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あだめく女が寄り添う相手

 霧透の体にのしかかる黒い影、金髪をザンバラに散らして、カラーコンタクトを効かせた異形の眼が彼を睨みつける。オッドアイの女性は、怯んだ男にのしかかり、胸板に顔をうずめた刹那、「裏切られた」と念のこもった言葉を吐き、首筋に噛みついた。歯形が唾液の痕跡を残しながら首筋に刻印された。男はのがれようと身体を海老のようにしならせるが、昆布のように絡みついた女性は、中々離れてくれない。


 悪夢から覚めた霧透は、自分の手を見た。先ほどまでうねっていた金髪は、何も残さず消えていた。夢だとわかったが胸騒ぎと、重くのしかかった不安が二層重ねで心を支配している。彼は精いっぱいの伸びをして、悪夢の呪縛から逃げ出そうとしていた。


 一日の気分が、その日見た夢に支配されるなんて、本末転倒もいいところだ。彼は顔を洗い歯を磨いて、気持ちを切り替えようとした。まだ、出勤まで間がある。スマホを取り出して夢占いサイトにアクセスをする。

『吸血鬼の夢』で検索すると、多数の夢診断サイトがヒットした。あまりいい卦ではないようだ。何か影響力のある人物が現れ影響を受けると書かれていて、性根が素直な霧透は、簡単にその暗示に引っかけられた。


 連絡ノートを見ると、唯歌がライブアイドルの催しに行ってきたことが書かれていた。その親切心にうれしくなる。普段冷たい女性だと思っていたが、意外な面もあるんだなと、発見に驚いた。


 いつも通りの業務をこなす。ただ夢の内容が引っかかって、気もそぞろになる。そのせいかうっかりミスが起きて、先輩職員に注意を受ける。しばらくして夢の印象が薄れてきて、普段通りの動きが戻って来た。


 今日は、ライブアイドルの公演は休むことにした。唯歌が、公演に行ってくれた分、自分は筋トレに励むべきだと思ったからだ。霧透は、ジムへは行かない。自室の空いたスペースを利用して、プッシュアップや腹筋、腿上げ、そして背筋やスクワットをして鍛える。汗が達成感を裏打ちする。そのままシャワーを浴びる。

 自分の心は男なのに、体つきは女性。そのことに違和感を感じているが、もう一人の女性はどう考えているのだろうかと気になった。唯歌のためにも、自分がこらえなきゃならないと感じている。世間的には自分は多層系のLGBTになるのだろう。少し膨んでいる胸を見て、女性であることに少なからず違和感を感じた。自分は女性を愛したいのだが、唯歌の気持ちはどうなんだろうか。霧透は、唯歌の気持ちを想像してみる。彼女こそ男っぽくて、なよなよした男である自分とは対極的である。しかし、心底では女性として、男性を求めているのだろうと思った。今の所一人なのは、自分に気兼ねしてるのか、偶然なのか。霧透にはわからなかった。






 翌日も霧透の出番だった。昨日の出来事を連絡ノートに書き、介護の仕事に出かける。定期的な筋トレは

自分の底上げに役に立つ。利用者を車いすに移動させ、歩行介助をし、食事の世話をして、洗濯物をたたむ。日々の動作が、身体に張り付いたリモコンのように動きを滑らかにしてくれる。今日も体調はいい。


 仕事が終わって、今日ぐらいは自分へのご褒美だと、ライブアイドルの会場に出かける。季節は初夏。日差しが日を追うごとに強くなっていく最中、お目当てのアイドルが汗だくになって頑張っていると思うと、ますます応援する気になっていく。会場に着いたら、着物姿の女性がいた。


 あでやかな服装は、アイドルより目立った。しかし、着物は歩幅が制限されるせいか、どことなく気を引いてしまう。足元に気を配りながら歩く女性に、親切にしてあげようと思い、近づいていった。


「あら、あなたは、唯歌さん。私です苫米地しとねです」

 着物の女性は、顔を上げて霧透をみつめる。上目遣いが愛らしく映る。


「はじめましてですね。もう一人の人格です。霧透といいます」

低めの声を出し、自己紹介をする。その上で相手の足元に気を配る。


「いつもお着物なのですか」

思わず質問が、ついて出る。相手は嫌そうなそぶりを見せずに、普通に答えた。


「今日は趣向を変えてまいりましたの」

首筋に手を当てて、彼の質問に答えた。細い首筋に気を取られてしまった。心の扉をノックするような音が聞こえた。


 しばらく話してみて、ハルカが押しメンだとわかり意気投合する。一緒に会話を楽しんだ後、足元を気にする彼女をエスコートして、表に出た。対話をしながら駅まで送り、連絡先も交換した。


 はじめて女友達ができて、心が弾んだ。唯歌の危惧通りになってしまったことを霧透は知らない。浮いた気分で、連絡ノートの文字は躍った。できれば明日も自分の出番で、彼女に会いたいと思った。彼はノートに、唯歌になったら彼女に連絡のメールを送って欲しいと頼んだ。彼の心は、しとね一色に染め上げられた。


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