揺れる。
こんな先輩と、青春してみたくないですか??
「揺れる。」
あの人は悪い人だ。別に侮辱しているわけではない。しかし、悪い人なのだ。学校の規則を意図もたやすく破ってしまう面でも、僕の精神衛生上においても。
我が、相模原第一高校は、すっかり青春のムードに包まれていた。全く雰囲気が甘ったるくて二日酔い、いや僕は学生であるので酒に例えるのはよくないな、胃がもたれるとでも言っておこう。とにかく脳がとろけそうになるくらいなのだ。
見渡すところ一面、まるで小説の青春群像劇の主人公たちかのような奴らばかりである。部活動に身を捧げ、一点の曇りもなく快活に笑うもの、クラスの模擬店に準備を追われバタバタと走り回るもの、実行委員としてあくせく働き統率を図るもの、そしてみな一様に一ミリ残さず青春を謳歌していた。青春という無限大の可能性の中では、意味のないことにいちいち意味を見出し、運命などと名前を付けてあげることが、礼儀と化している。しかし、これまでの発言を妬みや嫉みだと思う人もいるであろう。まぁそういわれると返す言葉もないのだが、いいのである。今日に僕の逆転劇いや青春が始まるのだ!そう文化祭である。
ここで先に言っておかなければならないことがある。それは僕が、自身の所属している新聞部の部長である先輩に、思いを人知れず寄せているということだ。
最初入部したばかりの頃は、少し変わった、いやかなり変わった人が、この高校にはいるものだと思っただけであった。その先輩は、髪は艶々と輝く黒、長さはセミロングといったところであろうか、瞳の少し茶色がかった美しい瞳と、髪の色彩が交じり合い、さらに色白のもう少しで血管が透けてしまうのではないかと言うほどの色白の肌が、目を引くような人である。それながら、記事に打ち込む時には、眼鏡を少しずらしてつける。その姿たるや美しさという言葉を寸分の狂いなく体現しているような佇まいである。しかし、口を開けば僕を後輩扱い、いや子ども扱いするばかりである。
我が新聞部は、部長の意向で一つの記事を作成するにあたり、かなりの取材を丁寧且つ綿密に行う。僕もさすがに高校近くの動物園の取材の際に、園長にまでアポを取っていたのはかなり驚かされた。そして同時に熱意、プロ意識のようなものをはっきりと感じ取ったのであった。
僕がこの部に入ってから、先輩と様々な取材をしているうちに、僕の写真の技術に目を付けてもらった。いつの間にか僕は先輩の専属のカメラマンとして、多数の取材をしていくようになった。あそこまでの熱意があるのだから、写真もてっきり自分で取るのかとも思ったが、先輩は「機械はめっきりなのよ」と、少し自信なさげに微笑むばかりだった。
ここからは小学生でもわかる話だが、彼女の熱心さ、微笑み、僕への子供使い、そして何より先輩の美しさに、あっさりと心奪われてしまったのである。
僕は文化祭で思いを告げると決めた。そこで一つ条件を設けた。それは後夜祭のフォークダンスに誘うことに成功したら告白するという条件だ。
僕もまだ高校一年生である。自分には底知れない可能性が秘められていると、少しは思っている。こんなちょっと夢見がちなところがあるのだ。別に少しくらいいいだろう。普段の冷静な僕とは違い、気づいた時には足がそして言葉が出ていたのである。
放課後 部活棟 新聞部部室前
「先輩!」
少し前傾姿勢で、勢いよく呼びかけてしまう。
「君、部長と呼びなさいって言っているでしょう。」
いつもと変わらない凛とした声だ。もしかしたらこの声にさえ魅了されているのかもしれない。
「先輩には変わりありません。」
見とれていることが悟られたくなく、減らず口をたたくのも随分慣れたものだ。
「まぁそうね…じゃ柚乃先輩なら許してあげるわ。」
小悪魔というのがぴったりの笑みを浮かべる。本当に美しい、いや可愛いのか?
