困惑のあちーぶめんと その1
「一緒に遊ぶ約束だったのに」
翌日。
あいす・くりぃむが盛大に拗ねていた。
見た目や言動からはわかりにくいが、あいすは拗ねるとめんどくさいタイプであった。
そして約束をすっぽかした本人であるうさみがこの場に居ない現状、その矛先は†バーニング娘†に向けられている。
「ま、まあまあ。急用ができたのは仕方がないではありませんか」
「神殿も私が案内する予定だったのに、バニさん昨日連れて行ってるし」
「それはその、その時の都合と流れで」
ぷくー。あいすはふくれた。バニさんは苦笑い。
聖職者であるクラス、入信者であるので、あいすが神殿を案内しようということになっていたのだが、予定を繰り上げて先に案内したことも気に入らなかったらしい。気持ちはわかる。だが、あの時点でウサギさん問題という予定が入っていたので当時の判断は必要なものだったと思う。とはいえ今日うさみが身動きできなくなるとは思っていなかったが。
「それにしても、ずいぶんアップデートが来たわよね」
他人事のようにベルがつぶやく。うさみが錬金術も扱えるという森の賢者の先生から聞いた話があるだろうとバニさんと合流していたのだ。残念ながら空振りになったわけだけど。
今日の朝、運営からのお知らせがプレイヤーに対して配信された。
RFOではなにかあったら多くの場合翌日の朝九時に告知される。
なにか、というのは例えば、フィールドボスが討伐されて新たなマップが解放されたとかそういう情報だ。
タイムラグがあるのはその時間が攻略者に対するボーナスであるのではないかといわれている。
例えば新しい街が解放されたのであれば、その街で手に入るアイテムやイベントなどを告知されるまで独占できるわけだ。このアドバンテージを生かせるかどうかはそのプレイヤーの才覚によるだろうが。
今回は新マップ解放の情報が7つとシステムアップデートが1つ、さらにイベント開始のお知らせが1つという、ちょっと一回分としてはおかしくないですかという量の告知がなされた。
スター湾入り口に生息するボス、クラーケン打倒による【外洋】マップの開放。
なお、クラーケンを打倒したプレイヤーは確認されていない。なお、未明に建設中の港にイカの仲間と思われる、しかし異常に巨大な触腕が流れついたというイベントがあった。
【火焔山】、【大地の牙】、【海底城】、【暴風空域】、【黄金山】、【暗闇の迷宮】というダンジョンマップの開放。
どこにあるのかも確認されていないダンジョンが6つ。
知られている属性と数が合致することと名前から関係があるっぽいということで様々に推測がされているが発見の報告はない。
レベルリデュースシステムの実装。
種族・クラス・スキルレベルを現在値以下の任意のレベルまで一時的に下げることができるシステムだ。また、種族レベルを下げた場合同時にクラス・スキルレベルもそのレベルまで下げられてしまう。
一見メリットがないように思われるが、レベル差による経験値補正の活用や、高レベルプレイヤーが低レベルプレイヤーと一緒に遊ぶ時に有用である。という想定のシステムらしい。
また、スキルレベルを0まで下げた場合、一時的に取得していないものとして扱われ、戦闘終了時のスキル経験値分配から外すことができる。集中して特定のスキルを鍛えたいときに便利であろう。
同時に、過去にデリートしたスキルがあるプレイヤーには該当のスキルを当時のレベルで再取得できるサービスも配置されたという。
なおクラスチェンジ同様、安全な場所(セーブポイント付近の安全地帯や、宿屋などの拠点など)でなければレベル操作はできない。
イベントはもちろん、地下帝国パラウサプロデュース、【ウサギさんふれあい広場】である。昨日現れて話題になった【ウサギさん仮面】が公式NPCとして公表された。
『ニンジンを持って集まろう!』『ウサギさんと仲良くなろう!』と、集合場所と時間が告知されている。
昨日のウサギさん仮面の演説を要約したものが書かれているが、それ以上の具体的な情報はない。
それでもクラス【ウサギ】と知らされた付随するスキルは魅力的なものである。
と、以上の情報によってプレイヤーは活気づいていた。
