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4話 私に食レポは向かないだろう。




 

 朝は辛い。パソコン画面と睨めっこを繰り返し、文字を打ち込んでは消しての繰り返し作業を深夜遅くまで続けていれば、必然と一日のリズムは変わっていくものだ。

 つまり、今まで昼過ぎに起床するという生活だった為、いきなり部屋のカーテンを開けられれば機嫌が悪くなるとというのは仕方がない事だ。そう、仕方がない。仕方がないのだが、まだ寝たいという欲望を感じながら私は起床する。


「おはようございます、リアリゼッタ姫様」


 ベッドの上で起き上がった私を確認したらしい、姫付きのメイドであるシェリロットが可愛らしい微笑みを浮かべて歩み寄ってくる。

 彼女は昨夜、夕食時に王様から紹介された。

 元々リアリゼッタ姫様の身の回り世話をしていたようで、そういえば、目覚めた時に部屋へやって来たメイドだったとその時に気付いたのは私の集中力のなさが要因だろう。

 詳しくは聞いていないが、幼い頃の姫様が孤児だった彼女をいきなり城へ連れて来たらしい。なんとも傍迷惑な行動である。その行動によってシェリロットは餓死せずに済んだのは結果的に良かったが、当時どれ程の人間が頭を抱えた事だろう。それでも許されるというのは姫自身の愛される体質のお陰か。


「今朝は顔色が宜しいようで何よりです」

「ありがとう、シェリロット」

「それでは、本日のご予定なのですが……」


 シェリロットの役割はメイドの仕事のみではない。姫様の身の回りの世話の範疇を超え、秘書のような役割も担っている。他の人間――例えば五将(ヘルファー)は姫に何か用があると、必ず彼女に言伝を頼むのだそうだ。これも夕食時に聞いた。

 彼女はとても優秀な人材であり、次期メイド長の座が用意されているとも。曰く、姫様は幼い頃から慧眼が優れていたという話だが、元々資質はあったのだろうと思う。


「本日は朝食後にアイデ様がお伺いに来ると仰っておりました。多分、姫様の現状況のお話があるかと思われます。また、昼食後には急遽国会が開かれます」

「国会?」

「はい。昨日お集まりになられた官僚の方々は城内に居る極一部です。ベティアールは広大な領地を有しており、各地方に要所が点在しております。その要所にはその地方を統括する方々がいらっしゃるのです」


 んんん、つまりは、首都があって、各地方に知事が居るという事だろうか。どの世界でもそういった統治の仕方は変わらないのね。


「この城のあるベティアールの首都ゼントームの他に、オースティン、ウェンスティン、ズーティン、ノアデンの四つの地方があります。それぞれの地方の各所にも要人がいらっしゃるのですよ」


 へぇー、と在り来りな返答しか出来ない。日本の中に首都があって、各都市に知事がいて、そして都市の中の各地に市長や区長が居る、という日本国方式の理解で間違いはないだろう。違っていたとしても大きな違いは生じないと思う。


「姫様は、本当に何も、覚えられていないのですね……」


 シェリロットの話してくれた事は、この世界の、この国の基礎中の基礎だ。それを覚えていないとなると重症にも程がある。そりゃあ、姫様を慕う周りは落胆するはずだ。


「ごめんなさい、シェリロット」

「いえ、違うのです。姫様が目覚めた事は喜ばしい事ですし、私は、また姫様とお喋り出来る事がとても嬉しくて……もう、二度と私の名を呼んでくれないのかと……」


 そう言って涙で潤ませたシェリロットの黒曜に見える瞳が、場違いながらとても綺麗に見えた。

 今の私はリアリゼッタ姫の外見ではあるが、元の私は黒髪で黒い瞳だったのだから親近感を覚えてしまう。


「ねぇ、シェリロット? 貴女の事、シェリーと呼んでも良いですか?」

「っ、え、……姫様、御記憶が……?」


 彼女の反応を見る限り、リアリゼッタ姫は彼女をシェリーと呼称していたのか。それなら私も彼女と仲良くなりたい。前の姫様と少し違う上司になってしまうだろうが、そこはご愛嬌で許されて欲しい。

