溶解
歌声が聞こえてきた。
空間中を良く通る透明感のある声音だ。
彼女の歌声は光の柱を通り次元を介して降り注ぐ。
それは祝福で。
受け取っても良いよ、と決めた人の下へ、際限無しに降り注ぐ。
「どうしたの?」
歌声が止まって話し掛けてきた。
「私は、もう持ってるから。」
「良いんだよ。いくらだって。知ってるでしょう?」
「私は、ずっとここには居ない予定だから…。」
「だからと言って、受け取るのを遠慮する必要なんて無いでしょう?」
「うん…でも嬉しくなっちゃうから…。」
「今そこに居るのが?」
「うん。知らない感情と出会ったの。でもね、これもきっと…。」
「自分のものでは無いと?」
「…そう。」
「良いじゃない。せっかく味わえているんでしょう?」
「でもね、きっと嫌がる。」
「誰が?」
「この体の…持ち主。」
「あら、どうせあなたじゃない。何を遠慮する必要があるの?」
もう一度同じ質問を繰り返す。
「一瞬だけ見えたの。通り道に術を掛けた時に、すうっと彼女の意思が入って来たの。」
「彼女は、何て?」
「すっごく、会いたいって………。」
繁華街に埋もれて存在しているワンルームマンションの建物。
「ご馳走様。」
「は~い。…足りた?」
「足りたよ、丁度良い量だった。…俺はお前みたいに大食いじゃねえしな。」
辰成の言葉を聞いた穂乃香がむすっとする。
「私は大食いなんじゃ無くて、健康体なだけ。」
食器を片付けていた穂乃香が、えへんと腰に手をやり辰成に振り返って見せる。
「その言葉をお前限定の意味で訳したら、大食いだろ。」
「んもうっ!」
口を尖らせながらも、穂乃香は何気にご機嫌そうだ。
流しで皿を洗いながら話を続ける。
「明日は日曜だから後一日休めるんだし、今度こそちゃんと休んどかなきゃだめだよ。」
「…いや、明日こそはオフィスに…。」
「だめ!一週間前に熱出して今日再びだったでしょ。流石に…承知出来ないよ。お願いだから休んで。」
穂乃香が見せる顔は思いのほか真剣なのを辰成は感じて言い返すのを止めた。
「…お前が今日も泊まってくれるなら、そうしても良いけど。」
ぼそっと言う辰成に、穂乃香がほっとしながらも薄っすら赤面する。
「着替え…。」
「洗濯すれば良いだろ?乾くまではまた俺の着れば良いじゃん。」
「…簡単に言ってくれちゃって…!じゃあ今度はパンツも貸して。」
「は?パンツなんか貸せるかよ!お前ノーパンで居ろよ、だぼだぼの服着てりゃあ見えねえよ。」
「やだ!すーすーするもん!」
ぎゃあぎゃあ言い合いをして、お前うるせえんだよ、と最終的には辰成が穂乃香の唇を塞いで決着がついた。
「あ…。」
その後の二人は…言うまでも無いけれど。
そこまで元気なら全然問題無さそうだけどと、つい横から言葉を挟みたいくらいに、辰成は結局元気だった。
住宅街の一角。
1階からも2階からも静寂の空気が漂ってくる吉葉家では1階のダイニングテーブルの席で功が一人突っ伏して眠り込んでいた。
功が突っ伏していた姿勢で寝返りを打った際に、目を覚ました。
あ、俺、いつの間に…。
ぼけぼけした表情で自分の周辺を見回し、リビングの壁掛け時計で時間を見た。
夜中に差し掛かる時間になっていて、気が付いたのがせめてこの時間で良かった、と功は思った。
ちゃんと横になった方が体休めるもんな…。
広げてあった本2冊を閉じて、棚にしまい込む。
友喜から貰った石は何と無く手に持っていたくて、石を握ったまま1階の電気を消して、真っ暗になった家の中を移動して階段を上った。
自分の部屋に入ると静かにドアを閉めて、ベッドの上で手のひらの石をじっと見た。
今日柚木家に行った際、これと対の友喜の石も見せて貰えば良かった。
友喜のもこれと同じ色味で輝いているだろうか。
友喜が今の状態になる前に、意識が持って行かれるから石を触れないんだ、と彼女が言っていた。
今の友喜はどうだろうか。
始めからキャルユの意識、ぽわぽわか…、その持ってかれる方の意識なんだから単純に考えてみれば大丈夫なんじゃないかとも思う。
