7話 露出は一種のアイデンティティなのか。
着替え終えた私をグレシットが全身を舐めるように見て一言、馬子にも衣装やね、と言った事について。彼にはリアリゼッタ姫を敬う気持ちが元々少なかったのではと思った。
でないと自分の仕える国の、自分で言うのも何だが、一番大事にされているお姫様に対してそのような言葉は出てこないだろう。尊敬って大事だ。
シェリーは会議後の夕食準備があるという事で、グレシットと共に城内を移動する事となる。
これから昨日よりも大勢に見られるのかと考えれば気が重くなってきた私を見てか、隣を歩く彼は面白そうにとジロジロ見てくる。何を言うわけでもなく見るだけなので気分が良いものではない。
何か言いたい事があるのかと問えば、特に何も無いようでただ見ているだけ、といった納得が出来ない返事でその後変わらずの沈黙は続く。苦痛の時間二回目だ。
ここは私から話題を振った方が良いのだろうかとも考えるが、グレシットに対して何か話題があるわけでもなく、結局の所、無言の時間は続くだけだった。
「姫さんはどう思う?」
突然、話題を振られた。私と同じ事を考えていたのだろう、気遣いが出来る男とは思っていなかったので、さすが女遊びに日夜精を出していると評価しよう。あ、下ネタでは無い。
正しく評価出来る面がそこしか見えていないのは、大人として如何なものか。
「どう思うって、何が?」
「今日って豪勢な会議するやろ? ただの会議ちゃうと思うねんな、オレ」
「まぁ、そうだろうと思うけれど。私のお披露目会って思ってた」
「せやな。そこは否定出来んなぁ」
「他の理由なんて全然わからないけど……」
「オレはな、姫さん狙った奴を炙り出すんちゃうかなて考えてる」
アイデから聞いた通りだと、リアリゼッタ姫は城で創造主の後継者に狙われた。しかし、城に出入りする人間の調査は既に済んでいるとも聞いている。その当時と出入りする人間が変わっていないのであれば、炙り出し行為自体意味が無い気がする。
その疑問についてはグレシットも同意のようで、彼は眉間にシワを寄せて溜息を吐いた。
「外から戻った来た時やねんけど、城門にかなり強い魔法術を感じたんよ。せやからそうなんやろうなぁって思ったんやけど……やっぱ可能性は薄いか」
「それにどんな調査をしたかわからないけど……私を狙った創造主の後継者が城に居たとしても、抜け道を知っていると思うんだよね」
「国家魔導師の仕掛けた大規模な魔法術やで? 逃げれるとは思わんけどな」
「ん? でも何からも愛される私が攻撃を食らったくらいだから、無きにしも非ずだと思うのだけれど?」
どうして周りの力を過信しすぎるのか、と悪態吐いてしまいそうになった。少し頭を捻れば解る事だろう。
確かに国家魔導師という役職は、この世界でとても強力な力を持っているのかもしれない。だが、その彼らが羨むほどの力を持っていたリアリゼッタ姫が狙われて、尚且つ長い眠りに陥る程の強力な力でねじ伏せられたのなら、姫よりも強い力を所持していると考えないのか。
この世界の人達は力を過信するあまり勘違いをしてしまっているのでないだろうか。要するに、オツムが足りていないと思われる。魔法術がナンボのもんじゃいくらいの意識で居ないと、いつか足元を掬われるぞ。
「そない言われても、オレは頭悪いからわからんわぁ」
自分の逃げ場を作るグレシットに対しての好感度が少し下がったが、彼は彼なりに自分は理解し難い問題なので解る奴に聞け、と遠回しに言ってきているようだ。
「そうね。じゃあ、アイデにでも話してみる」
「それがええな。魔法術に関してはアイツが一番理解してるはずやし」
オレが出来るのは女の口説き方だけやもん、と付け足されたが、聞かなかった事にしよう。その辺りの知識に関して今の私には必要無いのだもの。
彼は仕事は出来そうなので有能な印象だ。ただ、それをひた隠しにしているというか、自分を卑下している部分があると思われる。面倒事に巻き込まれたくない感情もそこに加わってか、自ら深刻な場面に出会さないようにしているというか。飄々として上手くその場から逃げようとする節が見え見えである。女遊び関連も彼の中にある勤勉さを隠す為だろうと推測する。
まぁ、本当はどうなのか知る由も無いが、そう考えていくと意外と面倒見が良い部分との矛盾点も、場面場面で空気を読めるのも納得出来る。
自分の好感度が知り得ない所で上下していることに気付かないグレシットが突然立ち止まった。
昨日の広間――といっても記憶が不確かではないが、廊下の最奥に位置していた場所には向かわず、その手前にある扉の前。此処やで、と手招きされて、少し通り過ぎてしまった私は彼の元へと小走りで戻る。