 駄目? と首を傾げて再度尋ねれば、彼女はとても嬉しそうに微笑んでくれた。


「では、リア姫様、私の事はシェリーと。そして、もう少しフランクにお話して下さると嬉しいです」

「うん、わかった。善処します」


 何も理解出来ていない私だけれど、友人は一人でも多い方がいい。記憶喪失を武器になんでも教えてもらえそうだし、第一、話し相手が居ないとなると寂しいものだ。

 前の私は友人と呼べる人間は少なかった。いや、職業柄かもしれないし、私の性格も少なからず作用されているとは思う。しかし、同年代の女性のように気の合う友人と出掛ける事も無ければ、飲みの誘いもほぼ無かった。まぁ、基本、出不精という事もあるけれど。

 最後に友人と出掛けたのはいつだったか。無事に締切に間に合って家で惰眠を貪っていた時だっただろうか。大学時代の友人から連絡があり、彼女は私の職業も知っているので特にお洒落もせず、化粧も程々に久しぶりの繁華街へと足を向けた時だった。

 実際にお店へ行ってみれば、複数人の男女がお互いの事を教え合い交流するという言わば合コンの人数合わせで呼ばれただけと判明する。その際の私の服装はジーパンにTシャツという場にそぐわない服装だったのも相まって浮いていた。そして、誘った張本人自体が私に向かって自らの引き立て役だと、だからお前は目立つなと目線で訴えてきたのは鮮明に覚えている。

 女の友情なんて、男が絡めばすぐに破綻してしまう事を二十代後半にて理解した瞬間だった。

 その頃から友人と呼ぶ定義がわからなくなり、誘いを断っていく内に言葉を交わすのは担当の松田さんか喫茶店やコンビニなどの店員だけになっていった。

 ちなみに私を引き立て役として呼んだ元友人は、今やその合コンでゲットした大病院の跡取り息子と無事にゴールインしお姑さんにいびられている……と風の噂で聞いた。彼女に感謝している事といえば出来事を小説のネタに出来た事ぐらいだろうか。それ以外は、特に何も思わないし、強いて言うならばいい気味だ、と。

 話が逸れてしまったが、つまるところ、私に友人と呼べる友人は居ない。だからシェリーと仲良くしたいと思う。


「では、姫様」彼女のミルクティーのような色をした髪がふわっと揺れた。やや長め後ろ髪を一つに束ねてゆるい三つ編みにしている。

「お着替え致しましょう」


 それは圧力。そして、死の宣告だった。

 可愛らしい笑顔のまま、コルセットを持ってシェリーがベッドへと近付いて来る。


「待って、待ってシェリー。今日こそは自分で着替えるわ。だから、お願い、それだけは、やめて。マジで痛いんです、苦しいんです。本当に、ごめんなさい、だから、やめっ、」

「いけませんよ、姫様。レディーの嗜みです」


 そんな嗜みが必要ならレディーになんてなりたくない、というか私はもう三十のおばさんだからレディーじゃないし。

 ベッド脇ギリギリまで逃げるが意味も無く、私はシェリーに捕まってしまった。


「先程お伝えした通り、本日はベティアール国各地の全要人がお集まりになられます。ですので、服装は整えなければなりません。だから、ね、姫様?」


 笑顔の圧力には敵わなかった。

 悲鳴をあげる間もなく寝巻きを脱がされてしまい、下着や肌着を着付けられる。下着くらいは、と抵抗したが無慈悲にも却下されてしまった。

 コルセットは昨日と少し違うタイプのようで、紐の編み込みはあるけれどそこまで苦しく締められるわけでもなく、私の世界で言うところの体型補正下着を着用しているような感覚だ。まだお世話になった事は無い。


「昨日は王との謁見でしたし、メイド長の厳しい目がありましたから」


 尋ねてみればシェリーは苦笑しながら答えてくれた。

 私からすれば誰がメイド長だったのか全くわからないのだが、多分常に先頭に立っていた女性の事だろう。しかし、顔含め外見すらも思い出せないという事は、然程印象に残っていないらしい。


「今日の御髪は如何致しましょうか」


 昨日のロングドレスとはうって変わり、比較的短く装飾は華美過ぎないAラインのようだ。フリルも無く、これはこれで動きやすそう。

 この服装に合った髪型を模索してみるが、アップスタイルしか思いつかない。むしろお洒落って何ソレ美味しいの? という思考を持っていた事もあり、お手上げである。


「姫様?」

「あー、えっと、シェリーに任せるよ。長いしどうすればいいかわからないの」

「そうですね。姫様が眠られてから五年の月日が経っておりますもの」

「――え、」


 五年、という具体的な数字は今初めて聞いたぞ。昨日だって数年、と誤魔化されていたし、たった二、三年だと思っていたが。まさか、五年間も眠っていたのかこのお姫様は。いや、二、三年であっても長いが、五年なんて、小学校卒業から高校までだぞ。このお姫様は、いったい何歳なんだ?


