表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
見上げる空に願いを込めるのは何故だろうか(仮)  作者: 晴海 真叶(はれうみ まかな)
105/172

漏れ出した光

挿絵(By みてみん)










 聞こえた声をひとつずつ拾っていくとね、音楽が出来るよ。

重なり合ってね、その時に必要な音が出来るの。


身を浸して、音の波間にたゆたうの。

ほらね、こんなに心地良い。


いつか奏でたかった音楽が、ここにある。

いつの間にか紡がれて、音楽はこの場所まで届くの。

私が寝てたって、何してたって、届いているんだから。

全身に音のシャワーを浴びて、だからかな、穏やかで居られる。


たまにバチバチと音を立てて火花を上げる光が、天井を透かして外側に見えた。








 山奥の神社。


夜遅くに祖父の杉とお茶をしていたノリコが、ほっとため息をつく。



「気になりますか。」

「…ううん、って言ったら嘘になる。とても気になる。本当は…。」


珍しく沈んだ声音でノリコが杉に話す。


「どれ、ノリコの気掛かりは、私が引き受けましょう。ひょっとしたら、本人はもう気付いているかも知れない。彼等に、本人が依頼したかも知れないですしね。」

「…。」

「私からも、ひとつ彼等に依頼してみましょう。」


ノリコが音を立てずに大きく息を吐いてから首を傾げた。


「ねえ、おじいちゃん。どうやってあの人達と連絡を取り合ってるの?」

「それはですね…。」



 以前、不思議な形の石と写本を見せて貰った時に一度だけ入った事のある、窓が無くて薄暗くひんやりとしている部屋にノリコは祖父の杉と一緒に中に入った。


引き戸を開け放ったままで薄暗くもなんとか部屋の様子が伺える様になっている土間の空間で、杉は勝手知ったるといった感じで奥側の棚から大きな箱をひとつ持ち出してきた。


無言で箱の蓋を杉が開けるのと同時にノリコが杉と一緒に真上から顔を覗かせた。








 「うん、その方が高性能に組めると思うよ。」


久しぶりに来た大盛りサンドイッチが売りのカフェで昼食を摂りながら則陽が梨乃に勧めていた。


梨乃は則陽が言う事を手放しに承諾するのでは無くて、自分がきちんと納得しないと、うん、とは言わない。

セットアップされて販売していたモデルにひとつ気になるのがあって、梨乃は則陽が勧めるタイプのとどちらにするのかを考える。


ん~、でもね、と梨乃が続ける。


「そんなに高性能なのは求めて無くて、ほら、前のでも、絵、描けたでしょ?あれくらいで良いの。」

だから、そんなに性能とか究極的なもの、求めて無いんだと主張する。


「梨乃、説明するとね、」


則陽も引かない。

分かりやすい言葉で簡潔に言い回しながらも、先々の事を思うとこっちの方が良いと思うんだ、と言葉を重ねる。


「梨乃は買ったら直ぐに使いたいのもあるからってのもあるだろうけれど、組み立てもスムーズにするからさ。」


則陽の言葉に、う~ん、と唸る。


「でも予算は…。」


その場の空気は変な緊迫感で満たされていて、梨乃の新しいコンピュータに関する二人の真剣な談義は今しばらく続きそうだった。








 花が開いたよ。


大切に見守って居た一輪の花が。


小さくても咲いてるんだ。


ん~、大きさは関係無いかな。


見るレンズに寄って大きさは変わるでしょう?


