第十章『モンテレー沖の海戦』
1846年六月…
メキシコ領カリフォルニアに出現したヤマト軍は三カ所で同時に作戦を開始した。
第一独立愚連隊の内、二個大隊をもってメキシコ軍駐屯地のソノマを包囲、
反乱を起こし占拠していたアメリカ人入植者を殲滅した。
残る一個大隊が反乱軍の本拠サクラメントおよび近郊のサッター砦を攻略する。
これは武器をとれる者はほとんどソノマにいっていたので容易であった。
第二独立愚連隊も二個大隊で、そこから南西に百キロの港町…というほど開けてないが…
サンフランシスコを占領した。史実の未来では屈指の大都会もこの時点では、
『百五十人足らず』の入植者しかおらず、抵抗らしいものはなかった。
停泊していた米国籍の木造帆船(約三百トン)が接収され、ヤマト海軍は
最初の船を手に入れることになった。
わずかながら抵抗して殺された者以外の入植者は、町はずれの農場に
収容した…ただし男だけ。
「女いねえなあ」「街中で十人もいなかったってよ」「逃げたんか?」
「兵たちの不審ももっともですねえ。女性は町で二番めにましな建物に収容
しましたが、中年婦人二人を含めて六名だけとは?」
副官、福山中尉のことばに連隊長の山之上大佐が
苦笑しながら応える。
「中年というがね…調書によれば、あの二人は三十そこそこだよ。
われらから見ると西洋人はじっさいの年より上に見えがちだ…逆に
西洋人から見た東洋人は年少に見えるらしい。二十歳過ぎの兵に向かって
boy…少年よばわりしておったよ」
「三十…でありますか。それにしても老けて見えますね」
「うむ、桑畑さんのいうことには、カリフォルニアは米国人にとって
まだまだ辺境の未開の地に近いのだ。そこで暮らすということはかなりの辛苦を
ともなう…老けるのもやむをえないだろう」
「たしかに…自分の故郷は岩手でありますが、東北地方の冷害の時は農家を
やってる両親がどっと老け込みましたから…」
「それと…大陸中央部の平原地帯には定着してる入植者も多く、当然のことに
女性を含め家族で暮らしておるわけだが、ここ西海岸では何かで『いっぱつ
当ててやろう』という『やま師』のような連中も多いそうだ。彼らは金でも
にぎったら東部へ帰りたいと思っているから、家族をともなっては来ないという
ことだな」
「なるほど、女が少ないわけで…で、彼女たちはどうするのですか?」
「司令部の決定待ちだな。逃亡されては困るが、生活には配慮するよういわれている。
食事その他には充分に気を配ってくれ」
「その点は大丈夫です。食料は桑畑さんがたっぷりと出してくれましたから…
彼女たち…わが軍の将兵もですが…とてもよろこんでおります」
「そうだな、内地の赤煉瓦で勤務してた連中は別だろうが、前線ではみんな食うに
不自由してたからなあ。大佐であるわしだってそれほど変わりはなかった」
太平洋戦争での日本陸軍将兵の死者は、直接の敵陸兵との戦闘よりも餓死や薬品不足による
病死、輸送途上に船が撃沈されたことによる水没死の方が多いとされている。
余談だが、大戦中の糧食として一部に日露戦争中の備蓄米が使われたという。脱穀してない米は
それだけ…三十年以上も保つということなのだろうが、うまくはなかっただろう。
『食う』という最低限の福祉にも帝国陸軍がどれだけ無頓着だったことか…
月が変わった七月五日…メキシコ領カリフォルニアの政治の中心モンテレー…
サンフランシスコの南百キロほどにある…の沖合にアメリカ艦隊があらわれた。
スロート提督指揮下のこの艦隊は開戦一か月半ほどで南米大陸を迂回して来たのだ。
表向き『戦争を望んでいなかった』アメリカも準備は充分に整っていたようである。
旗艦サバンナ以下に乗っていたのは合衆国海兵隊三百名である。
