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5話 私はチート街道を目指したい。

 



 アイデの言葉が自分自身でしっくりこなくて妙にモヤッとしてしまったが、如何せん、何を言いたいのかがわからないので首を傾げるだけに留まる。


「えっと……」

「言葉の通りです。姫様の体には、魔力が全く感じられない」


 魔力が感じられないと言われても私自身そういったものがあるかもわからないし、第一、魔力というのが外から見えるという事も今知った。

 もしかするとアイデだけが見れるのかもしれないが、そうであればどうして今、その話をするのだろう。


「先程、姫様は私の魔法術で体が浮きましたね」

「うん。浮いて、椅子に座らされた……それに、ここに移動もしたけれど」


 それにどんな問題があるというのだ。魔法術は術者が居れば発動するのが当たり前ではないのか?

 アイデが何を言いたいのか分からず、私は顔を傾けるだけだ。


「今の姫様に結論から話しても意味が無かったか……」


 独り言を呟いた彼女はどこから話したら理解しやすいかを考えているように、顔を俯かせた。

 ――私も考えてみようか。

 どうしてアイデは魔法術が私に効いただけで疑問に思っているのか。そして、何故それがリアリゼッタ姫自身の魔力が無くなった事に繋がるのか。……ん? これは、至極簡単な事ではないか。


「愛される加護が無くなった……とお伝えすれば解るかしら?」


 私が気付くと同時にアイデがそう呟いた。やはりか、と心の中で同意する。

 リアリゼッタ姫にはどんな魔法術も効かない。それは彼女のどんなものにでも愛されるという体質が故だ。だったら、今朝のアイデから受けた浮遊術――と仮に呼称する。その浮遊術は私に効かないはずだった。しかし、私の体は浮き、椅子に座らされた。そして、今度は転移術のようなものも私に効き、現にアイデの自室へと移動してしまっている。

 この『魔法術が効く』という結論から言って、リアリゼッタ姫の体には魔力が通っていないという結論を導く事になる。

 という事は、それが失われた原因は一つ。私がリアリゼッタ姫に成り代わってしまったから。

 アイデは私がリアリゼッタ姫だと疑いもしていないので、成り代わりの事実に気付かず、創造主にかけられた魔術を解く為に全魔力を費やしたと考えているようだが……実際は私の所為だろう。


「姫様の加護は姫様の魔力で補われていたとすれば、この仮説は通ります。姫様は自らの意思で、自分自身を魔力で包んでいたのかと」


 今の姫様にはご理解頂けないかもしれませんが。と、アイデは続ける。

 確かに、魔力の有無など一切感じないので何とも言えない。ここは話を合わせておくことにしよう。


「姫様の膨大な魔力量をもってしても、創造主の魔法術は強力だった。ですので、(わたくし)が姫様のお手伝い出来る事は魔力を取り戻す手助けをする、という事ですわ」


 なんだか話が大きくなったぞ。別に五将(ヘルファー)が護衛してくれるのなら、魔力なんて必要無いのではないか。城の中に居る限りは他者からの干渉は最小限に抑えれるわけだし。

 その事について話せば、彼女は苦笑する。


「違います姫様。姫様は、この城の中で、魔法術をかけられたのです」


 城内に創造主の後継者が居る、とアイデはさも当たり前のように言った。

 木を隠すなら森の中。魔法術を扱える人間が多い場所に紛れ込むのが一番という事だろう。


「兵舎には魔法術師(マイスター)も多数居ます。城内に出入りする人間は既に調査済みですが、姫様自身が御自分の身を守らなければならない可能性は無きにしも非ずかと」


 言っている事は正論だ。アイデの考えが合っているのならば、私自身気をつけねばならない。なるべく五将(ヘルファー)が傍に仕えるといっても彼らはそこまで暇ではないだろう。

