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見上げる空に願いを込めるのは何故だろうか(仮)  作者: 晴海 真叶(はれうみ まかな)
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気持ちに花を

 「そうなんだよ。」

「え、それってすごくない?!」

「どうやって知るんだろう…。」

「障子に目ありとかじゃない?こわっ!」


ツピエルが有津世達のクリスタルの画面からいつの間にか家ごと消えて、ゲーム会社の人からのお願いを届けようにも届けられなかったのが、勝手にその人の所に出現して、クリスタルを置いて行った。

その話題は、登校中の有津世達三人を朝から盛り上げた。


林の木陰から降る日の光はきらきらと輝き、楽し気な雰囲気を演出していた。





 一方、則陽はというと、コーヒーメーカーからの音がコポコポと心地良く聞こえてくる、いつもの朝を迎えていた。

ただ、心持ちは幾分か違う。

則陽は自然と口角が上がり穏やかな表情で、抽出し終えたコーヒーメーカーのポットからステンレスマグにコーヒーを注いだ。


昨夜、自分の住まうこの部屋の小さなテレビ画面のゲーム映像の中で、問い合わせの彼も言っていた、小人の出現を目の当たりにした則陽は、自分には覚えの無い、改変されたゲームの起動画面にしばらく目を奪われた。


その後、気を取り直して風呂に入り終えた所で、自分の作業部屋のデスクトップコンピュータで問い合わせ主の彼にお礼メールを送ったり所々の作業を済ませた。


いつもだったらこのままコンピュータの前に座り込み続けるのに、居ても立っても居られない則陽は小さなテレビに映りこんだままの状態になっているクリスタルのゲーム画面の前へと浮足立つ気持ちで舞い戻った。


副業オフィスでの作業の根幹がちらりと見えてきたのと同じくらいわくわくしている。

早とちりの感情かも知れないが、それでもこの感慨を味わえている、それだけでも貴重な経験だ。


固唾を飲みながらコントローラーを握り、問い合わせ主の彼の言っていた手順でクリスタルにカーソルを合わせてAボタンを押してみたら、直後に画面が砂嵐になったので、一瞬びくんと体が跳ねる程くらいには驚いた。


