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第十五章『ロスアンゼルス会戦…2』

赤褐色の巻き毛とバラ色の頬を朝日に光らせながら、見た目十三、四の少年兵が

腰に下げた小太鼓を叩きながら前進してくる。彼の名はジョニー…少女と見まごう

超美少年である。


そのジョニーを双眼鏡の視界にとらえつつ、思わず生唾を呑み込んだ

ヤマトの将兵がどれほどいたことか…


「可愛い…諒子に似ている」…相変わらずの妹背山いもせやま上等兵の

妄想はともかくとして…


「華麗な軍服の鼓笛隊をともなって前進してくる横隊…さながらナポレオン時代の

戦争絵巻を見ているようですな」


独立第一愚連隊連隊長、山下大佐の感想はなかば正しいが厳密には

違っている。


横隊は前後左右ともナポレオン時代と比べるとかなり間隔が広がっている。

火器…銃砲の性能向上によって密集隊形の不利が明らかになっているからだ。


また、華麗な軍服は鼓笛隊および、ごく一部の正規兵だけで、残る大部分の兵は

開拓農民の服装そのままである。


「厳しい環境を切り開いて生きてきた農民たちです。三か月ほどの訓練は

充分じゃないでしょうが、戦意は高いはずですよ。モルモン教徒の部隊も

含まれているかもしれません」


「モルモン教徒…?」


「キリスト教の中の新興宗教とでも言えばいいですか。十五年ほど前、1830年に

成立した教団です。ジョセフ・スミスという男が『キリストがこの地…アメリカに

降臨した』という説を唱えました。彼らは禁欲的な生活をおくり、団結は強いと

思われます」


「キリストがアメリカに…? それはまた、うさんくさい話だねえ」


「もちろん従来のキリスト教徒からは異端として迫害を受けています。

今度の戦争に一千名にも及ぶ志願兵を出したのも、自分達の存立をかけての

ことでしょう」


「敵砲兵が展開します!」


桑畑や山下大佐は、丘の稜線上に土嚢を積んだ掩蔽壕の中にいる…

壕は一線…部分的に二線の単純なものだが長さは千二百メートルを超す。

増派されていた工兵大隊の活躍もあって、短時間のうちにそこそこ強固な

陣地が造られていたのだ。


そこから前方千五百メートルほどをアメリカ軍の横隊が前進してくる。

その後方から馬に曵かれた砲が十五門ほど進んでくると、横隊の前面に

砲列を敷こうとしていた。


「山下さん、手はず通りお願いしますよ」


「よし、兵をさげろ!」


ラッパの音とともに、露出していた千名ほどの兵士は稜線に沿って掘られた塹壕の中に

もぐりこむ。塹壕は土嚢を積んで補強されており、敵の『第一撃』による損害を

できるだけ局限させるはずである。


『軍旗』も稜線を越え後退していく。ここにある旗のほとんどは緑、白、赤の

三色旗の中央にサボテンに停まったヘビクイワシが描かれているメキシコ軍の

ものである…作戦の主体をメキシコ軍と思わせるための単純な欺瞞だが。


その中に、日本人が見るとなかばおなじみの旗がある…旭日旗だ。

だが、よく見ると微妙に違う。旗の中央、下端に半円形の旭日があり、上方に

旭光が延びている…いわば『半旭日旗』である。これがヤマト国独立愚連隊の

軍旗なのだ。


この動きをアメリカ軍から見ると…


「メキシコ軍は後退しております!!」


「こちらの陣容を見て怖じ気づいたな。砲も小口径を四門しか持って

いないようだし、それもあわててさがっていくわ」


それが欺瞞用にメキシコ軍から借りたものであるのは、いうまでもなかろう。


「敵戦列に砲撃を加えろ! 歩兵部隊は前進! 騎兵は掃討戦に備えよ」

…ということになる。


「逃がすな!」


稜線上の『メキシコ軍陣地』に向けて送り込まれる砲弾の下をアメリカ軍四千が

早足で前進を始める。


砲弾は『留弾』…導火薬によって炸裂して人馬を殺傷する…である。

