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この人不審者です

 

「……随分とこれはまあ」


 俺は思わず呟く。

 目の前に広がっていたのはかなり凄惨せいさんな光景だったからだ。

 崖の合間にある狭まった道に幾つもの馬車や荷車が道を塞ぐように横倒しにされ、死体と思わしき何かには蝿やら何やらが無数に集って真っ黒にしか見えない。

 それが一つや二つではなく、数えきれない程にあるのだ。当然辺りには腐臭が充満してる訳で……


「うえっぷ」

「ひどい匂いぃ……」


 あまりの臭いに俺とルイカは顔を見合わせる。

 しかし、涼しい顔をしているのがイリスだ。


「この程度で怯えているようではどうにもなりませんよ」

 

 そう言いながら、彼女はまるで馬に拍車をかけるように俺の背を蹴る(今日は俺がイリスを背負って歩いている)。 

 イリスも初日に比べて少しばかり重さが増したような気がする。それになんというか……女の子の匂いがする。甘い花みたいな石鹸みたいな。


「と言ってもなあ……」

「こんな場所通りたくありませんよぉ」

「それな」


 気分的にも問題があるが、それ以外にも気が進まない要因が幾つもある。

 押し倒された馬車で視界が塞がれて先が見通せない事が第一に、わざと道が作ってる様に見えるのが第二だ。

 よく見通せば、綿密に組み合わされてバリケードが作り上げられているのがすぐに分かる。

 

 誰がこんな事をするのか? 人間以外にいない。


「どう見ても罠だろう、これ」

「迂回するなら、ずっと戻る事になりますが」

「そうなんだよなあ」


 別の道を探すとなれば、一日分かそれ以上の道程を戻らなければならなくなる。イリスの指摘は最もだ。

 

「せめて、この馬車だけでも退かせられたらな」


 俺はそう思って、真ん中に鎮座する一際大きい飾り付けのされた馬車を指差す。

 俺じゃ無理……というか、大の大人が何人集まればこれを動かせるのか想像もできない。

 しかし、横でルイカが腕まくりを始めていた。 


「私がやります!」

「大丈夫か?」

「全然大丈夫じゃないですけどぉ、アカリさまの為にやります!」


 そう言ってルイカは大きく息を吸い込むと、とっとっとと馬車の元へと駆け寄っていき……

 そのまま勢いよく横へと投げ飛ばした。


 ズゥゥゥゥン……

 轟音と共に、悪臭をプラスした砂埃が沸き立つ。

 来た時よりも勢いよく戻ってきたルイカの顔は既に涙目だ。


「ゲホッ、ゲホッ」

「ご苦労さん、助かったよ」


 じゃれついてくるルイカの頭を撫でくり回しながら、砂埃が晴れるのを待つ。

 しかし、その前に足元に矢が飛んできた。


「!? なんだあ!?」

「ご主人、アレを!」


 イリスの言葉を受け、目を細めて砂埃の向こう側を見る。

 そこにいたのは、十は軽く超えるであろう武装した人々だった。

 しかし奇妙な事に、服装はてんでバラバラな上に人間以外の種族すらも見て取れる。


「アレがエルフか、初めて見た」

「地の民。どうして人間と……」


 俺は馬車の上からこちらに狙いを定めている尖った耳が印象的なエルフに、イリスは小柄だが筋骨隆々としている自分の背丈ほどある長剣を握りしめているドワーフに目が行っている。

 しかし、俺達の元へと歩み出てきたのはそのどちらでもなく、がっしりとした肩幅に丸太のような腕をした人間の女性であった。


 少しばかり刺繍が施されているが、特に目立った所の無い服を身にまとった中年の女性は、古びたマスケット銃を持った男と短弓を持ったエルフを後ろに控えさせながら俺達三人の元へとゆっくりと歩んでくる。

