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惹かれ合い、それとも利用?

 唯歌の枕元を薄曇り越しの太陽が、かすかな光で枕元を照らす。霧透が中途半端に閉めたカーテンの隙間から漏れ出る陽光はおぼろげだが、瞼の裏に陽だまりを作って、朝の訪れを告げた。6時という、出勤の支度には少々早すぎる時間の目覚めは、心に影を差す。


 不快さを振り切って、着替え連絡ノートに目をやる。恐れていたことが現実になっていたが、まだ挽回の余地はあるはずだと自分を勇気づけた。予想される、悪女にほれ込んだ男が巻き起こす通俗的な未来が自動志向となって脳内を占領し始める。不安から来る迷妄だと振り切って、角食のほのかに焦げ目のついた部分にマーガリンを塗り、牛乳と共に喉へ流し込んだ。半月状にカットされたトマトを頂点から口中に放り込む。柔らかい果肉が崩れて種子の部分を巻き込んでのどを潤した。輪切りにされた胡瓜は、瑞々しさを保ったまま固い皮と共に、前歯で二つに割られて臼歯で押しつぶされる。


 食事をとりながら、今日の仕事の段取りを考えつつ、霧透に警告をしておかねばと考える。唯歌自身、恋愛の経験がなく、人を好きになる魔力がどの程度の興奮をもたらすのか想像もつかない。なので手さぐりで、もう一人の自分の本気度を探るしかなかった。


 不思議なものである。自分なのに、自分は確かにここにいるのに、もう一人の自分の心情や、気脈を推し量れないなんて。唯歌は兄弟のいる友人の話を思い浮かべてみた。


「異性だからかもしれないけど、兄貴の考えはさっぱりわからん」

 と友人の女性がこぼすのを、微笑みながら聞き、合の手を入れる。友人は額にしわを寄せて何かを思い出そうとしていた。やがて、かぶりを振り「やめやめ考えるのをやめ」と叫び思考を放棄した。


 兄弟ですら男女は相容れないのだから、別人格ともなればなおさらかもしれない。唯歌は、ここで志向の流れを止めて、バッグを持つと勤め先に出かける。


 いつものようにスーパーで品出しをしつつ、由美に話しかけてみた。

「由美は兄弟とかいるのかな」

「どうしたんです急に」由美は手元のシャンプーの袋を棚にしまい込みながら答える。

「ちょっと気になっただけよ」


 性急だったかなと考え直して唯歌は、話を収めた。そのまま無言で陳列を始める。仕事がひと段落つくと、食料品の手伝いを始めて、菓子などを日付を改めた上で棚へ出し入れする。途中、売り場を訪ねるお客様の相手をしながら、予定していた仕事をやり終えた。水分を得るために、自動販売機へ向かう。唯歌は、先ほどの質問を繰り返した。


「弟がいますけど、幼稚ですね。ゲームしか頭にない感じ。将来はゲームクリエィターになると言ってます」と饒舌に話しつつ氷を齧る。

「弟さんの言うことに共感できる?」

「ぜーんぜん。もっと現実見ろよと言いたい」

 わりと、夢見がちな事ばかり話している由美が、急に千里も離れたような現実的な発言をしだすのがおかしかったが、だまってうなずく。やはりそうなのだ。兄弟だからと言って、お互いが似た者同士になるとは限らないのだろうと確信する。


 発注作業で、売れるであろう商品数を頭の中で予想しつつバーコードをレーザー光線で読み取る作業を続ける。たまに、上手く読み込めない時がもどかしい。自分の言うとおりにならない霧透のもどかしさに相通ずるものがあると思った。


 電車に揺られつつ、今後のことを考える。苫米地しとねが、女としてどのくらい手練れているか、かなり男を手玉に取るタイプだというのは勘でわかった。霧透は、純な所があるから、簡単に操られてしまうだろう。だからといって、あまり強行に出るとかえって反発して燃え上がる可能性もある。つり革につかまらず、二の足を踏ん張って揺れに耐えながら、最善の手を考えるべく頭の中で可能性の矢印を多方面に飛ばす。唯歌は、脚力を鍛えるために、周囲の物には頼らない。全て自分で判断して行動してきた。その強さは霧透にはない。困ったことがあれば、連絡ノートで頼ってくるだろう。その時に、かじ取りをすればいい。

唯歌は結論を出した。駅に停車した電車は進行方向に強い力で押し流す。その動きに抵抗して、唯歌は踏ん張り通した。


 自室に戻って、ノートを見る。願わくば、自分の番が続いてくれれば、しとねと霧透との仲を裂くことができる。しかし、それは叶わぬ夢だというのは、今までの経験上よくわかっているのだった。

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