サイン
気持ちが良くて、私は窓辺で昼寝をしていた。
実際ここはいつでも昼間だったから寝るといつも昼寝になったけれど。
落ち着いた色味の青い空間の部屋で、私はのんびりと過ごした。
寝ていると、たまに自分のものか分からない、とても大切な何かを思い出しそうになって、…終ぞの今も結局は思い出せないまま、目を覚ます。
周辺を見回すと、青白い光の粒がゆっくりと部屋の中に降ってきて、よく見ないと降ってきているのが分からないくらいにゆっくりな光は、ちょっと前に感じた自分を取り巻く温かな気と同じ種類に感じた。
外は珍しく稲妻が光っていたけれど、それも光や温かな気と同義だ。
現象のどれもが、自分に対しての包み込む様な気で充満していて、自分の中の何かを養ってくれている感じがした。
つまり私は、愛で包み込まれていて。
何も心配事なんて無かった。
ただ温かさに包まれて、私は今日も穏やかに過ごす。
林の奥の二棟の家。
友喜の部屋で、床に座り込んで人形を手に掴んでご満悦の友喜に有津世が眉をひそめて言葉を発した。
「えっ、でもさあ、それって友喜自身の意識が消えて無くなっちゃったって訳では無いんでしょ?所在が分からないだけで…。」
言葉にはほんの僅かに焦りの色が載っていた。
「ん~?うん。何処かには居るよ。」
友喜は答えて、また一瞬、ぼうっとして醸し出す印象が180度変わる。
有津世は再度、友喜の顔を観察した。
やはり今回も、次の瞬間にはあどけない表情へと戻った。
「質問を変えるけどさ、君がお留守番を終えたらさ、何処に行くの?また、草原が拠点になるの?」
人形で遊んでいた友喜が顔を上げて有津世を見た。
「…きっと、そう!」
「きっと、か。確実では無いんだ?」
「…。」
口を開きかけた友喜が口を閉じて、また人形で遊び始めた。
その後しばらく、有津世は友喜の遊ぶのを見守って、夕飯近くの時間になると一緒に1階に行くのを誘った。
自分が膝を抱え込んで丸くなって、何処かの空間に浮かんでゆっくりと回っている。
求めていたものが自分の手からすり抜けて何処かへ行ってしまった想いを胸にしているから浮かぶ情景だろうか。
きっとそんな事ばっかり言ってはいられないし、普段の生活だってある。
けれどもどうしてもそこに目が行ってしまうのは、自分の性なんだろうか、とも思った。
自分のオーラの色味が変わった、と妹に指摘された辺りの時から、胸の内側に焦点を合わせると、自分の状態がまるで他人事の様にこうした情景で見える様になっていた。
ちょっと前までは、色々ありながらも嬉々としている自分の表情が見えたな…。
今は心なしか少々拗ねてしまっている様な自分の姿が見えて、功は小さくため息をついた。
住宅街の一角。
日曜日には、普段疎かになっている家事と雑用を緩くこなす。
月に一度は帰ってくる父親が来るのも日曜日だ。
今日がその日で、功となつは父親と一緒に格調の高そうなレストランで食事をしていた。
土曜の夜から帰って来れないのかと何度か掛け合った事があるが、業務上それも難しいらしく帰って来るのは日曜日の早朝でその日の内に単身赴任先に戻ってしまう。
ある時父親に用事があって、日中、単身赴任先の住処に功が突然訪問した事があったが、ほとんど物の無い部屋ながらも功達の亡くなった母親の写真だけは居室中央のテーブルにしっかりと飾られているのを目にして胸が熱くなった。
父の事を想うと、もうちょっと長く帰っては来れないのかと今まで散々言ってきた言葉をそれ以上は言えなくなった。