「呼べないの分かっていってますよね。」
「そうかしら、別に呼べると思うけれど。」
「それで先輩…」
120%の勢いでスタートを切ったのにもかかわらず5%まで落とし込められてしまった。
「それで何か?今年は文化祭で一日ごとに、号外出すつもりだからかなり忙しくなるわよ。」
「そうですか、写真頑張ります…」
「助かるわ、君の写真には心を惹きつける力があるもの。」
「ありがとうございます…」
先輩は踵を返していってしまう。同時に髪の香りがはじけた。
「いや、そうじゃないんです!!」
5%を、若さで無理やり120%まで再度跳ね上げる。
「最初に呼びかけられていたものね、何かしら?」
先輩は細くて色白な、小首をかしげる。
「僕と後夜祭踊っていただけませんか。」
想像以上に伝えたいことはすっと出てきた。しかし恥ずかしさと、断られたらという焦りが相まって顔を見ることが全く出来ない。
「後夜祭ね…」
先輩は少し困ったような雰囲気を醸し出す。
美しいのは変わりないが、その表情から答えを推測出来てしまう。
「いやなら大丈夫です…」
こんなセリフ言う気はなかったが、つい弱気になって口をついてしまった。
「いえそうじゃなくて、私踊りは出来ないのよ。」
と先輩は少し顔を赤らめながら、小さくつぶやいた。
「僕だって踊れません!」
わけもわからず、必死に大きな声を出してしまう。鼓動は断続的にいや、とめどなくスピードを上げ続ける。
「ふふ、私昔にバレーで運動はやっていたけれど、フォークダンスみたいのはからっきしね、小学生の時も散々だったわ。」
また少し困ったようにでも少し恥ずかしそうに言う。振られる瀬戸際にも関わらず、先輩が昔運動部であったことに興味が湧いてしまう。
「先輩、昔は運動部だったんですか。」
これもまた気づいた時には口をついていた。
「そうよ、これでも運動神経いいのよ。」
先輩は得意げに、体を少し反らすしぐさをやって見せる。なんだこの可愛い生き物は!!
まさか球技が出来るとは思っていなかった…意外な発見。きっとバレーボールで汗を流している先輩もさぞ美しかろう…いやその前に!そうである、僕は振られたのだ。それもこれ以上なく優しく。
僕は興奮や悲しみでぐちゃぐちゃになった気持ちを強引に一度リセットする。
「そうなんですね、変なこと言ってすみませんでした。でも写真は頑張りますから!」
今の僕にはこの程度のことしか言えなかった。かなり、情けない気もするが。
「期待してるわ。」
先輩はじっと僕の瞳に焦点を合わせたまま、柔らかな笑みをこぼすと、再び踵を返し、今度こそ階段から姿を消していった。
このようにしてあっけなく可能性はゼロへと落ち込んでしまったわけだが…しかし今また復活のチャンスを得ようとしているのだ。
先輩は、昼休みに必ず屋上に行く。これは先輩と部活を共にしていくうちに分かったことだ。何をやっているかは知りようもないのだが(第一、カギがかけられていて確かめようがない)、雨が降っていなければ、必ず屋上に一人で赴く。こんなことを調べている自分はいささか気持が悪い気もするが、青春の二文字の前では神様も許してくれるだろう。
二年の先輩たちの噂を何度か耳にしたことがある。どうやら職員室の屋上の合いカギを作って、私用で使っているらしい。なかなかの悪い人である。しかし、何はともあれ一番は僕の精神衛生上、悪影響この上ない。完全に弄ばれている。僕は間違いなく先輩の前では僕でいられなくなってしまっている。全くもって僕の好きな人は、悪い人である。
そう、チャンスが巡ってきたのだ!どうしても昨日のことがあきらめきれなかった。そこで僕は昼休み、屋上の扉の前まで来ると、不思議といつもならしっかりと、いや完璧に、絶対に閉ざされていた扉が、隙間を作っていたのだ。危うく声を出しそうになってしまった口を迅速に抑え込む。まだ先輩には、先輩が屋上に言っていることを、自分の口から確認もしていなければ、話題にも出していないのである。
どんな恋愛ものでも、秘密の共有は二人の関係を、友人から恋人へと昇華させる魔法アイテムである。そのアイテムがこうも目の前に落ちていると、興奮が抑えきれなくなってしまう。
不思議と色々なことを想像してしまう。
あの美しい先輩はここで何を行っているのだろう?お昼寝?お弁当?読書?はたまた何か見えないものと会話?高校生の創造力は無限大である。息をひそめ、足を静かに滑らせ、ドアノブに手をかけ、ゆっくりと回す。驚いた。高校生の無限大の想像力いや妄想力もここまでは予知しきれなかった。
