お互いに自己紹介をしよう 2
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
なんとも言えない沈黙が俺たちに流れた。
今この人なんて言った?自分が男?俺のことじゃなく?
混乱してると俺に対して月夜さん(?)は頭を地につけそうなほど頭を下げたまま話を続けた。
「・・・・・・いきなりこんなこと言われて驚いていると思います。ひどく混乱してると思います。すべてお話します!ですが、これだけは信じてください!オレは決してあなたを騙そうとしていた訳じゃないんだと!」
「わかった!わかりました!だから頭を上げてください!」
さすがにそれぐらいはわかる。
俺も別に誰かを騙すためにネカマをやってるわけではない。ただ理想の女の子を作りたかっただけなのだ。
そもそも月夜さん自体が人に嘘をつくのが下手そうな印象がある。これはもしかしたら俺の勝手な思い込みかもしれないけど。
あの後、俺の説得にようやく月夜さんは頭を上げてくれた。
恐らくどう切り出そうか考えているのだろう、目が忙しなく動き回っている。
それから数十秒か数分か、ようやく考えがまとまったのか、月夜さんがこう切り出してきた。
「・・・アカネさんは、『理想の異性像』て、ありますか?」
見た目だけは今がそうです。
「・・・まぁ、あります。というか大体みんな持ってるんじゃないんですか?」
「そうですね。恐らく誰もが持っているんでしょう。それで誰もがおんなじ悩みを抱えたことがあるんじゃないんでしょうか?」
そう言って、月夜さんは一旦言葉を止めてまるで吐き出すように次の言葉を出した。
「『理想の相手なんて現実にはいない!』、て」
「・・・まあ、そうでしょう、ね」
なんかさっきからどっかで聞いたことがあるようなないような。
「オレもわかってるんです!世の中そんなに甘くないって!よほどの奇跡が起きない限り出会うどころかお目にかかることもないって!」
「まあ、そうですね」
確かに俺もギャルや人が多いところで目を皿にして捜していたが、少し近い程度で理想の相手なんていなかった。
「それでももしかしたらきっと何処かにいるはずと思い日々を過ごしていたら、ふと気付いたんです。『ないなら作ればいい』、て」
なんかさっきから、俺の話な気がしてきた。
「イラストでもなんでもいい、オレの理想の女性を作ってみようと、そう思ったんです。でも、オレ、美術の授業をとったことないからわかんないけど、全然上手くいきませんでした。
そんなオレに友人がフェンリル・オンラインのキャラメイクをすすめてくれて、そこで俺の理想の女性を作ってみようと思ったんです」
あれ?これやっぱり俺の話じゃないかな?
「そこでこうやって俺の理想の女性、『黒髪ロングの大和撫子のようなお姉さん』を作れた日から、オレはこのゲームにはまっていきました」
あれ?俺の話じゃなかった。
「でも、本当にそれだけなんです!誰かを騙そうとしたりしてた訳じゃありません!ただ自分で楽しんでただけなんです!」
「わ、わかりました!わかりましたから、落ち着いて!」
また、土下座をしかねない勢いなので慌てて落ち着かせる。
数分後、月夜さん・・・いや、月夜くんが落ち着いたところを見計らい、俺は改めて質問をした。
「その、なんで、自分からその事をばらしたんですか?」
ぶっちゃけ理想像云々必要ないよね?俺もそこまでばらすつもりはなかったよ?
