困惑のあちーぶめんと その8
竜は地上最強の生物である。
まず大きい。
その大きさは地上最大級であり、年を重ねれば重ねるほど大きくなる。1000年を超える個体ともなれば、三十メートルを超える。小学校の体育館など想像してみてもらいたい。あれくらいだ。
硬い。
鋼よりも硬く強靭な鱗に覆われている。自然界にある物質ではこの鱗を貫くことはできないとされる。魔力のこもったものか、神の手で作り出されたものでなければ鱗に傷一つ付けられないと。
速い。
その大きさをみれば動きはとろそうにも思えるが、スケールに似合わない速度で動くことができる。少なくとも地上を走る生物に引けを取らない速度で走ることができるし、巨大な四肢や尻尾、口に生えた牙などによる攻撃は鋭い。
空を飛ぶ。
そんなでかくて硬くて速い奴が空を飛ぶのである。虎に翼という言葉があるが、それ以上である。体の大きさに対して翼が小さいとか翼が生えてないとかいう個体もいるが、いずれも空くらい飛べる。逆に飛べないものは厳密には竜とみなされない。
ブレスを吐く。
ブレス、吐息と呼ばれるこの攻撃手段でもっともう有名なのは火竜の炎の息だろう。わかりやすく危険であり、また射程は広いし掃射も可能。空を飛びながら地上をブレスで掃射するなんてのは基本戦術だ。もちろんその破壊力は絶大で、竜のブレスに巻き込まれればふつう死ぬ。英雄が高位の魔法の武具を身に着けていればちょっとくらい平気かもしれない。
魔法を使う。
絶大なMPと魔法行使能力を生まれつき持っており、年月に比例してさらに高まる。技術は個体によって違い、平均してみればつたないといってもいいかもしれないが、莫大な量のMPを背景にした圧倒的な火力の魔法を扱いうる。ただし、竜が魔法を使うのは手加減していることの証左である。自身の肉体やブレスでは破壊力が高すぎるのだ。なので手加減するために魔法を使う。それでも人間が扱う魔法とは込められたMPが一桁は違っているのがふつうである。
とまあこのようにでかくて硬くて速くて空を飛んで火を噴いて魔法も使う生き物が弱いはずはなく、その中でも頂点といわれる六柱の竜王ともなれば、レベルに換算して200近いとも超えているともいわれている。
そんな最強中の最強であるところの六大竜王と呼ばれる六個体は各々自身の属性にあった場所に居を構えている。伝説級のダンジョンのなかでも最高難度の部類とされ、その最奥が彼らの棲家だ。
竜王が互いに争うことを好まない。一応ではあるが棲み分けができているからだ。
争いになれば、広範囲にわたって荒廃することになり、それは彼ら自身にとっても歓迎できることではない。居心地の良い棲家がただでは済まないからである。
自身の領域の外で争えばいいかというとそれもまた門外がある。攻めこめば相手の土俵で戦うことになり不利なのである。例えば海の底である海底城においては水竜王に勝ることはほかの竜王であっても難易度が高いのだ。
六大竜王はいずれも、自身こそが竜王の中でも最強であると信じているが、同時にほかの竜王のことも認めており、仮に攻め込んで倒したとしても、無傷で済むとは思っていない。傷ついているときにまた別の竜王に攻められてしまっては負けてしまうかもしれないと考えているのだ。
なぜならば、自身に近しい実力を持つものは目障りであるので、自分自身そんな機会があったら見逃さないだろうからである。
また竜王ほどになるとすでに食事は必要なく、嗜好品に過ぎない。そしてそれ以上に寝ているだけで強くなるという生態を持っている。生まれた時から最強である竜には鍛えるという発想は存在せず。
力を蓄えつついずれかの竜が下手を踏むのを監視しあっている状態なのである。
その六大竜王が同時に動いたのはもちろん偶然ではない。
星降山の異変を察知してのことである。
一地方を覆うほどの巨大な岩塊の出現。これが魔法によるものであるということは強大な魔力を扱い、他の竜を排除する機会を逃さぬために世界を監視する竜王にとっては明らかなものであった。
これほどの規模の魔法を扱える存在は見逃せない。
今回は六大竜王いずれの縄張りでもない場所が中心となったわけであるが、これだけでも余波は免れない。
直撃すれば棲家に影響がある規模の災害だ。
これを一個体が起こしたとするなら早急に排除しなければならない。
そもそも、この世界は竜の王たる自分のものであるので、今縄張りの外であるとしてもあまり大きく荒らされるのは目障りである。
六大竜王はそれぞれそのように判断し、結果として集結したのである。
互いにライバルである他の竜王の足をうまいこと引っ張ることを狙いつつ。
また他の五柱の竜に同時に狙われないように警戒と牽制をしつつ。
その結果、たった一人の貧弱なエルフごときに、ていのいい魔力タンク扱いされようとは六大竜王いずれも思いもしなかったのであった。