 グレシットはともかくとして、朝食の場に姿を現さなかったセシルだって、別の仕事があったのかもしれない。姫を護る為に結成された五将(ヘルファー)というのは名ばかりで、各自、その他の仕事と併用しているのだろう。


(わたくし)も、他の皆も、姫様の御身が一番ではあるのですが……」

「大丈夫だよ、アイデ。魔力を取り戻せるなら、やってみる」


 そこまで言われてしまえば断れるわけもない。それに魔法術が扱えるなんて楽しそうじゃないか。

 しかもリアリゼッタ姫にはかなりの魔力量があったと言われたし、これは私の努力次第ではチート確定ルートも夢じゃないという事に繋がる。

 後々楽出来るのならやるに越した事はないというわけだ。


「それでは、明日から始めましょう」

「今日からではなくて?」

「準備がありますので。その間、明日までに姫様にはこれを」


 本棚から一冊の本が浮いてこちらへとやって来る。

 表紙には見た事もない文字が並んでいるが、不思議と読めてしまうのはリアリゼッタ姫の記憶が作用しているのかもしれない。

 表紙には、ベティアール歴史書、と書かれていた。


「昨日の話では少々分り難い所もあった事だと思います。ですので、こちらで記憶を取り戻す傍ら、勉強して頂けますと幸いです」


 明日までに読めと言われても、結構な分厚さのあるこの本を読むには骨が折れそうだ。大きい辞書までとは言わないが、3cmくらいはあるだろう。

 これを読めばこの国の歴史が理解出来るというのは表題通りだが、アイデ曰く、魔法術の事もわかるようだが……それは読んでみないとどうとも言えない。とりあえず、夜にでも読んでみる事にしよう。


「さて。私から言える事は以上です」


 何か質問は? というように片手を差し出された。

 訊きたい事……と言われると特に思い付かない。ここはアイデの事を訊ねてみようか。


「私の事ですか?」

「うん。私皆の事よく知らな……じゃなかった。思い出せないから、知りたいの」

「そうですね。うん、私の事ですか……」

「普段何しているとか、そんな感じでも良いんだけれど」

「……普段は兵舎で魔法術師(マイスター)達の訓練に付き添ったりしておりますわ。その他と言われると特に研究以外は無いかしらね」

「研究?」

「ええ」頷いてアイデは続ける。「姫様が眠ってからは呪術の解除方法を研究したり……大体は新しい魔法術の開発かしら」


 魔法術にも研究が必要なのか。ビーカーやら何かの薬草を使ったりという、日本式の魔女のイメージが先行してしまうが、きっとそういうものではないのだろう。

 新しい魔法術というものには興味をそそられるが、今はそういう話をしているのではないと思考を切り替える。


五将(ヘルファー)も各自仕事はあるのですよ?」

「それは、まぁ、なんとなくわかってるけれど詳しくはちょっと……」

「まぁそうですわね。グレシットは城下や各地の視察が主ですし、フェンドルは魔獣の世話をしています。セシルとアイクに多少の差はありますけれど、国王の補佐や護衛、そして兵の教育もしているかと」


 ふむ、やはり城勤めというのもあってか仕事内容は各自に違いがあるようだ。ともすれば、私の護衛になんて時間を割いてもいられないだろう。なるべく早く護身する術を身につけなければならないか。

 まずはこの世界の事、国の事、魔法術の事に対する知識を深めよう。行動はそれからだ。


「それでは姫様、お部屋へお送り致します」

「え、でも、アイデも忙しいんじゃないの?」

「いいえ。現在私しか姫様の近くにおりませんもの。責任を持ってお送り致します」


 そこまで言われてしまえば断るのも野暮ってものだ。素直に感謝の旨を述べた。


「では、転移を」

「あ、待って。そうじゃなくて、歩きたいの」


 城内の構図を把握する事も大事だ。広い城なので一人で歩き回れば絶対、確実に迷子になるだろう。アイデが送ってくれるのであればこれはこれでギブアンドテイクになると思う。