例えば赤ちゃんを見ている母親が、赤ちゃんの顔ばかりを見ていると、時折その姿がとても大きく感じたりするのと同じで、実際の大きさとその存在の尊さの度合いとは乖離かいりしている。


この花は、私にとってはとても大切な花で。


大切な色味で。


空間のほんの隙間に発生する繊細な華やかさが、どれだけ尊いものか私は知っている。


だからね、そのままにするの。


だからね、大切にするの。


人だけなんだ。気付いて無いの。


この世界は、全てが助け合って分かち合って生きている事を。








 私はお父さんと二人で暮らしていた。


お父さんは神社の神主さんでちょっと変わっていたけれど、とても優しいお父さんだ。


私は近くの学校に通いながら、帰りは山の木々や手で触れる事の出来る様々な草花と戯れて遊びながら家に辿り着いた。


途中、友達が家に来たいと言って何度か一緒に行こうと誘ったけれど、毎回、とある地点で友達とはぐれてしまうのだ。

その地点で自分は家の方向に足を一歩踏み出すと、ぱっと友達が居なくなる。

最初はびっくりしたが、次の日聞いてみると友達は何の事か覚えておらずに遊びに来る話が振り出しに戻る。


そこで何度か試したけれど、結果は毎回同じだったので、最近では始めから断る事にしている。


お父さんに聞いてみたけれど、お父さんも何故だか分からないって答えた。



お父さんには分からない事が多い。


お母さんの事についてもだ。


小さい頃には居た気がする、お母さんの記憶を辿るとぼんやりとした印象だけが浮かぶのでお父さんに聞いてみた所、とても寂しそうな笑顔を見せただけだった。

その後、気になって聞くのを何度か挑戦したら、ある時、ぽろっとお父さんが言葉を漏らした事があった。


「何処かへ行ってしまった…。」


お父さんを置いて?

まさか。

私のお母さんが?


はっきりと思い出すのは叶わないけれど、少なくとも私の中でのお母さんの記憶はそんな事をする人だという印象は無かった。


だからそれを嘘だと思いたい気持ちと、一瞬見せた、あまりにも悲しそうなお父さんの表情を目にしたら、それ以上は詮索出来なくて。




夢を見た。

母の夢だ。


母の背中には羽が生えていて、とても綺麗だった。

私に寄り添って何かを教えてくれたけれど、内容は覚えていない。

夢から目が覚めた時に、余韻がとても心地良かった事だけは覚えている。





 ある日、家に男の人が来た。


家にたまに来る男の人だ。

お父さんはその人ととても仲が良いみたいで、何の話だかよく分からなかったけれど入念に打ち合わせをしている風に私の目には映った。

来る男の人は全部で三人くらい居て、でも来るのは毎回一人ずつだけで、その誰もと同じ話が通じる様だったけれど中でもお父さんが一番仲良くしている人は一番年上に見える人だった。




 小さな車のエンジン音が聞こえて、私は神社の家の中からいそいそと足を縁側のあるホールへと運び外の様子を見る。


いつも来る男の人よりうんと若い、自分とそう年の変わらなさそうな青年がこちらに向かって歩いてくるのが見える。


初めて見る人だ。


私は彼に興味を持った。


「ねえ、お父さん、またお客さん、来たよ。」

縁側のへりを掴みながら振り返って奥に声を響かせる。



「分かりました、今、行きます。」

奥の部屋からお父さんの声が聞こえてきて、ひと息後にホールへと出てきた。


「見て、いつもの人と違う。」

「そうですね。」


来た人が違うけれどお父さんは動じずに、まるで分かっていたとでも言う風に落ち着いて彼を迎えた。


お父さんと男の人が二人で話をする際は、内容がよく分からないし面白くも無いからいつもは別の場所に行っちゃうんだけど、その時の私は二人の話が終わるのを廊下側から部屋に向かって時折ちらちらと覗き見て様子を確認した。