今度彼女に会った時にお願いするか。
それとも彼女の兄にメールで伝えておくか。
…メールが手っ取り早いか。
何で石を見たいかは、功は自分で分かりきっていた。
何でも良い、彼女との繋がりを感じられるものであれば。
不足している、なんて感情は持ちたく無いけれど、現状そうなんだから致し方無い。
当たり前に触れられて、当たり前に気持ちを通じ合わせる事が出来て、当たり前に求められて…。
それがどんなに自分にとって力になっていたかを今になり改めて感じる。
時に嵐みたいな彼女の行動は自分を大いに揺り動かしたし、そういう見方では入れ替わってしまっている今の彼女も同じだ。
だけど決定的に違うのは、お触りNGって事か。
いや、自制はするけれども。
入れ替わる前から自制はしていたし、そのタガを外してしまったのは別次元の空間でだけだ。
大丈夫。自信はある。
深く考える前に手を握ってしまったあれはカウントゼロで良しとする。
気が付いて良かった。そして何事も無くて本当に良かった。
良かったけれども…。
石を眺めながら、しばらくの間、功はベッドの上に座ったまま想いに憂いていた。
夜の帳が下りて、今夜も山の奥の神社はごくごく少ない社内の明かりで闇の中に溶け込んでしまいそうな所を押しとどまっている。
外の空気がそのまま入ってくる開け放たれた構造の、社内で一番広々とした空間で、今夜も縁側に小さな座卓を移動させたノリコは夜空が仰ぎ見れる位置で写本を進めていた。
ふと手を止め、同じ空間の中央奥に背を向けて座っている祖父の杉に目をやった。
「ねえ、おじいちゃん。」
「ノリコや、何ですか。」
「あれから、変なのは来てないの?」
「私は見掛けてないですね。ノリコはどうですか?」
「私はね、おじいちゃん…、あれ?」
「どうしました?」
「うん。今言おうとした事がどっかに飛んじゃって。」
「そうですか。」
杉は落ち着いた表情でノリコを見て、言葉を続ける。
「もう何年もここの神社の木が宇宙エネルギーを受信するのを阻害されていますけど、前回起きたあれは集大成のひとつではないかと思います。根本的な機能さえも失わせたいのでしょう。」
「そんなにうちの神社が邪魔なの?」
「そうとも言えます。ここの木の接続が回復すれば、他も綺麗に整うでしょうから。」
ノリコが杉の言葉を聞いて、縁側の外の暗闇を見つめた。
「ねえ、ソウイチくんに言って、前に持って来て貰った箱みたいなのを増やして貰ったら?」
「いいえ、あれはひとつで十分です。どちらにしろ、狙われ続けるのであれば対峙して解消しなければ消極的な対応のみをずっと強いられる事になってしまいます。」
それがどうしてダメなのかノリコにはよく分からなかったけれど。
杉はノリコよりもずっと思慮深かったし、そう思う訳が杉にはあるのだろうとノリコは思った。
「私も今回が初めての経験ですが、ノリコも戸惑う事は色々と多いでしょう。」
「おじいちゃん、私は平気だよ!」
ノリコが勢い込んで言う。
「そうですね。ノリコは大丈夫です。私達にはソウイチくんも居ますし、孤軍奮闘でもありません。」
「孤軍奮闘?」
「助けが無く自分達だけで対処すると言う意味です。」
「そうだね、私達にはソウイチくんも居る。」
優しい目線をノリコに向けて、さてと、と杉は立ち上がった。
「こんな時間ですけれどこれからお茶でも飲みますか。」
「うん。」
おじいちゃん、私がお茶淹れるね、とノリコが言い、そうですか、ではお願いします、と杉が受け答えて二人は奥の部屋へ行った。
自分の意識が戻って、今回は直ぐさま隣のログハウスへと訪ねて行った。
林の奥の二棟の家。
ログハウスの玄関前でインターホンを押し、しばし反応を待つ。
玄関ドアの鍵を回す音がして、雨見が顔を出した。
「有津世。どうしたの?何かあったの?」
出てきた雨見が後ろ手にドアを閉めながら尋ねた。
「うん。雨見と、向こうで会ったから…。」
「向こう…もしかして、また森で?」
