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3話 空気を読みたい。



 

 モール暦、三○八年。世界に存在する全国家を巻き込んだ魔獣達との戦争が終戦を迎えた翌年、その全ての国を統一する事となったこの国、ベティアールに待望の代継が産まれた。大きな産声を上げたその女児は、平和の象徴として愛されるようにという願いを込め、リアリゼッタ(幸福の娘)と名付けられる。

 国王と王妃の願い通り、国中の誰からも愛される存在となったリアリゼッタではあったが、両親を含め誰もがが予想していない事が起きてしまう。

 彼女は、魔物、魔獣、そして彼女自身に流れる魔力、他者の魔法術からも愛される体質になってしまったのだ。

 それは一種の魅了魔法術に近い。どんな種族でさえも彼女を崇拝し――ましてや他者の魔法術に愛される等という魔法術はこの世界に存在せず、そして解除方法も存在しない。

 リアリゼッタ姫は、自らが望んだとしても、自らへ危害を加える事が出来ない身体となっていた。

 その彼女の身体に流れる魔力は強力で、増大で、各国家に数人存在する一級の国家魔導師(ヘクセンマイスター)でさえも羨むほどだった。


「待って。待って下さい」


 王様の話を遮り、私は声を発した。話を聞く限り、この姫様はどんな魔法もかからずに、所謂無敵だという理解は間違いではないと思われる。だが、そうすると矛盾が生じるのだ。

 だって、このお姫様は数年間目覚めずに眠りについていたと、目覚めた時にセシルが言っていた。つまりは、何らかの魔法にかかってしまっていたのではないか。だとすれば、どんな魔法にもかからないというのは矛盾してしまう。


「仰る通りですわ、姫様」


 先程、アイデと呼ばれていた妖艶という言葉が似合う女性が、落ち着いた様子で話し出す。


「リアリゼッタ姫様にはどんな魔法術も効きません」

「では、何故、リア――いえ、私は、眠りについていたのですか?」

「それは……」


 この場にいる全員が口を噤んだ。何か言いにくい事情があるというのか。

 教えてくれないとどうする事も出来ないので、私も黙るしかないのだが……如何せん、そこまで話せない内容なのであれば気になるというのが人間というものだ。


「それ話さな、ここから何も進まんで」

「グレシット!」


 眼鏡をかけた、つり目の男性が口を開いた。グレシットという名前らしい。

 彼がどうして関西弁なのだろうか、という疑問を抱くのは場違いなのかもしれないけれど、テレビ番組等以外で実際に関西弁を聞くのは初めてという事もあり、私の思考は完全にズレてしまった。

 この世界にも地域や国特有の言葉遣いがあるのだろうか……そう、例えば、九州地方でも鹿児島と福岡では言葉が少し違う、みたいな。

 私が全く違う事を考え出していると、彼の言う通りだ、と頷きながら王様が同意した。

 考えを戻す。全てを話して欲しいという意味では私も同意はしよう。当事者ではないが当事者になってしまったし、全ての情報を知り得たい。


「姫さんの魔法術は、この世界を創造したと言われる創造主に所以してるんよ」

「創造主、ですか?」

「せや。創造主て言われとる存在がおんねん。この世界のどっかにその後継者がおるらしい」


 古い書物によれば、やけどな。とも彼は続ける。

 創造主――この世界に関してではなく、私の世界で置き換えて言うのであれば、その考え方はキリスト教に似ているのかもしれない。

 あまり詳しくはないが、古い書物というのは聖書のようなものだろうか。

 純日本人である私にとって仏教の方がしっくりとくるのだが、学生の頃にそういった話を授業で聞いた覚えがある。世界史の教師が雑学ついでに意気揚々と話していた気がする。


「姫さんはその創造主の後継者に、何らかの魔法術をかけられたんかもしれん。というんが、オレらの見解や。せやろ、(あね)さん?」

「えぇ、そうね。その見解は今でも間違っていないと(わたくし)は考えるわ」


 ふむ、それで何故か私が眠ってしまったリア姫様と成り代わってしまった、という事か。段々と難しくなってきた。

 魔法術というものは、要するに、ファンタジーで扱われる魔法の進化系になるのだろうか。そうすると、先程の自動開閉する扉の件もその魔法術というもので動いているのか? ……何それ面白い。創作意欲が湧く題材になってきて、少なからず心が高鳴ってしまった。