話していたお父さんがお茶のお湯を沸かすのに立ち上がったのを見て、私は男の人の動向を見守る。

すると小さな座卓の前で正座をしていた彼は私の方を見た。


「あなたは、杉さんのお嬢さんですよね。」

「そう。あなたは?」

「僕は…名乗る様な者ではございません。」



名前を教えては貰えなかった。


と言うか、今まで来ていた他の人達の名前も知らなかった。聞きもしなかったけれど。



 お父さんは知っているのかな。

でもお父さんは意外と知らない事ばかりだから、お父さんも彼等の名前を知らないかも。

後で聞いてみたらそんな事は無くて、お父さんは彼等の名前を教えてくれた。

いつも来ている人と、今回の人と。



その後も、再び彼が家に来たのを見掛けて、私はお父さんとの話の終わるタイミングで彼に話し掛けた。


「ねえ、いつも思うんだけど、あなた達って何処から来るの?」

「答える程の事ではございません。」

「…。」


また答えて貰えなかった。

でも今回はここで引き下がらない。


「ねえ、何で?何で答える必要が無いって思っちゃうの?良いじゃない、教えてよ。」

「…杉様は、ご存じでいらっしゃいますから。」

「お父さんからじゃ無くて、あなたから聞きたいの。」


すると彼は困った表情になった。


「あまり口外しちゃだめなんです。僕は見習いだし、会話だって見透かされてる。」

「どうして?」

「…発信機です。僕の衣服には、発信機が備え付けられているんです。」

「何でそんなものが。」


私には冗談にしか聞こえなかった。


発信機?まるで物語の世界みたい。

私はからかわれている気がして、納得いかずに彼の近くににじり寄る。


「取り外しちゃえば良いじゃない。」

「出来ませんよ。任務中ですから。」

「あ、そう?じゃあ…、こんにちは~!」


私は発信機がある所在を確かめずに、大声を張り上げた。

彼はぽかんとして私を見ている。


「どう?発信機の向こうに繋がった?」

「…。」

笑みを見せる私に、彼は、次第に頬が緩んでついには笑った。


四畳間の奥では土間でお茶のためのお湯を沸かす父がこちらを覗き込んでにこにこしている。



「あの、だから任務中なんですって。勘弁して下さい。鈴奈すずな様。」

「ずるいよ。私の名前は知ってるのに、あなたのは教えてくれないなんて。」


お父さんから教えて貰ったけれど、私は改めて彼から聞き出す。


「…僕は、アミと言います。」

「え?」

「アミです。」


鈴奈は眉をひそめる。父から教えて貰った名とは違うからだ。


「吉沢さんだって聞いたけど…?」

「吉沢は苗字で、下の名前がアミです。」

「女の子みたい。」

「よく言われます。」



そこから、私は彼が家に訪問しているのを見掛けた際には必ず話し掛けた。


学校から帰ってきた時にすれ違いざまに彼が帰ろうとするタイミングだったり、そんな時も私は食い下がって彼との会話を持つ。


「もう帰っちゃうの?」

「はい。杉様との話が終わりましたから。」

「ねえ、今度はいつ来るの?」

「近い内に。」

「ねえ、私もその車に乗せてあなたのいつも居る場所に連れて行って欲しい。」


家と学校との往復だったら毎日していたし、街並みだって知っていた。

場所というよりは、彼の生活環境にとても興味を持っていて。

そう、私は彼に興味惹かれていた。


「杉様がびっくりしてしまいますって。それに、筒抜けなんですから、いけませんって。」

「別の服を着てきたら?」


その時の彼の顔を忘れない。