「うん。雨見は今回のも覚えて無い?」
有津世の問いに雨見は一拍置いて、ふるふると首を振る。
「今話せる?」
「うん。」
「じゃあ、こっちおいで。」
有津世は雨見を自分の家の玄関前の段差へと誘って、二人腰を下ろしたと同時に雨見に手を伸ばして両腕で雨見の体を包み込んだ。
「有津世、…どうしたの?」
頬を綺麗に上気させた雨見が有津世の顔を覗き込んだ。
有津世は姿勢を戻して雨見を見つめ返す。
「雨見とさ、飛んだ先の世界で一緒に行動すると…、何と言うか、更にこっちの雨見にも会いたくなるんだよ。」
上手く表現出来ないけどさ、と言って微笑んだ。
雨見の事がより愛おしくなるのだ。
本当はそれが言いたくて。
でもその表現は今ここで言うには直接的過ぎるから、有津世は言葉を変えてそれを伝えた。
「また私、一角獣だったの?」
「うん。美しかったよ。」
そして本当はもっと、雨見の事を賛美したい気持ちでいっぱいの有津世は、自分の発した言葉に思ったよりも芳しく無い雨見の反応に疑問を持った。
「…雨見?」
有津世の声に、雨見は有津世と目を合わせた。
「あのね、思ってたんだけど、私も自分が一角獣である記憶を、いつかは思い出せるかな…って。」
「…それを考えてたの?」
「うん、それとね…」
有津世は雨見の次の言葉を待った。
「話を聞いてみて思ったのがね、羨ましいって気持ちと、すごいな、って気持ちと、それと自分が何処か蚊帳の外だな、って感じる気持ち…、…もしかしたら、何も思い出せないで私達の話を聞いてくれてた友喜ちゃんも、同じ風に感じてたかなってね、ちょっと、考えちゃって。」
有津世は思い返してみた。
当時の自分達は、そこまで急変する事の無いツァーム達の世界について、どちらかと言えばわくわくした心持ちで。
色々起こってはいても、今の有津世は一角獣の雨見との体験や雨見を賞賛したい気持ちで一種盛り上がっていた。
つまり、当時と通じる姿勢が今の有津世にもあるって事で。
「…反省するよ、ちょっと、浮かれてた。」
「あ、良いの、謝らせたいんじゃ無くて…。」
ただ、当時、有津世の事をあんなに好きだった友喜を想うとくるものがある。
声に出して良いものか迷い、雨見は有津世の顔をちらと覗いた後で意を決して口にした。
「…今の友喜ちゃんは、中身がキャルユな訳でしょう?つまり…その。」
ツァームの事を好きだったキャルユが今の友喜だとしたら。
友喜の気持ちに巻き戻りがあったとしたら。
そんな事があるのかどうかは分からないけれど。
アミュラやツァームのキャルユを想う気持ちが覚悟はさせたけれど出てくる憂いは別で。
この憂いにはどう対処したら良いのか、雨見には分からなかったから。
「…俺もさ、始めは構えたよ。今度キャルユのキャラクターが表出した時には丁寧に接するって雨見にも伝えはしたけどさ、でも実際、気持ちを知って、再度となると…、こんな事言って、ホントは雨見に殴られてもおかしくは無いんだろうとは思うけど…。」
雨見はゆるゆると首を振った。
「だけどさ、今回友喜と入れ替わっているキャルユはぽわぽわのキャラクターみたいなんだ。」
「ぽわぽわはキャルユだから…。」
当然その部分もあるんじゃない?と言いたげに雨見は驚きもしなかった。
「それが俺も一緒くたにしていたけれど何かが違うんだ。本人はキャルユだ、って言うけれどホントかな、って疑うくらいにはキャラクターがツァーム達の知るキャルユとは違って…。雨見、ぽわぽわって、幼児みたいな側面ある?」
「えっ?幼児?」
雨見の聞き返しに有津世が頷いた。
「元々があの姿だから、幼児?う〜ん、幼児って…言えなくも無い、かな…。」
あまりそういう見方をした事が無いと言うも、雨見は首を傾げながら言葉を続けた。
「ああ、でも、私と梨乃さんが出会った小学生の姿の友喜ちゃんとキャルユ。キャルユは友喜ちゃんよりも幼かった…幼児って表現するとしたらそっちかな。」
「そっか、そのキャルユも居るんだ…。」
薄々気付いてた事だけど、キャルユのキャラクターはひとつだけでは無いらしい。