 少し悩ませてしまったようだが、彼女は快く承諾してくれた。


「でしたら、姫様の好きでした中庭を通りましょう」


 アイデの自室は彼女の特性というか、工房製作に辺り少し離れた場所に位置するらしい。であれば、探索も有意義になるだろう。

 中庭に咲いていた花も気になっていたので楽しみだ。

 ウキウキ気分でアイデの部屋から出る。廊下すぐの目の前に大きな出窓があった。そこから外を覗いてみると、意外と高い場所に部屋が位置しているのがわかった。

 城の全貌がよく見える。コ型のように見えるが、上空から見たらまた違うのかもしれない。


(わたくし)の部屋は城の左塔の最上階ですので眺めは抜群かと。まぁ眺めといっても中庭と兵舎と……あとは鍛錬場くらいですかね」

「鍛錬場?」

「ええ。兵士や魔法術師(マイスター)、それから魔獣使い達が己の技術を高める為に、日夜汗水流す所ですわ。まぁ、私は自らの意思で赴いたりはしないですけれど」


 汗をかくなんてとんでもないといった風にアイデは呆れ混じりの声色で言った。

 どこかの国と戦争をするというわけでもなく、ただ単に軍を動かさなければならない有事の際に対応出来るようにか。特に何も問題があるような事は言っていなかったし、然程気にしても仕方がないか。

 鍛錬場は後日行くとして、先に中庭へと案内してもらおう。

 左の塔の最上階と言っていた通り、下へ降りるには階段を使うようだ。

 何階建ての塔なのか訊くのをすっかりと忘れていたのだが、降りても降りてもゴールが見えてこない。アイデが転移術での移動をしようとしたのも頷けた。

 今からでも中庭へ転移を頼みたいくらいだ。しかし自分が言ってしまった事なので息切れを我慢しながら階段を降り続ける。

 たった今発覚した事が一つある。体力はリアリゼッタ姫の体力ではなく、前の私のままらしい。

 運動しなくなってウン年も経つわけだから、そりゃもう階段の昇降運動は老体に厳しい。降りるだけでもしんどいのに、これが昇りになった時の自分を想像してしまって恐ろしくなった。

 ……体力、つけとけば良かったなぁ。


「大丈夫ですか姫様?」

「えぇ、うん、大丈夫……もうすぐ、でしょ?」

「そうですが……」


 みっともない息切れは見せないで済みそうだ。もう少し、もう少し、と自分自身を鼓舞しながら階段を降りていく。

 やがて、芳しい花の香りが鼻腔をくすぐってきた。


「うっ、わぁ……!!」


 思わず声が漏れた。

 目の前に広がる整えられた庭園には、色とりどりの花、花、花。満開の花が風に揺られて存在を主張している。花の蔦で造られたアーチがある等、この庭園自体こだわりを持って造られたのが理解出来た。


「姫様がとても気に入られていた庭園ですから、姫様が目覚めた時にガッカリしなようにと、庭師達が全力を以て手入れをしておりました」


 隅々まで手入れされており、花の刺も全て取り払われていた。太陽の光に照らされた花々は生き生きと輝いていた。

 ここまで丁寧に手入れをするとなれば相当な技術が必要だろうというのは、花の手入れなどした事がない私にだって理解出来る。一体どんな人物が庭師としてこの城に勤めているのだろうと考えた時、茂みが突然揺れた。


「そんな所に居ましたのね。紹介しますわ、姫様。庭師の――どうして貴方がそこに居ますの、セシル」


 アイデの目線が訝しげなものに変わる。彼女の視線の先には茂みから出てきた、白い割烹着を着たセシルの姿である。朝から姿が見えないと五将が話していたわけだが、本当に、何をしていたんだこの人は。