最初、「え?」って顔をして冗談めかした表情だったのが変わらぬ私の真顔を見てどんどん真剣な表情に変わって…。




 私達は、メモを取り交わす様になった。

声で出さずとも伝えられる、恋文だ。


家に来る度に渡したし、渡された。



アミはお父さんにも了承を得て、ある時、私をドライブに連れ出してくれた。


アミの普段居る場所までは連れて行っては貰えなかったけれど、その代わりに人気ひとけの無い海辺へと連れて行ってくれた。


波打ち際の砂場に二人座って、のんびりと話をする。



「ねえ、車の免許って特別に取れたの?法律ではもう少し年が上になってからじゃない?」

「私はこの外見ですけれど、あなたの5つくらいは年齢は上ですよ。」

「嘘っ!」

「…本当ですって。」


だからもう大人なんです、と、アミは言う。


「今まで同い年だとばかり思って話し掛けてた…。」

「威厳が足りないんですかね…。」

私達は目を見合わせてくすくす笑い合った。



そしてふと真剣な表情に戻って私は彼に打ち明けてみた。


「ねえ、私のお母さんの事、お父さんから聞いた?」

「…杉様からでは無いですが、直属の上司から話は伺いました。」

「そうか。ねえ、お母さん、何処に行っちゃったんだと思う?」

「さあ…、僕には何とも…。」


「そうだよね…アミが知る訳無いか。」

目の前に広がる海の凪いだ景色を眺め、私は呟いた。


潮風が吹いて、磯の香りが体をくすぐっていく。



「ねえ、いつか私と結婚してくれない?」

「はいっ?」

裏返った声でアミが返してくる。


「だってね、お父さん、孫が出来たら喜ぶんじゃないかなって思って。」

「僕が、とかじゃ無くて、杉様を喜ばせたいんですね…。」

軽くため息をついて、やれやれといった表情を見せる。


「アミは喜ばない?」

「喜ばないって事は…無いですけれど。今の任務のままでは、多少不安が残るというか、一緒に居れる時間が少な過ぎるので…。」

「こうして会えば良いじゃない。今も会えてる。」

「鈴奈様…。」

「不安なんて、消し飛ばしちゃえば良いよ。」


互いに真っ直ぐに見つめた瞳は、いつの間にか閉じていて。

いつの間にか、私達の唇は触れ合っていた。



いつもと服が違うから、発信機は付いて無いと思ってた。

だからメモを介さずべらべらと喋ってて、この日の服にも発信機は付いていたのを後から知り、会話が筒抜けだった事を彼から聞いた。


幸い、彼の直属の上司はそういった事柄に関しても親身になってくれる人らしくて私達の関係が拒絶される事は無かった。

きっと私達はとてもラッキーだったんだと思う。


彼に出会えて、父や周りからも祝福されて、…私達は、早くに一緒になった。




 始めは、父ともこのまま一緒に住むつもりだった。

すると父と彼から待ったが入る。


父はせっかくだから二人の新しい新居を築きなさいと言い、彼は彼で、任務で訪れる地には住まい留まる事はあってはならない決まりがあると言った。

何故と聞いたが発信機の付いてる事が関係しているらしい以外には知れなかったし、任務に就く者だけが知れる事情なのだろうか。


家族が増えて喜ばせるはずが、事の顛末てんまつは真逆を行って、父と離れ離れで暮らす事になった。



「こんなつもりじゃ無かった。お父さんを寂しがらせるつもりは…。」

私は悲しくなって泣いた。

父は穏やかな表情で、私を見て答える。


「鈴奈がいずれ巣立つ事くらいは、親ですから知っていましたし、幾分かそれが早いだけじゃないですか。愛する人と共に暮らすと決めたのですから、鈴奈はそれを全うするんです。あなたの優しさは私がきちんと受け取っていますよ。」