慌てて再起動を試みたが、再度立ち上がった画面は何の変哲も無い元のゲームのスタート画面に戻ってしまっていた。

…まあ、こんなものか、と肩の力が抜けて、独りでに笑っていた。


独りの時間に笑顔が思わず浮かんだのは、どれぐらい振りだろう。

束の間のロマンだったな。

面白かったなあ。

朝食のパンとコーヒーを口にしながら、則陽の口角はまた上がった。



 「おはようございます。」

「うーっす。」

「おはよ、あ、なんか朝から良い事あったの?奈巣野くん。」

出社して会社に着いた則陽は、自分よりも早く着いていた先輩社員二人に朝の挨拶をした所、にこにこしながら梅ちゃん先輩が話しかけてきた。


「いや、…特に何にも…。」

と答えたが、胸の内の秘めたる想いが、憑き物が取れたかの様に則陽の表情を晴れやかにさせていた。

則陽本人は気付いていない様だが。


会釈して通り過ぎる則陽の背中を、なるべく顔に出ない様にと控え目に目で追いながら、彼女は誰にも聞こえないくらいに小さなため息を吐き、自分の持ち場へと戻った。


端から二人の様子を見ていた吉葉が、


「なんだかな~。」

と呟き、座っていた入り口入って直ぐのミーティングテーブルの席から梅に遅ればせながら立ち上がり、則陽と背中合わせになっている自分の席に移動した。


余計なお節介かも知れないが…。

まあ、でも、こう何度も梅のあの表情を見ちまったらな。


吉葉は則陽の席に近づき、そっと声を掛けた。


「なあ、則陽、今度梅ちゃんを食事に誘えよ、きっと喜ぶぞ。」

軽い感じで持ち掛けるも、


「なんでですか、吉葉先輩が誘えば良いじゃあないですか!」

と、まあ、お決まりの文句が軽い赤面と共に返ってきた。


「二人っとも奥手というか、何というか…、」

吉葉がぶつぶつ言うのを則陽は聞いていない。

それどころか、今朝は仕事への取り掛かり始めが、やけにスピーディーだ。


「何?則陽、お前本当に何かあったの?」

「はい?何の話ですか?」

則陽は至って平常運転の答えだ。


「…気のせいか…。いやな、お前にいつの間にか彼女が出来てたら、梅ちゃんが悲しむからだなあ…。」

則陽に言い聞かせようとするも、


「ですから、何の話ですか!」

こちらの思惑は全く通じていない。


「…何でもねえよ。…駄目だこりゃ!」

やーめた!とでも言いたげに、おどけた表情で肩をすくめ、吉葉は自分の席に戻った。


則陽は吉葉の挙動を気にする事も無く、画面に集中したままだ。

ゲームのアップデートの為の通常の作業だったが、則陽はいつもに増して張り切っている様に見えた。








 ランドセルを背負った友喜はいつもの林の道を家に向かって歩いていた。

朝もそうだったが、昼間の時間帯もこの辺りは空気がさらっとしていて肌に気持ちが良い。


お兄ちゃん達は今日、下校時間が遅い予定だ。

それまで何をしていようかな。


寄り道する事も無く真っ直ぐ家に帰り着いた友喜は、壁に掛けてある時計で時間を確認した。

ランドセルを所定の位置に置いて、ドサッと音を立ててリビングのソファに座った友喜は、その拍子でか勝手にテレビの電源が付いてゲームが起動されている事に気が付いた。


お馴染みのクリスタルの画面だ。

ツピエルの家は無くなったままだ。

これなら友喜にだって怖くは無い。


試しにクリスタルにカーソルを合わせて、Aボタンを押してみた。

この前は何も起こらなかったし、今日はどうだろうか。

直後、クリスタルが光り始めて、リビングの空間まるごと、友喜は白い光に包まれた。



気付くとそこは、何処かの空間で。

少なくとも、自宅のリビングでは無い事は明らかだった。

友喜は四角い空間を見回してキョロキョロする。


何処だか分からないけれど、今回は来れたんだ。

何処だろう、ここ…。

雨見ちゃんと一緒に来た場所とは少し様子が違っているけれど、何も無い箱みたいな空間という点では同じだ。

しいて言えば、四方を囲む、壁の色が違う。あ、それと、天井と床も。六方、か。

あ、それで、色はというと、今回の空間は柔らか味のある黄緑色だった。

それは、ともかく。


「…。」


どうせ暇だし、座っていよう。

何も無い空間に腰掛けた途端、人の気配に気付いた。


近くに誰かが居る。


友喜は気配を確かめようと上体をバっと振り返らせた。


「えっ…。」

友喜の素早い動きにビビったかの様な声を思わず漏らしてしまったのは、友喜の直ぐ近くに突っ立った若い男だった。

男は小学生の友喜から見ても、とても戸惑って動揺しているのが伺えた。


「あっ、えっと、こんにちは…でいいんだよな…。あの、…ここは………。」

「はい?」


「あ、すみません。…あの、ここは…何処なんでしょう…?」

「知らないよ。お兄さん、とにかく座んなよ。」

既に楽な姿勢で腰掛けていた友喜がぺしぺしと床を叩き、男にも座れと半ば強引に促した。


「えっ、…ああ、はい…。」

言われた通りに友喜から少しだけ離れて男は座り、物言いたげに、ちらちらと友喜の方を見てくる。


「えっと…、ここは…。」

「だから私も知らないって言ってるでしょう。お兄さんは何処から来たの?」

「ええ、はい…家からです…。」

「そりゃあ私も家からだよ。そういう意味じゃあなくって。」

