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あなたへのメッセージ

 連絡ノートのページが強い筆圧で書かれた文字で膨れ上がっていた。霧透の悩みが、しとねを媒体にして浮き上がってきたようだ。もう一人の自分の悩みに心を寄せる。女性として生まれた唯歌は、この身体で不便に思ったことは一度もない。幼少期のストレスで、人格が分かれたにせよ、女性として仕事を得て自立している。特に自分の社会的位置づけに関しての不満はない。


 彼の心を手の平にのせて、顕微鏡をのぞくように細胞一つ一つに焦点を合わせて見たのは、初めてである。日々の生活の記録をつけたノートに、初めて心境が綴られていた。せっかく仲良くなりかけたしとねに拒絶されるかもしれない恐れ、生木を裂く様に、心の柔らかい部分が皮と一緒にむけていく、樹液のしたたりは涙となって心を濡らす。


 唯歌は返答を綴った。男という存在は、どんな結果が待ち受けていたとしても、たじろいではいけないこと。たとえ不安な未来が予想できたとしても、恐れおののいてはいけないこと。現実に起きた出来事が悲劇だとしても、しっかりと受け止めて、泣き言を垂れ流さないことなどを伝えた。


 唯歌の一部でもある霧透は、男性だと自認しているが、元が女性から派生したキャラクター故に、下手をすると唯歌よりも、女性寄りの心情を持ち合わせている。時々唯歌は思う「霧透は、私の女性の部分を全部引き受けているのではないか」と。


 唯歌はドライでクールだと、同級生からも言われていた。冷凍室の中の氷柱のように霜に遮られて氷の中までは見通せない、触れるには冷たすぎて、指の腹から伝わった体温は、水滴の道筋を表面に残す前に凍てついてしまう。冷たさにしたたかさを併せ持った女性だと、語られ続けてきた。その伝説故に、美貌に引き寄せられた男性は、彼女の心を溶かす前に退散していった。


 彼氏がいない事に関しては、別段引け目に感じることもなく、淡々と人生を過ごしていた。むしろ、男性として生きている霧透の方が、周囲の評判に関しては気にするたちであったと感じている。唯歌がコントロールする感情という心の流れを、男性であるべき霧透の方が強く受け止めて押し流されているイメージがある。


 朝の時間は短くて、すぐに電車に乗って勤務先に立ち行かねばならない。唯歌は急いで朝食をとると、シャツに着替えて、身支度をして部屋を出た。換気のために少し開けた窓から忍び込んだ風は、霧透のページをめくると、室内の空気と同化して姿をやつしていった。



 目が覚めると、歓喜と不安がチョコレートが溶け合ったパフェのクリームのごとく混然一体となって襲い掛かる。霧透は、ノートを読んで男性としての矜持を頭に叩き込むが、すぐに不安が毛穴から噴き出る汗のレベルで占有し襲いかかる。やっとのことで気持ちをなだめて、仕事先のグループホームへ向かった。


 お年寄りの相手をしながら、頭の中を恋心がよぎるが、マジシャンが投げるカードを思わせる速さで追い払って、話に集中する。休憩時間にやっと、膨れ上がった恋心と対話をし始める。答えの出ない一人問答が続く。


 仕事を終えて帰宅する。デートを企画するにも、いつ出番が来るのかわからないことに気づく。込み入ったデートプランを練り込んだとしても、その日にいるのは自分ではないのかもしれない。今度、しとねに会ったら、ファミレスでのデートは可能かどうか、打診する必要がでてきた。もし、それで断られたら、その時はその時だ。霧透は腹を決めた。


 多層系として生まれて、自分は幸福だったのだろうかとふと思う。間違いなく自分の人生を生きさせてもらっている。選択いかんによっては、自分は存在を許されなかったかもしれない。霧透は、自分の分身である唯歌と時代の潮流に感謝した。


 明日は誰の出番かはわからない。霧透は、唯歌に、アドバイスに対するお礼の言葉を書いてノートを綴じた。ライブアイドルの会場でしとねにあったら、食事に誘おうと彼は考えていた。


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