「お父さん…。」

「連絡が欲しければ、ほら、アミくんが保持している発信機から連絡を貰いますから、大丈夫ですよ。」

「え?お父さんも、発信機からの連絡、受け取る事が出来るの?」

「はい。受信、こちらもしようと思えば出来るんですよ。」

「知らなかった…。」



じゃあ、ひょっとして、今までのアミとのデートの際の会話とかも、盗み聞きされていたりとかもしただろうか。


「ちなみに、うちから受信するのは、余程の用事のある時と、緊急時のみです。あなた達の会話を盗み聞きはしていませんから、安心して下さい。」


私の横で座って居るアミは知っていたんだろうけれど、知らない私に向けて、父はそう教えてくれた。



「アミくん、鈴奈はこれからずっと、あなたと一心同体です。よろしく頼みますよ。」

「はい。杉様。心して鈴奈様と共に生きてゆきますので、こちらこそ今後ともよろしくお願いします。」

私は黙って二人の様子を見守った。


どうして、離れなきゃならないんだろう。




 小さな車に乗り込んだ時も、私の目からは涙が再び溢れて止まらなかった。


「お父さん。今までありがとう。」

「こちらこそ、鈴奈。あなたと過ごせて幸せでしたよ。」


お父さんも涙が出ていて。でもその顔は笑顔だった。


「たまに、遊びに来て下さいね。」

「はい。伺います。…では。」

「お気を付けて。」


車を発進させたのに気付いた私は、後ろに流れていく父の姿を必死になって目で追った。


こんなに嬉しいのにこんなに悲しい事って無い。

そんな風に感じてしまって。


アミが運転する車が道路に出てしばらくしてからも、私は涙が止まらなくって泣き続けていた。

すると崖沿いで遥か下に海辺の見える道路脇にアミは車を停めて、私はぐずりながらも、あれ?と顔を上げてアミの顔を見た。



「僕との結婚は止めにしますか。鈴奈様が杉様に会えない事で弱っていくのを、僕は黙って見ては居られません。」


アミの言葉に、驚いた私は目からの涙が引っ込んだ。


「…。」

「日々を涙して過ごす程、自身を弱くしていくものはありません。どうしますか。引き返しますか?」

彼の言葉にはそれ相応の決意が込められていて、私は彼の顔を見つめ返した。


「本気で言ってるの?」

「勿論。本気ですよ。」


まあ、もっとも、アミの中には父親への愛情が自分への愛情を上回るのではないかという疑念と共に薄っすら嫉妬も入り混じっていたのかも知れない。

自分と結婚するのに葬式みたいな感情表現を示す鈴奈に対する当てつけも多少あったかも知れない。


一緒に決めたのでは無いのか。

こんなにも、互いを想って一緒になりたいと意見が一致したのでは無いのか。



「時期尚早だったのかも知れないですね。お互いに。」




道路を見て反対方向へと車を再発進させようとするアミに、



「やだっ!」




サイドブレーキを解除させようとする直前に、鈴奈がアミに抱き着いた。



「やだ。アミと一緒に暮らしたいっ。だって最初にそう願ったのっ…私からっ、だから…。」



「……鈴奈様…。」


私を見つめたアミが途端に腕を広げて私を更に引き寄せて、いつもとは違って力強いくちづけをしてきた。


「良いんですね?僕はあなたを離しませんよ?」

「良いの。……離さないで…。」


「離せと言っても離しませんよ?」


私は無言で彼の腕の中で頷く。


彼は固く抱きしめていた私の体を互いの顔が見える位置にまでそっと戻し、静かな声で言う。


「じゃあ、このまま、新居へ移動しますよ?」

「…はい。」

「良い返事です、鈴奈様。」


泣き腫らした目を恥ずかしそうにアミへと向けて、目からの涙が止まっている事に今頃気付く。


「…。」

「発進します。」


横目で私を見たアミがくすりと笑って、車を発進させる。

鈴奈が静かについた吐息はアミへの気持ちで昂っているものが多分に含まれていた。





 着いた時には辺りは暗くて、鈴奈が元居た場所の山も鬱蒼として暗かったけれど、ここも十分に緑が鬱蒼と茂っており、苔むした場所だった。

緑に囲まれた中にぽつんと位置する建物前の、5台程が収容出来る駐車場の端に車を停めるとアミが先に車の外に出て助手席側のドアに回り外側から開けてくれて、鈴奈は車から出てきた。



