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見上げる空に願いを込めるのは何故だろうか(仮)  作者: 晴海 真叶(はれうみ まかな)
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緑の住人

挿絵(By みてみん)











~プロローグ



 この地球上に生まれて生活している人々。


その誰もが、複数の人生を同時進行で生きているって言ったら、驚くだろうか。



ある人は、同じ地球上で、複数の命を、


ある人は、地球から見れば、名も知らぬ、辺境の星での命を、



意識せずして、同時に受け持っているのだ。



それは、ある時には、覚めた時には残らぬ夢として、


そして、ある時には、やけに印象深い、明晰夢めいせきむとして、



知らぬはずの場所を、当然のように闊歩かっぽし、


夢の中だけで知っている人物や動物や環境と、生活を共にしているのだ。





もしもその事実を、本人達が自覚してしまったら、果たしてどうするのだろうか。


自覚するまでもなく、いかにも自然に、各々の人生を今までに切り抜けているだろうというのに。


地球上では日本の小学生、もう一方では見上げても見つからない遥か遠い星で…







~第1章

「白い毛玉」







~地球側からすれば、観測不能な辺境の星。


その星の色を表現するのならば、深さや明るさの異なるのが多数重なり合った緑色、とでも表現出来るだろう。

黄緑や濃色の緑が雑じり合ったその星に近づけば近づく程、その理由が良く分かる。

なんせ、森ばかりだからだ。


森と言っても、地球の木々とは少し趣が違うが。

強いて言えば、地球上にもたまに存在する数少ない巨大樹木の様な、大人が五人がかりで手を伸ばしても幹を一周しきれない巨木が星の大部分を埋め尽くしているのだ。



その星は地球の向かう文化とはだいぶ方向性が違う様に見受けられた。


樹木のうろを生活の場、要は居住する家として利用していたし、内装においても、さしたる人工物は見当たらない。


気候はさっぱりと湿度を感じさせず居住するその洞の入り口も外の自然との明確な境目を設けていなかった。






 ふわり、ふわりと、半透明で薄いピンク色の袖が、裾が舞う。

ふわり、ふわりと、その袖を、裾をまとった、色白で細身の腕が、すらりと伸びた裸足はだしの足先が、軽やかにジャンプして。


風のような爽やかさを存分に湛えた一人の少女が向かう先に、大樹の木漏れ日の中、椅子とテーブルの趣きで置かれている岩がちらと見えた。

周辺の樹々や草が風にそよぎ、少女は風に乗っているかの如く軽やかに移動する。



少女の視界に、他の二人の姿が見えてきた。


一人は、半透明で薄黄色の袖を裾をそよ風に揺られながら、しゃがんで草花を愛でている。


もう一人は椅子然とした岩に腰掛け、樹の枝で出来ている小さな横笛を吹いていて、半透明で水色の袖と裾から覗かせる腕と足は細身ではあるが筋肉張っていて頼もしさを感じさせる容姿だった。



「キャルユ、ツァーム!」

薄いピンク色の衣服を身にまとった少女は視線の先に居る二人の名前を呼び、長い栗色の髪を撫でつけながら嬉しそうに言葉を発した。



「見て、音で変化する子を見つけたの!」

少女は続けて歌を口ずさみ始めた。


ツァームと呼ばれた青年は笛から口を僅かに離し、少女の方に視線を向ける。

少女が歌い始めたのを受けて彼は再び笛をそっと口に当てて、歌声に合わせて音色を奏で始めた。


少女の歌声と彼の笛の音色による音楽は、柔らかな風に乗って周りに伝播していく。


音楽に刺激されてか草花から発生した小さな光の粒はきらきらと輝き、まるでたんぽぽの綿毛が風に吹かれて飛ぶかの如く辺りに散らばって、三人の居る空間をチカチカきらきらと輝く光がより神秘的に見せた。