「・・・その、こんな流れで言うのもなんですけど、オレ、実はアカネさんと一緒に行動したいんッス」
「え?ああ、それは、こちらも、です」
いきなり何?いや、俺と同じ考えだったのは嬉しいけど。
「でもオレ、アカネさんと比べると経験も知識も大分差があって、ベテランのアカネさんにはこれからたくさん迷惑かけると思うんです」
「それは、こんな状況だから俺もかけると思いますが」
なんせ今まで一度も来たことのない場所に着ているんだ。俺だって十分迷惑をかける可能性がある。
そもそもオレは遠距離系は全般的にダメだからそっちは頼るだろうし。
だからそんな自分を追い込まなくたっていいのに・・・。
「それなのに、そんな状況でさらに嘘をついているなんてオレ、できません!だから全部ばらしました!」
「・・・・・・・・・・・・」
なんていうか、真面目というか、嘘がつけないと言うべきか。
それでも、下手すれば嫌われて一緒に行動できなくなる可能性もあっただろうに。
・・・ま、悪いやつじゃなさそうだ。
「というかもう!女のフリし続けるのがきついです!とっとと楽になりたいんッスよ!」
「お前それが本音か」
こいつ、いろんな意味で嘘つけない性格だな。
まあ、しかし言いたいことはわかる。
俺も月夜くんに会ってからだが女のように振る舞う、というのは以外とキツい。
それを旅を続けている間ずっとしなければならないというは想像してみるとそのキツさは想像もできない。
しかも向こうは自分が足手まといとなることを想像してその引け目もあった、というのだから色々と考えてしまったのだろう。
「だからアカネさん!これは男として言っておきたいことがあります!」
「え?なに?」
俺が色々と考えをまとめていると、月夜くんが真剣な顔をして俺に話し掛けてきた。
「今はこんな体ですが、オレも男なんッスよ!だからその、今のアカネさんの格好は、その、目のやり場に困ると言いますか・・・」
言われて思い出した。
今俺はナイスバディーの黒ギャルで、上はノーブラでシャツをむすんで揺れないようにしているがそのせいでへそ丸出しだわ、スカートはギリギリ中身が見えるか見えないかぐらいの短いのをはいてるしで、なかなか男には目の毒な感じに仕立ててんだったわ。
でもな、月夜くん・・・。
「・・・別に気にする必要はないさ」
「ア、アカネさんは気にしないかもしれませんが!オレの理想とは違うとはいえアカネさんは美人ですし!その、アカネさんも他の男たちにそういう目で見ちゃうというか!だからもっと異性の目を気にした方がいいと言いますか!男は狼なんですから!・・・いや!オレは違いますけど!すいません!オレ、ワケわかんないこといってます!」
「だから、気にする必要はない。・・・そういうことは、よく分かってるからよ」
そこで月夜くんは俺がさっきまでとは雰囲気が変わってることに気づいたのか、ようやく俺の顔を見た。
そんな月夜くんの目を見つめながら俺は近づき、肩に手をおいてできる限り優しい声で真実を告げた。
「俺も、男だ」
最初、月夜くんは意味がわからないのか、目を見開いて動かなくなった。
そんな月夜くんを力任せに引き寄せ、俺は思いきり抱き締めた。
「俺も、同じだ。理想の女性に会いたかった。でも、そんな都合のいい奇跡は起こらなかった。辛かったよなぁ」
ひとつひとつ、心を込めて言葉をかけていく。
抱き締めた体からは驚きによる硬直は感じられるが、逃げようともがく様子はない。
「現実なんてそんなものだと思っても、それでもいつか出会えるんじゃないかって思いもあってさぁ。それで、もし本当に出会えたらどうしようかなんて頭の中いっぱいにしちゃってさぁ」
込める心は一言では表せないほどあった。
楽しさも。愛しさも。切なさも。悲しみも。悔しさも。苦しみも。虚しさも。
込められる心は全て込めるつもりで、言葉をかけていく。
「それでも、現実ってやつはどうしようもなくってさ。それで気づいたらこのゲームで自分で理想を作ろうなんて始めちゃってな」
抱き締めた月夜くんから微かに声が聞こえる。
最初は疑問の声が混じっていたがそれも徐々になくなり、代わりに驚きの声が増え、今は無言で俺の言葉を待っている。
「そうやってこのゲームを楽しんでいたら、こんなことになっちゃってよ。もうどうしたらいいのか分かんなかったよな?」
「・・・はい」
「それでようやく出会えたら自分のことを知らない人間で、これからのことを考えると本当の自分を知ってもらった方がいいんじゃないのかって、それとも黙ってた方がいいんじゃないのかって考え込んじゃってよ」
「・・・はい」
少しづつ返事が返って来はじめた。
「怖かったよなぁ」
「・・・はい」
「本当のことを言って気持ち悪がられたらどうしようかって思うと、心臓が締め付けられそうだったよな」
「・・・はいっ」
返ってくる声が徐々に鼻声混じりになってくる。
微かに鼻を啜る音が聞こえ始めた。
俺の背中を恐る恐るとしながら背中に手が回り始める。
「安心しろ。俺も、お前の仲間だ」
「・・・はいっ!」
ほとんど泣き声のような声で返事をすると、月夜くんは俺を強く抱き締めてきた。
俺はそれに返すように同じように抱き締める力を強くする。
「これから、よろしく頼む。ーー月夜」
「はい!よろしくお願いします!ーーセンパイ!」
その後、俺たちはお互いを力強く抱き締めあった。
年も、学校も、ゲームをやってた時間も、女の趣味もなにもかも違う。
だがそれでも、俺たちは確かに通じ合うものがあった。
この時、俺たちには確かに言葉にできない友情が存在していた。