。


だからいつもにも増して飲み会に対する心残りは無かったし、梅との会話も飲み会の席の上だけでの話だろうと深くは考えなかった。


「すみません、俺ちょっとこの後あるんで…。」

一次会が終わった後、則陽はいつもの様に二次会には行かないつもりで言った。


「なんだあ、お前、たまには付き合えよ。」

と吉葉に言われたが、それに被せる様に梅が諸手もろて

挙げる。


「じゃあ私も帰りまーす。」

梅が則陽の側に寄って行き、帰りを宣言した。


そういう事なら、と吉葉は快く了承して引き続き2次会参加予定の他のメンバーと一緒になって則陽と梅に、じゃあな、と挨拶をして去って行った。


則陽は吉葉の反応がまたもや不可解だったし、梅は梅で、にこにこ上機嫌で則陽に話し掛けてきた。


「…。」

「奈巣野くんは、マメだし、真面目だね。」

梅は呆然とした表情の則陽にすかさず話しかける。


「今時珍しいよ。こんな時はパーッとはしゃいで、皆でワイワイ、明日なんて関係無いや~ってくらいに、行動しちゃうものなのに。」

「そうですかね、近年の若者は、飲み会を好まない者も多いって聞きますよ。」

則陽からの返答は冷静だ。


「そうかな、そっか。それでも奈巣野くんは、嫌がっている風でも無いけどな。」

「そうですね、楽しかったですよ。」

淡々と言葉を返した。


「梅ちゃん先輩は、終電を気にしてですか?」

2次会に行かなかった理由を則陽が尋ねる。


「ううん、奈巣野くんが帰るから!」

梅は思い切って言い放った。


「…。」


則陽にとって、浮いた経験が今まで数少ないもので、梅の言葉には対応を少々迷った。


「…あの、」

「ううん、えっと、気にしないで。奈巣野くんを独りで帰らせる訳にはいかないっていう、先輩としての思いやり…!」

変な空気になるのを避けるために慌てて梅が言う。


「あ、俺は大丈夫ですよ。今なら、ほら、吉葉先輩とかもまだ見えますし、良かったらあっちに…。」

「…違うのっ、私がそうしたいのっ!」

梅が全力で、則陽の提案を阻止した。


その姿に、則陽はぽかんとする。

梅の言った言葉に、やはり対応が遅れたからだ。


「えっと、それじゃあ、途中まで一緒に帰りますか…。」

「…うん。」


梅は自分の発言に今更ながら赤面して、下を向いていた。


ゆっくりと歩き、駅に辿り着くまでに交わした会話で乗る電車の路線と方向が一緒だと知る。


 駅に着いて、ホームに進んだ二人の元に電車は割と直ぐに来たのだけれど、梅がもうちょっとだけ喋りたいと言ったので、促されるまま、ベンチに座った。


「奈巣野くんは、もう、入社して何年経つっけ?」

「う~ん、何年になりますかね…。4、5年、ですかね…。」

「私はそれよりも確実に長いから、結構経っちゃうな…。この会社、良い人ばかりだよね。」

「そうですね、お陰様で、色々助けて頂いています。」


「それでね、私、そろそろパートナーが欲しいって思っていて…。あ、仕事でじゃ無くて、プライベートでの。」

「…。」

「私さ、奈巣野くんの事、奈巣野くんが入社した時から、良いなって思ってたんだよね。」

「俺、ですか?」

「うん。礼儀正しいし、真面目だし…。それに、…何より…好みかな。」


最後の方、梅はぼそぼそと言った。


「ああ、俺てっきり…あ、いや、何でも無いです。」

その場で言うには、失礼かも知れないと思ったのだろう。言おうとした事を、則陽は慌てて取り消した。


「うん、奈巣野くんにその気が無い事は分かってるよ。だけど、もし、良かったら…少し、考えてみてくれないかな…その…、私との事。」

則陽は、はあ、とだけ言い、梅は則陽を見て、気付かれない様に小さなため息をついた。


「ごめんね、勝手なのは分かっているけど、奈巣野くん、全然気付いてくれないから、自分から言っちゃったよ!」

バツが悪そうに笑う梅の姿は少し寂しそうに見えて、別の記憶を則陽に思い起こさせた。


『則ちゃんが気付いてくれないから、則ちゃんが…。』


すすり泣く声で則陽に訴えかけてくるそれは、則陽の胸の片隅にある記憶だった。


則陽は、すうっとひと息、息を吸い込む。


断ろうとした空気を察してか、則陽の口が開きそうになった瞬間、畳みかける様に梅が懇願した。


「一回!一回だけ!!私と食事をしてくれない?」


梅の真剣な表情に、則陽は一瞬考え込んだ。


「じゃあ、一回だけ、ですね。分かりました。」


梅は、うん、とだけ答えて、じゃあ、私この次の電車乗るから、先乗って!と、則陽に乗車を促すと、自分はホームに突っ立ったまま、則陽に手を振った。


則陽の乗った電車が行ってしまうと、梅はキュッと唇を結び、報われないであろう自分の想いを噛みしめた。




 後日、約束通り、食事のひと時を梅と則陽が一緒に過ごした。


ちょっと早い時間からの夕飯で、入りやすい値段設定のカフェ兼レストランで、ひと時を一緒に過ごした。


