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彼女の出番

 心は唯歌に宿った。朝起きて、霧透のメモに目をやる。端正な字で「アイドルのコンサートに行きたい」と書いてあった。連絡ノートの続きに、「残念だけどバスケの日」とだけ書こうとして、少し思いとどまる。相互の理解のために、ライブアイドルのお披露目に参加してやってもいい気に少しだけなったのだ。


 私服に着替えて、出社する。食料品を開店前に並べて、発注を取り、期限切れの近い商品は値引きをし、大量に売れ残った物は、PCで売価を下げる。一連の動作に力仕事が加わる。雑多な商品は重量物も混ざっていてアンバランスに重い。プラスチック製のカゴに入った大量の食料品を積んで台車で売り場に運んで、手早く商品の後ろに並べていく。同時に商品整理もこなさないと、仕事を効率化できない。同僚の由美は、その辺の手際が悪くてもたもたしている。


「さっさとやらないと終わらないよ」

と由美に急ぐように促し、自分の持ち場は全て終わらせた。別の食品の売り場の方で遅れが目立っているので助っ人に行く。パート仲間の由美を誘い、普段より二割増しのスピードで作業を片付ける。日配品は、量も多く、賞味期限も短いので品出しは、より難しくなる。雑多な商品を、最短の導線で動いて、商品棚に陳列する。きびきびとした動きが、集中力に張りを与える。


「ちょっと、室谷さん。速すぎます」

由美が悲鳴を上げている。筋肉量の差なのだろうか。バイトを始めて間もない彼女は、筋量も少なく、すぐに小休止を勝手にしてしまう。背中を軽く叩いて、喝を入れ、作業を終わらせた。息つく暇もなく、発注機を片手に、勘で数量を入力して行く。たまに数字を多く叩いてしまう。舌打ちをしながら、消去して入力しなおす。バッテリーが減るサインが出る。途中送信をかけて、別の機械にバトンタッチする。


 昼からは家庭雑貨の品出しに移る。彼女たちの持ち場は基本、家庭雑貨だが、人手が少ないので、食料品も手伝わされることが多い。さすがに売り場切り替えの時は、助っ人業はお役御免になるが、作業量は多いので一日がかりになる。


 休憩をはさんで、一服する。自動販売機で飲料を買い。しばしの歓談。由美はしつこく多層系について聞いて来る。才能のある特殊な何かだと思っているらしい。


「誤解されることも多いし、体の自由は効かないし大変だよ」

「あーでも、自分じゃない自分になれるってすごくないですか?」

「全然凄くないよ。記憶も残っていないんだし」


 事実そうだ。もう一人の別人の自分に振り回される。たまには相手のいう事も聞いてやらないと関係がスムーズにいかない。今日は体育館はやめて、霧透の好きなアイドルのライブに行くことにした。


「あれれ、電車の行先が違いますけど」

「ちょっと野暮用があるんでね」


 由美を適当にまいて、劇場のある路線への電車へ乗り込んだ。ヴィジュアル系のファンだったこともある唯歌は、地下アイドルのライブも似たようなものだと思っていた。違うのは独特の客層だということも。男の匂いでむせ返る会場の入り口には、いかにも彼女のいなさそうな男性がたむろしていた。ボーイッシュな唯歌が、ロビーを通ると男たちの目つきが変わった。彼らには唯歌が、通りすがりの女神に見えたのだろう。男たちは足を止めて、視線をこちらに向けてくる。全身を見られていることが、痛いほどにわかる。


 地下ライブの客層に女性も珍しくはないが、全体から見たら少数派になる。自分を男として認識している霧透も、どんな思惑で見られているかわかったもんじゃない。唯歌は身震いを感じていた。


 やがて、きらびやかな音楽と共に、アイドルたちがステージに現れる。水族館で目的を見失った回遊魚のように、緩い校則で定められた制服のような衣装をまとった娘たちが、それぞれの定位置に足場を構えた。


 退屈そうに周囲を眺めると、既視感のある黒づくめの衣服をまとった髪の長い女性が、佇んでいた。V系のライブでよく見かけるような女性とは少し違う空気を漂わせて、異彩を放っていた。唯歌は、彼女が気になり、休憩時間に話しかけることにした。


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