父はきっと、癒しを求めてなんか居なくて。
母の事をずっと覚えて居たいのだと思う。
じゃあ何故自宅にあまり帰って来ないのかと言ったら、居ない、事を認識してしまうのが辛いんだと思う。
子二人が居るにも係わらず、直視が出来ていない風にも感じてしまうそれは、今思えば自分も似ている部分があるのではないかと功は感じた。
とにかく父は、母ひと筋で。
だからこそ、泣き崩れた過ぎ去りし日の事を功は忘れない。
自分達も泣いたけれど、父のそれは自分達の比じゃ無かった。
父はきっとあの日のままで、仕事以外は母を想う事が多いだろう。
訪れた部屋に飾ってあった写真の前の花を見て肌身に感じた感覚だ。
家に帰ってこないのは、功が信頼されているのも大いにあるだろう。
昔から、なつに対しての功は親代わりみたいなものだったから。
元々何も言わずに側に佇んでいる様な人だったから、距離の違いさえあれど、父親の立ち位置は今も変わらない。
けして可愛がられていない訳では無いと、功は理解している。
なつがどれだけ理解しているかについては不明だが。
父が帰って来る時は、決まって必ずこちらにある母の墓参りを家族全員で行った。その後はいつも外で食事をして、父を最寄りの駅まで見送る。
いつか、友喜を紹介しようと思っていた。
とうにプロポーズはしている友喜の事を、父にも知って貰いたくて。
そしていつか、今日みたいに家族で食事をする中に、友喜も一緒に居る事を功は想像した。
その後は、きっと将来出来るであろう、なつのパートナーも加わって、賑やかな事この上無いだろうと想像すると口角が上がった。
丸テーブルを囲う様に座り、コース料理を口にしながら、互いの近況を話す。
功は仕事で自分の受け持っているプロジェクトが順調である事を話したし、なつはごくりと喉を鳴らしながらも自分の進みたい方向について父親に打ち明けていた。
隣に座るなつを見てみると、いつもよりも表情が硬い。
普段から一緒に居れば別だけど、こうしてたまにしか会わない父親と対峙するのは、なつにとって多少の緊張を誘うのだろう。
なつの話を耳に入れながら、所々を功が補完する。
「なつも、作ろうと思えば自分の食事を作れるし、これだけしっかりしていれば一人暮らししても問題無いと思うよ。…寂しくないって言ったら嘘になるけれど。」
「…そうか。」
「良い?お父さん…。」
なつが恐る恐る父親の顔色を伺う。
「住むにしても、治安の良い街でちゃんとした防犯の出来る部屋で無いとな。」
「え、それじゃあ…!」
「希望する学校に近い街を調べ始めてみよう。実際の見学は、功、頼んだぞ。」
「ああ。勿論。…なつ、良かったな。」
「うん…!」
緊張の糸が解けて、なつは頬を綻ばせている。
功は隣のなつを横目で見て微笑んだ。
一歩前進か。
「功、お前は、最近はどうだ?」
「え?俺?さっき話して…。」
「仕事の話じゃ無い。誰か、パートナーとか、居ないのか?お前もそろそろ良い歳だろう。」
父親の言葉に、功は咄嗟の言葉が出てこないで、ただ、口をパクパクさせて、なつはそんな功の顔を見守った。
大好きという言葉で足りないのなら、後は何を足せば良いのだろう。
君は元よりここに居て、必要な時にだけ僕の姿が見えるんだ。
影みたいなものさ。
でもね、君が必要とするのなら、僕は立派なひとつの存在になり得るんだ。
後は、君が一歩を踏み出すまで、側でただ見守って居る。
ね?影みたいなものだろう?