「ここが、アミがいつも帰る場所?」

「そうです。ただ、今までの所は一人用の部屋でしたので、もう少し広い部屋へとついこの前移らせて貰いました。」




ベースは四角い建物なんだろうけれど、角がそぎ落とされていて丸みを帯びており優しい印象の佇まいだ。

色は白で地味なのに丸みを帯びただけでそのデザインは新しい感じがした。



「他の人は?」

「いますけれど大丈夫です。きちんと世帯毎に生活環境は区切られていますよ。基本、互いのプライベートにはあまり口出し関与はしませんから。そこは安心して下さい。」


新居にしては特殊な環境に来た鈴奈は、おぼつかない足取りで入り口を探す。


「鈴奈様、こちらです。」

そっと両肩を掴まれて、そのまま腰に手を当てて誘導される。




建物が見えているよりもずっと奥まった所に入り口のドアはあり、そこをくぐると今度は自分達の新居のドアまでちょっと距離があった。


いくつかのドアを通り過ぎた所で、一番奥側のドアの前で立ち止まる。



「ここです。」

「ここ。」

真っ白い何の変哲も無いドアの前で、にこりと笑ったアミに私の頬が染まる。


「鍵を開けて中に入りましょうか。」

「あの…。」

「何でしょう?鈴奈様。」

「私とアミが結婚する事は…。」

「勿論、周知してあります。」

「…。」

それ以外にも聞きたい事があったのに、アミの答えを聞いた直後にすっぽりと頭から抜けてしまった。


鍵を開けて中に入るアミに続いて自分も中に入る。


「うわあ…。」


中に入ると部屋は意外に広くて、リビングの奥には階段を見つけた。


「アミ、あれ、階段。2階があるの?」

「2階はありますし、その上には屋上もありますよ。」

「屋上?行ってみたい!」


部屋の中にもそこここに丸みを帯びた造り付けの家具が設置されていて見るも楽しく、アミに続いて2階もチラ見させて貰ってからウキウキ気分で屋上への階段を上がった。


屋上は共用かと思っていたら、自分達だけの場所だとアミは言う。


「すごい…。」

建物の一角が庭の様になっていて、そこには周りの緑に合わせてコンクリート地とは思えない世界が広がっていた。木は植わってあるし、あちこちに草花が伸びて咲いている。


「なんて綺麗なの。」

目の前に自由に咲き乱れる草花を見て、私は嬉しくてしゃがんでじっと覗き込んだ。

アミは私の様子を見て口角を上げる。


「鈴奈様は草花等の自然も好きそうでしたから、気に入っていただけると思っていました。ここはプライベートな場所ですから、他からの視線を気にする必要もありません。気が向いたら存分にこの空間を味わって下さい。」

「うん。そうする。」


異世界の空間を一挙に見せられて、私は夢心地になった。




「あ、でも、アミ、仕事は…。」

居室でありながら仕事場でもある建物の中で、鈴奈はアミがいつ行ってしまうのかを気にする。


「今日もこれから行けば良いんでしょうけれど、でも行きません。せっかく、鈴奈様がこの地に来てくれたんですから。せめて明日の朝まではご一緒したいと考えています。」

「ホント?」

「はい。そのつもりです。」


上がっていた肩がふっと下がる。

ここに来る事は念願だったけれど緊張もしていたから。

鈴奈はほっと胸を撫で下ろした。




 ここでの食事は何品からか選べる日替わりメニューになっている。


今まで父と暮らしていた時の食事は野菜寄りのメニューだったけれど、ここでもそうしたければ野菜中心のメニューが選べて、肉や魚のメニューも好みの量で選べるので食べたい時にはほんの少量からも頼めた。