その事を雨見に伝え有津世は話を先に進める。
「彼女に好かれてるのは伝わってはくるんだけど、吉葉さんの事も気に入ったみたいでさ。いや、吉葉さんの事を、だな。明らかにさ、気に入ってるんだよ。」
「中身がキャルユの友喜ちゃんが、吉葉さんの事を?」
「うん。実際に見ないと信じられないかもだけど、あれは相当だよ。昨日ね、あれ、昨日かな?雨見、今日って何曜日で今何時くらい?」
「日曜日の、夕方…。まだ17時はまわって無いと思う。」
「ああ、じゃあ昨日だ昨日、吉葉さんの家に行ってた友喜がプログラミングのオフィスの街までついて行って、その後で俺が迎えに行った時も解散したがらなくて結局家まで来て貰って一緒にお茶してさ…。」
有津世の説明に雨見は目を瞬かせた。
「まあその話はまたするとして、雨見、また時間が飛んでる。雨見は今日こっちでの記憶はある?」
「あるはず。ん〜とね……あれ、思い出せない…。」
考え込んだ雨見を見て有津世は続けた。
「今回意識が戻って直ぐに雨見に話をしに来たんだ。日中だと思って時間あまり意識してなくて…でも実際は自分の思ってた時間とずれがあった。」
「空白時間がまた出来た…。」
「雨見が一角獣になってあの場所に飛ぶ時は、こちらの時間も勝手に進んでしまうって事かな…今回のが2回目で…。」
「2回も、こちらの時間が勝手に進んだの?」
「友喜と同じ様な記憶の空白時間で、別の意識が自分達を動かしていた可能性も無きにしも非ずだけど…。」
有津世の言葉に雨見が神妙な表情を見せた。
「ただ、今の所、俺も雨見も親から様子が変だったよ、とか、その時間の事で何かを指摘されたりも無かったから…。」
「確かに…。」
有津世の言葉に雨見が静かに息をついた。
「まあだから、今の所さしたる不都合は無いっていうか、」
「ホントに何も、問題無いのかな…。」
「今の所はね。」
「うん…。」
友喜の現象は有津世や功が見守ってるけれど、今回の有津世と雨見の現象については誰かが事情を知って見守っているとかでは無いから。
状況が込み入ったりでもしたら(今でも十分に込み入ってるとは言えるけれど)、不都合の出てくる可能性は否めなくは無いけれど。
雨見は難しい顔をして考え込んでいる。
その様子を見て有津世が雨見に言葉を添えた。
「まあでも、今ここで答えが出るものでは無いし、それでもさ、寄り添い合っては行こうよ。」
有津世は腕を伸ばして雨見を優しく引き寄せた。
「うん、そうする。」
雨見は有津世の腕に包まれて彼の肩に顎を載せる形になって頬を上気させながら有津世に答えた。
話を終えてそれぞれの家に帰ると、有津世はリビングに行ってテレビ棚に置いてあるデジタルのカレンダー付き時計で今日の日にちと時刻を改めて確認した。
自分は今回どの時点で記憶を失っただろうか。
リビングのソファに居る両親にふと尋ねる。
「友喜は?」
「ん?部屋じゃないのか?」
今の言葉に焦りを載せてしまったと思い、なるべく平静を装い父からの返しに反応を示すと有津世は階段へと向かう。
階段を即座に上って友喜の部屋の前まで来ると、有津世はドアをノックしながら声を掛けた。
「友喜。居る?開けて良い?」
しいんとしている。
有津世は思わずドアをガバっと開けた。
見ると部屋の奥の方で友喜が背を向けて床に座っていた。
また何かが起きたのかと思って一瞬どきっとしたがそういった事では無さそうだ。
でも別の意味で有津世の胸はどよめいた。
何だ、この散らかり具合は…。
友喜の周りには様々な物が散乱していて。
どうやら部屋の奥にある押し入れからわざわざ出したみたいだった。
「何してるの?友喜。」
ドアノブを握ったままの位置で友喜を凝視していたら、友喜は有津世の方に振り向いた。
「見て、可愛いの。これ、良いね!」
掴んだ人形を有津世に見える様に友喜は掲げて見せた。
「…遊んでたの?」
呆気に取られてしばし半開きの口で見ていた有津世が我に返って友喜の近くに寄って行った。
