プロローグ
この物語は完全なフィクションです。時代背景などを説明する上で不穏当な字句や用語が出てくることもあるかと思いますが、なにとぞご容赦下さい。それでもなお、ご指摘を頂くような問題点はだいたいの場合、ごめんなさいをした上で修正する…はず…ですので、遠慮なく言ってきて下さい。
茫漠とした空間にそれらはあらわれた…およそ三万ほどの生命体…この段階では
『のようなもの』である。
「……皆さん、お目覚めでしょうか…私はガイド…案内人でございます。
今回皆さんが歩まれる旅路のサポート…手助けをさせて頂きますので、
どうかお見知りおき下さい」
「ここはどこだ?」「暗い…何も見えない」「いや、見える…というか感じる」
「体が浮いてるような気がするぞ」「案内人とやら、敵性語を話すとはなにごとか」
「諒子…兄ちゃんは必ず生きて帰るぞ」「痛い、苦しい…早く楽にしてくれ〜」
「腹減った〜」「…………」
「はい、いっぺんに話し始めると収拾がつかなくなりますね。
順繰りに説明いたしますから、静粛にお願いします…痛いとか苦しい、
腹減った…は、ここでは『気のせい』ですからおちついて。
途中で質問タイムを入れますので、挙手をして指名を受けてからに
してください」
「貴様、何の権限があって命令をするか? 官姓名を名乗れ!!」
「命令ではなく、お願いなんですけど…わたしの職分は、先ほど申した通り案内人です。
名前は…無いと会話がしにくいですね…では…桑畑五十郎と
しておきましょう。もうすぐ六十郎になりますが…」
「……では、桑畑とやら…答えてもらおう」
「はい、ええと…あなたは?」
「わしは陸軍大佐……………うっ、なんとしたことだ、名前が出て…こない」
「大佐の娑婆での名前はもう意味がありませんので。とりあえず山下で
いかがですか。職分は歩兵連隊長ということですよね」
「…………」
「山下大佐はいまいち吹っ切れてないようですので、説明を続けます。
皆さんは大日本帝国陸海軍の将兵でした。ここには各種兵科をあわせて
約三万人がいらっしゃいます」
「はいっ、自分は陸軍軍曹の……」
「ん〜と、山中さんですね」
「…山中であります。桑畑さんは『でした』とおっしゃいましたね。
では、いまは何なのでしょうか? ここが娑婆でないとすると…
自分たちは死んでいるのですか!?」
「なに〜」「あ〜、そういえば少し思い出した。おれたちの乗った船は魚雷をくらって…」
「自分は確か密林の中で…」「戦車が目の前に…」「極楽か、地獄か?」
「こんな暗い極楽があるかよ」「やっぱり地獄だろうな。北支じゃけっこういいおもい…
じゃなくて、悪いこともしたからなあ」「お国のためだろう」「とはいっても、エンマ様は
お見通しだろうし…」「もう女房に会えない…」「諒子〜、お前をもう一度抱くまで
兄ちゃんは死なないぞ」
…不穏当な発言も一部あるようだが、三万人もいればいろんなのがいるものである。
「え〜、正確に言うと皆さんは『死にかけて』います。アメリカやイギリスとの
戦争において、負け戦の中で惨めな死を迎えようといるのです。ですが、ラッキー…
幸運なことに別の時代、別の世界で生きるチャンス…機会を与えられました。
ここにいる皆さんは(抽選で)選ばれし者たちなんですよ」
「海軍大尉…上山にしときます…機会というと『米軍に勝てる』と
いうようなことでありますか?」
「ああ、多少意味は違いますが、その可能性はあるでしょう」
「よ〜し、こんどこそ『鬼畜米英』を…!」「出てこいニミッツ、マッカーサー
出てくりゃ地獄に逆落とし…ってか」「内地へ帰れるんですか?」「諒子…」
「お静かに! 皆さんが戦っていたあの戦争がどういう状態だったか
おわかりですよね。たしかに初めの半年ほどは調子がよかったですが…」
「真珠湾奇襲攻撃! 米太平洋艦隊壊滅!!」「プリンス・オブ・ウェールズ、レパルス
撃沈!」「シンガポール攻略!」「イエスかノーか!?」「敵性語は…」「開城談判の
名台詞だ…この場合しかたないだろ」「フィリピン、蘭印占領!」「バンザ〜イ!