二人の注意が薄ピンク色の衣服を纏った少女に向けられる。

彼女はにっこりと笑ってみせてから両方の手のひらで覆っていたものを大事そうに、そうっと放した。


白くて丸い。ふわふわだ。


出てきたそれは両手ですっぽり覆えるくらいの大きさの白い毛玉だった。

白い毛玉は少女の手のひらから放たれても遠くへは行かずに、手のひらの上でふわふわと浮いている。


ツァームは笛の演奏を止めて笛を袖の中にしまい込むと、白い毛玉を目を細めながら眺めた。


「アミュラ、そのふわふわな子、どこで見つけてきたんだい?」

ツァームが薄ピンク色の衣服の少女に柔らかい声音で話し掛けた。


先程アミュラからキャルユと呼ばれたもう一人の少女もぴょんと立ち上がり、ツァームと一緒にアミュラの近くに寄って来た。


「私も知りたいわ。ねえアミュラ、何処でこの子を見つけたの?」



腰に届く長さのストレートで美しい栗色の髪を手できながら、アミュラは二人に嬉しそうに微笑んで返した。


「森で見つけたの。森の中で歩いていたら、気付いた時には傍に居て…、一緒に来たそうだったからそのまま連れてきちゃったの。素敵でしょう!」


弾ける様な笑顔のアミュラはなんとも誇らしげだ。

ツァームとキャルユは感心して生き物に見入っていた。

尚もアミュラの手のひらの直ぐ上で淡い光を放ちつつ浮いている白い毛玉は、見ている二人を厳かな面持ちにさせた。


「この様な子は見た事が無いな。」

「私も一度も見た事が無いわ。何だか、とても不思議…。その…触っても大丈夫かしら?」


キャルユの前髪を眉毛の上に切りそろえて空気を含んだ柔らかなウェーブの淡い黄緑色の長髪が、彼女が首を傾げた拍子にふわりと揺れて花の香りが広がった。


「うん、大丈夫じゃないかな。」

あっさりと頷くアミュラの返事に頬を緩ませたキャルユは、浮いている毛玉に恐る恐る手を伸ばす。

毛玉に到達した指の先が、すかすかと空を切った。


「あれ?この子…。」

「どうやらかなり次元の高い存在みたいだ。ひょっとしたら、天使とかそういった類の生き物かも知れない。」

「天使?」

「うん、いつだったか石碑の”主”がそんな知識を僕に教えてくれた事があってね。これまで実際には出会った事は無かったけれど…。」


二人は感慨深げに白い毛玉を見つめる。


「もしそうだとしたら私達は今、とても貴重な瞬間に立ち会っているかも知れないのね…。」

キャルユはもう一度白い毛玉を優しく撫でた。

感触は、すかすかだったけれど。


アミュラは二人の感慨も余所に、くるりとその場で回ったり一人ではしゃいでいる。


「ふふ、アミュラったら、嬉しそう。」

「アミュラはいつも通りのお気楽さだね。」


再び歌を口ずさみ始めるアミュラの姿に、ツァームとキャルユは顔を見合わせて笑みをこぼした。




 三人の内でツァームは、たった一人の青年だ。


眉毛が隠れるくらいの長さの前髪と、肩より少しだけ長い後ろの髪は猫っ毛で艶やかな藍色をしている。彼は髪を後ろにゆるく一つに束ねていた。


細身だが均整の取れた体は水色の衣服と相まって彼を美麗に映す。

ツァームのみならずアミュラとキャルユ、この三人は並々ならぬ美しさをたたえていた。

そんな彼等はお互いを温かい目で見守り合い、ここでの時は、のんびりと流れていた。









 宇宙から見ると青く見えると言われている星、地球。

そして、龍の形にも見える国、日本へと話は移り替わる。




 そこは関東の都市圏でありながら自然に囲まれており、実にのんびりした場所だった。


初夏の気持ちの良い風が、今年出た若い青葉の枝葉を揺らす。

でこぼこで舗装のされていない小道にはその影が揺らぎ、そこに一人の少女の足が地面を踏みしめ、赤いランドセルを背に速足で通って行く。



早く家に帰るんだ。

なんてったって、今日はゲームの続きを攻略するんだから!