「えっ、ああ、はい、…ゲームのクリスタルを押したら…。」


「お兄さんもクリスタルのAボタンで来たの?友喜と同じ!!」

「ええっ?…じゃあ、これがそういう事なのか…。」

もごもご言って、男の声は尻すぼみで最後何を言っているのか分からない。


「男の人に名前を言うのは、本位じゃないけどさ、教えてあげるよ、お兄さん困ってそうだから。私は柚木友喜。お兄さんは?」

「え、あ…俺は…奈巣野 則陽…。あ、何だかごめんね…、気を遣わせちゃって…。ん、でも待てよ…。柚木?」

男は口に手を当て眉をひそめて自問する様に首を傾げた。


「奈巣野さんって…、もしかして、お兄ちゃんにメールくれたゲーム会社のお兄さん?柚木有津世は、私のお兄ちゃんだよ!」


「…あ、やっぱり…!え、じゃあ…。やっぱり本当だったのか…!」

「今更?!遅くない?既に体験してるじゃん!」


「え、…ああ、そうだよね、ごめん。てんで、こういう体験した事が無かったものだから…。あ、それで、メールをくれたのが君のお兄ちゃんなんだよね…。」

「友喜だよ!」

「ああ、そうだった、友喜ちゃん。…これは、もう何回も起きている出来事なの?」


「ん~3回くらいかな?失敗して何も起こらなかった事もあるよ!」

「あっ、俺も最初のが…ああ、こっちの話…。」

あんまりにもおどおどと話すものだから、友喜はだんだんと声が大きくなっていく。


「奈巣野さんは、なんでこの世界に入って体験してみたいと思ったの?」

「…うん…、なんだろう…、ちょっと、気になったから、かな…。」

「それだけ?!」

「?うん、そうだね…。」

その態度に、友喜はとうとう呆れて、


「あのね、私達、ああ、私とお兄ちゃんと雨見ちゃんの事だけど、私達はね、とある世界を助けたくて、一大決心をして、この場所に飛び込んできているの!それを、何となく…、とか、冗談じゃあないよ!」

と、ここまで言ってから、


「あ、ごめんなさい、言い過ぎた。何だろ私、こんなに怒るつもり無かったのにな。本当にごめんなさい!」

「…ははは、大丈夫…。…俺が、はっきりしないものだから…。」

「なんだ、分かってるじゃないか。」

友喜も不意に本音が出て、則陽は、それにも、ははは、と、力無く笑う。


お互いの状況が分かって、二人とも落ち着いてきた。


則陽は、本当に不可思議な事が起きているのなら、と、自身で体験して確証を得たいという想いを抱いたのだと友喜に伝える事が出来たし、友喜は友喜で雨見から聞いた、あちらの世界で発生した問題の解決を軸に自分達三人は動いていて、今こうした不思議な体験を通じてヒントが無いかと探っている最中なんだと則陽に教えて聞かせる事が出来た。


「そうか…。友喜ちゃん達は、偉いね…。」

「んん?そうかな?」

「うん、少なくとも、俺は…そう思うよ…。口外しちゃいけないんだけど、こんな異空間だから、良いよね…。実は、俺、世界の綻びを直すプログラミングを、もう一つの仕事でやっているみたいなんだ。だから思うよ、友喜ちゃんの話は本当なんだろうなって。」


「勿論、嘘なんかついて無いよ!え、…奈巣野さん今何て言ってた?世界の綻びを、直す?って、どういう事?」

「うん、世界を正常化に近づける為の作業を、どうやら、しているみたいなんだよ。実はそれ自体が作業をする俺みたいな人にはもとより知らされていないけれど、自分で調査してみた結果、その可能性は高いと見ているんだ。」

「う~ん…。ねえ、奈巣野さん、それって、友喜達が探している、答えと違う?」

「そうだなあ…目的が似ていると言えば似ているし…、違うと言えば違うかなあ…。」

「どういう事?」


「多分ね…、俺の調査した今の時点での可能性だけど…つまり自分の考えだけど…、俺がもう一つの仕事で請け負っている、その綻びを直すプログラミングは、おそらく結構前から続いているものらしいんだ…。」

「ふん?」


「う~ん…とね、友喜ちゃんは陰と陽っていう考え方を知っているかな?」

「陰と陽…、あ、アニメで何か見た!陰陽師おんみょうじ~!陰と陽をつかさどる~!って決め台詞ぜりふ!うん、分かる、知ってる!」

「そっか、…良かった。…その、陰と陽っていうのは、この世界のバランスでね…。絶妙なバランス加減で保たれているんだけど、それが時々バランスが悪くなるらしいんだ…。」


「ん~…ん?」

友喜が分かる様な分からない様な顔をする。


則陽は、友喜の顔を見ながら、よくよく考えながら言葉を選ぶ。


「天秤みたいなものでさ…シーソーって言った方が分かりやすいかな…。とにかく、どちらかが重くなり過ぎると、バランスが崩れるのは、分かるかな…」

「…うん、うん、それなら分かる!」

「その、どちらか一方が、重くなり過ぎるのを防ぐために、その原因を察知して、直すっていう作業を、しているみたいなんだ…。主に、良くする方に直しているみたいだけど…。」


「そこまで聞いて思うけど…奈巣野さん、やっぱり友喜達の探している答えと近いんじゃないの?」

「…う~ん…、それは、どうかな…。友喜ちゃんから聞いた話だと、あちらの世界では突然の天変地異が起きたんでしょ?…俺がその、請け負っているもう一つの仕事、もう、一年以上にはなるかな…、そこでは、そこまでの大掛かりな変化みたいなものは今の所確認していないんだ…。」