「え、いつから遊んでたの?どれくらいの時間そうしてた?」
「ん~?皆が固まっちゃったから、それからずうっと。」
「固まってた…!?友喜、その話、詳しく聞かせて!」
有津世はぐいと友喜に差し迫った。
言うべきかどうか分からなかった。
だから確認はしなかった。
出来なかったという方が正しいかもだけど。
でもきっと何かしらの繋がりはあるんじゃないかと思った。
山奥の神社の奥の四畳間で杉とノリコがお茶をすする。
「ノリコ。何か悩んでいる事でもあるのですか?」
杉がノリコの顔を覗き込んで尋ねてきた。
「あのね、おじいちゃん。私、思った事があって…。」
珍しく気遣わし気なノリコが、おずおずと口を開いた。
人形を手で動かしてみてにんまりと笑う友喜に、有津世は遠慮無く差し迫る。
「ねえ、友喜。固まってたってどういう事?」
友喜はぽかんとした表情で有津世に聞き返してきた。
「有津世は知らないの?」
「知らない。…あ、確か一緒に話していた時に光が見えたから…そこからか…。その先からのこっちでの記憶、覚えて無いんだ。」
「そうなの。あのね、お呼び出し。前にもあったでしょう。」
「前回の、アミュラを探しに行ってって君が途中まで導いてくれた時の?」
ぽんと片手のひらをもう一方の拳で叩いて、そう!と友喜が答える。
「その時もね、あのね、こっちでは固まってたの。」
「…俺が?」
「有津世達の、親も。」
「…親も?お父さんお母さんも?」
友喜が有津世の問い掛けに、うんうん、と答える。
「そしたらさ、うちの親も驚きそうなものだけど。だってさ、時間が飛んでるんだよ。途中でふわっと。あ、それにさ、雨見達の所は?友喜、それは分かる?同じ事なの?」
友喜はもう一度、うんうん、と有津世に頷いて見せた。
「何でそれで辻褄が合うんだろ…。うちの親も雨見の親も大騒ぎしないのは…何でだと思う?友喜、知ってる?」
「ん~ん。」
大振りに首を振って友喜は首を傾げた。
それについては知らなそうだ。
あちらの世界でツァームとアミュラがある時点まではずっとキャルユと一緒に行動していると思い込まされていた、からくり、と一種似たものなのかなと有津世は考えてみた。
そうだとしても、今はこれ以上は分かりっこ無かった。
有津世はふうと息をついて、改めて友喜の周りを眺める。
「それにしても…、ねえ、友喜。何でそんなに散らかしてるの?」
「面白い。面白いの。ほら見て、色々ある。」
嬉々として人形の服やら人形の部屋やらのおもちゃを友喜は見せてきた。
「それさあ、友喜が大切に取って置いてあるやつじゃないの。あまり散らかさない方が良いと思うな。」
「だってね、草原にはこれ無かったよ。」
「草原?」
「うん。草とお花いっぱい。お姉ちゃんは居るけど、他には何も無かった。あ、石碑はあったよ。」
有津世が一瞬考えて、
「君ってやっぱり幼いキャルユと一緒なの?あのさ、梨乃さんとか雨見が飛んだって言う草原に居たキャルユと…。」
「キャルユだよ、うん。そう。私だよ。」
投げ掛けた問いに、嬉しそうにまたうんうんと今度は多少激しく首を動かして肯定した。
「そっか、じゃあ君は、ぽわぽわでありながらキャラクターは幼いキャルユなのか。」
ぽわぽわのキャラクターが果たして幼いキャルユと100パーセント合致するのかイマイチ分からないけれど、でもまあ同じなんだろう。
何せ本人がそう言ってるのだから。
人形を手に、名残惜しそうな顔で友喜は有津世に聞いてきた。
「ね~え、遊んじゃだめなの?」
「…良いよ。遊んだ後には片付けようね。…てかいつから遊んでるの?」
「ん~、有津世達が固まってから。」
「え、それからずっと?」
「ん~?そう。ずっと。」
小首を傾げてから友喜は肯定した。
友喜と一緒に話をしていた時に光を見た。それからの事を覚えていないからきっとその時間からだ。その時はまだ土曜日の午後、夕方辺りだったから…。
「え、…夜は勿論、寝たんでしょ?」
「ん~ん。ずっと、遊んでた。」
「えっ…。」
そんなに遊びたかったの?
