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第一章『大いなる精霊』

空間に漂う生命体…元日本軍将兵たちのあいだに、わさわさという感じで

声がかわされていく。蛇足だが、この会話はネット上とおなじく三万人が

共有する…うるさいといえば、うるさい。


「行くところは西部劇…か」「劇は余計だろ」「戦争前に観た『駅馬車』ってキネマは

おもしろかったな」「ジョン・フォード監督のやつだね。おれも観たけど、あれに出てた

ジョン・ウェインとかいう若い俳優はなかなかだった」「どんな映画なんだ?」

「西部開拓時代の話でね、街と街とをつないでる乗り合い馬車が舞台なんだ」

「なんといっても山場は、アパッチの襲撃シ〜ンだったな」「迫力あったなあ…一人、

また一人と倒れていく乗客たち…あわや…というところに騎兵隊が助けにやってくる」

「アパッチ…って?」「インディアンだよ…野蛮な土民どもだ」


「え〜、皆さんはそのアメリカの先住民…『ネイティブ・アメリカン』と協調して

いく必要もありますので…」


「協調…土民とか?」「ね…ね〜ちゃんあめりか?」


「…インディアンというのは『インド人』という意味ですが、実際のインドとは

まったく違う土地に暮らす先住民をインド人とよぶのは不思議ですよね」


「あ、はい…海軍少尉…村山むらやまです。そのことについては多少の知識が

あります」


「おー、学士あがりの士官さんは違うのう。講義をありがたく拝聴せんとな」


「…よろしいですか桑畑さん」


「どうぞ…時間はたっぷりありますから」


「アメリカを発見したヨーロッパ人は『コロンブス』というイタリア人だとされています。

もっとも、それ以前にもバイキングとよばれた北欧の海賊がアメリカに達していたなど、

さまざまな説があります。まあ、国家規模の探検隊を組織して…彼はスペインの女王、

イザベラの支援を受けていました…ちゃんと記録に残したということで、コロンブスの

名が歴史にのってるわけです」


「へ〜、コロンブスの名前ぐらいは知っとるが…インドと何の関係があるんだ?」


「彼の目的はインドに行くことだったからです。当時のヨーロッパはインドを含む東方…

アジアへの航路をもとめて多くの船が大洋にのり出していった『大航海時代』でした。

インドにはアフリカ大陸南端の喜望峰までの航路が発見されていましたが、コロンブスは

西回りでインドに到達しようと考えたのです」


「そりゃあ、地球は丸いから反対回りでも行けないことはないしな」


「1492年にコロンブスが発見したのは、正確にはアメリカ大陸ではなく、

のちに『西インド諸島』と名付けられた島だったのですが…彼は死ぬまで

そこをインドだと信じていたそうです」


「で…そこに住んでた連中もインド人…インディアンにされちまったわけか」


「ん〜、じゃあ『アメリカ』ってのはどこから付いたんだよ?」


「大陸が発見されて、そこがインドではないことがわかってからも、しばらくは

名前も付けられず単に『新大陸』とよばれていました。ところが、同時期のイタリア人で

『アメリゴ』という探検家がいまして…コロンブスの友人だったともいわれますが…

この人が大陸に行って、ヨーロッパに戻ったのち、おもしろおかしく話を吹聴して

まわったのです。そのうちアメリカ大陸の発見者はアメリゴだと誤解する者も出て、

彼の名が付いてしまったということです」


「言った者勝ち…かあ」


「そこで、桑畑さんの言われる先住民たちは『アメリカ・インディアン』とよばれる

ことになったのです」


「村山少尉、ありがとうございました。…彼らは遠い昔にアジアから渡っていった

真の大陸の発見者なのです」


「それって、いつ頃の話なの?」


「それは、この人に説明してもらいましょう。ネイティブ・アメリカンのトントさんです」


空間が少し明るくなり、精悍な顔つきの小柄な男が一同に認識された。

(元)日本人たちにとって、映画のスクリーン以外で初めて目にするインディアン…

髪を長くのばしているが、羽飾りなどはつけていない…服も日本陸軍の軍服だ。


「トントです、どぞよろしく…キモサベ」


「彼は通訳として働いてもらいます。ネイティブの人たちと意思の疎通ができなくては

話になりませんからね。他にも何人かいますが、ここでは代表してトントさんに

『歴史』を語ってもらいましょう」


「遠い昔…天にいた『大いなる精霊』の娘が、雲にあいた穴をのぞこうとして落ちた。

そこは大きな亀の甲羅の上だった。娘はやってきたビーバーに泥を集めさせ、自分に似せた

二つの人形…最初の女と男つくった。三人の姉妹…トウモロコシ、インゲン豆、カボチャも

つくった。これ人間の歴史の始まり…わしら、土から生まれて土に帰る」


「それ、歴史かあ? 神話じゃないの」「おれたちのところだって似たようなもんだろ。

高天原から天孫が降臨してきたとか…歴史として習っただろうが」「泥で人間つくった

なんて、キリスト教でも同じようなこといってないか」


「いまの話、実際にあったとはトントも思わない。いわば民族の夢とロマン…ね」


「うまいこというなあ…イザナギ、イザナミやアマテラスオオミカミとかさ、

子供心にもうさんくさかったけど、民族の夢とロマンといえばいいわけだ」


「誰だ、不敬なことを言ってるのは!!」


「大方の者は内心そう思ってるんじゃないですか、本当に、そんなにありがたい神様たちが

ついているんなら、どうしてあんなひどい負け戦になるんだか…」


いま自分達がおかれてる境遇に、かなりの者がなじんできているようだ。

そう、ここでは過去とのしがらみが(ある程度)断ち切られているのだから…


「トントの遠い祖先、ユーラシア大陸…アジアにいたらしい。いまから四万年ほど前、

世界がとてもとても寒い時代があったらしい。ユーラシアとアメリカの間の海も

凍って通れるようになった」


「おっそろしく昔だな…そんな前のことがよくわかるな」


ここで桑畑が地質考古学と氷河期について説明を入れるが、長いので割愛。

詳しく知りたい方は自分でお調べ下さい。


「……現在のベーリング海が地続きになったのは、トントさんが言ったように

凍ったため、あるいは地上の氷が増えたので海水の量が減った…海が狭くなり

海底だったところが陸地になったからと言われています」


「トントの祖先、マンモスというゾウの仲間を狩ってくらしてた。移動するマンモスを

追ってアメリカに来た。気がついたら、暖かくなって氷の橋が海に戻ってた。

それ以来、ずっとアメリカにいる」


「なるほどなあ…たしかに元は同じアジア人だったわけだ」「五族…じゃないけど協和!!」

「東亜…じゃないけど解放!!」「悪い白人からインディアンを守ろう!!!」


「わしら誇り高い、守るいらない…ともに戦うのぞましい」


「………」


「桑畑君、少しずつ話は見えてきたが…具体的にはわしらはどうするのかね。

三万の日本人がその…アメリカ大陸の西部に放り出されて何をしろと…?」


「前に進めて頂き、ありがとうございます山下大佐…簡単に言うと『国づくり』です。

彼の地に日本民族の国をでっち上げるのですよ」


「民族の夢と…ロマンか」


つづく

『西部劇』はあまり観ていません。一番印象に残っているのは、パロディ風マカロニ・ウエスタンで『黄金の三悪人』という邦題の、登場する人物すべてが悪人というぶっとんだ映画です。

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