「あー…。」

友喜はようやく則陽の言葉の意味を呑み込み、そっかあ、と頷いて考え込んだ。


「…だから、関係はあるのかも知れないけれど、…直接的な関係は感じられないかな…。あくまでも現時点での俺の意見だから、違うかも知れないけれどね…。」

「そっかあ…。」

「…ごめんね、なんかあんまり、力になれなくて…。」

「あ!全然、全然そんな事無い!参考になった!本当に!うん!」


わたわたと動きフォローしようと言葉を投げ掛ける友喜の姿を見て、則陽はふっと笑い、言葉を続けた。


「友喜ちゃん達が言ってる話とは別で、今回友喜ちゃんと俺が入り込んだこの空間については、俺のもう一つの仕事が関係していないとは言い切れない所があるけど…。」

「えっと、うん?」

「ああ、うん、綻びを直すプログラミングの話だけど、直接現実の世界に何らかの介入をするものらしいんだ…。それが、この現象を与えたんじゃないかって可能性も、ある…。」


またまた分からなくなった友喜は、頬杖をついて、しかめっ面で、ううう~と唸った。


「…ああ、う~んとね…、ゲームのエラーを、友喜ちゃん達からの問い合わせを聞いて、くまなく調査したんだ…悪質なハッキングでは無いか?ってね…。でも何も見当たらなかったんだ。つまりは、表向きは、ハッキングでは無いって事が知れたんだ。」

「ふんふん、」

友喜が頷く。


「ところが、もう一つでやってる仕事は、その…プログラムの構成が全く違ってね、作用の仕方が他のと全然違うんだ。調査してみて、これまでに分かった事だけど…そうだな…、例えばここにコップがあるとするだろう?」

「うん、」

「それを、何処かの誰かが、変な風にその情報を歪めるんだ、それは毒が付いているコップだって。」

「うえっ!」

「…悪意の感じられる歪め方だよね…。それを、俺のもう一つの仕事で、ただのコップに直す作業をしているんだ。これはひとつの例えだけどね…。」

「ああ!さっきより分かりやすい!」


友喜の反応に頷きながら、則陽は続ける。


「…それで、思ったんだけど…、ツピエルって名前だったっけ、あの小人。」

ツピエルと聞いて、友喜は、ウっと苦虫を嚙み潰した様な顔で頷いて耳を傾ける。


「もしかしたら、同じ様な作業をしているのかと思って…。」

「ツピエルが?」

「うん。彼は、俺のゲーム機にもクリスタルを設置してくれて、こうして異次元空間に入れる様に手筈てはずを整えてくれた。…これって考えてみたら、現実世界に介入するプログラミングなんだ…。」

「ほえ~。」


今のは感心しての友喜の相槌あいづちらしい。


「だから、似通っているけど、ツピエルのしている作業の方が高度なのかも知れない、いや、きっと高度なんだ…。俺のは、指示された通りに、組み直していくだけだから…。」

「ツピエルってば何にも教えてくれないんだよね~。とうとう家まで消えちゃったし。」

「家まで?ツピエルの家があったの?」

「うん。ゲームの起動画面の所。画面の幅を半分以上使った、無駄なくらいに大きい家だったよ。」

「家かあ、家は見て無いな…。それって俺からのお願いを伝えたら消えちゃったの?」

「ううん、その前。伝えようとしてゲームを起動してみたらね、もう家ごと無かったの。」


則陽はそれを聞いて俯き、幾ばくかの間が出来た。


「…やっぱり彼のは、俺が行っている作業よりも高度だよ。どういう次元で動いているかは、分からないけれど…。そうか、友喜ちゃん達がツピエルに伝えてくれた訳じゃ無いんだ…。」