木漏れ日の小道を進む足取りはスキップの陽気なリズムになっていき、しまいには三段跳びの勢いで大きく足を踏み出して、林の最奥と見られる行き止まりにある二棟の家の前へと辿り着いた。


ひとつの家は、ログハウスの作りで道路の終わりに別荘さながらデーンと佇んでいる。

もう一方はログハウスよりも手前にあり、まるで文豪が暮らしていそうな雰囲気の黒い壁に深緑色の屋根のお洒落なデザイナー建築物といった外観の家だった。


両方とも家の周りにはたっぷりと土地を取っており、家自体もそれぞれ割と大きな造りだ。

少女は手前側の家の玄関ドアを勢い良く開けた。


「たっだいまーっ!」

第一声を上げて、靴を脱ぎ捨てるが早いか廊下に駆け込むかが早いか、とにかく猛烈な勢いだ。

すると家の奥からは声が返ってきた。


友喜ゆきちゃんおかえりなさい!お邪魔してまっす。」

「おかえり。友喜、もうやってるぞー!」


聞こえてきたのは友喜にとっては聞き慣れた二人の声だった。


友喜と呼ばれた少女、柚木ゆずき友喜は廊下を猛烈にダッシュして履いている靴下で床を滑りそうにもなりながら奥のリビングに居る二人のもとに駆けつけた。


「え〜っ!私が帰ってくるまで待っててって言ったでしょ~っ。」

リビングには少年と少女がソファに座っており、ゲーム機のコントローラーを手に握ってテレビのゲーム画面を見ていた少年が友喜の方に振り返った。


少年は友喜の兄で柚木ゆずき有津世あつせ

もう一人の少女は隣のログハウスに住む美鈴みすず雨見あめみ

二人共、友喜よりも一学年年上だ。


「どれぐらい前からやってた?」

「そうだな、30分くらい前から。」


「30分くらいだったら、まあ、いっか~。」

「悪い、悪い。でもほら友喜、このステージの裏面、見つけたよ!」

「えっ、すごい!見せて見せて!!」


兄に劣らずゲーム好きな友喜は、ランドセルをいささか乱暴に定位置へと収めると大急ぎで画面前を陣取って一緒にはしゃぎ出した。

兄妹のやり取りを見て雨見は屈託くったく無く微笑んだ。


「兄妹揃ってホントにゲーム好きだよね、有津世と友喜ちゃんを見てると、何か笑っちゃう。」

「あ~、バカにしたな~。」

「してない、してないって!ホントだよ!」

雨見が両手を振りかざして慌てて訂正した。




 都市の郊外にしても少し林が深すぎるのではないかと思えるくらいには立派な林の最奥に、たった2つの敷地が区画整理され売り出されたのを柚木家と美鈴家の雨見や有津世達の親はここぞとばかりに乗りに乗って購入の旗をかかげた。


