パワーアップは楽しい…か?
――君のその目、綺麗だ。
数ヶ月前に深夜の駅のプラットホームで泣き崩れているルイカを励ますために、何気なくそう言った。
彼女はそれを、ずっと覚えていたのだ。
それからずっと俺の事を追いかけ回していた……のだろう。
一度記憶が確かになると、いろいろと思い出してきた。通勤途中で何度も見たことがある。
それでもこんなエロMODみたいな体型はしてなかったと記憶してるが。あと眼鏡っ娘だったし。
「どうした、ご主人様」
今度はイリスが俺を心配そうに見ている。彼女の言葉で我に帰った。
「それよりもどうしてこっちの世界に付いてきたか、だな」
あのクソ女神がまた余計なことをしたというのはほぼ確信してる。
アイツはそういう女だ。レベルも上がったし問い詰めにいかなきゃなんねえ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今夜の宿は廃農家です。
見てください、この微妙に甘酸っぱい匂いのする壺。よく分からない変な作物が食べたくもない色になって醗酵してるんだか腐敗してますね~
それに井戸水は枯れてますね~ いやあ本当いい宿です。よくねえよ。
夕飯の支度、と言っても竈の火加減を確認してて貰うだけの事をルイカにまかせて、俺は明日以降の旅の準備だ。
近くの池から水を汲んできて、煮沸消毒して飲めるようにする。
そして明日の分も考えて沸かした湯を冷やしておいて…… というちまちました事をやっている。
こんなことでも今までと比べて単純に手間が三倍になったわけで。
「俺だけなら酒を片手にぶらぶらそこらを右往左往出来るだろうけど、あの二人にはそんなの無理だろうしなあ」
そんな事を言っていると、焚き火の側で足を擦っているイリスが目に止まった。
「身体の調子はどうだ?」
「……どうにか。でも、まだ馴染まないというか」
イリスはそこで言い淀み、何かマズイことを言った子供のように唇を噛み締めながら下を向く。
「馴染まない?」
「この暮らしにも今の身体にもだけど、何よりも想像より随分と長い間囚われてきたというのが分かったの」
イリスはため息の後に少しだけ間を置いて、とうとうと喋り始めた。
「地図やらの記載で気が付いていたけど、決定打はこれ……。何かの指示書ね。ここに記されているのは、今年がレヴィア歴1322年ということ。――そして私が生まれたのは918年、私が捕らえられたのは……932年」
「……待て、それって」
「400年近く捕まってたってことね」
そう言って彼女は肩を落とす。400年? 俺にはちょっと想像が出来ない。
そんな事を経験したことは当然無いので、声も掛けようがない。
「――何も残っていないのでしょうね。何もかもが……」
「…………」
「ご主人。教えて下さい。私は何のために再びこの世界へと解き放たれたのでしょう?」
「俺よりも聞くに相応しい相手、居るんじゃないか」
神とか。そう言いかけた所で彼女がその言葉を求めていないことに気が付いたので、ギリギリの所で口から漏れるのを抑えた。
「400年、私は神に呼びかけてきました。毎日欠かさず、朝から夜までずっと、ずっと。それでも神は私を助けてはくれなかった。そして、400年ぶりに外に出られたと思ったら、今度は生贄にされました」
「なんというか、災難な人生送ってるなあ、お前」
しかし、イリスが顔を上げると意外なことに随分と晴れやかな表情をしていた。迷いのない澄んだ瞳をしている。
そして彼女は言った。
「神は私を救わなかった。ご主人様が私を救った」
澄んではいるが、どこか恐ろしい光を含んだ目で、イリスは俺をじっと見つめていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺は体を拭いて一足先に眠りに付き、いつもの場所へと向かった。
夢の中の庭園、いつもの女神。僕にとって新鮮みがないことが、成功の証だと思う。
と、俺はガーデンチェアに座っているミトゥラを見て、ある事に気が付いた。
胸のサイズが明らかにダウンしている。H以上はあったであろうサイズが今やE程度だ。それでも十分にデカいが。
それに心なしか体つきも細く、小さくなっているように見える。
「胸、小さくなってる?」
「アカリちゃーん、開口一番にそれは無いと思う」
ちょいキレ気味にミトゥラは言った。なんか普段よりテンション低い様に思える。
「実際小さくなってるんだからしょうがないだろ。……それよりも、ルイカを送り込んだのはお前か? いやお前だよな? お前しか居ないよな? 何考えてるんだ?」
「あ、あの子ようやくアカリちゃんの事見つけたんだ。まーこれで一安心かな♪」
安心出来ねえよ。何言ってるんだこいつ。
そうツッコミたくなるのを抑えて、トロピカルジュースっぽいのを飲んでるミトゥラの元へと近寄っていく。
「何が目的だ?」
「アカリちゃんがいつまで経っても〝奪わない〟から、私の方から切っ掛け作ってあげたのさ、この童貞」
「こんのクソ女神……」
艶々とした舌を出して俺を小馬鹿にした表情を見せるミトゥラ。俺を舐めきっているのが分かる。
「パワーアップの方法をわざわざ用意したげたのにそれを使わないアカリちゃんが悪いに決まってるっしょ。もう時間あんまないの、分かってるよね?」
「知ってるよ、そんなの」
「だったらちまちまちまちま雑魚倒して経験値集めしてないで、さっさと使え。あの娘はその為に用意した」
そう言うと、突然口角を歪ませて俺を睨みつけるミトゥラ。先程までのおちゃらけた雰囲気はどこかへと消え失せている。
――彼女が言うことが間違っている訳ではないのは知っている。でもそれに大人しく従うつもりにもなれないという子供のような理由で、俺は言い返す事も出来ない。
「……わかったよ。とりあえず乳出せ乳。そのしなびた乳出せ」
「乳乳って、いくら私でも怒りますよ?」
「もう怒ってるだろ」
そんなやり取りをしながらすっかりとボリュームダウンしたが、それでもEはあるであろうさらけ出した胸の奥へと手を突き立てる。
……相変わらず気味の悪い感覚だ。指先から凍りつく様に冷たいのに、手の外は人肌の暖かさがある。
そして、俺はまた新しいスキルを選んでいく。
星の数以上に無数に存在する中から選びだした今回のスキルは――
『ブラッドハンガー』
〝敵を痛めつける事によって自らを癒す。荒野に住まう古き者達が行う血の饗宴の如く〟
攻撃した敵の体力を奪う魔術の一種。熟練度が上がれば敵により多くの出血を強いる事も出来る。
ずるりとミトゥラの乳と乳の間から手を引き抜くと同時に、頭の中に無数に存在していたいろいろなイメージが消え失せていくのが理解出来る。そして、先程選び取ったスキルに関連する知識だけが残った。
そんな俺の耳元で、ミトゥラが甘く囁く。
「さっさと食べちゃいなさい。あの娘を」
「あいにく俺はカニバリズムの趣味もミスティックパワーも持ってません」
「性的によ、この馬鹿。……それはともかく、あの娘、ルイカは私の力と容姿の一部を分け与えてあるから」
だからあんな無茶苦茶な力とおっぱいを持ってるのか、ルイカのやつ。