僕の仰せ付かった役割は、そんなもので。
大した役割じゃ無い。
だけれど、大した役割じゃ無くたって、僕にしか出来ないんだ。
だからね、そういった意味では、僕だってものすごく貴重だし、有用なんだよ。
これを聞いたら、君は笑うだろうか。
笑顔を引き出せたら、僕の役割はそこでおしまい。
後は、…そうだな、気が向いたら、他にも行くよ。
でもね、僕は君の側に居るよ。
そうして居たいから。
誰にも聞かれないから僕は自分でひとり言を言うよ。
僕の名前はシェール。
僕は…僕だよ。
こうして次元の狭間を散歩しては、たまに彼女の側に具現化して寄り添うんだ。
彼女は覚えてはいないかも知れないけれど、僕はこれまでにも何度となく彼女とやり取りをしてきた。
見てごらんよ、彼女を。
もう僕の事なんか忘れて、昼寝をしているだろう。
そう。それで良いんだ。
気楽で居てくれた方が、僕も嬉しい。
彼女の事をあれこれ分かっているけれど、こんな僕も一方ではこの事を何も知らないんだ。彼女の事、言えないよね。
自分が何も分かっていないんだ。
あ、でもね、こっちの僕は色々と知っているんだ。
だから今のこっちの僕であれば彼女に色々と教える事は出来る。
そう、出来るんだ。
君が僕を必要としてくれさえすれば…。
ドアを叩く音が聞こえた。
中の部屋はしいんとしていて、ドアを叩く音に答える者は誰も居ない。
その前にインターホンも押されたけれど反応が無いので思わずドアを叩いたみたいだ。
しばらく待って、やはり何も反応の無いのを確認してから長身で細身の脚が方向を変えて外の階段を下り始める。
近くに留めていた小さな車の運転席に乗り込むと、ソウイチは静かに息を吐いた。
住んでいる場所は分かるが、在宅かどうか確認しないで来るのでこういう事もある。
ソウイチは則陽の住むアパートを運転席のフロントガラスの内側から眺めてから、車に備え付けのデジタル表示されている時計で時間を見た。
エンジンをかけると、アパートの脇にある道路から車を発進させてその場から去って行った。
梨乃と則陽は、電車に乗って空いている車内の席に横並びで座ってお喋りをしていた。
くすくすと梨乃が笑いを漏らして、則陽は梨乃の顔を伺う。
「…最初のね、デートを思い出したの。」
則陽の耳元で小声で話す。
「あの時は路線は違うけど、こうして始めに電車に乗ったね。」
「そうだね。あの時は…実は緊張してたよ。」
則陽も思い出して朗らかに梨乃に返す。
「緊張…?あ、確かに。今なら分かる。電車で行きの移動中、ほとんど話さないし、この人本当に自分と仲良くしたがっているのか分からないや、ってすごく思ってたの。」
「そんな事思ってたの?」
「うん。だって、お店で会った時にはおでんの話ししか、して無かったでしょう?正体不明過ぎて、ちょっと怖かった。」
梨乃の言葉に、則陽は力の抜けた笑みを梨乃に見せる。
「まあ、女の人からしたらそう映るのかな。誤解されたままじゃ無くて良かった。」
「ふふっ。」
梨乃は本当に嬉しそうに笑って、則陽から視線を外して口の端を上げたままで俯く。
「梨乃はさ、何で俺の誘いをオッケーしてくれたの?」
前にしてみた質問だ。
その時に梨乃はこう答えた。
「う~ん、何でだろう。その当時に今の言葉で付け加えるとしたら…その時にはそう思ったかどうかはっきりしないよ。でも…、則ちゃんって、外に見せる顔とか外見とか、気を払わな過ぎじゃない?そこが良かったのかも。」
「…どういう事?」
「お洒落に興味が全く無いって訳じゃ無いのは分かる。でもそれって最低限、清潔に見せるための装いって感じで、他には全然気が行っていないって言うか…、そこがすごく嬉しい。」
作業部屋の片隅にあるベッドの上で、肩や脇に時折則陽からのくちづけを受けながら、梨乃はたまに速くなる吐息と共に答えた。
「何だか、分かった様な、分からない様な…。」
視線を空にやって小首を傾げる則陽にくすりと笑い、梨乃は則陽を見ながら想いを巡らせる。
硬派では無いし…。あ、コンピュータに関して言えば、硬派なのかな。
則ちゃんの魅力は、なかなか言葉には言い表せられないよ。
中には、それを肌で感じてしまう人も居るけれど…則ちゃんの職場の人とか…友喜ちゃんとか…。