「話を戻すとしようか」王様の咳払いが響き、私は中央に立つ彼の存在感抜群な髭に視線を移した。

「姫が眠りについてから数年、我が最愛の妻グラニーティアが病死し、私は姫の意識が戻るようにと各国の国家魔導師(ヘクセンマイスター)へと協力を要請した。言わずもがなであるが、成果を出した者は居なかった。そこに居るアイデもその内の一人だ」

「力が及ばず、申し訳ございません」

「もう良い。姫は姫の力で目覚めたのだからな」


 私から話す事は以上だ、とでも言うかのように話をぶった切られてしまい、こちらとしてはまだ知りたい事が山積みなのだが、訊くに訊けない雰囲気となってしまった。

 創造主やその後継者と呼ばれる存在の事。この世界の主流である魔法術の事。あと――、


「お、おと、お父様」呼び慣れていない言葉過ぎて噛んでしまった。

「なんだ?」

「あの、ここに居る方々の事を、教えては頂けませんか?」

「おぉ、そうであったな、失念していた」


 つい先程までは十数人の人間が居たこの場所には、私と王様の他に五人の人物が居る。実を言えば先に教えてもらいたかったのだが、リア姫の事を知る話の進行上は仕方が無かったのかもしれない。

 五人は、国王の手を叩く合図で横一列に整列した。


「セシル・イディアス。この国の最高位騎士であり、姫の護衛の一人だ」

「リア姫様が目覚められて、このセシル、これ以上の嬉しさはありません」


 一人だけ涙ぐみながら話す彼は、本当にこのお姫様を慕っていたのだろう。金の装飾が輝かしい白い騎士服のように純粋で、とても涙もろく、優しい性格なのかもしれない。

 なんだか、私でごめんなさい。中身がおばさんでごめんなさい。


「もう一人の護衛であるアイク・ガンルツ・サラスヴァル。セシル同じく最高位騎士だ」


 アイクは基本、言葉を発さないタイプなのだろう。ただ会釈をしただけだ。黒の布地に彩られた金の装飾はセシルと同じもののようだが、土台の色が違うだけでこうも印象が変わるものなのかと思ってしまう。

 再度二人を見比べてみれば、セシルは大型犬でアイクは成猫っぽく感じる。対照的な二人だからこそ、それぞれの役割があるのだろう。


「アイデ・マンクル。この国を代表する国家魔導師(ヘクセンマイスター)であり、世界中でもその実力は特級だ。そしてお前の教育係でもある」

「また姫様に御教授する機会が与えられた事を、とても光栄に思いますわ」


 第一印象、妖艶なお姉さん。第二印象、妖艶なおっぱいお姉さん。

 大きくはだけた胸元からは豊満な胸の谷間が見えていて、私の今の体よりもある。存在感はたっぷりだ。

 漆黒の黒髪と濃い紫の服が良く似合っている。姫ではなく王子であったなら、良くない感情が湧き上がっていただろう。女の私であっても、揉んでみたいと一瞬考えた程だ。過度な露出の服は自分で着るならば抵抗しかないけれど、見る分にはとても良い。実に良い。


「そして、グレシット・アルガとフェンドル・オーラルゴン」

「よろしゅう。ほら、フェン、ええ加減起きんかい」

「……ンガ? おお、寝てしまっていた! がははははっ。改めてよろしく頼むぞ姫!」


 まてまてまて。二人の役職説明は無いのか。というよりも、なんだそのキャラクターは。濃い、濃過ぎる。グレシットの関西弁もそうだが、その存在感の高い筋肉を悪びれもなく見せつける半裸に近い服装も気にはなっていたけど、もうそれどころじゃなかったし、むしろ喋らなかったし、寝てたのかよ!

