第二章『新大陸史概観…1』
『国づくり』…その言葉は、ここにいる三万の日本将兵に
さまざまな反応をもたらした。
「アメリカ大陸に大日本帝国を築こうというのか…」
「帝国はどうでしょうか…天皇がおられませんからね。
あ、もちろん太平洋の向こうにはいますが、昭和…今上天皇で
ないことはたしかですよ」
「そうか、さきほど桑畑さんは百年ほど過去に私たちを送り込むと
言われた…将来日本と同盟、または合併することもあるかもしれないが、
とりあえずは、まったく新しい別の国をつくる…ということですね」
「はい、そのとおりです。察しのよいあなたは…」
「山本山…海軍大将です」
一同に…とくに海軍将兵に緊張感がはしる。ここに至っても『大将』の位は
大きいようだ。
「国名も考えねばなりませんね。日本民族の国であることを示すような…」
「小日本帝国」「小…はないだろ、それに『帝国』じゃないし…話をちゃんと聞けよ」
「扶桑なんてどうだ、日本の昔の言い方だ」「教養あるね…でも、何となく
響きが弱そうだな」「ジパングとか?」「敵性語…でも、英語じゃあないか?」
「国名はあとでもいいだろう。それより先に聞きたいことがある。
国土と国民、統治機構があればたしかに国はできるだろうが、国民が
男ばかり…ここには男しかおらんようだし…というのはどうなんだ。
女や子供がいない国家に未来はなかろう」
「おお、そうだそうだ」「国づくりより、子づくりだべ…へっへっへ」
「女がいるだ、女が!!」「女を出せ〜」
ここにいる三万人は、おもに技能、職能、戦闘能力を基準に選抜した中から
抽選で『選ばれし』者たちである。洗練とか品格とかは…あまり…考慮されて
いないので、そのつもりで…
「山下大佐の質問は当然ですね…女性は『現地調達』となります。
ネイティブ、メキシカン、それから東部からやってくるヨーロッパ系の
白人女性を確保するということで…」
「白人女がいいな。金髪でよ…」「おれはイングリッド・バーグマンみたいなのが…」
「え〜、白人女性がみな金髪とは限りませんが…それに、肌はうぶ毛がザラザラですし
体臭もきついですよ…とくにわきの下とか…まあ、これは書物からの受け売りで、
じっさいにに触ったり、嗅いだりしたことはありませんがね」
「………」「でも、一度はしてみたいよな…金髪と」「メキシカン…はどうなのかなあ」
「ちょっと待てー! ヨーロッパ系だろうがインディアンだろうが、生まれてくる子は
混血ということだろう…『大和民族』の純血性はどうなる!?」
「古来、ユーラシア大陸東端の弧状列島にはさまざまな民族がやってきました。
大陸…中国や朝鮮半島、北の沿海州やシベリアから渡ってきた人々がいれば、
はるか南の地方から船に乗って島伝いにやってきた人々もいます。そうした人々が
渾然と融合したのが日本民族です…したがって純血性を問うても意味がありません。
ここは気宇を大きくもって、世界中の民族を取り込んだ『新大和民族』を創世する…
くらいに思われてはいかがですか」
「新大和民族……」「いいんでないか!」「金髪、青い眼の息子上等!!」
「娘ならさらによか〜」
「さて、具体的な行動に移る前に、知っておいて頂きたいことはまだまだあります。
新大陸が発見されてからの歴史を、ざっとではありますが説明いたしましょう。
これからの指針を考える上で、必ずや参考になることと思います」
「そういえば、戦争相手だというのにアメリカのことはたいして知っておらんな」
「初代大統領のジョージ・ワシントンはけっこう有名だよな」「親父が大切にしてた
桜の木を伐っちゃうやつだろ」「で、正直に話して許してもらう」「おれ…あれを
真に受けて、じいさんの植木鉢こわしたとき、正直に話してすげえ殴られた」
「あの話は、どこかの教会の牧師が子供に正直と勇気を教えるために創作したもので、
ワシントンの生家には桜の木はないそうです」
「ひっで〜、正直になれって『うそ』教えてんのかよ」「白人うそつく」
「発見後のアメリカ…十六世紀の南北大陸に最初にやってきたのは、海洋帝国として
隆盛を極めていたスペイン人やポルトガル人でした。彼らがやったことは
武装強盗団そのもので、のちのオランダやイギリス人たちと比べるとひどく
荒っぽいものです」
「たしか、原住民の『インカ』とかいう帝国を滅ぼしたんだっけな」
「南米にあったインカ帝国は、ピサロという男が率いるスペイン軍によって征服
されました。皇帝を人質に取って、金銀をさし出させたのち皇帝を殺すというやり口です。
メキシコの『アステカ帝国』もコルテスというスペイン人に滅ぼされました」
「策略は別にしても…武力の差かね?」
「スペイン軍は鉄の甲冑や剣、火縄銃などで武装していました。アステカや
インカは文明としては低いものではありませんが、軍事は石器時代レベルでしたから
武力の差はあったでしょう。また、新大陸には馬がいませんでした。騎馬兵を見て
精神的に打ちのめされたともいわれますね」
「たしか…同じ頃にポルトガル人たちは日本にも来たんだったな。種子島の鉄砲伝来とか
フランシスコ・ザビエルがキリスト教を伝えたとか…一歩間違えればわが国も同じ運命を
たどったかもしれんな」
「ん〜、当時の日本は戦国時代末期でしたから…外洋船の造船技術以外は軍事的に
第一級のレベルにありました。ヨーロッパの本国から遠いという地理的な幸運もありますが、
数百の侵攻軍など皆殺しにできたでしょうね」
「ほう戦国時代には第一級…すると、その後の徳川三百年の泰平と鎖国が
日本を弱くしたということか」
「中南米の帝国もそうだったんでしょう。近隣に脅威が存在しないと、対外的な
軍事力は必要性からいってもどうしても衰えていきますよね」
「幕末の『黒船』が日本を変えたのだものな」
「さて、ヨーロッパ人は征服地に教会を建て宗教的にも支配しようとしますが、
ひとつ問題が発生しました」
「現地の宗教とぶつかったかね?」
「そういう問題ではありません。キリスト教は人間を救う教えです…当地におもむいた
宣教師たちは『はたしてこの地の住民に神の恵みを与えてよいものか』を悩んだのです。
本国での慎重かつ熱心な討議の結果、布教の許可がでましたが…」
「…白人でない者を人間とみなすかどうか…ということか」
「はい、その考えはその後数世紀、ヨーロッパの優越のもと支配的思考となります」
「…………」
「スペインは北米にも進攻します。現在はアメリカ合衆国の領土である『テキサス』や
『ニューメキシコ』『カリフォルニア』などはスペインの支配すろところとなったのです」
「規模のえらく大きい強盗団だったわけだな」
「しかし、ご存知の方も多いかと思いますが『無敵艦隊』の敗北をきっかけにスペインの
凋落が始まります。かわって新大陸に勢力を伸ばすのがスペインから独立したオランダ、
そしてイギリスとフランスなのです」
講義はもうしばらくつづくので寝ないように…
つづく
日本の歴史…戦史なら、おおよそ記憶だけで書いていけるんですが、今回は色々と本を読んだりしながら進めています。ぱらぱらっと読んだだけでも、いかに世界…とくにアメリカ大陸の歴史に無知だったかを思い知らされます。相変わらず『戦闘』がなかなか始まらない戦記、辛抱強くおつきあいを…