親同士は元々知り合いでも無くこの土地に来るまで全く赤の他人だった。

ただ、どちらの親も、自分の子供には緑の多い自然豊かな環境で育って欲しいという想いを持ち合わせているのは共通していた。

よって二つの家族は、それぞれの新居を鬱蒼うっそうとした地に構える運びとなったのだった。


越してきた二つの家族は両家族共に穏やかで気さくではあったが、親同士に関して言えばそこまで親交がある訳では無い。

けれども子供同士は話が別だ。三人は小さな頃からちょっと家の外に出れば互いの姿を見掛けられたし、互いに打ち解け合うのも自然な経緯だった。


住環境や親の想いを素直に汲んで自然の造形物と戯れる事は無論むろん大好きではあったが、今の三人はというとゲーム画面に夢中だ。



 友喜と有津世は仲が良い兄妹だ。

友喜は兄の有津世の主張を常に尊重しようとするし、有津世は妹の友喜をいつだって守ろうとする。

親が特に教えた訳でも無いのに、有津世は割とジェントルマンだった。


だけど、まあ、先にゲームを始めちゃう事もあるのはご愛敬。そこは小学生だ。

特に今回のゲームはシナリオも良くて、今一番、二人が夢中になっているタイトルだった。


友喜と有津世はゲーム実行組。

雨見はテレビのゲーム画面を眺めながら、二人のあーでもない、こーでもない、と言った騒がしいやり取りを見て聞いて楽しむ派だ。


一時の熱はリビングに賑やかさと騒がしさを振り撒き、その熱が落ち着いた頃、攻略途中のゲームがひと段落したのを機に、三人はお絵描きゲームにソフトを変えていた。


近年のゲームはなかなか便利なもので、それぞれに持っているポータブルゲーム機に絵を描くと、テレビの画面に反映されていくという仕組みになっている。

描き途中からでもテレビ画面に映せるし、描き終わってから表示させる事も出来る。

三人はそれぞれが自分のポータブルゲーム機に熱心に絵を描いていた。

中でも、絵を描くのに特に熱中していたのが雨見だ。


雨見の描く絵を覗き込んで、友喜が聞いた。


「雨見ちゃん、それ何?」

「夢に出てきた生き物なの。白くてまあるくて、毛玉みたいな生き物でね。ふわふわ宙に浮かんでいるの。すごく可愛かったから思い出して描いているの。」

「ほおお!」

「へええ、面白いな~。」


「それじゃ私も何か生き物描こうっかな。ふんふん…。」

「生き物かあ。んじゃ俺も。」


そこから生き物お絵描き大会になり、テレビの画面は色とりどりの生命力溢れた線でどんどん埋め尽くされていった。


そんな中、友喜が手を途中で止めて、雨見の姿をふと目で追った。

雨見は友喜の視線には気付かぬ様子で熱心に絵を描き込んでいる。


自然と鼻歌を漏らす雨見の姿を目の端に、友喜は何故だか急に、ぼんやりと思考を巡らせたくなった。








 晴天の小学校の教室。

チャイムが鳴って、子供達がそれぞれの椅子を引いて自分達の席に着いた。

騒がしさから一転、教壇に立つ先生の声が教室の中で響き始め、各々が聞き入る姿勢になる。

ただ、全員が集中していたかどうかはまた別の話だが。


今朝の教室は日の光で明るく、爽やかな空気が通っていた。

授業が始まって間もない内から友喜の関心は全く別の所にあり、教壇から視線を外している。



白くてふわふわの毛玉…。


何故だか心に引っ掛かる昨日の雨見の絵、そして雨見の発言で出てきた言葉を、暗示の様に何度も反芻はんすうしている。


ふいに、ほのかな花の香りが自分の脇を通り過ぎた気がして。

その瞬間、咄嗟に友喜はぴしっと姿勢を正した。

よそ見をしていたのでてっきり先生が注意をしに来たのかと思ったからだ。


授業が行われている教室空間に意識を戻すと、先生の立ち位置は依然として黒板前の教壇で教科書内容の解説を続けている。


友喜は僅かに首を傾げ、香りが流れてきた方向に視線を巡らせてみる。


窓に近い席だから外から風に乗って花の香りが運ばれて来たのかなと思い、窓を見たら、窓は閉められていた。

クーラーをかけ始めたから授業が始まる前に教室の窓は閉めたんだった。


香りは幻だったのかも知れない。


突如、頭がくらくらするのを感じて、友喜は額に手をやった。


考え過ぎかな…。


だけれど無性にあの絵の事が気になって。

何故こんなにも気になっているのか分からないけれども。

分からないまま、授業の時は過ぎていった。




 今日は下校時間が兄の有津世と雨見よりも早い。


兄より1つ年下の友喜にとっては今日のが通常だった。

昨日がイレギュラーだったのだ。


なんせあと半年ほどで卒業してしまう兄の有津世と雨見達6年生への卒業お祝いびっくり企画を、友喜達5年生が委員会を発足させて活動を開始したのが昨日だった。


そんな訳で委員会のある日だけは有津世や雨見よりも帰りが遅いのだけれどそれ以外の日に関しては友喜の方が帰りが早い。



 林の道の木漏れ日の中で友喜は昨日みたいに走ったりはせずランドセルを背負いながら物憂げに歩いていた。



何かを考えなきゃいけない気がして…、何を?分からない。ただ、そう思う。

そんな気がしてしまう。

気だけかも知れない。ひょっとしたら似た気持ちを、夢で感じただけかも知れない…。



自問の末に、友喜は、はっとする。



今この瞬間に、思い出した。

夢だ。

夢で、私も確か、見た事があるんだ…!

