第十四章『ロスアンゼルス会戦…1』
1846年初冬…
北部メキシコの要衝モンテレイはすでにアメリカ軍の手に陥ち、当地の
メキシコ軍将兵の多くが投降した。
しかし、この戦いから本格的に参戦したアイルランド人たちカトリック教徒を
中心とした(アメリカから見れば)裏切り者部隊の聖パトリック大隊は、
指揮官ジョン・ライリーのもとで砲兵として活躍した。敗北後も降伏を嫌い
逃走した彼らは最大で八百名までふくれあがり、その後も各地を転戦する
ことになる。
そこここでラテン系らしい個人的な武勇は発揮しつつも、全体的に見れば
メキシコの敗勢は明らかであった。
メキシコが負けつづける理由はさまざまだろうが、ともかく国力の基本である
人口がまるで違うのだ。両国とも厳密な国勢調査がおこなわれているわけではないが、
メキシコが約七百万人、対してアメリカは三倍の約二千万人であり、ヨーロッパからの
移民によってなおも急激に増加しつつある。
仮にほかのファクターが互角だったとしても、一人で三人を相手にけんかすれば
ほぼ確実に叩きのめされる。
そんな中、ニューメキシコのサンタフェにいたアメリカ西部軍四千が
カリフォルニアに向け進軍を開始していた。
リオグランデ川…下流ではリオブラボーと名を変えテキサスの南端を
流れメキシコ湾に注ぐ…に沿って南下、エルパソ辺りから西に進路をとる。
ズタボロにされ、復讐の念に燃えるカーニーの騎兵隊も吸収した
この大部隊にはネイティブも手を出しかねた。そのかわり情報を
次々と西へ…『ヤマタイ族』に向けて送りつづけていた。
アリゾナに入り、フェニックスを経てヒラ川…下流でコロラド川と合流
カリフォルニア湾に注ぐ…に沿って進む…
ことばにすると簡単そうだが、ロスアンゼルスまでの行程は
一千キロにおよぶ。
江戸時代、街道や宿場が整備されている中での参勤交代…大名行列は
一日に十二時間歩いて四十キロほどを進んだという。
単純計算なら一千キロは二十五日だが…
重い大砲や弾薬、食料を積んだ荷馬車をともなってロッキー山脈を越え、
道なき道を切り開いたりしながらの行軍である。
北緯三十五度付近…東京と同じくらい…で気候は比較的温暖だが、
冬の道を進む将兵の疲労は確実に戦力を低下させていった。
「ここまで来てもカリフォルニアからは何の連絡も無しか…海軍は
よっぽどへまをやらかしたようだな。メキシコの腰抜けどもに
やられたとは思えんのだが」
司令官ウール准将のつぶやきにカーニーが顔をしかめながら応えた。
「捕虜にしたインディアンを締め上げてみたところ…『精霊が降臨した』とか
『大いなる部族が立ち上がった』とかたわごとを吐くばかりでした。
ですが、かなりの部族がわれわれに敵対してることは確かなようです。
ことによるとメキシコとの間でなんらかの合意があるのかもしれませんな」
「野蛮人どもの精霊か…貴官の先発隊には苦労をかけたが、こんどは
わしらが神の力をもって奴らの精霊とやらを打ち砕いてやろう」
「はっ…海軍も増援の艦隊を送り出すという話でしたが、ロスアンゼルスの港で
彼らを出迎えることにしましょう」
「遠巻きにまとわりついてるインディアンどもは目障りだが、どうせ何もできまい。
クリスマスまでには任務を完了できるだろう」
その後も文字通り(ほとんど)無人の野をゆくがごとく進撃を続けた西部軍に
異変がもたらされたのは、ロスまで百キロほど…『リヴァーサイド』とよばれる
地点においてであった。
偵察のため先行していた騎兵が息せき切ってかけ戻ってきた。
「前方二十キロの丘に敵が布陣しています。その数約二千…メキシコ軍と
インディアンの連合軍と思われます」
ちなみに、アメリカ軍は距離をあらわすのにマイルを使っているが、わかりにくいので
単位はメートル法に自動変換している。
「ヒラ川を左翼にして、緩やかな丘陵上に歩兵が展開しています。
両翼には騎馬のインディアンが二百から三百配置されていて、その一部が
われわれを追跡してきましたが、途中で引き返しました」
「…大軍だな。メキシコにこの方面にそんな兵力をさく余裕があったとは
意外だった…砲はどの程度あったか?」
「確認できませんでした。隠蔽されているのか、後方に待機しているのか…」
「敵はこちらに向かってくる様子はないのか?」
「はっ、陣地の前には簡単なものですが柵のようなものが施されています。
こちらを待ち受けているように思えました」
「…カーニー、どう思うかね?」
この場合、カーニー大佐が発するのは分析の形をとった…すでにウール司令官が
出している…結論に対する同意だけである。
「この敵を迂回してロスに向かうわけにはいきますまい。敵兵力は少なくありませんが、
わが方の半分…踏みつぶしてやりましょう。ですが、すでに昼を回っていますから、
このまま進むと会敵は夕刻になってしまいます。明日の朝に戦端を開けるように
調整すべきかと…」
「よろしい! 未明に進撃を開始するとして…敵まで十五キロの地点で
野営しよう…もちろん、警戒を厳にしてだ。メキシコ軍はともかく
インディアンどもは何をするかわからんからな」
欧米の軍隊は基本的に昼間戦い、夜は休む。太平洋戦争では日本軍がこの常識を覆し、
夜襲を繰り返して連合軍を震撼させるのだが…このとき前方の丘に布陣しているヤマト軍…
独立愚連隊にそんなつもりはまるでなかった。
夜…丘の上から見ると前方の川沿いの平野が赤く染まっている。
むこうからもこちらが同じように見えているだろう。
「露営の火…か。お互いに視認しながら、飯を食ったり眠ったり…
のんびりしたもんだな桑畑くん」
「なんせ『いま』は日清戦争より半世紀も前ですからね山下さん…
日本じゃみんなちょんまげを結って、外の世界で何が起きてるかなんて
知らないか、知らないふりをしての〜んびりと生きていますよ」
「ははは…そうだったな。つい、それを忘れてしまうんだ」
明ければ、1846年十二月七日…特に意味は無いが…
アメリカ側呼称『リバーサイドの戦い』
ヤマト側では『ロスアンゼルス会戦』の始まりである。
つづく
日本軍には戦いの呼称をわりと広い範囲で表現し、アメリカ軍はその逆に限定的な地名を用いる傾向がある…ような…気がします。『ソロモン海戦』と『サボ島沖海戦』…みたいにです。で、今回の戦いもこんなふうにしてみました。