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黒い存在

「三匹!」

「ピギッ」


 甲高い悲鳴を上げて絶命するワイルドボア。洞窟の奥から次から次へと現れるこいつらの波が一旦収まるまでに、そう広くない洞窟の床はじっとりとしたこいつらの血で染まっていた。

 そんなこいつらの死骸を見ていると、ふとした疑問が浮かぶ。

 

「食べたら美味いのかね、こいつら」


 こいつらの姿を見て思い出した。

 焼肉食いてえ。ビールと一緒に安い豚トロと豚タンと白飯を食いてえ。

 でも処理とかそういうのを考えたらこんな奴ら食えねえしなあ……


 うんうんと思い悩む俺の横で、ルイカはつま先でワイルドボアの死骸を転がしながら言う。 


「見た所イノシシみたいな物だから、意外とイケると思いますよぉ。でも確かイノシシって精が付くって……えへへ、エヘヘヘッ……そんなダメですよぉ、こんな所で……」

「……行きましょう、ご主人様」

「おう、そうだな」


 妄想に浸り始めたルイカを置いて洞窟の奥へと進んでいく俺とイリス。もうこの手の対応にも手慣れた物だ。

 途中でイリスが俺の耳を掴んだ。


「どうした?」

「降ろして下さい。ここから先は自分の足で歩きます」

「と言っても、そんな無理をする訳にはいかないだろ?」

「良いんです。……この先から、強い気配を感じます。ここからは私を背負って戦うのは無理でしょう」


 仕方なくイリスが降りれるように屈む。……結構腰に来てたので助かったところはある。

 いつの間にか用意していた頼りない杖を頼りに、よろよろと歩くイリス。どうにも見てられない。

 抱きかかえて歩き始める。


「ひゃっ!? 何をしてるのです!?」

「そんなヨタヨタ歩いてるのを待ってたら日が変わっちまうよ。敵が来たら下ろすからその時に立っててくれ」

「……はい」


 どこか満足そうにしているイリスを見て、ようやく追いついてきたルイカが騒ぐ。 

 

「ずるいずるいずるい! お姫様抱っこだなんてぇ!」

「さっきまで背負ってたんだから、今更騒ぐようなもんでもないだろ。というかうるさい、敵に見つかる」

「背負われるのとはまた別枠なんですよぉ!」

「なんだそりゃ……」


 纏わりついてくるルイカをひょいひょいと躱しながら奥へ奥へと向かってくる。

 ここまで大騒ぎしてももう敵が来ないのだから、残りはそんなに多くないと考えて良いんだろうか。

 ……にしては、少し数が少ないような。


 そんな事を考えていると、広い空間に出る。突然天井が無くなり、陰り始めた太陽が空に輝いている。まるで中庭のような空間だ。どこか神聖さすらも感じる事の出来る清々しい空間。

 突然天井が無くなり、日差しが差し込んできた事に戸惑いながらも辺りを見回すと、巨大なワイルドボアが何かを貪っているのが目に止まる。


「……はい。ボスですね」


 俺の言葉と同時に、ボスのワイルドボアは頭を上げてこちらを向いた。

 その姿……というより、そいつが捕食していた物を見た途端に、俺の腕の中にいたイリスが呟く。 


「……共食い?」

「おいおい、マジかよ」


 奇妙だった。この巨大な個体は明らかに仲間であろう同じワイルドボアを一心不乱に食らっていたのだ。グロい。流石の俺もちょっと引くわ……

 その目は血走っており、それに何より随分と剥げ落ちた毛皮の下に、石炭の様に黒い肌が広がっている。


「こいつ、変ですよぉ。何か変です」

「言われなくても、分かってる」

 

 女の子の前だからこそ落ち着いてるように見える(見えてる事を祈る)が、正直、この敵を見た途端にビビった。

 これはワイルドボアの姿をしているが、これは明らかに別の〝何か〟だ。ホラーゲームとかそっちの存在だろ明らかに。


「降りろ」

「はい」


 イリスを下ろすと同時に、このワイルドボアは前足で勢いを付けて突進を始めた。 


「来ないで……下さいぃッ!」

 

