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見上げる空に願いを込めるのは何故だろうか(仮)  作者: 晴海 真叶(はれうみ まかな)
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雫の形

 なつに日々想いを打ち明けるのと、Rinoに言える範囲で想いを文章化する事で、友喜の気持ちは少しずつ軌道を取り戻していった。


兄の有津世の顔を見ると、やっぱり胸が締め付けられるけれど、それでも、その想いをなつとRinoに後で聞いてもらおうと思ったら、気持ちが少しは楽になった。


いつものカフェで、お気に入りのテラス席で、なつと二人座っている時に友喜は改めてなつに伝えた。


「なっちん、ありがとう。」


「え、なあに?友喜ったら!」

なんて言って照れて笑うものだから、余計になつを愛らしく思った。


「あ、そうそう、明日、メールでやり取りしている、そのRinoさんにね、ここのカフェで会うの。」

「ああ、明日なんだ!てか、大丈夫?実は男だったりとかしないの?」

「多分大丈夫だよ。Rinoさん、文面が本当に女の人みたいだったよ。それにね、ブログの記事が、女の人特有のドロドロだから、多分、大丈夫!」

「ふふ、そうか!ドロドロかあ!!」

いかにもウケる!と言った風に、なつはケラケラと笑った。

友喜も、一緒になって笑った。




 今日は土曜日で学校は休みだ。

お昼に差し掛かる時間帯に、友喜はRinoと待ち合わせをしていた。

カフェを背にして目の前の道路の少なくない人波を観察している友喜の元へ、ひとりの女性が遠慮がちに近寄って来た。


「ええと、…Yukiさん?」

「Rinoさん、ですか?」

初めまして!と声を掛け合うと、文面にあった、お互いの陰湿な(笑)、印象とはかなり隔たりのある、好印象をお互いに見て取った。


「へええ、そっか、「友喜ちゃん」って字、書くんだね。私は「梨乃」。あ、名刺持ってるの。上げるね。」

可愛く縁どられたデザインに、”野崎のざき 梨乃りの”と書かれている。

友喜は、いつものテラス席に梨乃を誘い、空いているテーブルの席へと座った。


「梨乃さんがこんなに素敵な女性だったなんて…びっくりです!」

「それはこっちの台詞だよ!友喜ちゃん、なんて可愛いの!?」

お互いの失恋話をするには勿体無いね、と梨乃は友喜に言いながらも、自分の今までのブログを書くに至った経緯を聞いて貰った。


「まださ、若かったんだよね…てか今も自分若いよ?…てか、」

「ふふ…。」

「でもね、他の人が本当に見えなくてね…。」

「うん、うん、分かります。」

境遇こそ違うが、胸に秘める二人の想いは似通っていて、お互いの傷を舐め合う様な会話に最終的にはなった。


「梨乃さんが、今も独りだなんて、信じられない!」

「ありがとう、でもさあ、磨くって事を忘れていたよ…。」

正確には、彼の居ない今の自分の世界で磨くとかの意義が見出せなかったというのが梨乃の本心で。

居たたまれない気持ちが、再び二人の中でもやもやと湧き立つ。


「そんな、よっぽどその、前の彼氏さんが好きだったんですね…。」

「…今も…だよ…、」

二人、テラス席から見える人波を、何気無しに見送る。


「何でだろうね…、でもね、今日は話せて良かったよ…。」


梨乃の想いが自分の想いと重なる。


瞬間、友喜からより一層濃い花の香りが漂い、梨乃は友喜に嬉しそうに話す。


「ん~?何だろう?良い香りだね~!」

友喜から発している香りだと気付かなかった梨乃は、香しい香りを受けて、清々しい笑顔になった。

屈託の無い梨乃の笑顔に、友喜は心から癒されて…、

またきっと会おうね!と言い合って、二人はその場を後にした。



梨乃とのお茶会がお開きになった後、友喜はゆっくりと、いつもの林の道を家に向かって歩いていた。

梨乃と喋った話の内容は、多くが泣き言ではあったけれど、なつとの今までのやり取りとか、梨乃との今日に至るまでのやり取りも相まって、気分は何だかすっきりと晴れていた。