「姫様は今年で十九になりますよ」

「成人してなかった……」


 なぜかホッとしてしまった。


「成人という事でしたら、十五の時に済ませているはずなのですが?」

「あ、違うの、ごめんなさい。こっちの話だから、気にしないで」


 この世界では十五で成人となるのか。では、十五歳が二十歳とすれば、今十九なので、実際は二十四歳って認識で良いのかな。成人を大人とすれば、の話だけれど。


「五年も経てばそりゃこんなに伸びるわー」

「ふふ、そうですね。では、今日はお邪魔にならないような髪型に致しましょう」

「うん、ありがとう」


 化粧台の椅子へ座ると、シェリーが慣れた手付きで髪をまとめ、結ってくれる。こんなに長いのだから大変だろうと思ったが、その心配は不要だったようだ。

 完成した髪型は、彼女と同じゆるく結ばれた三つ編みだった。


「私と同じでお気に召すかわかりませんが……」

「ううん、ありがとう。まとまってて動きやすいよ」

「それは良かったです」と嬉しそうに微笑むシェリー。

もしかすると、今までも何度かお揃いにした事があったのだろう。なんだか学生時分に戻った気がする。外見だけだけど。実際は違うけど。


「それでは、朝食をご準備致します」

「あれ? 昨日のとこで食べるんじゃないの?」

「あ、すみません。姫様は王からのお呼びがかからない限り、いつも自室でお食事を摂られておりましたので」

「いや、大丈夫」


 シェリーとの二人きりの会話を優先したかったのか、それとも外界との関係を遮断したかったのか、単に時間が惜しかったのか。もしくは、自分が狙われる可能性を危惧していた? いや、それは考え過ぎだろうな。


「皆様とお召し上がりになられますか?」

「うん、そうしたいな」

「かしこまりました」


 昨日よりも幾分か動きやすくなった服装のお陰で、椅子からの立ち上がりもスムーズに出来た。いつもこういったタイプのドレスであったなら楽なのに。


「ご案内致しますね」

「うん、ありがとう」

「……どこか行くのか?」


 唐突な声にシェリーと同時に振り向く。

 声を掛けて来たのは、開いた扉にもたれ掛かるのはアイクだった。その姿は一枚の絵画のよう――と例えてしまえば大袈裟かも知れないが、元が整っているので表現は間違っていないだろう。


「サラスヴァル様、如何なされましたか?」

「いや、姫に用があっただけだ」

「そうなの?」

「ああ」


 簡単な会話だが、彼は本心を的確に伝える人物であるが故に口下手だと、勝手に理解しているので特に何も思わない。


「今から朝食に行こうと思ってて」

「……そうか、わかった。俺が案内しよう」

「あ、でも……」と私はシェリーを見た。何か言いたそうな顔をしている。しているが、私はエスパーではないので言葉にして欲しいものだ。

「いってらっしゃいませ、リアリゼッタ姫様」

「いってきます。また後でね、シェリー」


 はい、と微笑んだ彼女の笑みは気遣いの現れだろう。彼女はあまりアイクの事を快く思っていないのかもしれない。

 確かにとっつきにくい性格だが、まぁ、創作小説の中ではよくあるキャラクター性なので私は気にしていない。むしろ、身近に居ないからこそ彼を知っておきたいという欲がある。慣れ親しんだ創作世界の影響も含まれているだろうが、私は彼に危害を加えられたわけではないのだ。そこまで怪訝に扱う事はないだろう。