白い毛玉を。


どういう夢だったかは、いまいち思い出せなかったけれど。

それでも、夢の中で白い毛玉を見たのは確かだと思った。


だって、と友喜は思う。

たった今胸の内に浮かんだのが、動いているその生き物の姿だったから。

友喜自身も雨見と同じ夢を見たからに違いない。


嬉しくなってテンションが上がってきた友喜は足取りが急に軽くなって途中から走り始めた。


「雨見ちゃんに言おう!ううん、言わなきゃ!」


同じ夢を見ていたかもだなんて、ワクワクドキドキするし嬉しくて。


駆け出す足に反動で上下するランドセルを物ともせず、ぐんぐんスピードを上げて颯爽と家の前まで辿り着いた。


「ゴール!」

両腕をさっと空に掲げてポーズをし、さして切れていない息を整えて玄関ドアを開けようとした時。


学校の教室で嗅いだのと同じ香りが漂っている事に気付いた。

花の香りだ。


それは先程学校の教室で嗅いだものよりも、ずっとずっと濃厚な香りに感じられた。








 きらびやかに瞬く、色とりどりの光の粒子。


上も下も左も右も果てがあるのかすらも分からないけど吸引力はあるトンネルみたいな空間で、細かく光る粒子が星みたいにあちこちで瞬いている。

自分もその一つになって放り込まれた気分だ。


増してゆくスピードと共にトンネルの先に否応無しに移動していく。

まるで自分が流れ星にでもなったかの様に。


時間としてはきっとほんの一瞬だっただろう。ひょっとしたら一秒だって経っていなかったかも知れない。




 ぽーんと放り出されてトンネルを抜けた。


見ると、自分の姿が見えた。

正しくは、こちらの世界での自分の姿だ。


「この地に祝福を…。」


いつの間にか意識はこちら側の自分へと納まり馴染んでいる。同化したのだろうか。

それともぼうっとしていた所で意識が戻った、という風にでも表現すべきだろうか。

ともかく、少女は祈りを捧げていた。


森の外れの草原に建つ石碑せきひの石畳の地面に膝を付き、薄黄色の裾とウェーブがかった柔らかな黄緑色の髪はそよ風にたおやかになびいている。


少女の目の前の石碑は彼女が立ち上がった時の背丈よりも高さがある。

風化が進んでいるのか、一見ボロボロに見える。

何かの文字がきざんである風に伺えてもその内容までは伺い知れなかった。


ひとしきりに祈りを捧げ終わると、少女はその場を後にした。




 この地ではツァームとアミュラ、そして先程石碑に祈りを捧げていた少女、キャルユの三人だけが暮らしていた。

少なくとも三人の中ではそういう認識だった。


今まで遠出はしてみた事も無かったし、しようと思えば出来たのだろうけれど、する必要にも特に迫られた事もこれまでに無かった。

だからひょっとしたら自分達の生活圏の外には他の誰かが何処かに住んでいるのかも知れない可能性だってあったけれど。

それでも確かめに行こうとした事はこれまでに一度も無かった。




三人は、エールと呼ぶ自らの胸の奥から産出する光を樹々に送る作業を役割のひとつとして行ってきた。樹々はそれによってか、より幹が太くなり枝葉もすくすくと伸びて成長をしていく。


樹々はエールを貰うと、どこか空の向こう側へと、色とりどりのド派手な光線を解き放つ事がたまにあった。


例えて言うなれば丁度蛇口に繋いだホースが出口をふさがれてパンパンに膨らんでから塞いだ部分を解放すると一気に水を噴き出すのに似ていて、光も樹の内部いっぱいになると勢い良く幹の中央から空へ向けて吹き出す様で、光の氾濫を空いっぱいに起こした。

光の氾濫を目にした時には心からの喜びと感謝を感じ、三人の胸の内はより一層豊かになる。


光の氾濫に関して言えばいつ起こるか予測はつかなかったけれど、三人からのエールを樹々が必要とするタイミングならば彼等三人の能力で持って的確に感知出来た。

感知する毎に樹々にエールを送る作業を三人は行った。





 薄黄色の袖と裾をふわりふわりと揺らしながら、柔らかな黄緑色のウェーブの髪をなびかせながら、スキップにも似た足取りで移動する。


重力が違うのか、それとも体の質量や密度の違いからか、ここでの動きはだいぶ軽やかだ。

一歩踏み出す度に軽く浮く体に心地良さを感じて微笑を漏らす。


そんな彼女はいつだって、かぐわしい花の香りを湛えていた。



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