「友喜!」


後ろから聞き慣れた声が聞こえる。

振り返ると兄の有津世が、友喜に追いつこうと少し足早に歩いてきた。


「お兄ちゃん!」


気分が晴れていても、有津世の顔を見れるのは、素直に嬉しい。ときめいてもいる。

でも、今までのいじけた気持ちよりも、愛しているっていう気持ちの方が勝ったみたいで…。


「お帰り~!お兄ちゃんも、今帰り?」

飛び切りの笑顔で、有津世に答えた。

有津世は友喜の笑顔を見て、一瞬、真剣な顔になったが、


「うん、行こう!」

直ぐに柔らかい笑顔になり、横並びになって歩き出し、友喜の頭をポンポン撫でた。








 都内のオフィス。

4階の入り口近くには、無機質になりがちなオフィスに彩りを添える立派な観葉植物が飾ってあり、その鉢植えの植え込み部分には『ノーリ』と名前らしきものが小さな木札に書いて差し立てられている。


いつからあるのか、観葉植物の『ノーリ』は、則陽の入社時には既にこの定位置に配置されていた。

ここの社員は自分の作業に飽きてくると、


「ノーリ触ってくるわ。」

と言って、この観葉植物の前まで足を運び、しかもそこに椅子まで設置し、目を休めるためだから、と、いつまでもいつまでもウダウダする癖があった。


「あ~、マジ癒されるわ~。」

特に時間が長かったのが、則陽の先輩の吉葉で、必要な時には則陽が呼び戻さないと、いつまで経ってもデスクに戻って来ないのだ。


「ちょっと、吉葉先輩!いい加減戻ってきて下さいよ~!」

「ん?ああ?ほら、則陽、良いぞ!こういう生き物はなあ、俺らの認識していない所で、他の多くの生き物と交信し合ってるらしいぞ~。」

「それはもう何度も聞きましたって!それはそうと吉葉先輩…。」

「ん?」


話を振ろうとするのを途中で止めて、則陽はふと思案した。


「認識していない所で、他の生き物と交信し合ってるんですか?」

「お前今、何度も聞いたって言ったじゃねえか!」

「いや、その言葉、今までさらりと受け流していました。」

「は?で、今どうなんだよ。」


則陽は、頭の中で吉葉の言葉を反芻はんすうする。


「うん…そうか…え、じゃあ木って超能力者なんですか?」

「知らねえよ!でもま、あながち間違えでもねえんじゃね?」

「ほほう…。」

珍しく関心のある様子で、則陽が何かを思う。


「なあにお前、お前でもこういう話、興味あんの?」

「以前はノータッチの分野でしたが、最近は興味出てきました。」


何てったって、予期していない形で自分が現実世界への修正プログラミングに関わっている可能性を知り、ゲームソフトには組み込んでいないはずのアイテムが出現してそこから自分が異次元空間に飛ぶという、文字通りぶっ飛んだ体験をしたのだから。


「へえ~お前、見込みあんじゃん。」

「何の見込みですか?」

「俺と楽しく会話をする、見込みだよ。俺はさ、ガチッガチの現実主義者はどうも苦手なんだよ。物質現象しか認めねー的な?一般的に認められた説しか認めねー的な?

