困惑のまねじめんと その5
「というわけで我である!」
ゲームマスターの隔離空間から帰ってきたうさみの傍らには、バニーさんマントで顔のところにウサギさんの顔が映ったウィンドウが張りついたお姉さん、ウサギさん仮面がいた。うさみが抱っこしていた二羽のウサギさんは一羽ずつ抱っこしている形になっていた。ふしぎ。
「なんかすごいへんなかんじ」
「そこは慣れてもらうしかあるまいよ。さて確認しよう」
大仰な身振りでウサギさん仮面が話すのを見てうさみはちょっと複雑な心持だった。
自分が演出していたキャラクターが独立して自分に話しかけてくるのである。なんというか、なんというかだ。しかしまあすぐ慣れるだろうと思いなおす。
「交流用の空間を用意しアトラクションを作る。我はその場の管理人に就任する。その空間内での人とウサギの争いは我が禁ずる」
「禁ずるってどうするの?」
「実力で」
「実力で!?」
「うむ。『めっ』てしてやるのだ! 幸い我のパラメータはうさみのものをそのまま流用しておる故に十分に可能である!」
「あ、そうなんだ」
「というわけなので、ウサギさん一同は交流のための場を作るのに協力するがよい! そしてその場所では我の指揮下に入ること! 個として仲良くなった相手を地下帝国パラウサへ連れ込むのは可とする! よいな!」
抱っこしたウサギさんをもにゅもにゅしながら話が進み、最後にウサギさん仮面が声をかけるとウサギさんたちがコクコク頷いた。
ウサギさん仮面がうさみのパラメータを流用しているというのは能力値とかだけではなく、NPCとの関係性なども含めてだったので、ウサギさんたちとの関係は良好である。さっきビビらせた分もコミだけれども。
「よし! では、うさみ、後のことは任せるがよい!」
「うん、よろしくね」
うさみが話を受けた理由の一つがこれである。
後を任せることができる。
これは代えがたいメリットである。
今回勢いとか思い付きとかその場の流れとかいろいろと重なって地下帝国パラウサとプレイヤーの間を取り持つことになったけれど、実際のところ労力的な不安があった。
ウサギさんは動物的なフリーダムさがあるし、プレイヤーの人達も思うように動くとは限らない。NPCの人もそうである。一旦形だけ友好を取り繕ったとして、維持管理するために人手は絶対に必要だ。そしてそれができるのは立場的にも実力的にもうさみしかいない。パワーアップしたウサギさんの抑止力になれてなおかつ事情に配慮する意思があったのはうさみしかいないだろう。
バニさん辺りはNPCの人とかいろいろ巻きこんで、とか企んでいたが、大雑把な利益計算をする限りではスターティアの街の住人にとってメリットが薄いように思えるのだ。
ウサギさんが畑を荒らさないようになるというのは農家の皆さんにとってはあり難いことではあるだろうけど、彼らは街の人の中では一部でしかないのである。
さらにウサギさんがパワーアップしたことが裏目に出ている。というのも、街の人の大部分はそのことを知らないし、知っていたとしても実感していないだろうからである。変化が急だったのが問題だ。そしてこれが知らしめられる時が来るとすれば、その時に起きることが致命的な亀裂となる可能性が高い。
うさみの思い過ごしだったり見落としがあったり、あるいは悲観が過ぎるだけなのかもしれないけれど。
ともあれうさみのバランス感覚ではつり合いが取れないように思うのだ。
それを押し通そうとするとどこかで齟齬が出るのは目に見えている。
であれば調整役は必要なのである。
そしてそれは自分にしかできないとすると。
それってものすごい大変じゃない?
ずっと張り付いていなければならないとするとほかのことができなくなる。
なにかあったら呼び出される感じ? それはそれで落ちつかない。
っていうか、ずっとゲームしていられるわけでもない。当たり前だが。
さらに言えばいつまでもゲームしていられるわけではない。うさみは。
要するに拘束され続けるわけにはいかないのである。ゲームでやりたいこともいろいろと見付けつつあったところでもある。
なので管理とか任せられるというのは魅力的だったのだ。
始めておいてほっぽりだすのも気が引けるが十全に管理するのも現実的ではない。そこで託せる先が見つかったのは渡りに船だったのであった。
「それじゃあ、えっと、るな子ー」
ウサギさんを下ろしながら声をかけると、るな子がウサギさん集団を抜けだして出てくる。しかしなぜか、なぜだか、ちょっと怯えているように見えた。
た、たべる? たべる? たべないで?
みたいな。
「食べないよー。お友達は」
お友達は。とは言うがうさみは別に積極的にウサギさんを食べる気はないのである。
露店とかで商品として並んでいたら別だけれど。
わざわざ自分で動物を殺して食べたりはしないし。
事故だったり害獣だったりで殺しちゃったら供養込みでさばいて食べるとかやったりしたけれども。田舎で農業営んでる家だとわりとあるのだ。
でも基本的には食料として見てはいない。歴史的に食べられてきたというのも知識のみのことである。どっちかというと愛玩動物としてウサギさんを認識している。
だが、それはそれとして、『お友達は』食べないよという言葉がこの場のウサギさんたちに刻み込まれたのであった。
るな子も緊張をといてうさみに跳び込んできて、そのまま光に分解されてうさみの左腕に巻き付いて、白い腕輪になったのだった。
「おおう? 先生のところ行くけど、どうするって言おうとしたんだけど、じゃあ一緒にいこっか」
うさみが言うと、腕輪が震えた。
思いついて【鑑定】すると【友の腕輪】と出た。なるほどなあと思いました。
「ああ、うさみよ、その前にもう一つ。交流の場の名前を付けては貰えぬか?」
さあ出発、といったところで後ろからかかった声にうさみはたたらを踏んだ。
「名前?」
「うむ、交流の場交流の場ではなかなか味気なかろう。ここは発案者であるうさみがつけるのが良いと思うのだが」
「うぅん……」
いきなり言われても考えてなかった。
うさみはしばらく焦りと共に頭を回し。
「じゃ、じゃあねえ――」
【ウサギさんのふれあい広場】に決定したのであった。




