困惑のわんだーらんど その7
「それでね、星光竜さんが、攻撃されたから街ごと消滅させてやるってなんだか嬉しそうに言うから、水着買えなくなるからダメって止めたんだけど、そうしたら、じゃあいいよイカ食べて帰るってなんかすねた感じでね。それでじゃあお別れだね、またねって飛び降りて別れたんだ」
「思った以上に危機的状況だった」
「うさみのおかげで街が助かったようなものですわねえ」
うさみが話し終えると、バニさんとあいすは星光竜の危険性を甘く見ていたことに気がついた。
ドラゴンの強さはうさみのレベルを見れば想像できる。少なくともうさみのクラスレベルより高いはずであり、そんなレベル差があれば、数レベル上相手でもそれなりに苦戦するまともなプレイヤーがいくら集まっても相手になるまい。
最前線がまだレベル40台なのだから。
一歩間違えれば街が消えていた可能性すらある。
が、まあ、それはともかく。
「うさみー、わりと重要なことをいう。このゲームは、逃げるだけのゲームではない。こちらからも攻撃するゲーム」
多数あったツッコミどころでいちいち止めていては話が進まないので、まずは話を最後まで聞くことを優先したのであるが、まずツッコんだのはそこだった。
衝撃の事実をつきつけられたうさみの反応は、
「あー」
「あら、あまりショックはないようですわね?」
だよねー。やっぱなー。知ってた。いやマジマジ。といわんばかりの、何かに納得するようなものであった。
「あのね、星光竜さんが使う魔法が攻撃一辺倒だったあたりで変だなあって」
「そこまで気づかなかったのも結構すごい」
うさみは思いこみが激しい方であるのは本人も自覚するところであり、そうでなければもっと早く気づいていたであろうとも思う。遅くても迷いの森で巨大モンスター相手にしていたあたりで。
気づかなかったのは、思い込みからくる既成概念にとらわれていたからである
しかしそれでも、自身が魔法を覚え、そして明確に攻撃に魔法を使ってくる星光竜と対峙したことで、あれ、これおかしくない? と思いはしたのだ。いやほんとに。
しかし、自分が星光竜が使うような攻撃魔法を操って、星光竜を傷つけられるイメージが全く浮かばなかったのである。
これは彼我の能力差を感じ取れていたせいでもあるし、当時すでに取得していた月齢に能力が影響されるスキルによって、能力値が本来より減っていたこと、そしてもちろんデスペナルティもだ。
満月の夜における、あの高揚感と万能感の元であればそれなりにやりあえるかもしれなかったが、攻撃用の魔法など用意もしていないし研鑽も積んでいないし星光竜にもそれなりに情が移っていたしでうさみから攻撃していくという発想は生まれなかったのである。
とはいえ、指摘されてみればそうだよねーやっぱねーうん、うすうす気づいてたんだよねー。という反応になるわけだ。
「さんざん見たし受けたから、攻撃の魔法ならまねっこできると思うけど、そっかー。そうだよねえ何だったのこの一ヶ月」
「うさみ、その縛りプレイでこれだけのことをやり遂げたことがすごいことですからね」
「というか、攻撃しなかったからこその成果とも言える」
ちょっとまたダウナー入りそうなうさみにバニさんとあいすがフォローを入れる。
「敵を倒さないから種族経験値が入らない。上限があるかもわからないが、レベル差が大きいほどスキルやクラスに入る経験値が増えるのは確認されている」
「そういえば先に進めば進むほど成長が早くなった感じはあったかなあ。魔法の実験とかするとすごい違うのがわかるよ」
うさみが星光竜との命がけの鬼ごっこの最中にうけていた経験値補正は512倍である。当然通常こんなバカな数字はありえない。
しかしこれだけの補正があっても二週間死に続けなければ、現在のうさみの域には届かないわけであり、結果としてはよかったのかなあ? そのせいで嫌な思いもしたし、そのおかげで二人と友達になれたし。もうよくわからない。うさみは判断を放棄した。
「わたくしが気になるのはそこですわ。魔法を作る技術。アレンジ、あるいは改造については文献から予測されていたのですけれど……。いえそれよりも、うさみに魔法を教えた方が、迷いの森にいますわね?」
「え、あー、うー」
ウサミに魔法を授けた迷いの森の賢者、アン先生。
あの謎のゴリラとの約束で言いふらせないうさみはそのへんぼかして話したのだが、まあ突然魔法が使えるようになったら、それはばれるという話で。身体を使う技術であればともかく、ゲーム内でしか存在しない魔法という技術が生えてくるのは不自然すぎる。
「森の賢者、と呼ばれる存在が迷いの森に隠棲しているというのは、この街で拾える噂にありますわ。おそらくこの方に遭遇し、助力を得た……というのがわたくしの想像なのですが、口止めされているのでしたらいいですわ。自力でたどり着いてみせます。もともとそのつもりでしたし」
自説を開陳していたバニさん、うさみの態度から察して断りを入れる。
「バニさん迷いの森に魂を引かれているから」
「いえ、あの氷使いの犬っころに負けたのが悔しいだけです。魔法のアレンジは学院の方でも教われそうな手ごたえがあるのですよねえ」
バニさんは迷いの森に挑んで無残に全滅した経験がある。
そして再度、再々度挑むために準備してきたのである。
うふふふふふふとちょっとイっちゃった目をして笑うバニさんだが、あいすは全く気にしていないのできっといつものことなのだろう。
「なんだか二人だけで納得されるとそっちの話も聞きたくなるね」
「ええ、もちろんかまいませんわよ。【Wonderland Tea Party】は各自好きに楽しみ、お茶会で出来事を話し合って楽しむ、というのを活動目的にしているのです」
「バニさん、自慢話好きだから」
茶々を入れるあいすをにらみつけるバニさん。
うさみは二人とも仲がいいなあと思う。どうもほかにも仲間はいるようだし、その人たちも同じような変人で仲良しなのだろうか。
「えっと、あんまり広めてほしくないみたいで。でもおともだちを案内するくらいなら。ただ、ちょっと個性的だから、おどろかないでね」
ゴリラだもの。外見気にしてる気配はあったので見た目で驚くと機嫌を損ねるかもしれない。
うさみはアン先生を思い出して言う。まあ事前にことわりを入れておけばかまわないだろう。うさみだけであればすぐに様子をうかがいに行けることだし。
「いいの?」
「それならぜひお願いしますわ。ただ入り口の狼は自力で突破したいですわね」
よほど狼にやられたことが悔しかったのか、バニさんは喜びながら闘志を燃やす。炎使いが氷使いに負けるなんて屈辱でしたわとお茶会で主張していたのをあいすは知っていた。
「あ、でも魔法作るだけならわたし教えられると思うよ」
「「マジ」ですの!?」
うさみのことばに二人が喰いついたその時。
ぴんぽーん。
どこかで聞いたようなチャイムがクランハウス内に響き渡った。