皆、と言っても何人ここで暮らしているのかは知らないが、これを毎日頼んでいるのだろうか。


角の丸まったテーブルに、届いた今日の夕食のトレイを置いて、二人は向かい合って食事をしていた。



「どうしました?」

食べながらも無口な鈴奈を見て、アミが声を掛けた。


「何か、想像してたのと違って…。」

「美味しくない?」

「ううん。美味しい。」




不思議な気分だ。


食べ物の味の想像では無くて、新婚生活についての、想像していたのと、という意味で鈴奈は言ったけれどアミは首を傾げただけだった。


テーブルに置かれた今月の日替わりメニューを見ながら鈴奈が喋る。


「毎日、毎食、頼めば出るの?」

「そうですよ。」

「…便利。」

「そうですね。助かってます。」


しかもメニューに関しては何時まで、の括りは無く、日替わりで一日を通して何時でも選んで注文出来る。


「あのね、家では、お父さんと交代で食事の用意をしていたの。あ、大したものじゃないんだけどね。お漬物が中心だったし…。」

「…。」


アミが鈴奈の言葉に聞き入る。


「だから、たまには、…私も自分で作りたいな、って思って…。だめかな?」

「何もだめじゃありませんよ。むしろ大歓迎です。僕だってたまにはトレイに載った料理以外を食べたい日もありますから、そんな日には自炊をしているんです。」

「本当?」

鈴奈が目を輝かせる。


「ええ。本当です。見て下さい、キッチンの設備もある事ですし…、良かったら、今度鍋でも一緒にやりましょう。…想像していたのと違うと感じたのはそれだけですか?」


アミは鈴奈が先程言った言葉をちゃんと聞き取り鈴奈の伝えたかった意味をその実きちんと汲み取っていた。



「後は洗濯物は…。」

「それも頼もうと思えば頼めますし、洗濯機の用意もありますから体調に寄りけりで両方を活用出来ます。」

鈴奈が感心して、へえ、と声を上げる。


「すごいシステム。仕事にいくら集中しても大丈夫だね。」

「そうですね。先程も言いましたが、とても助かっています。」

鈴奈は感嘆のため息を漏らした。




「アミは何でここで働こうと思ったの?」

「それは、自分の得意分野を活かせそうだったからです。」


仕事の説明をされたけれど鈴奈には到底理解の及ばないものだった。

父、杉の元に来た時にする話に内容が似通っている事だけは理解したが。



「私とは住む世界が別の人。」

「何て事を言うんですか、鈴奈様。僕達は今日からずっと一緒ではないですか。」


知らない事、いっぱいある。

だけれど、私はアミと一緒になるって決めて…今、この場所に居て…。



「私ね、もっと小さな、狭い場所に住むのかと思っていた。」

「アパートみたいな?」

「うん、それ。」

「僕も、ここに勤め始めるまではそう思っていました。」


鈴奈と結婚して一緒に住む事になって部屋は移ったけれど、ここに移る前の部屋も十二分に広い部屋だったらしい。



「さて、そろそろ食べ終わりましたか?」

「うん、ご馳走様でした。美味しかった…。」

「ご馳走様でした。お風呂を沸かしましょうか。」

「…はい。」

ほんわりと上気した空気に場が一瞬にして変わり、気恥ずかしい間が二人の間に生まれる。

先を行こうとするアミの背を追い、


「あ、お風呂の場所、教えて…下さい。」

「良い心掛けですね、さあ、鈴奈様こっちですよ。」

鈴奈を自分の手前側に立たせ、アミが先を案内した。








 真夜中の神社の建物で、杉とノリコが薄暗い部屋で箱の中を覗く。


中に入っていたのは分厚い本だった。


杉が手を伸ばして中の本を取り出す。

そして分厚い表紙をそっと開いた。


「…!おじいちゃん、写真?これ…。」


表紙を一枚めくった所には封筒が挟んであって、その中には写真が何十枚かと、一冊の本に見えたのは写真をしまいそびれているアルバムだった。



「この写真…、もしかして…私?」

「…はい。あなたのお母さん、お父さんが撮ったものです。写真自体は…ノリコの両親からでは無く、代理の人に送って貰ったものですが…。」


つまり、ノリコの両親が亡くなってから届いた代物だ。


ノリコは祖父、杉が何故、今のこのタイミングで自分に幼い頃の自分と自分の父母の映る写真を見せ始めたのか分からなかった。

でもきっと今見せる意味のあるものなのだろう、とノリコは真っ直ぐに祖父の顔を見据える。


「おじいちゃん。やっぱり私のお父さんは恰好良いしお母さんは綺麗な人だったんだね。」

「…はい。とても。ノリコ、あなたの両親は共に美形でした。ノリコは、両方の良い所をそれぞれ受け継いでいますね。」


ノリコの顔を見て言う杉の言葉に、言い表せない感情がひょっこりと顔を出してノリコは目が潤んできた。


「写真はどうぞ持ち出して好きな時にいつでもご覧になって下さい。今、探しているのは…。」


写真の入る封筒と、アルバムページ双方をぱらぱらと見て、ああ、ありました、と杉は言う。


「今回はこっちに入れていました。」

「…?」

封筒の中から探し当てて杉が手にしたのは、中央に金色の印が入る薄っぺらなプラスチックっぽい素材の欠片だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