簡易とはいえ壕に入っている敵に対しての効果は直撃しない限りうすいが、

それでも飛び散る破片や土砂でヤマト軍に若干の負傷者は出た。


「桑畑くんが言ってた意味がわかったよ。十九世紀半ばの火力も決して

馬鹿にはできんな」


「敵を引き寄せるための犠牲ですが、なんとか許容範囲で収まりそうですね」


「うむ…敵歩兵部隊は七百メートルまで迫ってきたが、そろそろいいかな?」


塹壕から突き出した潜望鏡式双眼鏡、通称『カニ眼鏡』をのぞいている

下士官からの報告を受けた山下大佐が桑畑に聞く。


「五百まで引き寄せましょう…『殲滅』のために」


そして一分後…


稜線の背後に砲列を敷き、有線電話で諸元の連絡を受けていた野砲、山砲、

迫撃砲の群れがいっせいに火を噴く。


第一独立愚連隊が保有する野砲十八門の内十二門、山砲十二門、

迫撃砲は三十六門中の二十四門がここに展開していた。


歩兵を含め、全戦力が揃っていないのは敵が進路を急に変えた場合に備えて、

複数地点に兵を分けていたからだ。


戦力の分散は愚策…というセオリーはあるが、当面のアメリカ西部軍の戦力からして

こちらの分力でも充分勝てると(主に桑畑の助言によって)判断された。


一瞬のうちに…と形容しても差し支えがないほどの短時間で

アメリカ軍砲兵部隊は消し飛んだ。


つづいて戦場に、速くはないが重厚な発射音が響きわたる…あえて表現すると

『どっどっどっどっ』…発射速度より命中精度を重視した…世界の用兵思想に

逆行したともいわれる…九二式重機関銃二十八挺が火を噴いたのだ。


なんにせよ、この戦場でそれは恐るべき威力を発揮した。


土嚢の銃眼から突き出された千挺を越える三八式小銃も、なかば棒立ちに

なっている敵をねらい撃つ。


緩い登り斜面が、みるみるアメリカ軍兵士の死体、もしくは半死体で

埋まっていく。


「いやはや、桑畑くん…こりゃあ戦闘というより殺戮だねえ」


「戦争には往々にしてありがちなことですよ。いまから六十年後、日露戦の

旅順要塞攻撃もそうでしたでしょう…第一回総攻撃では三日間で一万六千名の

死傷者を出します。七十年後には第一次大戦のソンム会戦でイギリス軍が

攻撃発起から一時間で三万名

も『殺戮』されています」


「…新時代の戦闘に旧態依然の戦法で兵をなげこめば殺戮されるしかないと

いうことだな。だが、旅順の乃木さんやソンムの…英軍司令官はたしか…

ローリンソンだったか、彼らを批難する資格はわれわれ昭和の日本軍人には

ないだろう。大陸でも太平洋でも同じような愚行を繰り返したものな」


愚連隊兵士のかなりの数が涙をこぼしながら銃を撃っている。


「俺の戦友はみんなガダルカナルで米軍陣地に突撃して死んでいった。

分厚い鉄条網のむこうから撃ってくる機関銃に、蜂の巣にされて死んでいった。

俺もすぐそうなるはずだった…そ…それを思うと………」


「…それを思うと?」


「う…うれしくて、うれしくて泣けてくる…皆殺しだあ〜!!!」


「わかる! わかるぞお〜! ぶち殺せえ〜!!」


自らは(なかば)安全で『勝てる戦い』は楽しい?…そこに復讐という

動機づけが加わればなおさらに…


あまりの展開に呆然としていたウール准将はじめアメリカ軍司令部が

我に返って後退を命じた時は、すでに手遅れであった。


つづく






 






メキシコの歴史を少し勉強しました。イメージとして貧、後、弱といった言葉がうかぶメキシコですが、十九世紀の末頃にディアスという独裁的な大統領のもとで、アメリカもうらやむほどの経済的成長を遂げた時期があったことを知って驚きました。百年後の東洋の島国みたい…ちなみに、その島国と1888年に修好通商条約を結んだのもこの大統領です。

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