そうか、と則陽は繰り返し、俯き気味になり考え込む。

則陽の姿を見て、友喜は、ぽつりと言った。


「奈巣野さん、最初は怒鳴ったりして、ごめんね。私、勘違いしてたよ。」

「え、ああ、ううん、俺も最初は訳が分からなくて、おどおどしてたから仕方無いよ…。」

「ね!」

「…ふ、あはは…。」

消え入る様な力の無い笑い方を再びすると、彼は、さあ、と声を出した。


「もうそろそろ、帰ろうかな?帰り方は、どうやったら良いんだろう?友喜ちゃんは確か、三度くらい、来ているんだっけ?」

「うん、今の所、毎回違う場所になるけどね。いつの間にか帰るよ。あ、ほら…。」

友喜が則陽の手と自分の手の先がきらきら光り始めたのを指し示す。

すると、たちまち、二人の体が白い光の粒子で覆われ出した。


「…あ、ねえ、また、会えるかな…?」

口説き文句の様にも聞こえる則陽のそれは、この異次元空間に対しての純粋な好奇心から発せられたものだった。


「私も会いたい!なんか前に遭遇したおじさんはね、また会えるかどうかは、”巡り逢い”だって言ってたよ!」

「会う必要が、有れば、きっと、って事なのかな…。」

「ありがとう!奈巣野さんとお話出来て、良かったよ!」

「俺も…勝手が分からなくて、ご迷惑かけたね…。」

「じゃあ!」


瞬間、視界には白い光しか見えなくなる。

フワッと一瞬宙に浮いた感じがしてから程無く、リビングのソファに座っている身体感覚を得るのと意識が戻ったのは、ほぼ同時だった。

目を開けた友喜は、ぼうっとした面持ちでリビングの壁掛け時計の針に目をやる。


ほとんど時間が経っていない。


「あー…。まだこんな時間か。」

薄々気付いていたけれど、異次元空間ではどうやら時間の巡り方が違う様だ。


「お兄ちゃん達、まだかな~。」

友喜は足をブラブラさせながら暇そうに一人呟いた。





 カーペット敷きの居室の床に座ってゲーム機のコントローラーを握りしめ、目の前の小さなテレビ画面に映るゲームを見ていた。

気付くと、そんな体勢のままで意識が飛んでいたのだろう、急に意識を取り戻した則陽は、はっとして周りを見た。

驚いた事に、テレビの上に置いてある小さなデジタル時計は、コントローラーのAボタンを押す直前に見た時刻と変わりなかった。



友喜ちゃん、随分と肝が据わった子だったなあ…。

歳の離れた子と話すのは久し振りだったし、新鮮だった。


にしても…。

則陽はゲーム画面をじっと見る。

異次元の世界へのプログラミング…。


則陽は今回の奇跡の体験で、自分のもう一つの仕事についての部分的な確証を得た。







落ち葉に埋もれて、頭だけ覗かせるきのこの中から、声が聞こえる。


「ふう、全く人使いが荒いんだから。全く、もうっ!ふ~ふ~ふ、ふ~♪ああ~良い香り!やっぱり紅茶はこうでなきゃあ!今回のお茶菓子は、ビスケットにしたわ~!」


嬉々とした様子の、鼻歌と独り言が聞こえていた。







挿絵(By みてみん)




~第二章 気持ちに花を



 日の光で、校舎の白色の外壁がより明るく見え、開け放った窓辺から中の様子が伺える。


「でさぁ~、それをお店に持って行って店員さんと話したんだよ~。」

すらりと背の伸びた少女が、友達と歓談している。

なのに少し上の空のその表情は、美しさにはかなさを伴っていた。


「ねえ、ちょっと、友喜、聞いてる?」

「なっちん、聞いてるよ~。で、きちんとしたのと取り替えられたんでしょ~、良かったじゃない。」


彼女の名前は柚木友喜ゆずき ゆき

この春から高校一年生だ。


兄の有津世はというと、別の高校に進学している。勿論有津世は、高校二年生、友喜のひとつ上。

そして雨見は、有津世と同じ高校に通っている。有津世と同い年だ。



クリスタルの異次元空間で友喜が則陽と会ったのを最後に、その後何度やってもクリスタルは発動しなかった。

毎回試すも、淡く白く輝くだけ。雨見と友喜が異次元空間に入れなかった時と同じだ。

そんな日が続いて、どんどん月日は過ぎた。


有津世は何故だかツァームの記憶をだんだんと思い出していたし、雨見も毎日夢の記録を更新していたので、あちらの世界の存在が薄まる事は無かった。

ただ一人、友喜の記憶を除いては。



友喜は唯一、記憶が取り戻せなかった。


あちらの世界のキャルユは友喜の記憶を保持していて、こちらの世界の住環境についてとか、友喜として体験した事など多くをツァームとアミュラに話してくれるんだと、もう何遍も雨見から聞いたが何一つ実感が伴わない。それどころか日に日に虚しさが募っていった。