梅は則陽の仕事内容についての質問や、普段どういう事をするのが好きなのか、とか、話題をあれこれ持ち出した。

梅にとっては、もうここでしか聞けないから、と、思い切って聞いた内容ばかりだったけれど、いずれにしても控え目で、そこは梅の良さが引き立っていた。


則陽は梅からの質問への答えで、コンピュータのここがすごい、とか、コンピュータを称賛する発言ばかりを返した。


「奈巣野くんは、本当に良い子。…あ、ごめんね、こんな上からみたいな言い方…そうじゃなくて…。奈巣野くんって、本当に純粋なんだな…って。」


「純粋?そうですかね…。」

則陽は分からない、とばかりに頬を掻く。


「うん、純粋だよ。罪なくらいに。だから魅力的だし、いつの間にか好きになってる女性は多いと思うよ。」


梅は則陽の事を随分と過大評価をしていると則陽は思ったけれど、なるほど、自分が何かに没頭していて他が見えない事で、知らず知らずの内に人を傷つけてもいるのかも知れないという事に初めて気付いた。


駅のホームで梅と話した時にフラッシュバックした記憶の断片が今ここでも湧き上がってきて、記憶を刻んだ当時では到底気が付かなかったのを、この場になって気付かせて貰った。


「…梅ちゃん先輩…、今までごめんなさい。俺、全然気が付かないで…。」

後悔はしたくないから、今後はしっかりと言っていこうと思った。

でも言葉は、梅にというよりは自戒を込めて多分に当時の自分宛てで。


当時気付く事が出来たなら、この言葉を相手に届ける事が出来たならば、どんなに良かっただろうか。


「ううん、良いの。私、奈巣野くんが、仕事に、向かう物事に、一生懸命なのに惹かれたから。」

ちょっとずれている則陽の発言にも梅は尚も明るい笑顔で答える。

梅の朗らかさに助けられ、則陽は今まで気付かなかった相手の気持ちの機微への配慮の無さを悔やみ、ふっと下を向いた。


「奈巣野くん、奈巣野くんにも、何か、思い出があるの…?」

則陽に気の無い事を知らされてからの食事なのにも拘らず、逆に梅がいたわるかの様な優しい問いかけを則陽にした。


「いや、俺は…、はい、前に、ちょっとあって…。」

「そっか、奈巣野くんにもそういう思い出があるんだね…。その彼女さんが羨ましいな。奈巣野くん、今も好きだ、って顔してる。」

則陽は不意を突かれた様に梅の方を向く。


「分かるよ!これでも奈巣野くんの事、見てたしさ。悔しいけれど…。」

寂しそうに、けれどもスッキリした表情で梅は続ける。


「でもさ、そんなに想ってるんならさ、何か、行動してみたら?て、私が言う事じゃあ無いか!」


則陽が梅を振っているのに、彼女の言葉で則陽の中にあった想いが救われて。

立場が何だかあべこべになったけれど、そんな感じで夕飯の時は過ぎて行った。


夕飯を終えた二人は駅までの道を淡々と歩く。


「こんな機会も作らせて貰って良かったよ。本当にありがとう。明日からもよろしくね。」

「いや…こちらこそ、…あの、ごめんなさい、本当に。あ、そしてありがとうございます。」

さばさばと礼を言う梅に、則陽は丁寧にお辞儀をして謝罪とお礼で返した。




 この所、気に入っている総菜屋さんで、今回も惣菜だけを購入した。


仕事終わりの梨乃は、惣菜の入ったビニール袋と通勤鞄を手に、自室マンションのある繁華街を歩いている所だった。


丁度、夜になった今の時間帯、居酒屋等の飲食店へと足を運ぶであろうサラリーマンの姿も多く、なかなかに賑わっている。雑踏の中、梨乃は一人、歩行者道路の脇を歩いていた。


何気無しに見た向かい側の歩行者道路の一角に、見覚えのある人物が見えて、梨乃は我が目を疑う。


他の人の往来と重なって、時折垣間見える彼の姿は、梨乃にとって懐かしすぎる存在で。


はたと止まって、様子を見守った。

梨乃の後ろを歩いていた人が梨乃を避けて通り越して行く。


梨乃は尚も立ち尽くしていて。

自分の知らない誰かと共に歩いて行く彼の姿を、呆然と目で追い、後ろ姿を見送った。



自室に帰り着き、炊かれたご飯を早速食べるも、美味しいご飯のはずなのに、あまり食欲が湧いてこない。


帰り道の途中で見かけてしまった光景に胸の奥がざわついては、何度も首を振り、自分の頬をぺしぺしと叩く。

それでも胸の奥のざわつきは収まらなくて。


もう関係無い、もう関係無いんだから…。と呪文の様に呟き唱え、何とか、よそった分だけのご飯は食べた。


だけれど、惣菜の方は半分以上残っていて、買ってきた時に着いていた輪ゴムで容器の蓋を閉じて冷蔵庫に閉まった。


ただただ、ぼうっとして感情をやり過ごそうとするも虚しい努力で、次の瞬間、梨乃は座卓に突っ伏して、声にならない嗚咽を漏らした。




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