「昨日のは謁見の間。ここは大広間や」
「ここで?」
「昨日の謁見の間やったら人数が多過ぎて入りきらんやろ?」
昨日以上の人数が集まるとは分かっていたし、事前にセシルからこの城には適材適所で幾つもの部屋が用意されていると聞いていた。聞いていたのだが、あの部屋よりも広い部屋があったのか。昨日の広間でも私の住んでいたアパートより広かったぞ。
「ちょい早く着いてしもうたな」
「そうなの?」
「五将が揃わな姫さんは入ったらあかんねん」
「どうして?」
「どうしてって言われても困るわ。五将は姫さんの護衛やしとしか答えにならんなぁ……なんでやろな?」
「私に聞かれても。何も解らないのに」
「オレらもな、姫さんが幼い時から一緒におるから常にこういう場では全員揃っとるんよな」
幼い時から一緒に居るのか。それは初耳だ。これは他の面々が揃うまで掘り下げて聞いてみるべきだろう。
こういう時こそ、記憶喪失という事を前面に押し出して良いのかも、と私は首を傾げながらグレシットに疑問をぶつけてみた。
「なんかアレやな。姫さんがなんでも訊いてくるから、子供に教えてるみたいやわ」
「笑ってないで教えてよ」
「ごめんな、悪気は無いんよ」笑いを堪えながら、グレシットは思い出すように顎に手を置いた。「えっとな、ちゃんと五将と呼ばれだしたんは姫さんが王女として即位するかどうかの時やったかな。結局は姫さんは姫さんのままでってなってんけど。この国は十五歳で成人やからな。その時に即位するかどうかってなって」
「それで姫付きだった五人は五将と呼称された、と」
「そんな感じやね。大体姫さんのスカウトでオレらは知り合うたから何とも言えんけど……セシルとアイクは士官学校からの仲って聞いたし、アイデは他の国から移住して来たな。フェンはよくわからん」
「わからないの?」
あだ名で呼んでいるのはグレシットだけなので、フェンドルとは仲が良いのだと思っていた。彼の事を理解しているように見えたし、食事の席も隣だから幼馴染みとかなのかと。
私の予想は外れ、グレシットとフェンドルの出会いは城で会ったと明かされる。その際に、コイツは一人で行動させてはいけないと感じたらしい。よく寝てよく食べるというのは昔から変わらないそうだ。
「あ、オレの事は秘密な」
「教えてくれないんだ」
「男は秘密の一つや二つあった方がかっこええやろ?」
そういうものでは無いと思うのだが……もう少ししつこくお願いしてみようか。
せめて私が知っていた事を全て教えてくれるようにと頼めば、彼は苦笑して誤魔化した。
「知ってもおもろないで?」
「それでも良い。私が何か思い出さないと困るのはグレシットを含めた皆なんだから。教えて欲しい」
「んー……せやなぁ、姫さんが知っとったっていう事なら、孤児やったって事ぐらいやな」
孤児というワードは今朝方聞いた覚えがある。確かシェリーも孤児だった所をリアリゼッタ姫に拾われたんだっけ。そういった意味では二人は何か惹かれ合うのかもしれない、と私が蚊帳の外にされていた先程の事を思い出した。
「オレはシェリロットちゃんとは少しちゃうんやけどな。姫さんが村の視察に来てた時に襲ったんよ」
「襲った?」
「せや。ナイフ持って、姫さんを人質に捕れたら金が貰えるって悪い大人に騙されてん。それで、姫さん御一行を襲ったんや」
「……まさかの展開で驚きを隠せないんだけど」
「やろ? オレもやんちゃやったんやで」
やんちゃだったという問題では済ませる事は出来ないぞ。国のトップである王の娘を襲うなんて、どんだけ行動力があるんだよ。幾つの時か知らないが、大人に騙されるという事は成人する前の事なのか。
今はもう笑い話だというように、思い出し笑いを交えながらグレシットはにこやかに話を続ける。
「それで、その時の護衛やったセシルとアイクにこてんぱんにやられてしもうてなぁ。あの時は無様やったわ」
「そりゃそうでしょ。子供の頃といっても士官学校に居たんだし」
「結構やり合えてんけどな。やっぱ、二人相手はキツかったっちゅー事やな。んで、取り押さえられたオレの目を見た姫さんが何を思ったんか、一緒に城に来いって言うてん。そん時は何言うてんねんこの姫様は、って思ったわ」
「……心中お察しするわ」
私がグレシットの立場だったら、自分を襲った相手を城に誘うなんて何を考えているんだ、と思ってしまう。むしろ悪い方向にしか何も考えられないだろう。もしかすると、城で公開処刑をさせるのではないか、と。
その事を話せば、グレシットはしっかりと同意してくれた。
「でもな、風呂に入れられたり、身なり整えられたりで殺される兆しなんて全く無かった。教養を身に付けろだの魔法術の素質があるだので、気が付けば今の立場や」