「何か全然周りを見てないみたいな言い方だけど、梨乃にはちゃんと気が行ってるよ。」
ちょっと文句有り気な言い方をして、梨乃の唇に自身の唇を軽く重ねる。
唇が離れた拍子に、梨乃が言葉を添えた。
「後、コンピュータに、でしょ?」
「そう、梨乃、流石。良く分かっているね。」
二人は笑い合って、互いの唇をまた重ねた。
電車に揺られながら、則陽は梨乃の肩を見た。
手のひらサイズの雲があって、そこからにょっきり足が生えた形の神獣が梨乃の肩に乗っている。
昨夜、梨乃は事前に言っていた様に神獣を石の所に移動させるのを試みた。
すると風呂前に一度試した時は失敗して肩に乗ったままだったが、就寝前には成功して、石の上に神獣は鎮座してくれた。
そのまま朝になって、出掛ける前に、梨乃が石を持って行こうかな、と言った。
「一緒に行動したいかな、って思って。だからわざわざ、出てきてくれたのかなあって思ったり。」
二つの石両方の上に乗っかっていたけれど、どちらかと言えば梨乃の石寄りに鎮座していたので、梨乃の神獣なのかな、と則陽は考える。
「則ちゃんは石、持って行く?」
膝に載せてある鞄の脇ポケットから覗く石を眺めて、則陽は自分の答えた言葉を思い出す。
「対の石だって言うから、梨乃が持って行くのなら俺のも持って行った方が良いんじゃない?」
梨乃は則陽の言葉に頷いて、じゃあ、と自分の石を手に取ると神獣は途端に梨乃の肩へとワープして則陽と梨乃を驚かす。
「あれ?移動、出来ないんじゃなかったっけ?」
「うん。今、瞬間で移動した様に見えたね。」
「うん。」
不思議だね、と二人で言いながら、出掛ける準備を進めた。
乗車時間は快適に過ぎて、目的の電気街へと着いた。
則陽も梨乃も心から嬉しそうで、梨乃に至っては口の端から笑みがこぼれている。
「梨乃、この街、そんなに好きだった?」
あまりにも上機嫌さが溢れる梨乃の表情に、分かっていながらも則陽が聞いて、二人はまた笑い合ってどちらからともなく手を繋いだ。
食事が終わってレストランから最寄りの駅へ行って、なつと功の二人は父親を送り出した。
改札口を通って振り返る父に改札口の手前で功達が手を振ると、父は功となつに笑みを見せてから再び進行方向を向いてホームに続く階段へと歩いて見えなくなる。
振っていた手を止めて、なつが隣の兄、功を見る。
「どうして友喜の事を言わなかったの?」
「え、いや…。時期尚早だろ。」
「何で?プロポーズしたのに?」
「…。」
黙りこくる功を見て、なつは声に出さずに続けて思った。
友喜が、今の友喜の中身が友喜じゃ無い事が大きいんじゃないかな。
今のあの状態じゃ父には紹介出来なさそうだし紹介するのは後々になるのは分かるけれど、彼女が居るって事くらい、話せば良かったのに。
なつは功の嬉しそうな顔が見たかった。
口出しをしないで今回見守っただけにした自分の行動に、なつは幾分かの不満を覚える。
居るってあたしから言ったら良かったかな。
でもな…。
なつは隣に居る功の顔をもう一度覗き込む。
「行くか。何か見るものあるか?」
「シャープペンの芯を見ようかな。」
「うん。じゃあ文房具屋に寄るか。」
駅構内を出て、街へと歩き出す。
今居るのは自宅最寄りの駅の街と違って、規模が大きく賑やか目な街だ。
レストランは格調高めの店が何件か軒を連ねているが、他に関しては専ら庶民的な街だった。
墓参りの後に通り道となるこの街は寄るのに都合が良かったし、父は毎回この街でレストランを予約してくれた。
そして父を見送った後に自分達は直ぐには帰らずに兄妹二人で街をぶらつくのが定番になっている。
前までは服も大抵この時に功に買って貰っていたが、この頃は自宅最寄りの街の方がなつの好みに合う店があるという事で自分で買うからと、お小遣いだけ貰う様になって久しい。
だけれど日用品や、ちょっとした文具等の買い物ならば変わらず功と一緒の時にする。
なつはこの時間がいつも楽しみだった。
一時期までは功となつとの体格差もさることながら、功の見た目から、カタギじゃ無い男が小さな女の子を連れ回している風にも見えただろう。
今の功は髪を整え直して服装にも気を遣う様になったから、ようやく一般人として見える様になったけれど。