1776年の独立戦争時に臨時編成された海兵隊は、十九世紀初頭に
地中海の自由航海をめぐってオスマントルコ帝国との抗争が起きたときに
海外における緊急展開用の正規軍として再建された。
このメキシコ戦争当時は、まだ海軍の強い管理下にあり後の…第二次世界大戦のころの
独立性は持っていないが精鋭であることに間違いはない。
上陸した海兵隊に対し、モンテレーのメキシコ軍および官吏はさしたる抵抗も見せずに
逃走、カリフォルニア中央部に打ち込まれたアメリカのくさびは確固たるものになる…
はずであったが…
「な、なんだ…いまの爆発は!?」
「わ…わかりません…船が急速に傾いています…提督、避難して下さい」
「提督…僚艦すべてが本艦同様に爆発炎上しています!!」
海兵を上陸させた後、モンテレー沖合に停泊していたアメリカ艦隊は
今や急速にその姿を消そうとしていた。
呆然としたのは艦の乗組員のみならず、勝利に酔っていた海兵隊員たちも
同様だった。
敵地に展開した彼らにとっての唯一の『後背地』が消えてしまったのだから…
そして頭上から降り注ぐ砲弾…彼らの持つ知識からは信じられない威力を持つそれ
…によって殲滅されようとしていた。
沈みゆくアメリカ艦隊から五百メートルほど離れた海面に細長い筒が
突き出ていた。それはゆっくりと移動すると水面下に姿を消した。
「わが独立愚連艦隊の『甲標的』の初陣は大戦果ですね」
「ああ、おれたちの時代のアメリカ艦隊を邀撃するために開発された兵器だ。
百年前の帆船なんか叩きつぶせて当然だがな」
『甲標的』…いわずと知れた日本海軍の秘密兵器である。
二人乗りの小型潜航艇…母艦(潜水艦含む)から発進して敵艦に肉薄、搭載した
二本の魚雷を叩き込むことが期待された。
だが、洋上艦の高速化などから外洋での使用は無理とされ、小型故の秘匿性を生かして
港湾へ侵入しての奇襲攻撃に活路を見出そうとした。
海軍上層部では生還がほとんど見込めないこと、犠牲と引き換えに得られる戦果が
僅少であろうと判断して、実戦での使用に気乗り薄であった。
しかし、熱意あるいは面子などからであろう、開発に関わった者たちを中心に
強硬な具申があり、史実の太平洋戦争では二度の実戦投入がおこなわれた。
開戦劈頭のハワイ真珠湾と翌年のオーストラリアのシドニーへの攻撃である。
結果はありがち…上層部の常識的な判断の通り、戦果はほとんど皆無であり
出撃した甲標的は全艇が未帰還となった。
このように『使えない』兵器ではあるが、百年前ならば充分使い途がある。
海中からの攻撃など予想もせず停泊している帆船に魚雷をぶち込む…のならば
恐るべき秘密兵器たりえるのだ。
サンフランシスコの町外れの入り江にある『秘密基地』には十六隻の
甲標的が出現していた。今回はその中の四隻がアメリカ艦隊の襲来が
予想されるモンテレー付近に回航されてきていたのだ。
ヤマト海軍が形を整えるまではこれでつないでいく。
存在の秘匿や使用後の処分も、その小ささから(比較的)容易だ。
火と煙に覆われたモンテレーを遠望する第二独立愚連隊の司令部では
山野上大佐が数人のメキシコ人…米海兵隊の攻撃にあって逃げ出し、
保護された役人たちに話しかけていた。
「われらの意向をメキシコ政府にお伝え願いたい。ヤマト軍はメキシコと
力を合わせアメリカの侵略を撃退することを望んでいます」
つづく
ご無沙汰しました。突然…という感じで仕事のリズムが変わり、慣れるまではパソコンに向かう体力、気力が湧きませんでした。どちらか片方だけでもあればなんとかなるのですがねえ。この章もほとんど書いてあったのに『つづく』までの数行すら入れることができませんでした。体力が少し戻ってきましたのでボチボチ書いていきます…よろしく!