 私の前に立って先導してくれるアイクの服装は昨日と同じで、これが彼の標準服なのだろう。もしくは、もう私の護衛という任務が始まっているからかもしれない。


「……ねぇ、アイク」

「なんだ」

「あ、えっと、私は五年間眠っていたんだよね?」

「ああ、そうだな」

「その間、私はどうやって生きていたの?」


 疑問に持つのは当たり前なものを投げ掛けてみる。ぶっちゃけ、会話が無いのが少し辛かった。

 呼吸はしていただろうが、部屋に延命治療器具なんて物は無かったし、栄養も摂れてなかったんじゃなかろうか。ならば、一体どうやって眠りながらも生き続けれていたのか。


「その話はアイデから聞くといい」


 しかし、彼の返答は私の疑問を解決するような内容ではなかった。

 アイデの名前を出したという事は、魔法術絡みなのだろう。アイクはその辺りの事が疎いようにも思えた。


「……姫」

「なに?」

「今の話し方の方が良いぞ」


 一体何の事だろう、と真顔になってしまった。


「昨日は無理をしていただろう」

「あ……バレてました?」

「それだ。違和感がある。他の皆も感じているだろう」


 敬語に違和感があると言われてしまうとは思わなかった。姫様は誰にでもフランクに喋りかけるタイプだったようだ。

 シェリーと話していた名残でアイクにも同じように話していた事に今更ながらに気が付いたが、彼がこっちの方が良いと言うのであればそうしよう。


「わかった。ありがとう、アイク」

「いや、俺は何もしていない」

「ううん。私、本当に何もわからなくて、そう言ってくれると嬉しいよ」

「そうか」


 そこで会話が途切れた。本当に、彼は必要以上に口を開かないようだ。寡黙な騎士、とでも称されそうな気がする。そこかそこでウリの一つでもあるか。


「食室は複数ある」そして、唐突に会話が始まった。「一つは昨日利用した王族専用の食室だ。主に国王が利用される。二つ目は自室で食事をしない、城に住む官僚職が使う第一食室。三つ目が宿舎を利用している兵士や使用人の第二食室。そこが一番広い。そして最後に、」

「いった!」


 いきなりアイクが立ち止まり、それに気付かず彼の背中へ鼻をぶつけてしまった。昨日の痛みは引いていたものの、二日連続鼻をぶつけるなんて運が無い。


「ここが、第三食室。別名、聖室。姫と五将(ヘルファー)、そして許可された者しか入室出来ない食室となっている」


 目の前の白で塗装された扉が開かれ、その瞬間、眩い光が差し込んできた。

 食室と例えられていたけれど、社員食堂とかそういった系統の内装を連想していた私が馬鹿みたいだ。

 昨日夕食を食べた部屋は貴族とかの家にありそうな、多くの調度品が飾られた部屋だったのだが、この目の前に広がる空間は昨日の部屋と比べると、とても異質だった。

 まず、窓が無い。代わりに色とりどりのステンドグラスが壁に埋め込められている。何かを象っているようだが、それが何なのかはわからない。そして白いテーブルクロスの広げられた長テーブルと六人分の椅子。その他に目立つものはない。

 室内を照らす天井のシャンデリアは室内の雰囲気に合うようにと縦長の螺旋状にデザインされているが、それさえも自分の存在を主張せずにひっそりと光り輝くだけだ。

 シンプル・オブ・ザ・ベストという言葉がとても似合う。そのシンプルな空間に数人の人物が先に食事を摂っていた。朝食後私に用があると言っていたアイデ、そしてグレシットとフェンドルだった。


「おおー、姫さんやん。ここに来るなんて珍しいなぁ」

「あら、会いに行く暇が省けたわね」


 私の姿に気づいた二人が声を掛けてくれるが、フェンドルは一切無反応で食事を続けている。豪快に口の中へと食事を掻き込んでいる事から寝ているわけではないと思うのだが、如何せんその疑問を払拭しきれない。