高校からの帰り道。

足取りも浮かずに、とぼとぼと林の道を友喜が歩いていると、走ってくる足音が後ろから聞こえてきた。


この道を走って近づいてくるのは、あの二人に決まってる。

友喜が振り返るのと同時に、有津世と雨見も友喜に追いついた。

三人とも制服姿で、有津世と雨見は笑顔だ。

友喜は二人に笑顔を返した。


「友喜!」

「友喜ちゃん!」

雨見から言わせてみれば、自分達はあちらの世界とほぼ瓜二つらしい。

成長した三人は、とても美しい姿になっていた。


「今帰りか、一緒になって良かった!」

「ね、良かった!友喜ちゃん、明日の帰りもこれくらいの時間?」

有津世と雨見の二人が友喜と横並びになって歩調を合わせ、気さくに話し掛けてくる。


「う~ん明日は、どうだったかなあ…。」


適当でも、「多分」と始めの言い出しに付け加えて、何らかの返事をするのが友喜だった。

でも今は答えを濁してやり過ごそうとしている友喜の姿があって。


友喜は本当に恵まれていて幸せ者なのに、自分でもそう思うのに。

この所、兄の有津世の顔を見ると、何故か胸が痛むのだ。


どうしてだろう…。


これはもう、決定的におかしな感情だ、と、友喜は思い、一人、自分の感情を持て余していた。


「どうする?今日もクリスタルの中に入れるか、試してみる?」

「試さないよりは、試した方が良いよね。」

有津世と雨見が話し合う。

二人の会話も近頃は何だか上の空に聞こえていて…。


「じゃあ、後で行くね!」

雨見が元気に手を振って、三人はそれぞれの家に入った。


玄関に入った時、ふと見た友喜の顔が曇っている様に思えて気になった有津世が聞いてきた。


「ん?どうした?なんか元気無いか?」

「ううん、大丈夫!ほら、お昼ちょっと暑かったからかな。」

ぱたぱたと手で顔をあおいで見せて友喜は慌てて訂正した。




「どうしようか、今日も紅茶にする?」

「そうだね、それがスタンダードだね!」


有津世と友喜は2階の各自の部屋で私服に着替えてから1階に下りてきて、リビングに隣接のダイニングでいつもの様に紅茶の準備を始めている。

有津世は相変わらずのジェントルマンだ。

率先して準備を進めている。

一方の友喜は、お菓子の入っている籠に顔を近づけて三人で食べるお菓子の吟味をしていた。


「何食べる~?わ、これこの間頂いた、バームクーヘンじゃない?」

「それにしようか、お父さんとお母さんの分を残しておいてっと、よし、まだある!」


兄妹二人でいそいそとお菓子の用意も出来て、ソファに座り、二人は雨見の到着を待った。



今は毎日では無いけれど、集まれる日には決まって作戦会議を続けていた。


雨見と有津世はお互いがあちらの世界の存在でもある事を自分達の外見によっても確定的に感じていたし、友喜も同じだと二人は言う。



「お邪魔しまーす。」



雨見が有津世達の家に来た。


今日もリビングのソファに三人座り、紅茶の入ったマグカップを手に、あちらの世界についての談義を繰り広げる。


話の流れで雨見は、


「友喜ちゃんはね、すっごくキャルユにそっくりになったよ、そう、その目とか、同じだもん。」

ぽわぽわをいつか夢で見た以外は何も思い出せない友喜に対して言った。


気分を盛り上げようとしてくれているがゆえの発言だというのは分かっているのに、聞く度に、どんどん苦しくなった。


何故自分は思い出せないのだろう…。

そして、


「ん?どうした?ほら、バームクーヘンあるぞ!」


何故、有津世に対して、こんなに胸が熱くなるのだろう…。



「あー、頂きま~す!」

友喜はお菓子の方を向く振りをして、自分の赤面を慌てて隠した。


「…。」


最近の友喜の変わり様に雨見は気付かない訳無かったし、有津世は、友喜には何か悩みがあるんじゃないか、と感じ始めていた。


この日も結局クリスタルは淡く光るだけで、三人で色々と推測し合ったりと話を共有して、その後お開きとなった。




 友喜は努めて明るく振舞おうとしたし、そんな友喜を二人は温かく包み込む。今までと同様に。だから、友喜から時折漏れてしまう感情の色は、二人にとって、より深刻に思えた。



以前の自分からは考えられない程、何故だか胸が締め付けて苦しい。

友喜は自分がどうかしちゃったんじゃないか、と本気で思った。


日を経る毎に、友喜は段々と口数が少なくなっていった。

なんせ、有津世と言葉を交わすだけで、制御不能なくらいに赤面してしまうのだ。

友喜は、そんな自分に気付かれない様にする、ただその事だけで精一杯だった。


なのに気が付くと、有津世の事を目で追っている。有津世の事を考えている。

友喜は、自分の感情について、徐々に理解をし始めた。


その感情は、兄の有津世に対して持つ事は今いる自分の世界においては決して許されないものである事も。



友喜にとって唯一救いだったのは、有津世と別の高校だった事だ。兄の有津世の学校の方が登校距離も長いので朝一緒に出発する事は無くなったし、帰り時間も、そんなにしょっちゅう一緒にはならなかった。


