第三章『新大陸史概観…2』
十六世紀、北米大陸の大西洋岸でくらすインディアンたちは家のように大きな
カヌーを見た。そこには『青白い顔をした人』『ひげをはやした人』が乗っていた…
赤銅色の肌を持ち、ひげのないインディアンにとっては大変な驚きだった。
ときどき海岸に降りてくる彼らは『赤い血』を飲み、『火を吐く棒』を持っていた。
『海の精霊』ではないかと思っていたインディアンたちも、やがて彼らが海のむこうから
やってきた異邦人であることを知る。
『ひげの人』たちは歓迎され、毛皮や食用の動物などを贈られた。かわりに彼らは
針や剣、ヤカンなどの鉄製品や布、ガラス玉のビーズ、砂糖、そして『幻覚を呼ぶ水』
などをもたらした。
「ネイティブは火を吐く棒…鉄砲をほしがりましたが、白人はなかなか渡しては
くれませんでした。当時の火縄銃より自分たちの使ってる弓矢の方が武器としては
優越してたんですがね…音と火、煙に呪術的な魅力を感じたのでしょう」
「白人の方でも警戒してたんでしょうな」
「じっさいのところは、アメリカに限らず工業基盤のない現地民に銃を渡しても、
その数以上の脅威にはなり得ないんですが…唯一の例外が日本でした。
1543年の鉄砲伝来から半世紀で、日本は世界最大の『火縄銃保有大国』に
なりました。当時フィリピンまで勢力を伸ばしていたスペインやほかの国も、
宣教師などからその情報を得ていましたから、武力で日本とことをかまえようとは
しなかったわけです」
白人たちは飽くことなく毛皮…とくにビーバーの…を求めた。未開(と彼らが考える)
森林地帯から得るもっとも価値があるものは毛皮である…これはロシア帝国が
シベリアに進出したときも同様であった。
だが、やがて地下資源や農業用として土地そのものが価値を持つようになってくる。
海を越えてくる白人の数は年を追うごとに増えつづけ、インディアンに土地の
明け渡しを要求し始めた。
また、インディアンたちの中に不思議な病気が広がり始める…まじないも薬草も効かない
病いはときとして、ひとつの部族をまるまる死に追いやっていった。
「これは中南米でもそうでした。白人たちはそれまで新大陸に存在しなかった
インフルエンザや天然痘の病原体を持ち込んだのです。免疫を持たないネイティブは
ひとたまりもなかったでしょうね」
「天然痘は知ってますがインフル…というのは?」
「流行性感冒…ウィルスによる伝染病…『スペイン風邪』と言えばおわかりでしょうか」
「ああ。前の大戦が終わった年…1918年でしたか日本でも大流行しましたね。
知り合いや親戚でも死人が出たと聞いています」
「全世界で約五千万、日本でも総人口五千五百万の内で約四十万人の死者が出ました。
史上、いかなる災害や戦争もわずかな期間にあれだけの死者を出したことはありません」
「第一次世界大戦の死者が世界で約一千万といいますからなあ…おそるべきことです」
「ヨーロッパ勢による新大陸侵略が本格化していきます。ネイティブの中に入り彼らの
文化や習俗を高く評価する人たちもいました。しかし、大部分のヨーロッパ人は
『野獣のように恐ろしい人食い人種』といった情報の方を好みました。ドキドキするような
物語が興味をひいたでしょうし、なによりその方が白人にとって都合が良かったからです。
ネイティブは『殺してもかまわない存在』になっていきます」
空間にいる(元)日本兵たちの雰囲気が少し変わった。
「…身につまされる話ですね。わかりました…われわれは悲惨な境遇にあるインディ…
ネイチブとともに悪逆非道な白人と戦うということですね」
「おお〜!」「おお〜!!やったろうじゃん!!!」
「基本はその通りです。でも、物事はそう単純ではありません…その辺は
ふたたびトントさんに話してもらいましょう」
「キモサベ…さっきも言ったが、わしらは誇り高い。勇敢であることを望む。
平和は大切だが戦いも大事…自分たちの部族を守るため、使役する人間を
ほかの部族からつれてくるため、女をさらってくるため…わしらは戦う」
「おおお〜!!」「ネイチブすごい〜!!!」
「また、わしらの中にもいろんな民がいる。北の民は海でクジラやアザラシを
狩ってくらしてる。大陸中央部の広い草原では馬に乗り野牛を狩っている。
森に暮らす民、平地でトウモロコシの畑たがやす民もいる……白人と手を組んで
