増え続ける犠牲者…
『↑ リウナン橋 → ル・メト』
古ぼけた標識に記された文字をなんとか読み取り、俺達は橋の方向へと向かう。
「落ちてたり無くなってたりしないといいんだけどな」
地図と睨めっこしながら、俺は先程標識に記されていた名前を探す。
だが、縮尺が大きすぎて細かい地点は描かれていないので何の意味も無かった。めんどくさい。
「んふ……いひひ……」
「アカ……じゃなくて、ご主人様、さっきからこの子ブツブツとうるさいんですけど」
だらしない緩んだ顔で俺の横をふらふらと歩くルイカと、彼女に背負われたイリス。
「我慢しろ。それか耳栓でもしとけ」
「そう言われましても」
「アカリさまぁ……にひっ、にひひ……」
完全にトリップしているやべー人間と化しているルイカ。脳内麻薬が出っぱなしなのだろうか。そのくらい幸せそうな顔だ。
そっちを見ない聞かない気にしないようにすれば、荷物持ちが増えたと思える。たぽたぽと揺れる胸に異様に小さな生地のビキニっぽいトップスとミニスカートというルイカの格好は、スカイなんちゃらのエロMOD入れたみたいな存在であってこの世界には不釣り合いすぎるが。
なんかこう、もっと慎み深くてハードコアな格好をしてくれれば……いや、普通にNPCが全裸で歩いてるゲームとかあったな……
そんな事を考えながら歩いている(横でルイカは唸り続けている)と、突然イリスが声を上げた。
「……あ」
「どうした、突然」
「血の匂いがする」
あまりにも唐突な発言だ。
遂にイリスもルイカに当てられてメンヘラっぽくなったか? いや、元からその気はあったな……
「何かすごく失礼な事を考えてそうですね。……前を見て下さい」
「あれは……」
イリスが指差したのは、遠くに見える橋だ。
……彼女が見つけたのは正確には橋ではなく、そこに集まっている一団だろう。
「おっ、いかにも碌でもない連中だ」
「十人以上は有に居ます。場合によってはこの橋は渡れないのでは……」
「? 何言ってるんだよイリス。わざわざ避けて通る必要性がどこにあるんだ?」
「アカリさまぁ……カッコいい……」
にへらとしているルイカと対照的に呆然とした顔を見せるイリス。しかし彼女は動くことが出来ないのでイリスに背負われるまま敵の元へと向かうしか無いのだ。
というか敵が居たとしてもわざわざ回避する理由どこにも無いしな。アイテム落として経験値くれるし。たまにいい武器くれるし。
魔物と違って歩く現金みたいなもんだ。
「ルイカ、奴らが何か言ってきたら即ぶった斬るから、イリスがやられないように見ててくれ」
「……えっ? えっ?」
俺に話しかけられただけで何故か赤面しているルイカ。……一応理解しただろう。多分。
そして俺達が橋に近づいていくと、そこを占拠している一団から一人の男が歩み出てくる。
「おい、ここは通行止め……だ……」
明らかに怪訝そうな顔をする髭面のおっさん。
「おい、なんだこいつら」
「武器を抱えた変な格好の男が一人、もう一人は……踊り子か? それとも娼婦……いや、違うな」
「なんでガキを背負ってるんだ? というかなんだよあの男、なんであんなに武器を持ってんだ」
後ろの集団も困惑した様子で遠巻きに俺達を見て好き勝手に言っている。
しかし、そのどよめきは一番最初に歩み出た髭面の男が一睨みしただけで静まった。この男が大将格なのだろう。
「……あんたらが何者なのかは知らん。だが、ここは通行止めだ。通りたきゃ」
「金を払えってか?」
「話が早い。一人につき金貨一枚だ。割引はなし、払うか通るのを諦めるかだ」
「はあーーっ……」
思わず口からため息が溢れる。通す気無いのが分かるからだ。
払えばそれ以上持ってるとこの追い剥ぎ共に教えるようなもんだし、見れば橋の向こう側にも似たような連中が居る。
橋を通れば反対側の奴らが難癖をつけて身ぐるみ剥ぐ手はずとなってるんだろう。
「おいお前、払うのか払わないのか……」
「うっせ、死ね」
それ以上やり取りするのもめんどくさいので手元に隠してあった短剣を投げつける。
一本は髭面へ、もう一本は後ろの弓持ちへ。
髭面は俺の剣を躱したが、弓持ちには見事に命中した。
「ギャアッ」
「お前、正気か!? 俺達が何人居ると……」
「ルイカ! 手筈通りにやれ、いいな!」
俺はそう言いながら、飛んできた矢を剣で叩き落とす。
……しかし、返事がない。
「聞いてるのか、ルイ……」
俺が言い終える前に、〝何か〟が俺の横をぬるりと知覚する事の出来ぬ速さで通り抜けて行った。
「んなっ……」
「な……なんだ、この女!」
「離せ、離せえっ!」
見れば弓を手にしていた男がいつの間にやらルイカに首を捕まれ、持ち上げられている。
ルイカの手には力が入り、男の顔はまるでりんごの様に真っ赤だ。
「あなた、今誰に向けて矢を放ったのですかぁ?」
不気味なまでに淡々と、しかも平坦な声色でルイカは男へと問いただす。
「あんたじゃない! 男だ、あの変な格好をした男を狙ったんだ! 俺」
「なら死ね、死ね、死んで償え、死ね、死ね、死ねェェェェェ!」
何かがひしゃげて潰れる音、そして破れた管から空気が漏れるような音がした後に男の声は途絶えた。
俺は何も見てないし見る気もない。見たくもない。
「んな……」
「悪いな」
髭面の男はそれを見てしまったようで唖然としている。
だから、俺は労せず刃を彼の首に突き立てられた。
鈍い手応えと、ごとりと転がる首。そして倒れる首のない体。
「う、う、うわああああああっっっ」
敵は何が起きたのかを理解する事も出来ないまま、悲鳴を上げる。
残りは労する事なくザクザクと斬り倒していく事が出来た。