寵姫の蔡美人の話
皆様そう殺気立った様子で私を睨むのはお止めくださいませんか。十重二十重に兵隊さんに囲まれているのですから、私のような足弱は逃げられません。私は世間で噂されているような尻尾が何本もあるような狐ではありません。ただの女です。
ただの女ではないですって?
それは言い掛かりです。私は王の側に侍るのを命じられたに過ぎません。
西のご領主様が王からご不興を買ってお困りの時に、北のご領主様に相談をなさって、いくばくかの領地や財物を献上してご寛恕を乞うべきだとご助言をいただき、私はその折に献上された品の一つです。それなのに王をたぶらかしただの、贅沢三昧をしただの言われるのは不本意です。たかだか女の一人が綺麗なべべを着たい、美味しい物を食べたいとお願いしたところで、国の蔵が空になるほど、この国は貧しかったのでしょうか。王家の財産は収入支出それぞれに管理する役人がいるのですから、村落の家の一つ、民草の家計の遣り繰りとは全く違うのですよ。
都には国中から様々の税や財物が納められ、集まってまいります。後宮の女官が使ってよい分は予め決められております。それを超えて使おうとすれば、支出を担当する官人の決裁を経なければなりません。簡単に許されるように物事はできておりません。私が後宮の役職である一つの美人にも、地位に応じた扶持が決められておりました。
ええ? 王が私を喜ばせる為に宮殿を建てた、季節ごとに過す離宮を作らせたと仰言るのですか? 川遊びの為に巨大な運河を掘り、庭に池を穿ったと仰言るのですか?
私はそんなおねだりをした覚えはござまいせん。雨風をやっとしのげるような家で生まれ育った女です。西のご領主様の立派なお屋敷に呼び出されて、王のお気に入るように躾けられてまいりました。どうして、そのような身の程知らずな我が儘を思い付きましょうや。
季節ごとに住まいを移されると仰せになったのは王ご自身でございます。南方と北方にそれぞれ西から東へ流れる大河がありますが、その大河を行き来できるようにと、南北に亘る大運河をお作りになろうと発案なったのも王ご自身でございました。決してそれはご自身の物見遊山の為だけではございませんでした。
広大となった国土を、都に留まったままでは民草への目が行き届かなくなるからと、国見をするのが政の第一と王はお考えになりました。避寒や避暑を理由にして、離宮をあちこちにお建てになったのはその為です。王自らがお動きになれば、宮廷や官人全てが移動となりますので、大掛かりになってしまいます。食卓で、各地の食材を見て、国見の代わりにするのと、自ら国土や民を隅から隅まで見てみたいと御幸なさるのと、どちらが尊いかなど私には測りがたい事柄です。
庶民や商人が、南北に物を運ぶのに、陸路より大船を使って大河を渡れたらどんなに良いかと商人上がりの役人が奏上した案を取り上げられて、王は南北を貫く運河の掘削をお命じになられました。これで南北の物流が素早く、便利になりました。便利になったついでに離宮に水を引いて、舟遊びができるように池を作ったのです。
王が南に行こうと仰せになれば付いてまいりますし、お前にこの服や飾りが似合うと下賜されれば、それをいただいて身に付けます。王の御前では、それに相応しい姿で装わなければなりません。王の為に食卓が整えられれば、私どもはご相伴に与ります。おねだりをしておりません。
ええ、もっと美味しい物、珍しい物を食べたい、華美な衣装や飾りが欲しいとねだったりしておりません。
何故王の贅沢を諫めなかったと仰言るのですか?