 真正面からワイルドボアの顔面に拳を叩き込むルイカ。間違いなくクリーンヒットだ。

 ルイカの拳は岩石を容易く砕く一撃。しかし、それを受けても尚こいつは平然としている。

 そしてその目がギョロリと、ルイカを見つめる。


「離れろ!」


 直感と同時に俺は動き、ルイカを抱きとめながら洞窟の床をローリングする。

 目が回ったが、そんな事を言っている暇はない!


「ギャオオオオオンッッッ!!!」

「くっ!」

 

 口元からダラダラと泡の混じった液体を垂れ流しながら、再び俺目掛けて突進を行おうとするワイルドボア。

 だが、それを見て取った俺は――!


「先手を取る!」


 腰にぶら下げた数本の武器からシンプルに剣を選び、斬りかかる。

 確かに剣はワイルドボアの表皮を切り裂いたが、妙に手応えが無い。実際血が流れている様子もない。

 不味いな。予想よりも結構エグい相手かもしれん。


 数度斬りつけるが、やはり手応えも出血も無い。このままだと攻め手に欠くか……

 そう判断した時に、背後から声が飛ぶ。


「ご主人様! 私が仕掛けます!」

「いつつ…… え? なんでイリスちゃんが……」

「貴女はそこで寝ていて下さい」


 ルイカは杖も無しに自立しているイリスを見て、心底驚いている様子を見せる。

 無理もない。彼女の純白の髪は今や光も通さぬ闇のように黒く染まり、雪のように白かった肌は見事なミルクコーヒー色になっているのだから。……そして、その彼女の背に刻み込まれた龍と混じり合う蛇の紋章からは、羽の様なを形を取りながら霧散していく。


「やれるのか?」

「少しだけです。そう長くは保ちません」

「分かった! 頼りにしてるぞ!」


 その言葉と同時に、イリスの背に深く刻み込まれた紋章が淡く輝き、その内からさらなる量のドス黒い闇が姿を見せる。


「我は神の僕にしてただ一つの正しき存在を信じ、願い、そして祈る者であり」


 イリスは何かを呟きながらぎこちない人形の様な動きで立ち上がり、カクカクと手を掲げる。

 それを合図に彼女の背から現れた闇は、無数の節足となって現世に形を成した。


「いと高きものはその御身を持ってして私にその御力を与えた」


 彼女は闇の節足を勢いよく地面に突き立てると、その反動でワイルドボアの背へと飛びかかる。


「喜びを与え給え。苦しみを与え給え。悲しみを与え給え」


 イリスは黒い涙を流しながらワイルドボアを切り刻み、突き刺し、殴り、……そして溶け合う。

 彼女の背より現れた黒が、ワイルドボアの皮膚の下にある黒色と混じり合っていく。

 凄まじい光景だった。

 

「ルイカ。トドメを刺し損ねたら後始末頼むわ」 


 俺はそれだけ言い残して、深く深呼吸をする。

 そして、ワイルドボアが背のイリスを振り落とそうとその巨体を持ち上げた瞬間に、俺は駆けた。

 『チャージ』だ。


「セアアアアアッッッ!!」


 鎧のように硬いワイルドボアの体に激突し、

 その勢いのままに、剣を縦に切り下ろす。


 まるで鉄と鉄がぶつかった時の様な音が周囲に響き渡りながら、俺の剣が折れて弾け飛ぶ。

 だが、それでも俺の刃はワイルドボアの腹を切り裂いた。


「しゃあっ」


 その身を高く持ち上げた勢いのまま、横倒しに倒れるワイルドボア。

 しかし、やはり血は流れ出さない。かわりに傷口から流されたのは……


「墨汁……? いや、タールか?」


 まだ暖かさの残る黒い液体。それが止めどなく溢れ出る。 

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