「先言うとくけど、フェンは寝てないで? コイツ、飯食ぅてる時はそれ以外に関心が向かんのよ」

「うわー……」


 思わず声が漏れてしまった。昨日の今日なのにも関わらず、彼は濃いキャラ付けをもっと濃くしていくのか。

 アイデとグレシットはテーブルマナーも守りつつ食事をしているからか、フェンドルが際立って見えてしまう。いつもこうだ、と耳元で教えてくれたアイクに礼を言っておいた。

 慣れなければ。慣れる為には、全てに於いてここは何でもアリだと思い込まなければ。


「セシルは一緒じゃなかったのね」

「会わなかったな」


 どちらも最高位騎士だとしても常に一緒に居るわけではないだろうに。アイデがそう言うのなら、姫が居る所に白黒の最高息し在り、というのが周囲の認識なのか。まぁ、姫の護衛の任が常時のものであるとすれば、二人は私の側に居るのが必然か。


「何やっとるんやろか、アイツは。折角姫さんが来てくれたっちゅーのに」

「セシルは何か別の用があるのでしょう。さぁ姫様、こちらへ」

「うわっ……」


 浮遊感に包まれる。それが自分が浮いているという感覚だと理解するのに、一瞬の時間がかかってしまった。

 水色の光が私を取り巻き、そして中央の椅子へと運ばれたと思えばストン、と軽く座らされる。――魔法術スゲェ!


「特別待遇やな(あね)さん」

「お慕い申し上げている姫様ですもの」

「オレも運んでほしいわぁ」

「貴方は自分で魔法術を使えるでしょう」


 二人は親しい間柄なのかどうなのか。言い合える程には仲が良いらしい。

 しかしアイデさん、慕ってくれるのは嬉しいのだが、いきなり魔法術を使ってくるのはやめて下さい。ビックリします。


「姫様の定位置は其処なのですよ」


 アイデの言う通りこの席は長テーブルの最端であり、所謂お誕生日席と呼ばれる場所だ。五将(ヘルファー)が全員座れば全員の顔が見渡せるだろう。

 現に、アイデ、フェンドル、グレシットと今しがた座ったアイクの表情がよく見える。空いている席はセシルの席だという事もすぐに理解できた。


「姫さんは何食べる?」

「え、えっと……メニューとかは」

「無い。頼んだものは精霊が作って運んでくれる」


 もう何も言うまい。何もかもこの世界の事を知らない私以外、このメンバーに関してはそれが通常で日常だ。いちいち反応していたらキリがない。


「え、えっと、じゃあ、朝だし……フレンチトースト、とか……」


 個人的にお洒落な料理をチョイスしてみたつもりだ。実際に朝食で食べた事は1度も無い。むしろ、女子高生とかを中心にパンケーキが一世を風靡した時も食べに行った事が無い。

 せめて子供の頃に母親とホットケーキを作ったくらいだ。というか、パンケーキとホットケーキの違いってなんなんだ?

 さて、本当に精霊が準備をして運んでくれるというのはどういう事なのだろう。そういった類のものは見た事があるわけないので、少し期待している。某有名魔法小説のようなお手伝いのような外見なのだろうか。それとも、ファンシーな羽の生えている小さな女の子のような外見なのだろうか。

 ドキドキしていると、バタンッ、と大きな音が鳴った。

 音のした方へと視線を向けると、何もなかった白い壁に人一人通る事が出来るかどうか判断が難しいくらいに小さな銀の扉が突如現れた。

 突如という表現は間違っていない。なんの前触れもなくそれは現れたのだ。

 そしてその扉が、ゆっくりと開く。


「この聖室の加護を受けた精霊よ」

「…………精霊……?」


 出てきたのは、精霊と言われれば精霊なのか、と納得してしまいそうになる、しかし精霊にはどう見ても見えなかった。

 どこぞのシェフ。名店のシェフと言われれば納得はする。しかし、問題はその出で立ちだ。つぶらな瞳と濃く太い眉毛。筋の通った高い鼻と口元ヒゲの両端はくるんとカールしている。体つきはフェンドルよりも筋肉質で綺麗な逆三角形だ。いやもう、足先まで本当に綺麗な逆三角形。


「どうなってるのあれ……」


 現れた扉は人一人通れるか難しい扉なのだ、なぜ巨体オブ巨体の精霊があの扉をくぐれるんだ。むしろどうして扉は壊れないんだ。という疑問が即座に浮かんできた。もう気にしないと決めていたのに、少し負けた気分になる。