驚愕の眼差しを友喜に向ける。
「あのさあ、今夜は寝なよ。明日は学校あるんだし。」
「学校。学校の後で、カフェ、寄る。」
如何にも楽しみなんだと言いたげに有津世に知らせてきて、有津世はそんな友喜を思わず真顔で観察した。
「友喜、学校と寄り道が楽しみなの?」
「うん。学校にはなっちんが居るし、カフェではなっちんのお兄ちゃん、に会えるもん!」
「友喜、懐いてるんだね。」
「懐く?」
「とても好きって事。」
言い換えた表現に、友喜は、うん、そう!と元気良く答えてから醸し出す雰囲気が180度変わり、今度はぼうっとして、その表情は、友喜自身が一瞬戻って来た様にも見えた。
観察を続けていると次の瞬間にはあどけない表情に戻ったのを見て有津世は僅かに目を見張った。
「…こっちの世界、楽しい?」
「うん、楽しい!」
「いつまで居れるの?」
「うん?分からない。」
じゃあさ、と有津世は質問を変える。
「友喜自身はさ、ほら、君と入れ替わった意識の方の友喜の事ね。…いつ戻ってくるのかな。」
「ん~。…。」
「友喜自身の意識が、今何処に居るかとか、分からないの?」
「分からない。何処かに行っちゃった。」
「…。」
都内アパート。
ただいま、と、則陽が玄関に入って来て、それを聞きつけた梨乃がおかえりなさいと言いながら急ぎ足で則陽の側まで来た。
「梨乃、急いでどうしたの?何かあった?」
嬉しそうな梨乃に則陽が知りたそうに尋ねた。
すると梨乃は胸を張って得意げに聞き返す。
「則ちゃん、私の肩に、何か見える?」
「肩?…梨乃、それ、神獣の…!」
「良かった、則ちゃんにも見えて。あのね、お茶を飲もうとお湯を沸かしてたらね、湯気の形がこう変わって…。」
片方の肩に雲の形のヘンテコな生き物を乗せながら落ち着き払って説明を始める梨乃に則陽は違和感を覚える。
何でそんなに落ち着いて居られるんだ。
物怖じをしない様子の梨乃に、則陽は密かに感服した。
「でね、移動したいみたいだったんだけど、ちっとも進まないの。だからね、肩に乗せてみたんだ。そしたら気に入ったのか、ずっと乗ったままなの。」
「梨乃、…何とも無いの?」
「うん、平気。…怖い?」
「いいや、そういう事じゃ無くって…あ、でもそうかも、ちょっとは怖いや…。」
何が起きるか分からないから怖いんだと思う、則陽は梨乃に白状した。
「梨乃が大丈夫なら良いんだ。」
梨乃を見ながら、週明けに功に話す内容が増えたと則陽は思った。
「石は?何か変化あった?」
「ん、どうだろ?則ちゃん見てみて。」
デスクトップコンピュータのデスクに鞄を置いて奥の窓辺に置いてある二つの石に則陽が目をやった。
色が…変わった?
「梨乃、石、変化してるよ。青く光ってる。」
「そうなの?やっぱり私、それは見えて無い。分からないもん。」
感心しながら、梨乃は則陽と一緒に再度石を眺めた。
「青なの?」
「うん。青。青白いって言った方が近いか…とにかくすごく光ってる。」
「二つとも?」
「二つとも。」
有津世くん達にも伝えておこう、と則陽はデスクトップコンピュータの電源を入れながらも梨乃に振り返り、梨乃、お腹空いた?と聞く。
「空いたけど大丈夫。先にメール打っちゃおう。」
「そうするよ。」
則陽が席に座り、後ろで梨乃が一緒に画面を眺める。
「今日さ、功とも会って、入れ替わりで直ぐ帰っちゃったんだけど、様子が少しおかしかったんだよ。」
「何かあったのかな。」
「急いで帰ってったから分からないんだけど、それでも午前中にクリスタルの中で友喜ちゃんに会った事だけは伝えたんだ。月曜日にはちょっとくらい話をする時間は持てると思うけど。」
則陽の言葉に梨乃は頷いた。
モニター画面にはメール画面が表示されて、則陽は直ぐに編集画面に切り替える。
則陽が打つ文章を則陽の背側から覗き込む様に見ていた梨乃が言葉を漏らした。
「今回のこの変化は、ひょっとしたら友喜ちゃん達側とも連動してたりするのかな…。」
梨乃の言葉に則陽は振り返る。
