困惑のとれいん その2
「さて生徒うさみ。お友達のことはともかく、本格的に魔法と錬金術を習おうということでいいのかな?」
「えっと、うん、そうなるのかな」
アン先生のあえての確認のことばに、うさみは。頬をポリポリとかいた。
バニさんやベルさんを紹介するだけしておいて、かねてからお誘いを受けている自分がサヨナラというわけにはいかないだろう。
正直言うと勉強とか修行とかより遊びに行きたい。
だが、快適に遊ぶには錬金術が必要らしい。水着とか作るのに。
森とか山とか駆け回るだけでもそれなりに楽しいけれど、もう体感一ヶ月やってるから他のこともしたい。だから海に行こうと思ったわけだし。
その結果いろいろ厄介ごとに巻きこまれ……いや、厄介ごとに気づいたわけだけれども。
「あまり気が進まないようね?」
「えっと、そういうわけじゃないんだけど、興味はあるけど本格的にとか考えると身構えちゃうっていうか。お勉強とか苦手意識が」
うさみは体を動かすことと比べると、頭を使うのは苦手なのであった。だから学校の授業とかも必死で聞いていたものだ。悪い点を取ると親が残念な顔をしたので。
「なるほど、生徒うさみはそういうタイプか。でもまあ心配しなくても大丈夫、というのもなんだけれど、教えられることはそれほど多くは残っていないからね」
「え、そうなの?」
「生徒うさみの魔法行使能力はすでに私を超えているからね。技術指導はすでに必要ないの。いくつかすっ飛ばしている知識を補完するに留まるでしょう」
「そっかあ!」
そういうことなら、とモチベーションを取り戻したうさみをみてアン先生が苦笑する。
「あ、でも、課題がまだ終わってないんだけど」
属性ごとに一つ以上魔法を作ってねという課題をいただいている。もうずいぶん前の気がするが。でも、これが成果ですと胸を張って言えるほどの魔法はまだ全部の属性では用意できていない。
バニさんと冒険者ギルドで作ってみた魔法はまだ推敲が足りないし、星光竜さんをすり抜けるために作った魔法の中には会心といえる出来のものもあるのだが、全部の属性といわれるといくつか足りないのである。
「おや。ずいぶんとたくさん魔法を作っているのに? 十分以上に合格なのだけど」
「えええ」
そうだ、アン先生はスキルがわかるんだった。やっつけで作ったものが多いのではずかしい。できればこれぞというものだけを見てほしかったのだが。うさみは思う。なんだか恥ずかしい。
「ほとんどが試作だから……」
「いやなに、もう一度言うけど十分だよ。これなら課題の意図の一歩先に届くでしょう。生徒うさみ。魔法を作る上で気づいたことはないかい?」
「え、ええと?」
一歩先ってなんだろうと思っていたら、問いが来た。展開速いよ、とお勉強とか最小限ですませたいなあとか考えていたはずのうさみは心の中でぼやいた。
気づいたことはたくさんある。何をやるにも、実際にやってみれば気づきがあるものだ。その気付きをいかに活用できるかが進歩の秘訣である。
たとえば走るだけでも気づくことはあるのだ。簡単なところで言えば今日は調子いいなとか。あるいは腕の振り方はこっちの方が早く走れるかも、でもあっちの方が体力を使わないなとか。
日常的な走るという行為でも気づきがあるのである。何もかも初めての魔法づくりをやってみて何も気づかないなんてことはない。
なんてことはないが、アン先生の意図が言わせたい答えがどれかわからない。困ったので思いつくままに答えてみる。
「それはもちろん、いろいろあるけど。属性って意味があるけど意味がないんじゃないかとか、魔力が切れたら元に戻るけど間接的に変わったものは元に戻らないとか、はじめから大枠が用意されてる魔法があるとか、それから――」
小さなことから大きそうなことまで挙げていくうさみに、頷きながら聞くアン先生。
表向き平静であったが、内心は驚愕に満ちていた。ゴリラの姿でなかったらうさみに気づかれていたことだろう。同時に納得する気持ちもあった。異界のマレビトであり、破天荒な道を行くこの小さなエルフの少女であればここまで辿りついたことは当然であるとも思えたのだ。
それからそれから、えーっと、うーん。と、うさみが腕を組んで考え込んだあたりでアン先生はうさみを止める。
「百点満点中二百点ね。いえ、もっとあげてもいいかな」
「ええ? なにそれ」
アン先生が大げさな表現をするものでうさみが思わず聞き返す。
何が言いたいかわからなくもないけれど、うさみ自身はそこまですごいことをしたという認識はなかった。
しかしアン先生にしてみればそうではなかったということだ。
足し算の課題をだしたら掛け算について示唆されたようなものだったのである。恐ろしい子! みたいな。
「私の認識では、魔法とは一時的に世界の法則を書き換えるものであるというものでね」
「一時的、魔力が切れたら元に戻るっていうこと?」
「ええ。そして一方で魔力で書き替えられた法則の影響を受けて変化したものは元に戻らない」
「魔法の炎は魔力がなくなったら消えるけど、それで焼かれて灰になったものは元に戻らない」
アン先生が語り、うさみが解釈する。という形で問答が始まった。
魔法論概論と言うべき内容だが、同時に集大成でもある。
問答は少しの間続いた。
そして。
「世界の法則に沿うことで同じ効果を得られる魔法であっても必要な魔力ががわる。であれば、逆説的に魔法を作ることを通じて世界の法則を導き出せる」
「火水風土光闇の属性に分類した魔法っていうのは世界の法則に沿った結果」
「同時に他のものにも属性が認められる。例えば兎。ではそう、兎まで含まれる世界の法則とは何か、となると、神々の事蹟にたどり着く」
「神書」
「神々の事蹟に則った魔法は効率がいい。一方で、魔力さえあればどんなことでも理論上は実現できるとも言える」
「つまり属性は必要ないけど意味はある」
「世界を知ればよりよく魔法が使える」
「想像できればどんなことでもできる」
やり取りが端的になっていき、最後に二人は目を合わせて頷き合った。
そしてうさみのスキルが生まれ変わった。