「私は、グレシットの本質を見抜いていたのね」
「そういう事やろなぁ。今となっては感謝しとるよ。ありがとうな」
当時は私ではなくリアリゼッタ姫という存在だったので、感謝されると申し訳なくなる。今の私はリアリゼッタ姫の片鱗はあるものの、本人ではないのだ。
どう返答したらいいか迷い、気にしないで、と在り来りな返事しか出来なかった。
あれ? ちょっと待て。今のが子供の頃の話で、十歳頃と仮定した場合、リアリゼッタ姫は今年で十九になるはず。だったら、十五の成人なんて眠っていた時なわけで、五人が五将と呼ばれた流れは知らなかった事になる。
なら、成人の時の即位云々の話は眠った後なのか、それともその前なのか。なんだか話を聞けば聞く程全員の内容にズレが生じてきているようで違和感が残った。
「ねぇ、グレシット。私って――」
本当は幾つなの? と、今の話の流れでこの疑問を投げつけても構わないと判断し、口を開く。が、突然現れた光によってその疑問は彼に話す事が出来なかった。
光の中から現れたのは残りの五将の面々だ。とてもタイミングが悪い。物凄くタイミングが悪い。今だけは全員を転移でこの場所に移したであろうアイデを恨んでしまいそうだ。
遅れてしまったようですみません、と話すセシルの表情は申し訳なさそうにしていた。
「そないに待っとらんよ。中のお偉いさん達は知らんけどな」
全員が揃ったという事もあってか首元のネクタイを整えるグレシットが、今話した事は内緒にして欲しい旨を耳打ちしてきた。少し特徴のある低い声だと思っていたが、耳元で聞くとクるものがある。
こうやって彼は女性を口説いているんだろうなぁ、と第三者の目線で思った。
全員正装に着替えてきたのか、昼食の際よりも露出は無く、各々の色が主張されているものとなっている。
セシルとアイクの対照さは変わらないが、アイデとフェンドルの露出の無さは違和感が残る。二人共胸元を出していないだけでこんだけ変わるのか、と。アイデンティティを無くされたら存在意義さえも無くなったようにさえ感じた。
肩で固定されて背中で靡くマントは少し邪魔そうに見える。
「王に念を送ったわ。時間通りだそうよ」
「そうか。ならば良かった」
「しっかし、この服装は苦しいな。こういった場は慣れん」
「少しの我慢ですから。脱がないで下さいね」
念を送るというのも魔法術の一種なのだとすれば、テレパシー的なものも魔法術を学ぶと出来るようになるという概念を目の当たりにし、もう魔法術スゲェな、ではなく、魔法術って何でもアリだな、と思えるようにまで成長した私の思考はこの世界に慣れ始めているようだ。
居心地が悪そうなフェンドルをセシルが宥めつつ私の前方に立つ。最高位騎士である二人が並び、背後には残りの三人が控えた。
これが入場隊列なのだろうと分かると同時に扉がゆっくりと開き始め、眩い光が目の前に広がった。。
「リアリゼッタ姫様の御成りでございます」
時代劇の世界に入った気分に陥るアナウンスが室内に響いた。管楽器の音が少し耳に痛い。
前方の二人が歩き出し、同様に私も歩いて扉の中へと踏み入れば、昨日の広間とは違う広い空間。そして、揃った人の数も多い。昨日とは比較にならない数の視線が私に向いている事で気圧されてしまい足が進まない。
それに気付いたセシルが振り返り、にっこりと微笑んでくれた。
「大丈夫ですよ」
声に出してはいないが、彼の口の動きがそう読み取れたというだけで、心なしか体が軽くなった気がする。
上質だろうレッドカーペットの上を歩き、感嘆を漏らす人々の裂け目を歩く事がこんなにも苦痛になるとは思っていなかった。想像していただけに、現実のプレッシャーは重く私にのしかかってくる。
なんとか歩き終え、壇上の、これまた豪華な椅子に座って私を微笑ましく見る王の隣にある椅子へ腰掛けた。
「これで揃ったな。皆の者、待たせてすまなかった」
王の一声で私の入場を食い入るように見ていた面々が用意されたであろう長椅子へと着席した。
一部座っていないのは護衛の人だろう。五将も私と王の背後に控え、立ったまま光景を見ている。
多すぎる人の群れは見ていて良い気がしない。慣れていないとも言う。こんなにも沢山の人数を前にしたのは、小説の入賞式典以来だ。戸惑ってスピーチがしどろもどろになっていた、どうでもいい記憶が呼び起こされてしまった。
「これより、ベティアール国会を行う」
王の言葉と大勢の拍手を合図に、何が行われるか予想出来ない会議が始まった。
体調を崩してしまい更新が遅れました。
楽しみにして下さっていた読者の皆様すみません。
快調したので執筆がんばります。