そういう奴とは広がった話は出来ねえ。いや、したくねえって言った方が本音かな。」


「吉葉先輩って意外とロマンチストですね…。」

「そうか!それは俺にとって誉め言葉だぞ!」

ガハハハと笑う吉葉に則陽が視線を横に流して肩をすくめる。


「まあ、分かりましたから…とにかく、そろそろ戻りましょ?ね?」

則陽に促され、パイプ椅子を敢え無く畳まされて、吉葉は仕方無く戻っていく。


「ノーリ、またな!」

「ノーリ、また。」

オフィスに入る二人を尻目に、観葉植物のノーリは、僅かに振動した様に見えた。




 自宅アパートへと帰宅した則陽は、自身のデスクトップコンピュータの電源を入れる。

鞄を置き、上着を脱ぎながらモニター画面に目をやった時に、てくてくと既視感のあるものが画面の中を歩いているのを目撃した。


それは一瞬で、以前も見かけた違和感だったが、今日の則陽にはその姿がどういう訳かスローモーションで捉えられ、はっきりそれと分かった。


「あ!」

則陽の発した大声にその姿は一瞬止まったが、こちらを見ないまま、また歩き出した。


「ツピエルじゃないわ、ツピエル、ツピエル…。」


「自分で名前、言ってるでしょ!ツピエル!ねえ、ちょっとちょっと、待ってよ!」

「なあによ、アンタ、しつこいわね!アタシは、しつこいのは嫌いなんだからねっ!」

「何やってるの?」

「ふんっ、アンタには関係無いわよっ!お茶菓子と、今日はハーブティー…♪」

「…。」


小人のツピエルが、コンピュータのモニター画面にも出てくるとは驚きだった。


有津世から聞いたのは、あくまでもゲームの映像が映し出されるテレビ画面に出現したとの話だったし、ゲーム映像の中でだけ出てくる存在なのかと思っていたから。


ツピエルの言った言葉と動きを追って見るに、どうやら今はお茶の準備をしているみたいだ。


「前にさ、友喜ちゃんから教えて貰ったんだけど、ツピエルは家でティータイムをしてたって。」

「それがどうしたって言うのよ。」

「それが何でここで準備してるの?」

「ここはアタシん家の台所だからよ!」

「えっ、ていうか、ツピエルの他は、何にも見えない…。」

「ああ、これから生成するからね。」


「生成って、何を?」

「お茶と、お茶菓子よ。」


それだけ言って、ツピエルは、何やらキーボードを何処かから取り出し、カタカタと何かを打ち込んでいった。

すると、則陽のコンピュータのモニター画面の端に辛うじて文字と判別出来る位の、ゴマ粒みたいな文字が一挙に出た。


「ほら、まずはお茶菓子の出来上がり。今回は、黒糖羊羹よ!」

ものっすごく嬉しそうに、黒光りしている羊羹を見せびらかす。


「お次は、今日のおすすめハーブティー♪」

またもや何処からかキーボードを出し、カタカタと何かを打ち込むと、ツピエルが言うに今度はブレンドハーブティーなるものがティーカップに入ってツピエルの手元に現れた。


「ふんふんふん♪」

「え、それは…さ、」

ハーブティーを飲みながら、じとっと上目遣いで言葉を発した則陽を睨む。


「君が生成したからあるの?その、クリスタルみたいに?」


ツピエルは尚も則陽を睨みながら口を開く。


「当たり前じゃない!全部自分で作るのよ!生活のお品、ぜーんぶ!まあ、それは、アタシの楽しみだから、良いんだけどね…。」

「じゃあさ、ゲームみたいのも作れるの?」

「ゲームっ、だけはっ、ゲームっ、だけはっ、作れないのようっ。」

地団駄を踏んで悔しそうに、ツピエルは言う。


「なんで…?クリスタルのもゲームって言うんじゃあ…。」

「あれは違うわ。クリスタルは預かり物だし、アタシは橋渡しをしただけ。それにあれはゲームじゃない。…とにかく、ゲームっ、ゲームはっ、作れないのよっ!」


いつの間にかテーブルが画面に出ていて黒糖羊羹とハーブティーもその上に置いてあるのに則陽が気付いたのも束の間、ツピエルが地団駄を踏むものだから、画面の中のテーブルが大きく揺れ、せっかくのハーブティーはカップからこぼれそうになるし、羊羹もぷるぷる震えて皿から危うくずれ落ちそうになった。