バンザ〜イ!!」「無敵皇軍、鎧袖一触、醜的撃滅」「バンザ〜イ」
「え〜、それくらいで……しかし、緒戦の勝利にうかれた日本はその報いを
受けることになりましたね」
「ああ、ミッドウェー…まさか空母四隻を失うとは」「そうなの? あの海戦は『損害軽微』
だったんじゃ…」「あんた、まさか大本営発表を信じてたのかい?」「だって…」
「うう、ガダルカナル…あんな形で退却することに…」「所期の目的を達したから『転進』
したって…」「バカだね〜」
「一度傾いた戦勢を立て直すことはできませんでしたね。兵器の質や量、それを
産み出す科学技術や生産力が桁違いの相手と戦っているんですから、あとは坂道を
転げ落ちるばかり…」
「くっ、ニューギニア…」「あああ、インパール…」「ぐうう、マリアナ沖…」
「ぐぐっ、沖縄…」「ああ、世界最大、最強の戦艦…大和…」「なんです? そんな船が
あったんですか?」「最重要機密の決戦兵器だったからな」「でも、沈んだと…
最強じゃないでしょ」「貴様〜」
「…というわけですから、ここにいる三万人でどうこうできるという
戦争ではありませんよね」
「桑畑…君、山下大佐だ。それでは、わしらが生きる機会を与えられるというのは、
いったいどこなんだ?」
「おっ、立ち直られましたね…それでは話を前に進めましょう。
皆さんがいくのは、太平洋戦争…大東亜戦争の時代ではありません。
あのような事態にいたった日本では、正直いってどうすることもできないでしょう…
それこそ、無から有を…軍艦やら飛行機やらをいくらでも出現させる能力でも
もってないかぎり…ね」
「それいいなあ。その能力を与えられるわけにはいかんのか?」
「残念ですが…『二番煎じ』になってしまいますので…あ、いや…こっちの話で…」
「そもそも機会を与えるというが、誰が何のためにそんなことをする…
してくれるというのかね」
「あえていうなら…『時空を超え、見ることに楽しみを感じる存在』です。
与えられた条件の中で物事がどう動くかを見て楽しむために、ある程度の作用を
及ぼす…というわけです」
「………??」「いまの話わかったか?」「ううん、でも時空を超えるっていうのは
空想小説で読んだことがある…『時間機械』とかいったかなあ」
「私たちをモルモット…実験動物にするつもりですか!? どんな『存在』だか
しらないが傲慢過ぎる…断ります!!」
「もちろん断る権利はありますとも。あなたはもとの世界に戻りたいのですね」
「ええ、たとえどんな悲惨な状況であろうと、自分の世界で生きたいと考えます」
「…けっこうです…そんなに長くは生きられませんが、それも立派な決断です。
ではお戻り下さい」
空間から一つの生命体が消えた。
「桑畑君…彼はどうなったのかね?」
「ええと…あの方はよく覚えてなかったようですが、ビルマ戦線で死にかけていますね。
アミーバ赤痢にかかり、血便をたらして戦友の死体の中に埋まっています…
蛆に体を食べられながら、じきにお仲間のもとにいかれることになるでしょう」
「………………」
「あ、あの〜、戻ろうとするときは、自分がどんな状況なのか教えてもらえるんですか?」
「はい、先ほども申しましたが皆さんは『死にかけ』です。たとえばあなたの場合…
ボカ沈…被雷して沈みつつある輸送船の真っ暗な船艙の中で、首の下まで水がきてると
いう状況です…戻りますか?」
「……いや、もう少し話を聞いてからにします」
「では、皆さんがいかれる予定の場所に着いての説明をしましょう。
そこではアジア系…モンゴロイドの民族が、押し寄せる白人によって
虐殺、征服されようとしています。そこに皆さんが出現することで
どうなるか…これが今回『存在』が見たいことです」
「ほう、いまの日本の状況と似ておるな。で、そこは?」
「いまから百年ほど前の時代、十九世紀中頃の北米大陸…現在のアメリカ合衆国の
太平洋に面した地域…『西部』とよばれてる場所です」
つづく
前作『三丁目の大艦隊』を書き終わって、しばらくは『読者』でいようと思っていたはずなのですが…また始めてしまいました。もう一つの構想…『戦闘機もの』と、どちらにするか迷いました。この『独立愚連隊…』が行き詰まるようなことになったら、そちらを書き始めるかも…です。いずれにせよ妄想戦記…めげずにお付き合い下さい。