ほかの部族攻める…民もいる」
「………!?」
「十八世紀中頃、新大陸の覇権はイギリスとフランスによって争われました。
このとき、かなりの数のネイティブの部族がフランスと同盟をして戦ったのです…
彼らの中にこの戦争で自分達の勢力を拡大したいという考えがあったことは
たしかでしょう。『フレンチ・インディアン戦争』と呼ばれる戦いはイギリスの
勝利に終わり、わずかに残った領土…ルイジアナも、のちに皇帝ナポレオンが売却
することで新大陸のフランス勢はカナダの一部を除いて駆逐されます」
「その頃からですね、イギリスが世界帝国になっていくのは」
「はい、ところがこの戦争はイギリスにとって…もしかすると世界にとって
思いもよらない結果をもたらしたのです」
「十八世紀中頃…わかった、アメリカ合衆国の独立…ではありませんか?」
「ご名答! その頃までに成立していた新大陸東部の入植地の住民たちにとり、
フランスの脅威が去ったことは、同時にイギリス本国をあてにする必要も
なくなったことを意味したのです。本国の利益のみを考えるイギリスから
独立しようとする動きが加速したのは必然の流れでした」
「イギリスとしては苦労をしたあげく、とんでもない蛇を出してしまった
わけですな」
「1776年のアメリカ合衆国独立はヨーロッパにも大きな影響を与え
フランス革命にもつながったといわれます。それがまた新大陸にも波及して
くるのですが、それは少し先の話です。ではトントさん…」
「キモサベ…ようするにいろんな部族がいる。時を越えてきた、わしらと似た
肌をした人たちよ…戦う相手は白人だけではない。わしらに歯向かう部族も
打ち倒さなくてはならない」
「そして女を奪う!」「おお〜!!」「やろう!すぐやろう!!」
「捕捉しますと…ネイティブには部族はあっても国家という概念はないのです。
幕末の日本を考えるとわかりやすいかもしれません…藩があっても国という
まとまりは薄かった。その中で、薩長のようにイギリスと結びつく勢力もあり、
フランスの支援を受けた徳川幕府のような勢力もあったということです」
「なるほど、われらは同盟するに足る部族を見極めなくてはならんわけですな」
「独立をしたアメリカは『西』へと勢力拡大を始めます。彼らが太平洋岸まで
わがものとした時、地球上に最強の…ほかの地域にとってははた迷惑な…国家が
登場することになります。さて、いよいよ皆さんの出番です…いつ、どこへ
出現しましょうか!?」
「いま、歴史を聞いてたかぎりでは、簡単なのは白人がアメリカに来始めた
ころですよね」
「その選択肢もあり、だったんですがね…上陸予想地点に兵力を配置しておいて、
来るそばから船もろとも拿捕、あるいは皆殺しにする。南から来るスペイン人も同様にする…
十六世紀中はせいぜい数百人の規模ですから、わりと簡単にできるでしょう。
ヨーロッパから見ると、行ったが最後帰れない『暗黒大陸』と化すわけです」
「だが、桑畑さんはその途は薦めない…」
「ええ、理由はおもに二つあります。まず…『産業革命』が起こしにくいということ…
一種の鎖国状態ですからね。皆さんの知識や能力をもってすれば技術的には可能でしょうが、
販路がないですし、恒常的な産業拡大には結びつかないでしょう。戦国末期か徳川時代初期の
日本を貿易相手にするのもむりがありますから…」
「…そうだね。それだったらその時代の日本に出してもらって、三百年早く『維新』を
した方がおもしろそうだ」
「山本山さんの言われる通りですね。仮に鎖国状態を続けた場合…三代、五代と世代が
下るにつれ、皆さんのことは伝説と化して実体が失われていくでしょう。
十九世紀あたりに、史実通り強力となったヨーロッパ勢が再度押し寄せたら…」
「インカやアステカの轍を踏むことになりかねんな」
「さて、もう一つの理由ですが…白人、ヨーロッパ人というよりも
『アメリカ』をギャフンという目にあわせたくはありませんか?」
「…そうだ!」「おれたちの大部分はアメリカ軍に殺されかかっているんだものな」
「皆さんが惨めに死にかけている責任は日本の国家にもあるんですが…ここでは、それは
おいといて…強大になる寸前のアメリカを叩くというのは…」
「……悪くない…うん、悪くないね!」
「それでは…そういう設定で皆さんの舞台を整えましょう」
つづく