先輩は揺れていた。軽やかにそしてしなやかに、まるで地面は氷かのように、アスファルトの上を軽快にステップを踏み、綺麗な曲線美で跳ねまわり、そして揺れ回っている。その表情はなんとも形容しがたい艶めかしいものであり、しかしどこまでもきれいである。
少しだけ、落ち着いてきた。少し観察を始めてみる。足元に目を凝らすと、つま先を平らにした、不思議な形の靴を履いていた。そうだあれはトウシューズである。幼馴染が昔習い事で使っていたのを見たことがある。先輩は人知れずここで、踊り舞っていたのだ。不思議となぜという言葉は思い浮かばず、このまま見ていたいとしか思えなかった。それほど美しいのだ。
「だれ?」
完全に夢中になってしまっていた。滑稽も滑稽、頭隠して尻ではなく足隠さずである。私のもっと先輩を見ていたいという気持ちはどうやら足に現れてしまっていたらしい。
「すいません…」
「君か。」
少しあきれたような表情でこちらを見る。
「すいません、覗きとかでは。」
「違うの?」
「そうです。すみません。」
返す言葉もない、どうあがいても覗きである。今回こそ青春は終わったようだ。こんなにもあっけなく。
「ここで踊ると気持ちがいいのよ。記事が行き詰った時にはよくここで踊るの、結構気分転換になるのよ。差し詰め、小説家が散歩しながら話を考えるのと一緒ね、いえ少し違うかしら。」
またもや先輩は小首をかしげる。そして少し微笑む。本当に美しい、しかし今はその微笑みも、なぜか悔しくそして悲しく感じさせた。なぜ先輩は話を続けるのだろか…
「見つかったのが君で良かったわ、あまり人に知られたいことではないの。」
そういうと先輩は伸びをして、フェンス越しにグラウンドをのぞき込む。嘘でも君でよかったなどと言われると嬉しくなってしまう。いや待て、一つ引っかかることがある。これだけは言わずにはいられない。
「先輩昔バレーはやってたけど、踊るのとかは全然って!」
「そのことか。」
またもや笑みをうかべる。
「そうね………」
先輩は長く黙りこんでしまう。何かまずいことを聞いてしまったかと今頃になって後悔してしまう。
「私昔、バレエやっていたのよ。」
なんだか、少しそわそわしている。僕はこんなにも窮地に立たされているのに。
「それはだから聞きました!ってあっ。」
脳と顔が一気に熱くなる。これ以上熱くなってしまったら、めまいがして、頭から倒れ込んでしまいそうだ。体がジンジンしてくる。高校生にもなって、こんな恥ずかしい思いをするなんて、これもまた無限大の想像力では予期することは出来なかった。
「でもだったら!フォークダンスはからっきしって。」
「それはそうよ、フォークダンスの習い事なんてないでしょ?」
確かにそうだ。そうだが、少し先輩は僕に意地悪が過ぎる気がするのだが。
「悪い人だ。」
ようやくいつも通りの減らず口をたたけるまでには自己処理することが出来た。
「嫌われちゃったかしら?」
そんなこと微塵も思っていないことがひしひしと伝わってくる。しかしそんなことを言われてしまうと、そんな訳あるはずない、大好きです!と言いかけてしまう。
「もう一回言いますね。先輩の許可は取りません。」
「お好きにどうぞ。」
「僕と後夜祭踊ってもらえませんか?」
ここでもまた少しだけ微笑む。瞳はまたもや僕を捉えて離さない。
「よろこんで、ダンスは好きよ。」
今思えば引っかかる点が少しある気がする。が、この甘美で頭がクラクラする、しかし心地が良いこの雰囲気に、その余計な詮索は失礼にあたるだろう。高校生は高校生らしく、礼儀に従い、意味のないことに意味を必死に見出し、題名には運命とでも添えればいいのだ。僕たちはとろけるほどの青春に優しく包まれていく。だがしかし忘れない、彼女が悪い人であることを。
後日談というか今回のオチ
私はいい後輩をもった。毎日見ていて本当に飽きない。かわいい後輩。しかし彼には欠点がある。それは私のことになるといつもの冷静さと、良い着眼点が失われること。それまた可愛いとは思うけれど。
あの日あの屋上のカギを開けていたことに、気づくのはもう少し後になってからでも遅くない。
「先輩!後夜祭始まりますよ!!」
「今行くわ。」
私はいつだって、彼の前では悪い人だ。
2作目になります。もしも私などの作品を、ご覧になってくださった奇跡的な人がおられましたら、本当にありがとうございました!
1作目の「イシとの再会」もよろしければご覧になってみてください。
ではまたいつかお会い出来たら光栄です…