一体私に何ができましょう。
王は私に骨抜きにされていて、なんでも願いを叶えてやっていたではないかと、貴方様まで風説をお信じなのですね。
「女賢しうて牛売り損なう」、「雌鶏が時を告げれば国滅ぶ」と、古来から女が政に口を出すなと言われ、「女は無学がいい」と知恵を付けないようにとご用心なさり、学のある女を忌避なさり、「七人子をなすとも女を信じるな」と殿方ばらは言い続けていたではございませんか。
北のご領主様が都に攻め上がった理由を、王ではなく、日頃殿方が下に見ている女の私の所為にしたいのですね。王が女に頭の上がらぬような暗君だったと貶めようとしているのですね。「解語之花」と品物扱いで献上された私が、国を傾けた原因とこのような時ばかり人の扱いとは、なんと可笑しな物言いでしょうか。
北のご領主様だとて、ご正室だけでなくご側室をお持ちでしょう。北のご領主様はどの程度、その者たちの言をお取り上げになるのですか? 北のご領主様はご立派なご仁ですから、阿り、媚びへつらい、要求を突き付けてくる者をお嫌い、不忠者とお退けなさるのでしょう? 我が儘を言い、理屈を曲げるような者は追放なさるでしょう?
確かに王をお諫めしようと耳に痛い進言を奏上なさった方がいらっしゃいました。しかし、その方は王に疎まれ、宮廷を去るように命じられ、灼熱の土地に流されてしまいました。それまで重く用いられてきた王の叔父君でさえそのような憂き目に遭うのです。私のような幾らでも替えのきくような女が、何を申し上げられましょう。私は西のご領主様から王に気に入られるよう、機嫌を取るように命じられておりました。王のお心に逆らわず、常にお心に添うように振る舞ってまいりました。故郷である西の土地が乱れぬように、王のお心をお慰めするのに精一杯でした。
え? 私の肌や髪を手入れする為に、人の口にするのもやっとの卵や蜂蜜を毎日のように使っていたではないかですって? お化粧品や香木や、珍しい宝玉で身を飾っていたではないかですって?
何を仰せなのでしょう。
先程から申し上げています通り、これは西のご領主様が宮中に入る際に持たせてくださいました品もあります。王が下賜してくださいました品もあります。頑是ない幼子ではないのです、歴とした王后様や王子様がいらっしゃるのに、あれも欲しいこれも欲しいとねだるような真似はいたしません。それこそ王后様からの罰を受けます。
私は必死でした。あばら家育ちの私が西のご領主様の探花使の目に留まり、後宮に納められて、王の寵愛を得る運に恵まれました。しかし、その寵が一時に終わらぬよう、できれば男の子を生して、後宮での地位を安定できるようにと努力なしではいられませんでした。
故郷を守りたかったのです。それに後宮で美人の地位を得て、その扶持で実家の親きょうだいに仕送りをできるようになりました。また私の下に就くようになった宮女や宦官たちがおります。その者たちにも心を配り、美人の官位から得られる扶持や下賜された品から心付けを与えておりました。私を頼る者たちが多くおりました。その者たちの為にも地位を失えませんでした。
立場を失ったら私はぼろきれ同然。生きていけなくなります。寵を失ったら、西のご領主様を失望させます、実家や私の下にいる者たちの暮らしが立ち行かなくなります。
王の寵を失った女がどんなに軽んじられるかご存知ですか? 二度ときらびやかな場所には出られません。厨房の近くで米搗きをするか、機織りをするか、全くの下働きの身になってしまいます。私一人のことでしたら、元の暮らしに戻るだけですが、どれくらいの人間を巻き込むのかと思うと恐ろしくなります。
私が王の寵姫の立場を守ろうとしたのは、守りたい人間が大勢いたからです。その為に王のお心をお慰めし、お目を楽しませようと、容色を磨き、歌舞音曲や詩文を嗜み教養を身に付けようとしてまいりました。
それが身の程知らずの贅沢だと仰言るのなら、罰を受け入れます。でも、それは楽しむためではございませんでした。身を守る為の手段でした。
私一人が贅沢にふけっていたのではございません。
それだけは知っておいてください。
何故王に殉じようとしなかったかですか?
私はただの献上品に過ぎませんもの。品物が自害するのは変でしょう。西の故郷に帰れるよう、北のご領主様が情けを掛けてくださるか、ご裁断を待つのみです。
王の政道を誤らせた女とお決め付けになるのなら、それもよろしうござます。
さあ、首を刎ねてください。