「もしそうだとしたら、こういった事象が起きているのもおそらく自分達だけじゃなくて、って事?」
「そう、それが言いたかったの。」
「どうだろう。それも確認を取ってみようか。」
「うん。」
メール文章を打ち込み終わって、送信ボタンを則陽が押した。
手早く作った簡単な夕飯をダイニングテーブルの席で食べながら、則陽が梨乃に尋ねる。
「それさ、重かったりしないの?」
「神獣の事?重く無いよ。むしろね、肩、ふわふわする。」
「へえ…。興味深いな。俺の肩にもさ、乗せようとしたら乗るのかな?」
「どうだろう。やってみる?」
梨乃が掴んでいた箸を置いて、自分の肩に手を添えてみるも、手までは乗るが、則陽の肩に下ろそうとしても梨乃の手のひらの上にじっとして則陽の方に移動しようとはしない。
「梨乃の事が気に入っているのかな。」
「そうかな?」
「お風呂は?寝る時も肩に乗っているのかな。」
だとしたらちょっと邪魔だな…。則陽は口に出さずに考える。
神獣を邪魔だとか、罰当たりな気持ちかも知れないけれど、梨乃を独り占めしたい時間に彼女の肩にじっと居座られるのもなあ、と則陽は続けて考えた。
「お風呂に入る前にでも、石の上に移動出来るか試してみるね。」
「…お願い。」
則陽の考えている事が梨乃に伝わってしまった様で、則陽はバツが悪そうに笑った。
「ねえ、梨乃。明日さ、梨乃の新しいコンピュータを見るのも兼ねて、電気街に行かない?」
「良いの?」
「うん。俺もいくつかチェックしたい部品があってさ。」
インターネットで見るのも良いけど、足を延ばした方がもっと色々見れるでしょ?食事も出来るし、と則陽が言った。
「行く、行きたい!」
「じゃあそうしよう。」
そう決めた所で梨乃達の居るダイニングからはちょっと離れた作業部屋にある則陽のデスクトップコンピュータのモニター画面から声が聞こえた。
「何よ、アンタ達、明日も出掛けちゃうの?最近付き合いが悪いんじゃないの!」
ツピエルだ。
モニター画面の中からこちらを食い入る様に凝視しながら言ってきている。
「でも今日の昼間は梨乃が家に居たはずだけど…?」
「それはアタシが別の所で用事があったのよ。」
「なんだ、じゃあツピエルも同じじゃない。」
梨乃がくすくす笑いながら返した。
「有津世くん達の所にでも行ってくれば?」
則陽が聞いてみる。
「今はだめよ。きっと復旧見込みは…早くて一日後ね。」
「…インターネット接続か何かの障害が起こってるの?」
「そんな感じかしら。」
「え、でもさっき送ったメールは…あ、中間地点で受け取り待ちになるだけか。」
自問自答で則陽が言い留まった。
「ツピエル。わんちゃんは元気?」
「ええ、とっても元気よ!それに、かーわいいわ!…それがどうかしたの?」
「新しいコンピュータを仕入れたらね、きっと、ワンちゃんのグッズとかを、可愛いデザインのを作れると思うの!だから明日、則ちゃんと一緒に見てきても良い?」
則陽が目を丸くして梨乃を見る。
「出来るでしょ?難しいかな。」
技術も何も知らないで、出来そうだとツピエルに言ってみてから則陽に尋ねている梨乃が居る。
「…いや、大丈夫だよ。それくらいだったら、いくらでも。梨乃がデザインしたものを、俺がアイテム化させれば良いだけだし。」
気を取り直した則陽が梨乃をフォローした。
「んまあっ!な~ら良いわよ、行って来なさいよ!レディのデザインならアタシも言う事無いわっ。」
ツピエルの意見が機嫌良く反転したのを見て、梨乃はふふっと笑う。
「じゃあ決まりだね。明日、行って来るから。ツピエル、留守番をよろしく頼むよ。」
「分かったわ。アタシが居る意味も少しはあるものね。ここでわんちゃんと一緒に遊んでおくわ。でもね、気を付けなさいよ。」
珍しく気に掛けられて、則陽と梨乃はきょとんとなったけれど、互いに、はーい、と返事をして、モニター画面越しに見える僅か10センチ程の小人との温かみのある交流で夜は更けていった。