けれども、毎日顔を突き合わせるのは、同じだ。ひとつ屋根の下で暮らす家族なのだから。



「でさあ、すんごく可愛い緑色のカーディガンがあったんだけどね、」

校舎の廊下の、開放された窓から、両腕をぐっと伸ばして涼やかな風を受ける。

いつもの様に友達とのお喋りタイムでも、心ここに在らずと言った感じだった。


「もう、友喜ったら、聞いてる?」

「うん、聞いてるよ。それで、そのカーディガンは買ったの?」

「それがさあ~、試着してみたんだけどね…。」

友喜は窓の外の遠くに浮かぶ、白い雲を眺めていた。





 「じゃあ、三人でこれに書いていこうよ!」

友喜が自分で用意した、三冊の豪奢な装飾のノート。


始めは張り切って、クリスタルの中での出来事を書いていたのに、則陽と会ったのを最後にクリスタルの中には入れなくなった。

他の二人は、記憶を思い出したりもあるから記入する事がそれでもあるけれど、自分はクリスタルの中に入れないのなら他に書ける事はもう一つも無かった。



だって、何も思い出せないもの。友喜は緑色の豪奢な装飾のノートを恨めしそうにじっと見つめ、それを脇に追いやった。

そうして友喜の緑色のノートは友喜から放っておかれる様になってしまっていた。





 いつだったか、雨見から、


「ひとつ、これだけは絶対に譲れない!」

と宣言された事がある。


「友喜ちゃんから、キャルユの香りがするの。確かにキャルユの香りなの。ううん、シャンプーとか洗剤とかじゃなくって。香水とかも、着けていないでしょう?友喜ちゃんから発する香りは、この世界には多分他に無いの。ありそうで、無い、独特な香りだから…。


だからね、決定的な証拠なんだよ。友喜ちゃんは、キャルユだって言う証拠!」


発生の元が分からない、花の香りは確かに日に日に濃くなってきていて、自分でも唯一それだけは感じられた。香りの濃さに、半ばむせる程だ。

ただ、その香りを持ってしても、自分が記憶を思い出せる訳では無かった。


有津世も雨見の意見には強く頷いていたけれど、それを見ると益々自分一人だけが蚊帳の外の様に感じた。


そうして日に日に孤独は募っていくし、有津世への熱い感情はもう既に爆発寸前までいっていた。

それなのにどうしようも出来ない。






 ある日の夜、父から借りたラップトップコンピュータを開き、ふと思いついて、『叶わぬ想い』とブラウザ画面に入力して検索結果を見てみた。


報われない想いを語っている誰かの文章を目にして自分を落ち着かせようと試みての行動だが、検索結果に、友喜が入力したのと同名のサイトが表示されて友喜の目に付いた。


個人のブログみたいだ。


何気無しにそのサイトの触りの文章を読むと、元彼との取り戻せない日常について絶望している内容らしかった。

自分の想いとは少し乖離かいりはしていたけれど何となく恋愛の文章が読みたくて、友喜は該当ページに飛んで、何ページ分かを読んだ。


「励みになりますので、感想はこちらのダイレクトメッセージから、どうぞ…。」


今の自分の気持ちと重ねてみて、ちょっとは気分がマシになった気がする。



友喜はダイレクトメッセージで、お礼を書き記した。


「Rinoさん、ブログ、読ませていただきました。ちょっとだけ気持ちがすっとしました。また訪問させていただきます。ありがとうございます。 Yukiより。」


メッセージの送信を済ませ、今度は、いつぞやか貰った則陽からのメールを探し始めて見つけると、返信画面を開いた。


「奈巣野さん、お元気ですか。前にゲームのクリスタルの中でお会いした、友喜です。私達三人とも元気ですが、クリスタルの中にはあの後から今日まで、私達は入れなくなっています。