 俺は中年女性に先に声を掛ける。


「あんたら、何者だ?」

「そりゃこっちの台詞さね。なんだいアンタらのその格好は。それに子連れ……って訳じゃなさそうねえ」


 ガラガラ声の女性は俺達を一瞥すると、後ろで控えている者たちに対して合図を出す。すると、全員が一斉に武器を下ろした。


「馬車をぶん投げたもんだから、トロールでも来たのかと思ったよ。誰がやったんだい?」

「あ、あたしですぅ」


 おずおずと手を上げたルイカを見て、リーダーの女は鼻で笑う。冗談だと受け取ったのか、それともどうでもいいと思っているのか。

 

「俺達は旅人だ。北を目指してるだけで、誰にも危害を加えるつもりはない」


 俺がそう言うと、中年女性の横に立っていたエルフの男が突然怒りだす。

 それとは正反対に、背後に控えた連中からは嘲笑に似た笑い声が聞こえる。


「誰が貴様の様な怪しげな男の言うことなど信じるか! その格好、貴様も賊徒の一人であろう! それに北に向かうだと? そんな事を言っている時点で信用できる筈が無かろうに!」

「格好の話をされてもなあ。それに北へ向かうのも事実だし本気なんだから仕方ないだろ」


 エルフの男は手にしていた弓に矢を番え、俺に向けて引き絞る。

 その途端にルイカは拳を構えてすぐさま飛び込んでいける体勢を取った。

 まさに一触即発の空気。しかし、それをリーダーの女は笑い飛ばした。そしてそのままエルフの男の頭を殴り飛ばす。


「グエっ」

「相変わらず短気だねえ、ランパート。少し落ち着いて見れば分かるだろうに。この子らはあんたの言うようなロクでなしじゃないよ。……格好は少しばかり奇妙だけれどね」


 そう言った後にリーダーの女は俺達を見て笑う。主にその視線は俺に向けられている。その視線に誘導されるようにルイカも俺の方を向くし、背中からはため息が聞こえる。

 ……ごめんね、小汚くて。でもこのコートを気に入ってるんだから仕方がない。もうすっかり汚れきって点々とした血の染みが取れなくなってるけど。


「一つ聞きたい。あんたらは何者なんだ? 何を目的にこんな場所に?」

「あたしらは自警団さ。この道は南から来るのはロクでなし共ばかりだし、北から来るのは化物ばかり。少しでも気を抜けば食われる嫌な時代さ」


 ただの自警団には全然見えない。口髭がカールした高そうな装飾の施された銃を持っている貴族っぽい男や褐色の肌のエルフまで居るのだから。

 ……ま、そう言っているのだからそうなのだろう。


「さて、アンタらは本気でアルスティナに向かうつもりなのかい?」

「それが目的です。私達はその為に南からずっと歩いてきたのですから」


 イリスの言葉を受けて、少しばかり考え込む様子を見せる女。

 そして指を鳴らすと踵を返して歩き出す。


「付いてきな」

「首長、こいつらを入れるんですか?」

「ああ、あたしがそう決めた。文句があるのかい?」


 エルフの男は口にはしないが、あからさまに不満そうだ。


「あのねえ、今までのロクでなし共に一人でも動けない仲間を背負ってやって来てたのがいたかい? いないだろう? そうさ、アイツらは動けなくなれば仲間を見捨てるどころか化物に対する餌にするような連中さ」

「……分かりました。首長がそう言うのであれば」


 話は決まったようだ。俺達三人は女に付いて道を歩いていく。

 道すがら彼女は自己紹介を始めた。


「あたしはイベレット。ここの連中からは村長とか首長とか呼ばれてるけどね、好きに呼ぶと良いさ」

「俺は曽宮灯里です」

「都嶋瑠以華って言いますぅ」

「マリグノンの……いえ、イリス・マリグノン」


 イリスが名乗った途端、イベレットは足を止めて改めて俺に背負われている彼女をじっと見る。目元に皺がみっちり寄る程のガン見だ。


「んん? あんた、どっかで見たことあるような顔だね。それに聞き覚えのある名前……」

「マリグノンという地名でしょう。ここから随分と離れているはずですが、聞き覚えがあるのでは?」

「……確かにどこかで聞いた事ある名前だね、それ」


 イリスの言葉で納得したのか、また歩き出すイベレット。しばらくすると道の向こう側に小さな村が見えてきた。

 ここが彼女の村なのだろう。


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