 先程までの真剣な内容はどこへ行ったのやら。いきなりの展開にどうしたらいいのと王様へと視線を送ってみたが、彼自身も呆れているようで、大きな溜息の後に目立つような咳払いをするしかないようだ。


「……フェンドルよ、また寝ていたのだな」

「すまん、王よ、許せ。大丈夫だ、ワシではなくこやつらが聞いておったからな!」

「お久しゅうございます姫サマ!」

「姫サマ姫サマ!」


 ツッコミ所が多くて話についていけていない私に、語りかける声が聞こえてきた。だが、誰が話したのかわからない。右左と人物を探してみるものの、やはり声の主が誰かなんてわからない。

 この場に居る人数以上の声が聞こえるなんて、本当になんでもありの世界なのか。


「がはは! 姫、ここだ!」


 フェンドルの腰元から出てきたのは、二匹の白い小さな蛇だった。チロチロと出し入れされる舌の赤色と、金と銀のオッドアイがよく目立つ。

 まさかとは思ったが、この二匹の蛇が喋ったのか。そうか、なんでもありだなぁ!

 二匹の蛇は仲良く二手に別れ、フェンドルの片腕ずつ巻きついてつぶらな瞳をこちらへ向ける。


「姫サマはボク達を忘れていた様子!」

「悲しいなぁ悲しいなぁ!」

「フェンは魔獣使いや。オレはなーんも無いけどなぁ。オールマイティーっちゅー事で一つよろしく、ってやつや」


 よし、理解しようとするのを放棄しよう。でなくては、この濃いメンバーと仲を深めていける気がしない。それぞれの人物像にしては、また後ほど考えていけばいい。

 全員の紹介が終わると、また、王様が咳払いをした。今度は目立つ髭ではなく、顔を注視する。鏡で見た姫様の顔とは全く似ていないので、きっとこのリア姫は王妃様に似たのだろう。


「彼らは我がベティアール国が誇る五人の勇士であり、皆、姫の為に命を懸ける五将(ヘルファー)である」

「我がリアリゼッタ姫に栄光あれ!」


 五人の鋭い眼差しを受け、実感する。この五人は、自らの上司に忠誠を誓い、絶対の忠義を尽くす五人なのだ、と。

 ――状況を整理したい。成り代わる前、成り代わった後の現状。この人達と姫様はどんな会話をしていたのか、私がお姫様となったのなら違和感の無いように接しなければ、この五人を欺く事は出来ない。

 私がリアリゼッタ姫ではないとバレてはいけないのだ。私は私だが、リアリゼッタ姫さまではない。呪術の副作用と理解してくれているのであれば、それを最大限に利用しない手はない。利用しなければ必ずぼろが出るだろう。

 上手く立ち回れるか不安ではあるが……逃げるという選択肢が無い以上、私はリアリゼッタ姫として生活をしなければならない。

 目が覚めたらいきなり知らない世界のお姫様となってしまったのだ、不安が無いわけではない。不安だらけだ。だが、元の世界に戻れたとしても自分が生きている――否、死んでいる可能性が高い中、この不安をバネに私は生きるしかない。

 私は改めて、五人へと向き直る。


「こちらこそよろしくお願いしま――ぎゅるるるるる――す……」


 フェンドルの大きく豪快な笑い声は、私の羞恥心を気遣うこともせずに煽っていく。

 良いスタートダッシュをしようと思っていたのに、やっぱり不安が勝る気しかしなかった。



 

 

ブックマークや評価ありがとうございます。とても嬉しいです。

まだまだ序盤ではありますが、頑張ります。

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