功を知っていて話す間柄の人であれば、前の印象だって見掛け倒し以外の何者でも無かったけれど。
「どうした?じろじろ見て。」
功が不思議そうな顔でなつを見返す。
「ちょっと前の事を思い出していたの。お兄ちゃん、見た目怖かったなあって。」
「そうか?」
別に怖くするつもりなんて無かったぞ?と功は全くの自覚無しだ。
「そりゃあ、あたしにも怖く無かったけどさ。傍から見てって意味。」
「…あんまり納得いかないけど。そうか。」
功の反応を見てなつが口の端をいたずらっぽく上げて見せる。
功は静かにため息をついてから、表情には薄っすらと笑みが浮かんだ。
「あ、ほら、どっちの店行くのか?両方でも良いぞ。本屋に入ってる文房具コーナーか、あっちの商業施設に入ってる文房具店。」
「じゃあ両方!先に本屋さんの所を見てから。」
「うん。分かった。」
勢い良くなつが返事をして、功は我先にと進んで行くなつに続いて二人は横断歩道の向こうに歩いて行った。
温かな気配を感じて私は目を覚ます。
腕をついてその上に頭を載せて寝ていた姿勢から上半身を起き上がらせて窓辺から振り返ると、中性的な顔立ちの男が私の側に跪いて私の様子を伺っていた。
「あれ?あなたは…。何処かで見た事がある…?」
「また忘れたのかい?僕だよ、シェールだよ。」
「シェール…。」
まあもっとも、名前を言った所で、君はまた忘れてしまうんだろうけど。
「何か、危惧する所でもあるのかい?呼ばれた気がしたよ。」
「ううん、何にも。」
答えた途端、シェールが透明に透け始めて思わず慌てた。
「えっ?どうして消えちゃうの?」
驚きの声に、シェールの透けて消えかけた体が元に戻って息をつく。
「驚いた?実は再三これをやっているよ。…気を取り直して、君の話でも聞こうとするかな。」
「…あっ、思い出した!…あなた、ただの通りすがりの人じゃ無いの?」
「正解。通りすがりだけど、僕の存在を認めた時点で、僕は通りすがりなんかじゃ無くなる。自分の引き出しみたいなものだと思ってくれて良いよ。」
私は眉をひそませる。
「何を言っているの?」
全く分からないと首を振った。
「見なければ気付かない。見ると居るのを気付く。そんな感じかな。」
彼の説明を聞いて、私はますます眉をひそませた。
「何なの…。」
「まあ、そう目くじらを立てなさんなって。僕だって、言葉で説明が立ち行かなくて歯痒いんだから。ざっくりと言うのであれば、君の味方…かな。」
「味方?…胡散臭い。」
思わず出た言葉に、シェールは唖然とした。
「えっ、君ってそんなに口が悪いの?もっと…こう…おしとやかで、柔らかい人だと思っていたけど。」
事前情報、違ったかなあ?とシェールは何処からともなくメモ帳を取り出してぱらぱらとめくって見てから、はっとした表情をして言った。
「分かった!おしとやかなのは、もう一人の君の方だ!」
「…え?」
「なーんて。半分冗談だけどね。前回会った時は君の叫び声が空間に響いていたし、喜怒哀楽について君は率直なのかもね。」
「…叫んでた?」
後半の言葉は聞かずに、私は気になった言葉だけを拾う。
「何かの間違いじゃない?私、叫んでなんか…。」
「あの声は確かに君の声だったよ。僕は耳に関しては自信があるんだ。だけど…そうか、君は自分が叫んだ事を覚えていないんだね。」
許容する様に柔らかい表情で頷くと、シェールは私の顔をじっくりと眺めた。
「さてと、思い出したい事はあるかい?」
私はゆるりと首を振る。
「そうかい。あ、ねえ、君はここで一人でお茶しているの?貰っても良いかな。」
後ろの空間に置いてある小ぶりのテーブルに備わっているティーポットとカップを見て、シェールは私に聞いた。
「良いけど、カップがひとつしか…。」
「良いんだね。じゃあ貰うよ。」
シェールがテーブルに近づいた途端に、カップがもう1客増える。
「あれ?二つあったっけ…。」
私はシェールの後ろから見えたテーブルに首を傾げて、悠々とお茶を注ぎカップに口を付けるシェールを眺めた。
「君も飲むかい?」
「う…ん。飲もうかな…。」
地べたに座って居た状態から立ち上がって、テーブルの前に立つシェールの側にいそいそと近づいて行った。