則陽はツピエルを見て自分の考えた事を口に出してみる。


「…どういうゲームが好きなの?」

「そうねえ、ワンちゃんがあっち行ったりこっち行ったり、ネコちゃんがのんびりニャーって鳴いてたり…ほのぼのゲームよ。」


「それ、俺が作ったら、君が受け取れるの?」

「そうね、アタシへのプレゼントってしてくれたら、受け取れるわ。変換は勝手にするわ。ねえ、まさか、もしかして…っ。」

ツピエルが、目を輝かせ始めた。


「じゃあさ、ちょっとお願いがあるんだけど…。」

則陽の言葉にツピエルの片方の眉尻がぴくりと上がる。


「怪しい…。」

「怪しくないよ、聞くだけ聞いてよ…。」

ツピエルは、眉尻を上げながらも、則陽の話す内容に耳をそばだてる。




「…ふーん、そんな事なら分かったわ。見ててちょうだい。あ、それと、ゲームは、か・な・ら・ず!よ!良いわね!」

「うん、それじゃあ…。」

話が終わった所でツピエルが画面から消えるのかと思ったが、いつの間にかテーブルとお揃いの椅子まで出してきて画面の中でくつろいでいる。


「あ、じゃあ俺、夕飯食べてくるんで…。」

「勝手にやってちょうだい。」

ハーブティーのカップを、何処ぞやの貴族よろしくといった仕草で持ち上げて飲みつつ、上目遣いで則陽に答える。

地団駄を踏んでいた先程とは打って変わったツピエルの調子に、則陽は頭をポリポリ掻きながら、デスクの前から退散してダイニングに向かい、夕飯の準備に取り掛かり始めた。








 夕暮れの林の中を兄の有津世と共に歩く。

友喜は幸せを噛みしめていた。

こうして一緒に居るだけで、何も物理的に手を繋いだりとかは無かったけど、ほんのり温かさを感じられて。


「なあ友喜。雨見は、毎日お前の事を待ってるぞ。またさ、一緒に作戦会議しようよ。」

「うん、そうだね、…。」

前を向いていた友喜が頷くのに合わせて有津世の方を見ると、有津世は友喜の顔をさっきから見ていた様で。


「ん?どうした?」

優しく尋ねてきてくれた。


「…ううん、何でも無い。…うん、また参加するね。」

ひと息置いての返事を思わず俯いて返した友喜を見て、有津世は友喜の背中をそっとさすって支えてくれる。


「大丈夫か?」

本調子に見えない友喜を放っては置けないんだろう、有津世は友喜に気遣わし気に聞いてくる。

友喜は思った。


これだけで、充分だ…。




家に帰り着き、鞄を自分の部屋に置きに行くので友喜が階段を上がり始める。

1階の廊下に佇み友喜を目で追っていた有津世が後ろから声を掛けた。


「友喜。」


友喜は階段途中で足を止め、有津世の方を振り返る。

有津世はにこりと微笑を見せてから友喜を見据えると口を開いた。


「友喜、お前は俺にとって、最高の妹なんだぞ。最高に大切で、最高に自慢したい妹なんだからね。友喜が悲しむ姿を見せるのなら、それを払拭ふっしょくしてやりたいって思うし、出来るのなら力になりたいって思ってる。友喜が、笑顔で居られる様にね。だからさ、いつでも何でも、必要な時には相談に乗るから。」


友喜に言い聞かせる様な強めの語気の中に、有津世の愛情が詰まっていた。

ほんの一瞬だけ瞳を潤ませた友喜は、ひと呼吸置くと凛とした表情を見せた。


「うん、私もお兄ちゃんが最高のお兄ちゃんだと思ってるよ。もう…大丈夫だから…。…いつもありがとう!」

有津世に向けた友喜のほんの僅かな微笑は、それだけで花が開いたみたいに周りを明るく照らした様に見えた。

微笑み返した有津世は静かに安堵の息をついて、再び階段を上がって行く友喜の後ろ姿を見送った。





 友喜と別れた後で、梨乃は街の商業施設へと足を運んだ。


可愛い生活用品すら目にするのが嫌で、売り場そのものに近づく事さえ今まで避けてきた。

お洒落でポップな生活用品売り場に足が向かい楽しそうに眺めている自分に密かに驚いて。

それでも同じ日の内に何度か売り場を行き来して、一番気になった小さめの炊飯器を梨乃は購入した。


炊飯器の段ボール箱は思ったよりも大きくて、両手で箱を持っている自分の姿が道端の店のショーウインドーに反射して映ったのを見ると、何だか面白可笑しく感じた。


街はもう夕暮れに差し掛かっていたけれど、梨乃の心には、今これから日の出が出るかの様に光が煌々と灯り始めていて。


魔法をかけたかの様に…彼女の表情は晴れやかだった。







 不思議な夢を見た。


藍色の空間で、数々の小さな光が瞬いている。

その中に、透明で綺麗な雫の形をした石が、混じって浮かんでいた。

空間に浮かぶ小さな光を受けて、石の表面がきらきらと瞬く。


透き通って中が空洞の丸いガラスみたいな球体が現れたかと思ったら、雫の形の石はその中に取り込まれて消えた。


球体が内側から眩く輝き出す。

直後、それは見た事のあるものへと変わった。


ぽわぽわだ。

有津世の部屋で見た事がある。


ぽわぽわは、この瞬間に命を吹き込まれたかの様に、ふわりふわりと浮かんで活動し始めた。


誰かがお礼を言っている。

よく聞こえないけれど。

それでも、お礼なんだと分かった。

声はよく聞こえなくとも、心の叫びの様に思えて。


お礼なのに、悲しみが溢れていて。

お礼なのに、慈しみが溢れていた。

お礼なのに、願いが溢れ出て…。


お礼なのに、それらが全部、叫ばれている様で…。




 日の出前の、藍色を残す空。


ベッド代わりのロフトの上で、友喜は天窓の向こうにある空を見上げながらぼうっとしていた。

有津世と雨見に比べたら、今まで全然ページが進んでいない、自分用の豪奢な装飾のノートへの書き込み。


書き込んで、おこうかな…。


目を覚ます前に確かに見た、夢の内容を思い返して友喜は思った。



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