 精霊は両手に私とアイクの料理が乗ったお皿を乗せているし、本当にどうやって、という疑問しか浮かばない。

 お皿には保温の為にドーム型のクロッシュが乗せられていた。無言でお皿をテーブルに置いてくれたのでお礼を言えば、顔を赤らめてこちらを見ている。


「ゼオーグ、スプーンを」


 アイクの声が無ければ、この精霊は私の横から動かなかっただろう。思い出したかのように我を取り戻した彼は、自分の右髭をピョンッと動かした。

 すると、何もなかったお皿の両脇にスプーンやフォークが現れる。グラスとジュースのような飲み物も一緒に現れ、本当にこの人は精霊だと確信。


「ゼオーグはシャイな性格だから滅多に出て来ないのだけど……きっと、久しぶりに会いたかったのね、姫様に」

「っ、っっ」


 アイデに本心を暴かれ、精霊――ゼオーグがまた顔を赤らめた。顔を手で隠してもじもじと体をくねらせる。……なんだろう、可愛い。おっさんがくねくねもじもじと女々しく動いているだけだが、この可愛さは異常だ。私の琴線に物凄く響いてくる。

 その状態のゼオーグは珍しいわけでもなく他の面々は自分の食事を進めているが……私にはとても物珍しく思えた。


「お? いつの間にやら姫が来てるではないか! がはははは! 全く気付かなんだ!」

「アンタが飯に集中しとっただけやろうが」


 食事を終えたフェンドルがやっと私に気付いてくれた。重ねられた皿の数が十数枚を超えているが、大食らいというのは豪快な食べ方を見てなんとなくわかっている。

 彼が食べ終わったのとほぼ変わらずに、アイデとグレシットも食事を終えていた。


「ほな、オレはこれで」

「あら? 午後には戻るんでしょう?」

「せやなぁ、どっかのお偉いさんらが来るんやっけ? それまでに終わればええやろうけど」

「我々は午後まで任は無いはずだが」

「野暮なこと聞くなやアイクー。ちゃんと戻りますよって」


 カラカラと笑いながらグレシットはその場から消えた。文字通り、消えたのだ。

 一種の魔法術だと思われるが、本当に便利なものだな。どこまで移動出来ているのか知る術は無いが、あのなんとかドアよりもすぐに移動出来そうだ。

 アレは出し入れしたり、扉を開ける際に行きたい場所を思い浮かべなければならないらしい。幼い頃はアレがあれば授業の始まる寸前まで寝ていられると思い描いていた頃の純情な私が懐かしい。


「またあの男は……どうせ城下の女と会っているのでしょうね」

「えぇっ!?」

「あ奴の主食は女だからなぁ! がはははははは!」

「いつもの事だ。気にしても意味がない」


 声を上げた私が馬鹿みたいだ。まさかグレシットに女遊びの一面があるとは。あの鋭い狐目に独特な声で迫られたら、どんな女性でも落ちてしまうだろう。

 ……想像してみようとしたが、私が私のままで彼に迫られる状況が全く思い浮かばなかった。つまり、私はリアリゼッタ姫だからこそ彼と接する事が出来るのだと理解する。


「あんな女たらしはともかくとして、姫様」

「え? なに?」

「早く食べないと料理が冷めますわ。先程からゼオーグが生まれたばかりの子鹿のように震えていますので、お食事を始められては如何でしょうか?」


 ああ! 忘れてた!

 横を見ればプルプルと震えながら涙目のゼオーグがこちらを見ている。申し訳ない事をしてしまった。


「ごめんなさい、今すぐ食べます!」


 気にしないでと言うように手をブンブンと振られ、尚更申し訳なくなった。

 クロッシュをゼオーグが開ける。お皿の上に広がる世界は、とてもただのフレンチトーストとは思えなかった。

 パンに絡んだ卵液は神々しく光輝き、焼き目は模様にも見える。また、別で添えられている小皿にはそれぞれ別のシロップが入れられ、多分、匂いで察するにマーマレードとメイプルシロップだろう。

 朝は寝るか寝るかそれとも寝るかの生活だったので、食欲をこんなにもそそられるなんて思っていなかった。


「すごい……」


 ナイフとフォークでパンを切れば、中にも卵液が染み込んでいて……それはもう一日漬け込んだように思えてくる。

 マーマレードを付けて食べれば、ほのかな酸味がするあっさりとした味の中に卵液の甘さが隠れ潜んでいて重くない。メイプルシロップは甘みが強いと思ったが、そんな事もなく、二つの甘さが主張せずに混ざり合ってハーモニーを奏でている。