もちろんそれだけではなく、昨夜もたらされた各種新情報、つまり昨日のドラゴンの事件やら竜少女Aやらのプレイヤー発信の情報もそれを煽る。
「いろいろ憶測が飛び交っているけれど、これはうさみの仕業よね?」
「仕業というか、結果的にといいますか、意図的なものではないと思いますわよ」
タイミングを考えればうさみ関連だろうと思われるが、新ダンジョンとかどうつながっているのかわからない。
とはいえほかに情報もなく、脈絡なく現れたわけであり、たぶんうさみの行動の結果だろうなとこの場の三人は思っていた。
「あれもうさみー?」
「だと思いますけど」
「NPCが大混乱してるわね」
ふくれていたあいすの言葉を二人が肯定する。
三人は空を見上げていた。
その先に、NPCが大混乱しているという原因があるので。
「時々光っているわね」
「というかおおきすぎません?」
「昨日の事件が吹っ飛ぶレベル」
空は暗かった。
昼間であるにもかかわらず。
遠方に目を向けると、かなり離れている場所から明るくなっているのが見える。
要するに、頭上に、尋常でないサイズの物体が存在しており、日光を遮断しているのだ。
「うさみからは、『ごめん、手が離せなくなったからいけなくなった』とメッセージが来ただけですけど」
フレンド登録者はログイン状態がわかる。
朝集合と大雑把に約束をしていたわけだが、ゲーム内にいるにもかかわらず、朝になってもうさみが来ないのでバニさんがメッセージにて連絡を取ってみたところ、それだけのそっけない返事が返ってきたのであった。
メッセージは感覚としては通信端末のメールアプリのような使い勝手であり、準リアルタイムな通信手段として使用できる。直接通話できないのは何らかの運営の意図があるのだろうが、とりあえず待ち合わせなどに使う分には不足はない。文字列を打ち込む分の手間は必要だが。
さて、頭上の物体は現在解放されて居る街マップすべての場所で“頭上にある”と認識されている。
現在の5つの街は、おおむね星降山を中心とする円弧上に存在していると、測量した奇特なプレイヤーによって証言されている。
つまり、この頭上の物体は直系数十あるいは百キロメートルを超えるサイズの何かであるということだ。
ちなみに、暗視持ちの種族が岩塊っぽいと証言しており、また出現前に光の円が展開しその中から現れたのが目撃されていた。
「あれはきっと隕石落としの魔法ですわね」
「あれが落ちたら地域一帯全部壊滅するわね」
なのでNPCは大慌てで対策を練っているのである。対策も何も規模が大きすぎてどうもこうもないため、混乱しているだけなのだけれど。各街の指導部の決定を待たずよそに逃げたりするものも多いがそうそう逃げられる範囲ではなかった。モンスターに襲われ通りがかったプレイヤーに助けられるという事案も発生している。
一方プレイヤーはイベントの一種だろうとこの件については特に混乱していない。別件で沸いているが、ゲームである以上そうそうどうしようもないことは起きないだろうと楽観視していた。
前触れもなく地域一帯が滅亡するようなことはないだろうという見解が大勢を占めていた。
【ウサギさんふれあい広場】のイベント告知がなされたのは隕石(仮)の出現後であることもその意見を後押ししていた。
そのほかでは光源がないとか集うできなくて不便だという声が大きいくらいか。
バニさんは昨日うさみに隕石落としの魔法という概念を教えたので失敗したかなーと思ってはいたが、一プレイヤーの魔法でここまで大きな事態になるというのも考えにくいのでなんらかのイベントの一環だろうと踏んでいた。
状況証拠からおそらく対応に追われているだろううさみに何か協力できないかと思ったが、最低でも空を飛べなければどうにもなるまい。あるいは中心であろうと思われる星降山にたどり着くか。どちらも現状で達成しているプレイヤーはうさみだけである。
「とりあえずなにかできることあるかメッセージを送ってみたけど」
「でもこれちょっとできることって思いつかないわよ」
「一応もう一つの当てに向かってみましょうか。いればいいのですけれど」
三人はスターティアの街の外へと向かうのだった。