 笑って誤魔化そうとするがアイデにその方法は通じない。鋭い目線はどんどん鋭くなり、それに観念したセシルは気まずそうに口を開いた。


「えーと……庭師のオーグが腰を痛めまして、偶然私がその場に……」

「そう。それで貴方が庭師の真似事を?」

「真似事なんてとんでもない! 今まで手伝い程度でしたけど、基本はオーグに教わってますよ!」


 何をムキになっているのだか。セシルは庭仕事を馬鹿にされたと勘違いしたのかどうかはわからないが、呆れかえるアイデに対して言い返す。

 一方アイデはネタが出来たとばかりに全力で彼をからかう。この二人の仲は意外と良いようだ。


「折角姫様が聖室へといらっしゃっていたのに、貴方って人は……」

「えっ、そうなのですか!? 私もご一緒したかった!」

「庭仕事にうつつを抜かしていた貴方が悪いのでしょう?」

「し、しかし……オーグも姫様の為にと」

「それと貴方の仕事は違うでしょう」


 アイデに言い負かされて項垂れるセシルの姿は、それはもう、飼い主に怒られた犬だ。それが可笑しくて、声を出して笑ってしまった。それによって注目が自分へと移ってしまうが仕方がない。

 笑ったのは久しぶりだ。今まではテレビを見ても馬鹿臭いという感覚が先行して笑えなかった。つい一昨日までの自分は随分と精神的に摩耗していたのだろうと思う。

 私が何に対して笑っているのかわからない二人は戸惑いつつ、目線を合わせているだけだった。


「いいじゃない、アイデ。庭の手入れも立派な仕事なんだし」

「ですが姫様っ」

「ちゃんと自分の仕事もしているなら、咎める必要も無いんじゃない?」

「姫様ぁ~。ありがとうございますぅ」


 キャンキャンと引っ付いてくるセシルに耳と尻尾が生えている錯覚が見えて頭を撫でてしまった。姫様? と戸惑う彼にごめんと謝罪して手を離す。


「あ、えっと、セシル」取り繕うように傍らで咲いている花を見た。「この花は何て言うの?」

「その花はですね、ランペローズと言います。宝石のような輝き放つ花で、花言葉は幸せ――です」

「そうなんだ」


 ランペローズという名の花は神々しい水色の花弁を風に揺らしている。

 匂いが感じられなかったので、顔を近づけて匂いを嗅ぐ為に茎を持った。


「イタッ」

「姫様っ」

「大丈夫、棘が刺さっただけ……」


 まだ棘抜きが済んでいなかったのか抜き忘れか、人差し指に一本の刺が刺さっていた。

 刺さった場所から血が浮き出て滴る。棘を抜いて絆創膏か何かを貼ればそれで終いだ。通常ならば。しかし私に刺さった棘は意志を持ったように、そのまま、私の指を貫こうと――、


「うあっ!?」


 電撃が走った。指先から痺れてくる感覚。ランペローズは棘に毒を持っていたのだろうか。そうならば私の指先が痺れている事は納得出来る。

 だが、これは多分、私の内面から出ている痺れだ。拒否反応を示しているような、そんな感覚。

 心配してくるセシルを他所に、一連の流れを見ていたアイデが深刻そうな表情を浮かべる。


「姫様、急用を思い出しましたので(わたくし)はこれで。セシルにお部屋へと送り届けて頂きます」

「ちょっと、アイデ……!」


 呼び止めるよりも早く、アイデは姿を消した。本当に転移術というのは便利なものだと実感する。

 棘の刺さったはず指先の傷は塞がって、何も無かったかのように痺れも消えていた。


「姫様……」

「大丈夫だよ。ほら、血だって止まってる」

「ですが、申し訳ありません姫様。私がすぐにでも止めていれば」

「セシルの所為じゃないでしょ。もう、気にしないで?」

「……わかりました」


 犬がまたしょんぼりとしてしまった。これは私の所為なので機嫌取りをするしか他無い。

 折角似合わない割烹着を着ている事だし、この中庭の事をもっと彼に訊く事にして、昼食までの空いた時間を潰そうとしようか。




 


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