 なんて感想を述べてみても、評論家では無いので在り来りな言葉しか言えないのが歯痒い。これ程までに美味しい朝食を準備してくれたのだから、もっと賞賛する言葉を言いたいのだが……グルメ漫画でもあるまいし、慣れない事をしようとすると大変だ。


「とても美味しい。ありがとう、ゼオーグ」


 その言葉だけでも彼は顔を赤らめて嬉しそうにしてくれたのが幸いだ。

 フェンドルが無言で食べていたのも頷ける。喋る暇が無いくらいに手と口を動かし、私は朝食を完食したのだった。


「ごちそうさまでした」


 私の言葉を待っていたゼオーグはにこやかに微笑み、そして、今度は左髭をぴょんと引っ張った。たちまちテーブルの上の空になった皿が無くなる。これが、精霊の魔法術なのか。

 一流シェフのように頭を下げた彼は自分の入ってきた扉へ戻っていく。戻っていく際の効果音は、そうだな、シュバッという感じの素早さだろう。

 ゼオーグの出入りした扉は音も無く消え、壁は元の何もない白い壁に戻った。


「よし、ではワシも戻るとしよう! ラッツとリッツに飯をやらねばいかんのでな!」

「ラッツ? リッツ?」

「姫も昨日見ただろう! ワシの蛇達の事だ!」


 あ奴らも喜ぶだろうから今度部屋へ来るが良いぞ。と言い残して、フェンドルも聖室を出て行く。

 残ったのは私とアイデ、そしていつの間にか食事を終わらせていたアイクだけだ。

 結局セシルは現れる事無く、五将(ヘルファー)との朝食は一人欠けた状態で終わってしまった。少し寂しい気もしたが仕方がない。彼も忙しいのだ、多分。


「それでは俺も出るとしよう」

「あら、行ってしまうの?」

「お前が居る。姫の護衛も必要無いだろう」


 それもそうね、とアイデが同意し、アイクが席を立つ。その瞬間に、私は彼を飛び止めた。


「待って……!」

「なんだ」

「あの、連れてきてくれてありがとう」


 彼にお礼を言うのを忘れていたのだ。この聖室まで連れてきてくれたし、食堂の説明もしてくれていたのだからきちんと感謝の気持ちを述べておく事に越した事はない。出て行く前に言えてスッキリした。

 護衛というのも大変だなぁと思っていたが、それは彼にとって杞憂のようで。アイデと別れたらすぐに自分を呼ぶようにと念押しされ、そのまま出て行く背中を見送る。

 なんだかんだ言って彼は優しい性格なのかもしれない。取っ付きにくいけれど。


「では姫様、(わたくし)達も移動しましょう」


 残った彼女の声を合図に視界が一変する。

 先程まで座っていたので、床へ尻餅をついてしまったのは戴けない。鼻だけではなくお尻まで負傷するとは、今日は厄日なのか。

 ここは何処かと訊けば、アイデの自室なのだそうだ。壁と一体化するように本棚が敷き詰められ、小さい図書館のようだと感じる。いくつもあるテーブルの上には、所狭しと本が重ねられていた。彼女は片付けられない質なのか、と勝手に納得した。


「聖室でも良かったのだけれど、いきなり誰かが入ってきても困りますもの。(わたくし)の部屋が一番安全かと思った次第ですわ」


 彼女曰く、この部屋は魔法術で防音となっており、部屋の中の声を聞く事も、彼女が許容した相手でなければ室内へ踏み入れる事は出来ない。つまりは、魔法術で作った結界というわけだ。

 魔法術ってなんでも術なんだな。


「では早速、本題を話させて頂きます」


 テーブルと同じデザインの椅子へ腰掛けたアイデは、一度目を閉じてから私を見据える。緊張感に押しつぶされる感覚に不安になり、思わず立ち上がった。


「姫様は、今、何の加護も受けていない状態となっております」

「――え?」


 彼女からの言葉は、昨日までの説明を全て一蹴するものだった。




 


遅くなってしまった事、お詫び申し上げます。

なるべく毎日更新がんばります。

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