奈巣野さんはその後、クリスタルの中に入れたりしましたか?それでは近況報告でした。柚木友喜より。」


送信ボタンをえいっ、と押して、送信済みの確認が出来てから、パタンと画面を閉じる。その上に一瞬うつ伏せになって、ふうっ、と息を吐いた。




 有津世は、いつもの様に部屋のロフト部分でクッションを背にしながら横になっていた。


今夜も星が綺麗だ…。

天窓から覗く星の煌めきは、いつもと変わらぬ様子で時折瞬いて見えた。

毎晩寝るか寝ないかくらいの遅い時間にいつの間にか現れて近くにいる、ぽわぽわと共に、有津世は穏やかな時間を過ごしていた。






 「おはよう~!」

「おはよ!」

ダイニングテーブルの席に座って居た友喜が、有津世の来たのに反応して挨拶を交わす。

有津世達の母親も有津世が来たのに気付いて席に座らない有津世に尋ねてきた。


「おはよう有津世。ご飯食べないの~?」

「寝坊しちゃった!ごめんね、母さん!じゃあね、友喜も!行ってきま~す!」


慌てて家を出ていく有津世。

朝ご飯を前に有津世を見送ってから母と二人で目を合わす。


「まあったく、有津世ったら、しょうが無いわねえ!」

「ふふ。私より学校遠いから。大変だね!」

「ねえ、全く、もう。ああ、お兄ちゃんが食べなかった分も、食べる?」

今朝も母と和気あいあいと、兄の有津世の嵐の様な過ぎ去り方に苦笑しながら過ごす。




「おはよ!」

「おはよう。何、有津世、寝起き?」

玄関の近くで有津世を待っていた雨見は、有津世の様子を見て確信しながら聞く。


「あ、分かる?また寝坊しちゃって…。」

「分かるよ!寝ぐせが直ってなーい!もうほら、貸しなさいよ!」

頭を自分の方に持って来させ、自分の持ち歩き用のコンパクトブラシとトリートメントスプレーを取り出し有津世の髪に使い、丁寧に髪を直す。


「これでオッケ!もう、何歳よ!」

「あはは、助かる、サンキュー!」

程無く二人で林の道を歩き出す。


青空よりも雲の多く見える、朝の出来事だった。








 都内某所。


仕事を終えて、自室へ帰ってきた。

相変わらずインテリアには何も気を遣っていない様子の、こざっぱりとした内装そのままの一室。

彼女は、今日はデスクトップコンピュータを付けようと、帰ってから直ぐに電源を入れた。

これが起動するまでに恐ろしく時間がかかる。


おそらくは、彼女自身のスマートフォンを使って作業をした方が格段に効率が上がるが、それでも彼女はこのデスクトップコンピュータを活用する。

テレビの受信機能も付いている旧型のモデルで、もう保障期間も過ぎてはいるけれど、彼女はこの型を愛用していた。


起動するまでの間、彼女は持って帰ってきたビニール袋の中からビールと弁当を取り出し食べ始める。

何の味気も無い食事だったけれど、こうして毎日が過ごせているのには感謝しなければな、と、久し振りに前向きな意見を自分の気持ちから絞り出していた。


食べ終わった頃に、お目当ての自分のブログページのログインまでなんとか辿り着き、そこでダイレクトメッセージが届いているのに気が付いた。


開けてみると、そこには似た様な境遇でなのか、ブログを読んですっきりしたと一人の女性であろう人からのメッセージが短く綴られていた。

彼女はメッセージ内容に興味を持ち、こう返信した。


「Yuki様


ダイレクトメッセージをありがとう!もし、差し支えなければ、Yukiさんの胸の内も、少し吐き出して下さい。何にも力にはなれないけれど、聞く事だけなら出来るから。あ、無理にとは言いません。それでは。

              Rinoより」




 こんな暗いブログなんて誰が読むんだ、と思っていたけれど、女性からの反響は意外と良い。

気持ちが腐っていても文章に書き記す事で、読む人にとって、気持ちの整理の一端を担えているのかも知れない。


梨乃りのは、ブログに向かう時だけは、前向きな気持ちになれた。

どんなに絶望的な文章だったとしても、書く側の梨乃にとっても、想いを書き記す事で想いのひと欠片でも癒す事に繋がっていたのかも知れない。


たまにダイレクトメッセージを貰う事はあっても、差出人の想いを綴ってくれだなんて返信した事は今までに無かった。


今回のYukiからのメッセージを読んだ時に、具体的な内容は書かれていなくとも、気持ちが泣いている事だけは、何故だろう、ものすごく伝わってきたのだ。

だから彼女は、差出人のYukiに対して、返信メールを打ち込んでみた。


自分の感じとった彼女の悲しみについて、気のせいかな…と疑問を抱きつつ、それでもほんの微力でも彼女の心の支えになるのならと思い、送信ボタンを押した。


返事が返ってくるかどうかは分からないけれど、返ってこないなら返ってこないで、それでも別に良いし。


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