第十二章『サンタとルチア』
銃声とともに部下の一人がうめき声を上げて落馬するのを見た
カーニー大佐は頭に血が上るのを止められなかった。
「野蛮人どもめが!! こそこそと付きまといやがって」
「今の銃声はかなり遠かったです。やつら高性能のライフルを
持っているようですね」
副官のライディーン中尉が首を振りながら馬を寄せてきた。
「腐れ商人どもが相手かまわず売りつけるからだ。国家に対する反逆だぞ!」
利益のためなら正邪や国家の枠すら越えるのが商売…というのは
古今東西を問わない。商人にとってネイティブ相手の取り引きで
もっとも利益が上がるのは武器と酒であった。
「いずれにしろこのまま進むのは困難だと考えますが…」
目的地のカリフォルニアはまだ遠い。ネイティブの襲撃は日を追って
激しくなるばかりで、すでに部隊の一割を超える四十名ほどの死傷者を出している。
カーニーの騎兵隊はアリゾナの荒野で立ち往生しようとしていた。
『どうやらこの部隊は史実通りの先遣隊らしい…ヤマトが手を出すまでもなく
ネイティブにズタボロにされて後方に救援をもとめるはず…勝負はそれからだな』
トント隊からの続報を得た桑畑はそう判断すると、独立愚連隊の幹部たちにも
今後の作戦行動について助言をした。
「桑畑くん、アメリカ軍の騎兵隊といえばインディ…ネイティブの天敵のように
思っていたが意外ともろいのだな」
「映画ではそうですがね。攻撃力は強くとも防御は弱いという騎兵の特質は
どの時代の、どこの国でも変わりませんよ。カスター中佐率いる第七騎兵隊が
スー族を中心にしたネイティブの連合軍ににこてんぱんにやられた戦闘は
ごぞんじでしょう」
「ああ、戦史で読んだ記憶がある…『リトルビックホーンの戦い』だったかな」
「美男俳優エロールフリンの主演で映画にもなりましたが、41年…
日米開戦の年の公開ですから、皆さんは観てないでしょうね」
「少数…二、三百程度の騎兵ならネイティブは撃退できるというわけか」
「アメリカ騎兵隊が活躍するのは、二十年ほど後の西部開拓時代ですが
じっさいには正面切ってのネイティブとの戦闘はほとんどありません。
騎兵隊の任務はパトロールが主ですし…居留地を襲って女子供を殺したりは
しましたが…ネイティブも武装兵の集団とあえてことを構えようとはしません
でしたからね。リトルビックホーンの戦いは追いつめられたネイティブの
最後にして最大の暴発だったのです」
「すると…今回突出してきた、この騎兵の目的はなんだったのかね」
「カリフォルニアに展開しているはずの海軍…海兵隊との連絡でしょう。
史実では、いまごろ海兵隊は海岸沿いに南下、ロスアンゼルスに迫るが
メキシコ人たちの反発が強く苦戦中…といった状態です」
「今回、そいつらはすでにいないわけだがな」
「いずれにせよ、この騎兵は後方からの歩兵の到着を待って
進撃を再開するはずです。ネイティブも大砲を持つ歩兵の大部隊には
手を出せないでしょうね」
「敵兵力は…報告からすると約四千か。大いくさになりそうだな」
「戦場はどこらあたりに想定しますかね」
「皆殺しに近い形にしたいとすれば?」
「できるだけ引きつける…か」
アルタ・カリフォルニアの中央部に位置するロスアンゼルスは
この時代でもそこそこ大きな港町である。
史実ではモンテレー占領後にアメリカ軍海兵隊と(メキシコから見れば)反乱住民が
ここをめざして南下するが、進むにつれ反発と抵抗が強まり援軍を要請する。
それに応じて派遣されるのがアメリカ第二軍の一部…西部軍ということになる。
ここの総督府ではヤマトとメキシコ軍の交渉がおこなわれていた。
『軍』であって、『政府』ではないのはメキシコ側が代表が大統領ではなく
野戦軍を率いる元大統領サンタ・アナ将軍の使者だったからだ。
『アラモ』で有名なサンタ・アナは七たびメキシコの大統領に就任している。
…六たび失脚している…ということでもあるのだが、このことを見ても
彼がアメリカの政治宣伝でいわれるような『民衆から嫌われた独裁者』では
なかったことは確かだろう。
地政学上で微妙な位置にあるラテン系の国家の指導者としては…
第二次世界大戦時のスペインの総統、フランコのようなしたたかさを
持ってはいなかったが…
今回も、祖国の危難にあたり亡命先から呼び戻され軍の指揮にあたっていた。
彼が駐モンテレーの役人から受けた報告は次のようなものである。
「インディアンたちは『ヤマタイ族』を中心にして、かなりの勢力をつくり
反アメリカの戦いをはじめたらしい。彼らはメキシコとの友好を望んでおり、
戦いに勝利した暁にはカリフォルニアにおいて広汎な自治権を獲得したい
意向である」
『ヤマタイ族』とは聞き慣れない部族名だが…
スペインによるアステカ侵略から始まるネイティブ…インディアンとの関係は
当然のことながら友好的なものではなかった。
メキシコが建国されてもそれは変わるはずもなく、メキシコ領北部…
ニューメキシコやアリゾナ、カリフォルニアの開発が進まず住民も
少ないのは不毛の土地だからというだけではない。
インディアンの反抗にはメキシコも頭を悩まされつづけてきたのだ。
サンタ・アナは独自の判断でヤマタイの希望に応じるよう使者に命じた。
アメリカという巨大な猛獣と戦っている以上、使えるものはなんでも使うべきだし
後のことはその時点で『どうにでもなる』…はずだからだ。
だが、ヤマタイ族の代表たちに会った使者、ルチアノ中佐はそれほど
楽観的にはなれなかった。『西洋風の服』を着込んだ彼らはスペイン語で
書かれた条約の原文を示し、早い時期に『メキシコ政府』との調印を要求したのだ。
彼の知ってるインディアンとはあきらかに様子…顔立ちも少し…違う。
「…アメリカの侵略を撃退する見込みがついてから…になると考えるが!?」
そう言うのが精一杯だったが、意外にもヤマタイたちは…さもありなん…という
感じであっさりとうなずいた。
とりあえず両者は連絡、情報交換を密におこなうことと、ヤマタイの行動に
カリフォルニアのメキシコ官憲が協力を与えるということで合意する。
「さっそくだが、依頼したいことがある」
族長?のひとり『ヤマシタ大佐』…野蛮人のくせにそんな階級まで…が
ロスアンゼルス総督に向かって言った。
「港にイギリス船が一隻…『ジャーヴィス・ベイ』ですか…停泊して
おりますな。その船長と面談をしたいので仲介の労をとって欲しい」
つづく
歴史上有名な…というか資料に残ってる人物は別として、部下とかの名前はテキトーになっていきます。船の名前なんかもですが…妄想戦記ですからその辺はご容赦下さいね。すでにこの世界の歴史はテキトーに変わり始めてることですし…